第18階層、先輩と一緒 約10000文字。
【登場人物】
九藤晶……本作の主人公。紫の魔法使い。嫌いな階層がまた増えることに。
ドラケリオン・ヒューラー……ライオン丸先輩。ミゲルの話でマジモンの勇者であることが判明した。レベルは不明。きっとめちゃくちゃ高い。
――複数のモンスターが、周囲の岩ごとまとめて吹っ飛ぶなんて光景、おそらく見たのはこれが初めてなんじゃないだろうか。
いや、魔術を使ってって言うなら何度か見たことあるよ? やったこともあるし。師匠っていう名前の鬼畜あくまが超絶高レベルの魔術を使って消し飛ばしたり、僕も一応強い魔法が使えるからそれでぶっ飛ばしたりとしてるわけだから。
だけど、剣撃でこれはないのではないだろうか。
しかも相手は強モンス。
デカい、強い、怖いの三拍子揃った僕もいまだかつて見たことのないタイプの奴である。
そして、それをやった人と言えば、豪快な笑いを見せながら、
「なんだクドー? これぐらい軽いものだろう?」
そんなことを宣う始末である。
彼の名前はフリーダの勇者ライオン丸先輩こと、ドラケリオン・ヒューラーさん。
大きな体躯、ふさふさのたてがみの付いたライオン頭、ドラゴンころしも斯くやというほどの巨剣を持った、たぶんフリーダで一強い冒険者さんである。
……強モンスをやたらと雑に吹っ飛ばして、なんのことはないと言うように豪快に笑っている姿は、ゲームに登場する最強キャラクターを思わせる。
あれだ。もうこいつ一人でいいんじゃないかな的なセリフが思い浮かぶくらい強すぎるヤバい。というかおかしい。ゲームで言えば、ドラ〇エの世界にディ〇ガイアのキャラクターがステそのままに現れたくらいに違和感がある。
通常攻撃でダメージカンストとかやめて欲しい。ほんと。
ともあれ、
「軽いって、それは先輩レベルのでの話じゃないですか!」
「がっはっは! それもそうか! ガハハハハハハ!」
「笑い事じゃないんですってばぁああああああああああ!」
僕が現在絶賛絶叫中なのは、この場所にはほんとマジ嘘じゃなくて強モンスしかいないからだ。
迷宮深度はなんと驚異の46『滅びた地下都市』というところにいる。適正レベルはもちろんのことだいぶオーバー。しかも、ここにいるのはどんな道具や魔術を使っても逃げられないほど、ヤバいのばっかりという超難易度。
『常世の草原』なんかは適正レベルがオーバーしてても逃げたり隠れたり、危険を回避できるから潜れるけれど、ここは無理だ。マジ無理ちょう無理。だって生物とも言えないような左右非対称の造形なんて当たり前、動物とか昆虫とかにたとえることもできない、わけのわからない巨大なモンスターたちが跋扈しているという、ホラー階層とはまた別の意味で戦慄の階層である。
しかも、全部が全部デカイ。巨大。『溶解屍獣』レベルの大きさのヤツがそこら中にひしめいているのだから、その異常さが知れよう。
……アレだよ。そう。ゴジ〇だ。ゴ〇ラ。そんなレベルの巨大怪獣たちが、この場所にはいるのだ。目一杯に。人間なんてなす術ないのは当たり前。僕で言うともうヒロちゃん助けてレベルに相当するくらいにどうしようもない。
「――『四腕二足の牡牛』ぉ? あははっ! そんな可愛いモンスターもこの前倒しましたね、あははははっ!」
「クドー、そろそろ現実に戻ってこい。ほら、次の敵が来るぞ」
「いやぁあああああああ! 来ないで! ほんとこっち来ないでぇえええええええええ!!」
もうホントにホント無理なんで、やたらめったら魔術を撃ちまくる。第三位格級を食らっても、こいつらちゃーらーでへっちゃららしい。身体から白い煙をちょくちょく上げるけど、焦げ目一つ付いてないとか、生き物としておかしいレベル。そしてそんなモンスをおっきな剣の一振りでぶっ飛ばしてる先輩も、そのおかしいレベルを超越していると思う。
