第20階層、糖衣の開発は偉大その2 約9000文字
【登場人物】
九藤晶…………主人公。ビビりでもレベルは34ある。ライオン丸先輩との冒険ではほぼ先輩しか真っ当に戦えていなかったため、あまり経験値は入らなかった。
メルメル・ラメル…………ポーションマイスター。マイスターとしての腕前は結構高い。
※今回の糖衣のお話、長くなったので三つに分割します……。
嫌みったらしい顔の人に、ごろつきまがいの用心棒を召喚されて、なんか龍が〇く的な展開になった。
嫌みったらしい顔の人は、下品さ丸出しでにやにやしている。やっぱりこの人、見た目通り性格悪い人っぽい。
僕の方も、極力相手をぶちのめすとかしたくないから、魔法使いであるってことを示して、びっくりどっきりさせて引き下がらせるのがいつものやり方常套手段なんだけども、残念なことに今日はそれができなかった。
帽子を目深にかぶり直して、すっと手元に魔杖を滑らせ、臨戦態勢。ちょっと陰気な感じの雰囲気をふわふわっと醸し出したんだけど、なんでかゴロツキまがいは驚きもしないむしろどんどん近付いてくると言った具合。
普通の人なら、魔杖出した時点で、『今日はこのくらいにしといてやる!』とか『お、俺が悪かった! 命ばかりは!』とかいうセリフを推進力にして、ロケット噴射で逃げていくんだけども、この様子だと全然脅威にも見做されてないみたい。
チンピラよろしく、肩で風切り、前かがみになって睨み付けたり、顎を上げて睨み付けたりと、よくあるバラエティに貧した仕草しかしない。
たぶん彼らが余裕でいられるのは、ポーションマイスターを相手にしていると考えているからだと思う。
……このポーションマイスターっていう職業は、魔法使いから派生するのが一般的なものらしい。戦闘職系の魔法使い、補助職系の魔法使い、医療専門の魔法使いの内のどの適性を持っていない人が、ポーションマイスターの道を目指すのだそうだ。
だから、一応ポーションマイスターも魔法使いの括りで、みんな魔杖を持っている。でも普通の魔法使いよりも強くないから……このゴロツキまがいは余裕のよっちゃんでいられるのだろう。
きっと僕のことも、ビビりの弱いポーションマイスターだと考えているのだろうと思われる。
……まあビビりってとこは合ってるんだけどもさ。ぐすん。
あとは……集団でいるから気分が大きくなっているってこともあるんだろうね。仲間がいると気分が大きくなるからね。仕方ないね。
ともあれこのゴロツキまがいたち、レベルは全然高くないというかむしろ低い。言っちゃあ悪いけど底辺だ。そうね、6~7あればすごいって僕も褒め称えてあげるレベル。まあ、要は他人の実力なんて見れない程度の奴らってことだ。冒険者になったらすぐ遭難するタイプでファイナルアンサー。テレフォンなんぞ笑いを取るためだけにある。
でもまあ、
「人間相手とか嫌なんだけどなぁ……」
それは僕の率直な思いだ。だって雷撃つとか普通に死ぬし。いや彼らのレベルが高かったその限りじゃないけどもさ。レベル低いし、確実に死んじゃうよこれ。
…………うん、よし。ここはアレだ。アレで行こう。
この前スクレに教えてもらったアレだ。勁術である。この前から彼女に付き添われ、そこそこ練習していて、そこそこ使えるようになったのだ。これに関してはまだまだまだまだ未熟者だから、きっと食らっても大丈夫だろう。
というわけで、スクレに教えてもらった構えをとる。
僕がそれっぽい雰囲気を醸し出すと、ゴロツキまがいは即座に顔色を変える……わけがない。むしろ笑い出す始末。
「おいなんだよあの構え! おいちょっと見てみろよ!」
「このガキなんかの格闘術でもやってるんじゃねぇか? へっぴり腰拳法とかよ」
「ぎゃはは! やめろって! 腹痛くて死んじまうだろうが!」
「…………」