ほんと、やばい。師匠並だ。先輩が始めの頃、一、二回だけど一緒に潜ってくれたときは、かなり手加減してくれたのだろう。
いやまああのときも吼え声を上げるだけで雑魚モンスを吹っ飛ばしてたわけだけども。
「クドーよ、俺が魔王を倒しにいったときなんてな」
先輩はとか言って武勇伝を語り出す始末。
巨大な空飛ぶ爬虫類が~とか。
死んで骨だけになった魔法使いみたいなのが~とか。
そんなん。
「魔王ってどんなヤバいヤツだったんですか!? これの比じゃないなんて軽く世界滅ぼせるレベルでしょ!」
「そうだな。あのときはそれくらいヤバかったな。うん。ヤバかったなぁ……」
「しみじみしてる場合じゃなーい!」
階層に僕のツッコミが響くが、すぐにモンスターの声に掻き消される。
この階層、僕じゃマジで手の打ちようがない。いつもの階層から15も深度が上がったらこんなに違うのか。ガンダキア迷宮舐めてた。ちょう舐めてた。
「いや、ここは他と一緒にしてはダメだぞ? 情報が少ないから、便宜上46としているだけで――」
「ギルドちゃんと仕事してよ!! っていうか普通の冒険者が間違って踏み込んだらエライことになるでしょそれぇえええええええ!」
「それ以前に、だ。ただの冒険者はまずここまで来られんのだ。お前も見ただろう? 『内臓洞窟』のアレを倒せない限り、ここには決して踏み込むことはできん」
「あああああああ! あれを思い出させないでくださいぃいいいいいい!」
先輩の言葉で、リバース的なおろろろしちゃうくらい気持ち悪さが復活する。
ライオン丸先輩が言うのは、『内臓洞窟』の最奥に住み着くボスモンスターのことだ。
その見た目の気持ち悪さが、モンスター的な強さに勝るとも劣らないという怪物である。
いわゆるSAN値直葬レベル。視覚と正常な美的感覚があるものは例外なく敗北することは請け合い。目で殺すとか、顔で殺すとかいうレベルじゃないのほんとマジで
……精神の平静を保つためかどうか自分でももうわからないけど、無心のまま魔術を撃ち込む。
無意味だってことはわかってるんだけどさ。
「あーもーやっぱり無理ですねー。やっぱ無理ですよー。うん」
「そうだな。こいつらに痛手を与えるには少なくとも、第四位格級から第五位格級の魔術が必要になるだろうな」
それは嘘だ。絶対嘘。だってさっきそれ撃ち込んだもん。
「えっと、あの、先輩? 一体当たり何発当てないといけないんでしょうか?」
「少なくとも、三、四と言ったところか?」
「そんなに撃ったら魔力なくなって身体干からびますって!」
「そうか? 俺の仲間は笑って吹き飛ばせるぞ?」
「ライオン丸先輩の仲間は人間やめてますよそれ! あくまなんじゃないですか!」
僕なら完全に干物になるレベルだ。僕だって結構魔力多い方なんだよ。ほんと。
なのにそれ以上ってなに。なんなの。お化けなの。魔力お化けなの。
「うぁああああああああああ死ぬぅうううううううう助けておかーさーん!!」
…………ともあれだ。一体全体なんでこんなことになってるのかと言えば、ライオン丸先輩から「面白いものを見せてやるから来い」と誘われたからだ。
そしてその誘いに乗って、ひょいひょいのこのこわーいわーいと付いて行ったのがそもそも間違いだった。
……いや、むしろ最初からおかしかったのだ。先輩、今日はやけに機嫌が良くて、喉をごろごろエンジンさながらと言った風に鳴らしながら、近付いてきた。
そのときは僕も純真無垢な冒険者精神いっぱいだったから、なんの疑いもなく付いて行ったわけだけど……それがはっきりし始めたのは、森をお散歩したあとくらいだった。
今日は一体どのルートに行くのかと思ったら、まさかまさかの第3ルート。そこはかとなく危険とか危険とか危険とかをビビビと感じつつ、霧がかった鏡面に踏み込んで転移すると、そこは深度15の『大烈風の荒野』。
そんな荒野で、口から大烈風を吐き出したのはライオンさんだ。
「GUOOOOOOOOOOOO!!」
そう、荒野に蔓延るモンスターたちを、先輩は咆哮一つで吹っ飛ばした。
いや、『吹っ飛ばした』は的確ではないのではなかろうか。口から吐き出した音波というか衝撃波というか振動というかよくわからないそんなのが竜巻みたいになってモンスターに当たったかと思うとモンスターは一瞬で塵になってそのまま消し飛んだとかそんな感じだった。
大丈夫。僕も何言ってるかわからないから。
というか本当にこれがライオンの所業なのか。先輩にはなにか別の生物とか交じってんじゃなかろうか。ドラゴンとかドラゴンとかドラゴンとかその辺。ドラケリオンとか名前ドラゴンっぽいし。
「ほげー」
一方で僕は、その光景を見ながら意味不明な感嘆符を口から垂れ流す。
大丈夫かって? もう、頭はかなり前にパンクしているから大丈夫大丈夫問題ない。
とまあそんなこんなで、僕の出る幕はまったくなくて、そのまま次の階層へ。
ネクストダンジョン。
次はみんなが怖れる毒階層。第3ルート踏破者に立ちはだかる深度は25『屎泥の泥浴場』である。
この階層は毒だ。身体にも毒。見た目にも毒。オバちゃんの染め髪なんて目じゃないくらいに紫でけばけばしい階層である。臭いもまーヤバくて、身体に悪そうなケミカル的なものから、地獄谷近くの硫黄的な腐卵臭からと激しい臭いで満ち満ちている。
身体にも毒と言った通り、ここにあるものにはもれなく毒が付いてくるという徹底ぶり。
そんな階層のそんなモンス相手にもかかわらず、先輩はそれを素手で引きちぎった。
今回の哀れな犠牲者は、『屎泥の泥浴場』在住、気持ち悪くて見るのも嫌な『粘性汚泥』さんだ。
それを、
「ぐぉおおおおおおおおおお!!」
とかライオンばりの咆哮を上げながら、両手で掴んでねじ切ったのだ。
だから僕は、冷静になって声をかけた。
「先輩先輩。それ、毒あるんですよ? 毒毒」
「ん? そうなのか? 俺にはまったく効かないから、みんなの気にし過ぎかと思っていたんだが……」
いやいやいや。
「先輩? 先輩レベルで考えちゃダメですから。ほんと。先輩の力って軽く人知超えてますからね?」
「はははは! クドーはまたそんな冗談を。ほら、大丈夫だから触ってみろ」
「冗談じゃないからヤバいのー! っていうかそれ近付けないでー!」
笑顔で近付いてくる……というか近付けてくるライオン丸先輩から、脱兎のごとく逃げる僕。だって『粘性汚泥』からヤバい香りがプンプンする気泡が湧き出ているのだ。吸ったらいちころ。きっとそう。先輩が大丈夫だから僕も大丈夫という理論は信憑性がまったくない。
というかなんかこの階層にいたときから叫びっぱなしだ。
魔力よりも先に喉が嗄れそうな勢いである。
……そしてそのあとは、『屎泥の泥浴場』、出口。『内臓洞窟』一歩手前まで、僕の回想を遡ろう。
もうすでにそこから、僕の手には負えないアホみたいな階層だったのだから。
僕は『屎泥の泥浴場』より先には行ったことがなかったから、ここからは初めての場所だった。まさかこんな形で訪れることになるとは思わなかったけど…………うん、もう二度と来たくないっていうのが脳内会議全会一致の感想だよ。
もちろん、気分の悪さは持ち越しだった。いつもならそのまま引き返して、『大烈風の荒野』で風を浴びまくって気分的なコンディションを元に戻すのだけれど、今日はそれがないから気持ち悪さ当社比そのままで、レッツゴーである。
今日三度目、霧がかった鏡面の前で、慄く僕。
「先輩先輩。僕ちょーっと気分の方がよろしくなくなってきたなーって思い始めてる次第でして」
「クドー、そう言っていられる内は大丈夫だ」
「いえ、やっぱりこういうのって、ヤバいなって思い始めたときにすぐ対処した方が症状が重篤化せず済むっていうか」
「病は気からだ。気を強く持て」