僕の渾身の構えは、どうやら全然ダメだったらしい。きっとビビりの性格のせいで、構えに及び腰がにじみ出ているのだ。スクレにダンゴムシ以下と評されたのは伊達じゃない。たとえ彼らの腹筋にダメージを与えられたのだとしても、僕の精神に多大なダメージが返ってきたのでむしろマイ。かなしみ。
僕が悲嘆に暮れている一方で、ゴロツキまがいどもはまだ笑っている。
いいし、全然いいし。効果はちゃんと発揮させることができるんだからな。見てろよ。こうなったらマジでやってやる。浮き足先だったっけ。ぴょんぴょんするあれをやるぞ。
「おい! 今度は跳ねて踊り出したぞ!」
「これ以上俺を笑わせるな! 俺の腹筋を殺すつもりかお前!」
「くっそ、こいつ精神的に攻撃してきやがる! なんてヤツだ……もうダメだ、ぶふぁ!!」
……もういい。いろいろ込み込みで合わせて知るがいい。悲しくなんかないもん。ほんとだぞ。ちょっと目尻や目頭が熱くなっただけだし。目の前がウルウルしてきただけだし。まだ流れてないかんな。
よし、じゃあターゲットは一番近くにいるヤツだ。ゴロツキまがいその1とかそんなん。名前なんて知るか。僕を笑いものにした罪で七つの孔から血を噴き出して死んでしまえ。
油断しきっているゴロツキまがいその1に向かって、レベル34の踏み込み。
足を前に出して地面を踏みつけて、背中を伸ばしたまま相手にぶつかって行くように、手のひらを相手の腹部に接触させる。
そしてそれと同時に、レベルアップで獲得した『僕の筋力に見合わない分の力』耳長族で言う勁力を、手のひらから体外へ向けて解き放った。
耳長族の勁術の一つ、流露波。
ずどどん、と国民的漫画龍玉に出る効果音を思わせる地響きめいた衝撃が辺りに伝わり、周囲に置かれていた木箱や樽がぴょんっ、とした。
ぴょんっと。
「およ?」
なんかやたらと震動したような、意外な手ごたえだ。いや、もちろん十分な打撃を与えた手ごたえはあったよ。
……うん、十分というかそれ以上な感じ。なんか思ってた以上ってヤツだ。
で、流露波を食らったゴロツキまがいその1はと言えば、インパクトから一瞬遅れで、ふらりと後ろ向きに倒れ込んだ。
そして、ピクリとも動かない。
他方、他のゴロツキまがいたちはまだ笑っていて――
「おいおい、合わせてやるなんて優しいなお前」
「ほんとほんと!」
…………どうやら他のヤツらは冗談に付き合っていると思ったらしい。そりゃあへっぴり腰からまともな攻撃が飛び出て来るなんて思いもしなかったのだろうね。
でも、いつまで経っても起き上がってこないことに、だんだんとおかしさを感じ始めてきて、
「おい、もういいぜ。起きろよ」
「冗談に付き合うのは十分だ。起きろって」
当然ゴロツキまがいその1は全然起きない。というかピクリとも動かない。
その様子に、僕もちょっと焦ってくる。
「あ、ちょ、ヤバい感じです?」
死んでくれとは思ったけど、ほんとに死んで欲しかったわけじゃない的なアレである。だけどよかった。よく見るとちゃんと胸が上下に動いていて、息してる。セーフ。
「あ、良かった。生きてる生きてる。ふう……」
殺っちゃったかと思ってちょっと焦ったけど、よかった生きてるよ。
「う、嘘だろ!?」
「てめぇ!」
ゴロツキまがいたちは、一人倒されたことでいまさら慌てだした。
なのに、だ。
「あんな変な踊りでどうやって……」
「くそ、まだあの笑える動きしてやがるぞ……バカにしやがって」
「もうやめて、言わないで……」
あんまり貶されると僕の精神が参ってしまうのでほんと勘弁して欲しい。
…………うん、勁術は動きが真っ当になるまで封印しよう。そうしよう。
涙ながらに勁術の構えを解くと、彼らはそれを隙だと思ったのか、
「てめぇえええええ!!」
「クドーさん! 危ない!」
バシぃいいいいッ!