そう言って肩をぽんぽんと叩いてくる先輩。未知の階層を前に、とっても頼もしいけど、いまはそれが恨めしい。
「ヤダー、先輩って精神論者だったんですねー」
「ははは!」
……やばい。師匠はわかっててやるタイプだけど、先輩は天然だ。僕の状態を見ているようで見ていない。いや確かに騒いでいるうちは大丈夫なのかもだけど。精神の問題を見過ごしているというか――
「クドー、お前は本当に切羽詰ると口数が減るタイプだ。なに、喋れているうちはまだまだ余裕だろう。それに体力も魔力も半分以上残っているのだろう?」
「…………」
前言撤回。なんかしっかり見抜かれてる。
でもよくよく考えると、先輩の言う通りかもしれない。余裕がなくなると口数か減るのは確かにそうだ。
そういう時はしゃべる余裕がないだけなんだけど。
「さ、行くぞ」
「先輩首根っこ掴まないで下さいーっ! ああああああー!?」
それで、意を決して踏み入った……嘘です無理やり連れて行かれたわけだけども。
「……あの、なんでしょうか、ここ?」
それが、新階層に来た僕の第一声だった。
「うむ。ここが迷宮深度40『内臓洞窟』だ」
「…………マジで?」
先輩はランタン。僕はライト。それぞれ照らしてみて僕が懐いたのは、困惑というよりも戦慄だった。
あらためてここの名称が、『内臓洞窟』ということを思い知らされる。
……ガチだ。そう、ここはガチのマジで内臓なのだ。ライトで照らすと、見えるのはピンク色。まさに内臓と言った具合の粘膜具合。
その辺を靴の裏でふみふみする。生物的な柔らかい感触と、ぬちゃりととした水分を感じる音。足を持ちあげると、靴裏についた粘液が糸を引いた。
――あ、ダメだわこれ。
そう思ったね。一瞬でそう思った。だって無理だもんこれ。ほんと。だって迷宮じゃないもんここ。巨大生物のお腹の中だ。そんなぬくもりティを感じるもの。奥に行ったら消化されちゃうんじゃないか感満載過ぎる。
「先輩。僕、今日はここでさよなライオンしたいです。ぽぽぽぽーんと」
「クドー、今日の冒険はここからだぞ? ここで引き下がってどうする」
ガシっと両肩を掴まれる。
しかも、いい笑顔で。
どうやら、あいさつの魔法は使わせて貰えないらしい。
「えっと……ちなみに、ちなみになんですけどここ、モンスターってどんなのがお住まいになっていらっしゃるのでしょうか……?」
「ああ。そろそろ見えてくるぞ」
「そろそろ?」
先輩のあとを付いて恐る恐る先に進んでいると、曲がり角というか、粘膜の折り返し辺りに、影が見えた。
いや、うん。『見えてしまった』と言うべきだろう。
「…………あの、先輩? 僕もう無理です。レベルとかそんなの関係なく、あれはもう精神の限界を通り越して天井をドリルで天元突破してます」
そう、曲がり角からうねうねと出てきたのは。節を持ったミミズのような、白い生き物だった。
うん、ここはもうはっきり言おうじゃないか。僕の目の前にいるのは、超デカイ寄生虫だ。サナダムシのでっかいバージョンだ。地獄の先生的な漫画の120話も目じゃないぜ的なフォルムのモンスターである。
キモイ。
ほんとキモイ。
というかキモイ気持ち悪いよりもグレードが上の言葉を要求したい。
「わかる。わかるぞ。確かにあれは気持ち悪いからな」
ホントかよ。
と突っ込みたくなるくらいの落ち着きぶりを発揮する先輩。
「――だがなクドー。あれを踏み越えていかなければ、俺たちにずっとここで足踏みしなければならないんだ」
「いまのすごくかっこいい言葉だと思いますけど、別にムリして行かないといけないような状況ではないかと思うんですよ? そりゃあ世界危機とかだったら頑張らざるを得ないかもしれないとか数ミリくらい勘案の余地はあるかと思いますけど」
「だが、それが今日の目的だからな。まあ心配するな。あれは俺がどうにかしてやるから、大船に乗ったつもりでいろ」
「確かに船は船でも大船というかもはや大戦艦クラスですけど」
「ならばよかろう?」
ううん、違うの。問題はそこじゃないの。ホント。無事に生きて出られる出られないの話じゃなくて。精神が発狂したら意味ないの。その時点でキャラロストでしょ。詰んじゃうんですってマジで。
「――まあ、だからと言ってぼーっとはするなよクドー。そら、来るぞ?」
「来る? 来るって、へっ?」
それに反応できたのは、まさに奇跡だろう。間一髪。何かが飛んできたような感じがして横に避けたら、後ろの床にべちゃりと何かが落ちる。そして聞こえる、焼肉関係から遠く離れたじゅうじゅうという音。見れば、粘液じみた何かが内臓の粘膜をじゅうじゅう言わせていた。じゅうじゅう。
これを飛ばしたところ? うん、もちろん何も見えなかったさ。
ちょう怖い。
「は、速っ……速過ぎじゃないですかね……」
「うむうむ。勘でかわして見せるとは、やるなクドー。素質があるぞ」
「ありがとうございますとかそうじゃなくて! いまのがあいつの通常攻撃なんですか!?」
「そうだな。というか来るぞ。今度は連射だ」
「れんっっっっ、いやぁああああああああー!?」
謎の寄生虫モンスは口吻らしきところから、先ほどの粘液を乱れ打ち。
僕は叫ぶのとかわすので手一杯だ。ホントはここで防御の魔法を使えばよかったんだけど、もうそこまで頭は回っていなかった。
正直なところ、師匠から訓練を受けてなかったら死んでた。即死んでた。だからって師匠にありがとうとは言わない。おっぱい? その件はお礼というか平伏して崇め称えるレベルだけどもさ。
ひとしきり寄生虫モンスの粘液攻撃をかわしていると、先輩がデカい剣で倒してくれた。
ちょっとやそっと切り分けられても、うぞうぞ動いて襲い掛かって来るような調子だったけど、先輩がすかさず粉々にしてくれた。うん、ストロビラ怖い。
……それで、この階層の最奥にいたのがもうヤバい。ヤバいと何度言ったかわからなくなるくらいヤバいヤツが出て来た。
ここでその特徴は詳しく語りたくない。
あれだ。マンボウの身体の中のうねうねぐにゃぐにゃが、大きな塊になったような見た目のヤツだ。それ以上はもう何も言えない。うげー吐きそう。
しかもこれが超強いったらなんの。一個一個は小さい……というか群体ではなく全部合わせて一個体らしい。うねうねぐにゃぐにゃの一つ一つをとんでもない速度で周囲全体に飛ばしてくるのだ。あれはマズい。一つでも身体に当たったらそこから身体の中に潜り込まれて寄生されて、身体の中から食い殺されるとかそんな想像が簡単にできるタイプである。
僕? 僕はずっと魔法で防御してた。ビバ引きこもり。
先輩は最強だからあれを全部凌いだ。剣で斬り払ったり、咆哮で吹き飛ばしたり。一匹も身体に付けていない。すごい。
「クドー! 生きているな?」
「し、死んでます……もう精神的に死んでますたぶん十回くらい」
「ならよし!」
何がいいのか。一体。
ふと気付くと、ボス寄生虫モンスは身体を構成しているものを武器にして飛ばしまくっていたせいか、小さくなっていた。
これはまさか……。
「先輩! これこのまま凌いでいればもしかしてこいつ!?」
「クドー、現実はそんなに甘くないぞ」
先輩のその言葉通り、ボス寄生虫モンスの身体が膨れ上がって、もとの大きなうねうねぐにゃぐにゃに戻ってしまった。
絶望である。
そんなときだ。
「GAOOOOOON!!」
「ぎゃぁああああああ!!」
突然先輩が、鼓膜が弾け飛ばんばかりの咆哮を上げたせいで、僕も絶叫を上げてしまう。
僕の耳がキーンと即死したその瞬間、先輩は突進して大剣で斬りかかった。
……うん、確かに斬りかかったはずだ。でも寄生虫は、やっぱりいつかの先輩の攻撃みたく、塵になって吹き飛んでしまった。
耳が復活してから、先輩に訊ねる。