ゴロツキまがいその2が殴りかかってきて、僕の顔にパンチが入る。
「く、クドーさん!?」
「ははははは! バカめ! 油断するからこうなるんだよ!」
「オラオラ、仇だ!」
「お前も一緒に死にやがれ!」
僕に向かって、キックやパンチだけでなく、死ねとか殺すとかそんな物騒な言葉までが雨あられのように降り注ぐ。
っていうかゴロツキまがいその1さん、死んでないのにひどい言われようである。
とまあ、取り囲まれてひとしきり殴られたり蹴られたりしたわけだけど。
うん? 僕? 僕は帽子が飛ばされないように目深にかぶって縮こまってるだけよ?
やがて、彼らも異変に気付いたのだろうね。
僕から距離を取り始める。
「く、クドーさん……?」
ラメルさんも、ゴロツキまがいと同じように困惑気味。同じく嫌みったらしい顔の人も、何が何だかわからないって顔してる。
そんな彼らに、僕は非常に心苦しいことだけど、非情な宣告をしなければならない。
うん、とても悲しいことなんだけどもね。
「……あの、ほんと申し訳ないですけど、僕そういうの効かないんで」
「な、なんだとぉおおおおお!?」
「確かに当たったはずだぞ!?」
うん。確かに彼らの攻撃は当たったし決まった。決まったよ。決まったけどもさ、この世界はほんと残念なことにレベル制なんだ。モンスとか人間とか倒しまくったりするとレベルが上がるし、レベルが上がってって強くなるのは、なにも魔力や腕力だけじゃあない。頭脳的なものも強化されるし、体力も上がる。精神にも強くなる。
もちろんこうして、耐久力だってきちっと上がるのだ。
そりゃあ魔法使いだから、戦士的な適性のある人には敵わないけども、レベルが10も20も低い人に負けるかって話。耐久力が上がれば、人体だって危険信号出さないから痛くないのだ。
僕だって殴られるのは嫌だけど、それは痛いからであって、痛くなかったら殴られてもへいっちゃらだ。いや気分的に嫌ってことはあるんだけどもね。
…………じゃあなんでビビるのとか聞くな。その辺りは僕の遺伝子とか脳の奥底のなんかに訊け。誰だって怖い顔の人に凄まれたら嫌とか怖いとかそんな気分になるじゃんそれだろ。
「う、嘘だろ? なんだこいつ……」
「ただのマイスターのガキじゃねぇのか……?」
「あー、僕マイスターだけど、本職は学生じゃなくて冒険者なんです。えへ」
にっこりと笑いかけると、ゴロツキまがいたちは一瞬で蒼ざめた。
そりゃあゴロツキごときが、日々迷宮で命懸けの戦いを繰り広げる冒険者にケンカを売るなんて、それこそ命知らずである。たとえその相手が荷物持ちだとしてもだ。
冒険者は総じて、普通の人よりもレベルが高い傾向にある。まあ衛兵とか兵士とかガチの戦闘を職業にしている人なら話は別だけども、大抵の人は迷宮潜ってモンス倒してれば、ぴょんぴょんぴょんと何段飛ばしで強くなってしまうのだ。
ついこないだまで7レベルくらいだったディランくんも、いまでは10を超えてるんだからその伸び方がわかるのも。
それを地上でイキってるだけの連中が相手にできるはずもない。
だから、こうして蒼ざめちゃうのも当たり前なのだ。知らなかったって怖いよねほんと。
状況は一転して、僕じゃなくて彼らの方がビビる側になったわけだけど、でも彼らはすぐに引き下がらない。僕の見た目が判断を迷わせているのかもしれないね。
この時点で逃げ出せばよかったんだけど、状況判断が甘すぎる。
僕なら相手にダメージ与えられないってわかったらすぐ逃げるのにさ。
でも、今回はこの人たち、ぶちのめさなければいけないだろうね。
だってこの人たちは、他のポーションマイスターたちに圧力を掛けにきたのだ。
衛兵さんとか来ない以上は、誰かがぶちのめして止めるなり、動けなくしなければならない。そうじゃないと被害者が出るもの。
…………うん、こいつらはモンスター。モンスター。ガワが人間に見えるモンスターだ。
心の中で自己暗示めいた言葉を呟いていると、やがて頭の中のスイッチがカチリと切り替わる。
平時モードから、迷宮モードへ。
――こいつらはそのまま帰せない。ある程度痛手を負わせて、行動不能にする必要がある。そのためにはまず何が必要か。僕の思いきりの良さと、十八番である魔術である。
加速は必要ない。身体強化も必要ない。レベル5以下の人間など、やろうと思えばこのままの状態でも難なく転がせるのだから。
戸惑っているゴロツキまがいに狙いを定め、まずは駆け寄り、懐に侵入。がら空きの腹部に拳を打ち込む。思い切り殴りつけると、ゴロツキまがいは吐瀉物を吐いて『くの字』に折れ曲がった。
胃の中から溢れた汚い物まみれになるわけにはいかないと、身を低くしつつ回避する。するとなにを血迷ったのか、ゴロツキまがいその3がこちらに向かってきた。拳打も蹴撃も効かないことは先ほど証明されたはずなのに、ステゴロで立ち向かってくるとはその蛮勇さ恐れ入る。おそらくは正常な判断ができなくなったのだろう。
言葉にならない声を喚き散らしながら、下から蹴り上げるような蹴り足を出すゴロツキまがいその3。それを上手く手で取って、踵をさらに上に持ち上げると、バランスを失ったゴロツキまがいその3は後ろ向きに頭から倒れ込んだ。
勢い付いたまま頭から行ったそんな相手の容態も一顧だにせずに、今度はすぐに魔術行使に取り掛かる。
後ろに気配はあるのはすでに感じ取っている。だから、振り向きざま。
まだ間合いもそれなりに開いているが、その間合いを詰めるのが魔術である。
「――魔術階梯第二位格、|突き刺す雷鳴の払い手よ(アメイシススラッシュ)」
唱えると、右腕が紫の閃光をまとう。同時に相手に向かって横薙ぎに振り抜くと、紫の閃光は枝分かれして紫電となり、ゴロツキまがいその4を突き刺した。
雷撃に撃たれれば手加減を最大限に込めても、それなりのダメージは免れない。
一度大きく震えて、膝からおかしな倒れ方をした。
やはり、戦うなら魔術の方が具合がいい。
――とまあそんなこんなで、さくさくさくっと三人を倒したわけだけども。
「ひっ、武器だ! 武器を使えぇええええ!」
残りの連中が、そんな悲鳴を上げる。
「でもそういうのさ、僕が想定してないと思う?」
ゴロツキまがいの残りは、僕を取り囲んだ状態で武器を取り出す。
さすがにそれを黙って受けるのはよろしくない。
というわけで今度こそ、以前師匠に教わった『フォースエソテリカ』の出番だ。
体内に溜めた魔力を放出して、相手をびっくりさせつつ、動きを阻害する魔術の技術だ。
前回ランキング表の前ではスクレが黙らせたから日の目を見ることはなかったけども、今回僕の威力の初お披露目。
魔力を体内で圧縮して一気に体外へぶっ飛ばすと、みんなものすごい勢いでぶっ飛んでいった。爆発に巻き込まれてぶっ飛んだとかそんな勢いだ。悲鳴もぶっ飛ばされて聞こえない。
「はえー」
これはすごい。これは使える。というかほんと雑魚相手なら逃げるために使う必要なんてない。これで一網打尽だ。さすが師匠。
一方で、嫌みったらしい顔の人は、しばらくぽかんと口を開けたまま。
だけど、さすがにみんな倒れちゃったことで状況を呑み込めたか。