「せ、先輩、いまの必殺技は……?」
「うむ。いまのは『GAOOOOOONクラッシャー』だ」
「がお……」
いやそのネーミングはなんだ。確かにそんな声は出してたけどもさ、声だけで実際は斬ってたじゃん。
「いまの技は魔王に痛手を与えた唯一の技でな――」
と言いながら、先輩は再び武勇伝を語り出す。先輩の場合ガチの武勇伝だからいいけど、こんなところで長話はしたくない。
「そうだクドー。それの核石はどうする? お前が持って行くか?」
「あ、僕触りたくないんでいいです」
ムリ。だってなんかどろっとしてるんだもの。
「触りたくないからいらないとか変わっているなお前も」
「先輩に言われたくないですよ!!」
「わははは!!」
また豪快に笑い出す先輩。あんなのと戦ったあとでこうも余裕でいられるなんて、正直とんでもなさすぎる。いや、最強だから最初からわかってたことだけどさ。
とまあ、目的地に来るまで、そんな大冒険があったわけだ。
そしてそのあと、『滅びた地下都市』のモンスたちを蹴散らして……訂正。全部先輩に蹴散らしてもらって、ある場所に来たのだけれど。
……ここ、『滅びた地下都市』は、ほんとに地下にあるらしく、途方もなく巨大な洞窟の中にある。縦横奥の直径はキロ単位で計測不明。天井はほぼ見えず、岩肌が広がり、水晶らしき迷宮鉱物が淡い光を放っているため、そこそこの明るさがある。
街一つならすっぽりと入ってしまうほど。
その形容の通り、たどり着いた場所には、都市らしきものがまるまる一つ、すっぽりと収まっていた。
崖の上から見えるのは、やはり街並み、建造物。
「あれは、街ですか?」
思わず、先輩にそんなことを訊いてしまう。
それもそのはず。崖上から見えた街は、フリーダの建築様式からはかけ離れた造りだったからだ。どこかモダン寄りの造形で華美に寄らず、のっぺりとしてシンプルな造りは、SFに出て来る近未来の都市を思わせる。
そして、もう一つの理由が、ここが廃墟であることだ。
建造物は崩れており、骨組みがむき出し。瓦礫がそこかしこに見て取れるしなにより、人の気配がまったくないのだ。
放置されて何年、何十年のレベルではない。
すると、先輩が、
「ああ。そうだ。お前の思った通り、ここは街だ。だったと言うのが正しいのだろうな」
「先輩はこれを?」
「俺もよく知らん。これは、俺が初めてここにきたときからこうだったからな」
「もしかして、さっきのヤツらに滅ぼされたんですか?」
「状況から見て、おそらくはそうなんだろうな」
崖から降りて街を回りながら、先輩にいくつか質問していく。やはり先輩も詳しくはないのか、「たぶん」とか、「だろう」とか、憶測を匂わせる言葉が多い。
だけど、この世界にはこれのことを知っている者もいるはずだ。
だってこの世界には、
「こういうの、神様たちはなんか言及とかしてないんですか?」
「さてな、これに関しては訊いても答えてはくれん。自分たちで導き出せということだろう。あの方々は、なんでも教えるのをよしとしないのだ」
「そうなんですか……」
まあ確かになんでもかんでも教えてくれたら楽しくないか。
「でも、こういうのってなんかわくわくしますね。ちょっと不謹慎かもですけど」
「そうだな。ここで一体何があったのか。一体どんな者たちが住んでいたのか。興味が付きん」
「考え始めると止まらないってヤツですね」
「ははは。そうだな」
こういったものを見ていると、考古学的な興味が湧いてくる。滅ぼされてしまった人たちには申し訳ないことだけどね。
ふとそんな中、ライオン丸先輩が――
「ところでクドー、お前はこの世界の人間ではないな?」
「ええ、そう――」
と言いかけて、ふと自分の記憶を検める。
「あれ? 僕先輩にそのこと言ってましたっけ?」
「やはりか」
「ちょ、先輩!? カマかけたんですかぁ!?」
「確信はあったが、まあな」
「確信って、一体どこらへんからでしょうか?」
「そんなものお前と初めて会ったときからだ。見たこともない格好をして突然フリーダに現れたり、俺の姿を見て異常に驚いたりしてただろう?」
「あー」
確かにそうだ。僕がこの世界に初めてきたときに出会ったのがライオン丸先輩なのだ。初めての異世界で、どきどきはらはらしながら冒険者ギルドを覗いていたとき、声をかけてくれたのが先輩で、激しく驚いたのを覚えている。
……だって筋肉隆々のライオン頭が近づいてきたんですよ? お口をぱっくり開けて近づいてくるんですよ? 「食べないでくださいお願いしますぅうううう!!」って言っちゃうのも無理ないでしょそんなん。
こっちの世界の人はそんな風に驚かないから、不思議に思ったんだね。
「それに、クドーは少し脇が甘いぞ? まあ俺のあっけらかんとした態度で騙されたんだろうがな」
「くっ、先輩は策士だったか……」
先輩、実は道化の振りをして相手を油断させる曲者キャラだった。最強の戦闘力に加えてそれとかズルい。ちょうズルい。
「クドー、お前は一体どういう経緯でここに?」
「えっーと、エレベーターで遊んでたら、突然神様のいるところに転移して流れで……って感じです」
「ふむ」
「それで、初めて神様に会ったときは――」
『きみ、別世界の人でしょ? いまヒマ? もしヒマだったら僕の管理する世界に遊びに行かない? 結構楽しいよ? それにいまなら特別に僕の加護をあげて魔術も使えるようにしてあげるよ? どう? どう? 興味ある? 興味あるよね?』
※意訳です。
「……そんな風にやたらと熱心に勧誘されまして、僕の世界には魔術とか魔訶不思議能力ないんでそのままホイホイ勧誘に乗ってしまって、証明書渡されて……」
「フリーダに転移してきたと」
「はい」
「何か頼まれたりとかはしたのか?」
「特には。ただ最近は、出来る範囲で迷宮の行き倒れを助けてあげて欲しいって頼まれたくらいです」
「なるほどな」
先輩はうむうむと頷いている。
ただ、僕が神様のお願いに関して気になっているのは、
「こんな感じでいいんですかね? ほら、この世界の人って神様に関わるときは、何か重大なことを頼まれるって聞きますし」
「ふむ、そこは特に気にしなくてもいいだろう?」
「そうなんです?」
「基本的には好きにすればいいと思うぞ? お前が自然体のまま動いていれば、それだけで利益になるだろうからな。そもそも性格上、人に何かを強制するようなお方ではない」
確かにそうだ。神様は終始僕みたいに適当な感じなのだ。よっぽど何かして欲しいときはああやってお願いしてくるし、特に気にする必要もないのか。
「先輩も神様、アメイシスさんには会ったことが?」
「お前ほど頻繁ではないだろうが、何度かな」
人間外の他種族は、自分の種族を作った神様がよく会いに来てくれるらしいが、先輩の場合はやっぱ魔王を倒した勇者だからなのだろう。
そこで、ふと思う。
「先輩、今日はどうして僕をここに?」
「いや、お前には、俺たちの世界にはこういったところがあるということだけ知っておいて欲しかったんだ。この世界には、ここのようにまだまだよくわからない場所が多くある。もし可能であれば、これがなんなのか考えてくれ」
「考える……」
「なに、そこまで深刻に考える必要はない。心の隅にでも留めておいて、たまに思い出してくれればいい」
先輩は、また快活な笑顔で牙を剥いて、そう言葉をかけて来る。獣頭だから笑顔になると牙が見えるんよね。他の獣頭族の人もそう。
「さ、そろそろ帰るか」
「ええ、そうですね。帰りましょ……はっ!?」
先輩の言葉に応えたとき。そこで、僕は気付いてしまった。
これから、もう一度あの気持ち悪い階層を通り抜けなければならないことに。
……あれだ。うん、もう当分ここには来たくないよ。