捨て台詞を吐いて、逃げようとする。
「お、覚えていろ!」
「え? 覚えてていいの? きちんと顔覚えちゃうよ? 次街で見かけたら魔術撃つよ? 容赦しないよ? ほんとにいいの?」
「ひぃっ! やっぱり忘れろ!」
嫌みったらしい顔の人は、僕が時折口に出すような情けない悲鳴を上げてやっぱ逃げようとする。
でも、この人そのままにしたらマズいよね。きちんとやることはやらないと。
レベル34の力を使って、逃げる方向に先回りする。
「あのさ。僕はまだお話したいんだけどな」
「ひいいいいいいっ!?」
「ラメルさんもそうだけど、もう他のマイスターたちに手を出さないこと。いい?」
「わか、わかった! わかったから!」
「ほんと? 約束破ったら……」
どうしようか。なんか脅しはかけとかないとダメなんだよねこういうの。
人は忘れる生き物だ。
時間が経つと、そのとき抱いた感情は強くても、徐々に徐々にと風化してしまう。
喜びも、悲しみも、恐怖だってそうだ。
だからこそ、こういった輩には、強烈な感情を決して忘れないよう、心に刻み込まなければならないのだ。
――いいかアキラ、こういうときはな……
そうだ。以前に師匠がやったあれをしよう。
魔力を相手に向けると同時に殺気を込めて、相手にトラウマを植え付けるというPTSD的なヤツだ。スクレが敵対する相手に向けるあれの万倍きついの。お腹とタマタマがきゅっとなってストレスマッハで速攻自律神経失調症になるヤツである。
前に師匠に、ビビり矯正のためにそれされたけど、結局治らなくて、受けた分だけ損したのもヤな思い出だ。とってもヤな思い出の一つだ。うん。
こういうの、(たぶん)息を吐くように人を殺すことができるあくまな師匠なら簡単なんだろうけど。僕にはそんな物騒なことハードルが世界記録並みに高いので難しい。
でもここは踏ん張りどころだ。頑張らないと。
……よし、死んでくださいお願いします死んでくださいお願いします死んでくださいお願いします…………これでどうだ。
「あ、あ、あ、あぁ……」
うん、どうやら僕も師匠やスクレみたく形而上概念を操れるようになったらしい。
嫌みったらしい顔の人は目を飛び出すくらいに見開いて、冷や汗ダラダラ流しまくってる。なんかあやしいお薬の禁断症状が出たみたいひどい有り様だ。
……ちょっとやり過ぎただろうか。慣れないことはするもんじゃないかなやっぱ。
「い、いのちだけは…………たすけて、たしゅけて、ください……」
嫌みったらしい顔の人は鼻水垂らしながら泣いちゃった。
うん、ちょっとというかかなりやり過ぎたわこれ。なんかごめん。
殺気込め込め魔力放出はやめたんだけど、嫌みったらしい顔の人は気絶してばったりと倒れ込んでしまった。
きっとこれでもうこの人は悪いことができないはずだ。
やることも終わったし、ラメルさんの方を向いたんだけど、彼女は若干青い顔していた。
うん、ちょっと引いてるね。ですよね。
「……すごいですね」
ラメルさんが投げかけたのは、褒めてくれると言うよりは恐れ入ったって感じの称賛の言葉。
「いやぁ、僕なんか全然だよ」
「そうなんですか?」
「そうそう…………この前なんかさ、ライオン丸先輩の潜行に付いて行ってさ、『屎泥の泥浴場』でもやばかったのに、迷宮深度46とかふざけたところに行ってさ、ふふふ、うふふふふふ…………」
あれを思い出すとやばい。一時的狂気に陥る。
意味不明な会話、多弁症など会話の奔流である。
……うん、僕、あのときに身の程を知りましたとも。僕なんてまだまだひよこだよマジで。
僕がそんなことをぶつぶつ言っていると、ラメルさんが目をキラキラ輝かせる。
「やっぱりクドーさんは高レベルの魔法使いさんなんですね」
「ま、まあね。あはは……」
怯え気味だったラメルさんの視線が尊敬のまなざしに変わる。良かった。怖がられなくて。
「じゃあ、ここでこうしてるのもなんだし、中に入ろっか」
「はい」
そうして、ラメルさんと一緒に品評会の会場であるコロッセオみたいなとこに入ったのだけど、歩きながら、ふとあることに思い至った。
「――あのさ、小規模の工房って、大変なの?」
「え?」
突然の話に聞き返しの声を出すラメルさん。
そう、僕がそんな考えに至ったのは、トーパーズさんの話と、先ほどの連中のことがあったからだ。
トーパーズさんの言葉は、小規模の工房を慮ってのものに聞こえたし、嫌みったらしい顔の人は他の工房の発表を露骨に潰そうとしていた。
つまり、経営面でも妨害の面でも、小規模の工房が窮地に立たされているのではないかと考えたわけだ。
……とまあ、聞かれたラメルさんはと言えば、そんなわかり切っていることをなぜ訊くのかと言うようにキョトン顔をしている。
そんな彼女に、
「いやね。僕って工房とか持ってなくて、ほぼ自分のためにポーション作ってる程度のマイスターだから、そういったフリーダでの工房経営に関しては疎くてさ」
「はい。いまはどこの工房も大手に圧迫されてまして……物量に物を言わせて販路拡大ならまだしも、質の悪いポーションを売ったり、さっきみたいに他の工房やショップにまで圧力をかけてきたりと、ここ数年で多くの工房が閉まっている状況なんです」
「あー、やっぱそうなんだ」
なるほど。大手が弱小を潰して市場を独占しようとしているわけだ。そして、その過激な面の尖兵が、さっきのヤツらなんだろう。
この世界、君主制が主流でまだきちっとした法が整備されてないから、そういった輩を取り締まる法律もないのだろう。日本だって、近代になってもやべーやり方で同業者を潰しても罪に問われなかった事例がしこたまあるのだ。そりゃああくどい行為が横行するわ。
……それが『はちみつポーションの小規模な工房限定』の話と、どう関係があるのかは、まだ全然結びつかないんだけど。
「ちなみに、ラメルさんは今日どんなポーションを?」
「はい。私は改良したヒールポーションを出します。効果はなんと通常のポーションの三割増し。自信作です!」
「それって、通常の原料で?」
「量の調整はありますけど、ほぼすぐに手に入るものばかりです」
「…………わーお」
通常の原料と簡単に手に入るもので効果三割増しの作るとかすごいんじゃなかろうか。丁寧で良質なポーションも作ってるし、きっとこの人僕なんかよりも特級のカードに相応しい。
……あれかな、揉み手してへりくだって敬わなきゃいけないかな。
「へへへ、先輩今後ともよろしくお願いしやす」
「は、はぁ……? さっきの人たちみたいなことして、どうしたんですか?」
「あ、いや、うん。なんでもないから気にしないで」
やっぱ真面目な子にはこういう冗談はしない方がいいみたい。
「最近お金に余裕ができて、以前から研究したかった研究に手を出せて……」
ラメルさん。感極まって涙ぐみ始める。
なるほど。ゴールドポーション売却のおかげで、研究ができる金銭的な余裕が出たのだろう。
……うん、なんか僕がゴールドポーション作ってるんだよって言いづらくなった。すごく。
ポーションのことは今後ともよろしくしてもらうんだけどもね。




