第17階層、遭難者を救助することも、まあしばしばあったり。約16000文字。
遅くなって申し訳ありません……。
あと分量が分割できなかった……。
ズタボロ。
――新人冒険者ディラン・フロストは、迷宮深度8『霧浮く丘陵』の安全地帯で一人、進退に窮していた。
「俺は、バカだ……」
もう何度もこうやって、階層に踏み入る前の自分を貶したか。
どうして、体力に余裕があるからと、事前に調べもしていない階層を目指してしまったのだろう、と。
どうして、このような貧弱な装備だけでも進めると、根拠のない自信を持ってしまったのだろう、と。
安全地帯の出入り口から周囲を窺い出してから、もうどれくらいの時間が経っただろうか。通りかかる冒険者に声をかけることもできず、かといって動くこともできず、往生している。
ここ『霧浮く丘陵』は、ガンダキア迷宮では低階層に当たる場所だ。第1ルートの途上、『大森林遺跡』の次で、深度は8。つまり、レベル8以上の冒険者ならば、腕や足を失っても最悪生きて帰ってこられるかもしれないという目安が付けられている。境界を抜けると波打つように広がった草原が続き、常に霧がかかっているという視界の最悪な階層だ。でこぼこの地形は常に前方の視界を遮り、そのうえ霧が視界を霞ませるため、唐突にモンスターが飛び出してくるということはざらにある。
チームを組む冒険者たちならば、連携さえしっかりしていれば問題なく潜ることができると言われている。だが、ディランは一人であり、冒険者になったのは数日前という、新米も新米、超新米の冒険者だ。迷宮潜行の心得などほとんど持たず、技術も知識もほぼゼロ同然。彼の家系が戦いを生業とするものだったならば多少の無茶も通るだろうが、ディランは王国北にあるさびれた農村の三男坊ゆえ、そんな技術など持ち合わせてはいない。
彼の家がもっと裕福だったならばこんな日銭稼ぎの窮地には……とは言うまい。農家の次男三男が家を出るのは、いわば宿命だ。畑は次の家長である長男が継ぐため、家にいれば飼い殺しが当たり前。家に置いてもらえたとしても食い扶持以外を稼ぐことはほぼ不可能であり、働き手の数と稼ぎが釣り合わなければ、売られるか追い出されるかのどちらか。結局のところ、口減らしのためにディランは家を、村を出ることとなったのだ。
ディランの体格はそれほど大きなものではないが、幸い身体は丈夫であり、水汲みや農作業、害獣駆除などを人一倍こなしていたため、体力も同年代に比べて多かった。
それゆえ仕事には困らないだろうと、なけなしの金銭と共に送り出されたわけだが――いずれにせよ働く伝手がなければ路頭に迷ってのたれ死ぬのは必然である。
そんな彼に一縷の希望を持たせたのは、冒険者の存在だった。
昔から彼ら冒険者の話はよく寝物語に聞かされていたため、ディランもその存在は知っていた。世界の中心近くにある大都市には迷宮と呼ばれるモンスターの巣窟があり、そこでしか取れない珍しいの素材などを得て金銭を稼ぐ勇者たちがいるということを。うまく立ち回れば、その身一つで一財産築くことも不可能ではないといわれ、ディランもよくそんな益体のない夢に思いを馳せていた。
そのため、ディランがフリーダに来ることはそう難しい話ではなかった。
村で渡された数少ない手持ちでは、モンスターと戦うための装備を十分に揃えることができないため、最低限身を守るための胸当てや脛当てを購入し、当分は低階層に自生する食材などの採集に専念したのだが――結局は、欲目を出したのがマズかった。
『大森林遺跡』を問題なく潜行できたからという理由だけで、次階層である『霧浮く丘陵』にまで足を延ばしてしまった。もちろん、自分より強いモンスターには敵うわけもなく、手持ちの水や食料を犠牲に、やっとのことで安全地帯に駆け込んだ。
ディランの目に、キラキラと穏やかに輝くモンスター除けの晶石杭が目に入る。安全地帯のそこかしこに乱立するそれは、冒険者ギルドが冒険者たちから核石を買い取り、業者に精錬を頼んで、こうして迷宮内に設置されるのだという。長く置いておくと劣化してしまうため、定期的に整備が必要だが、これがあるからこそ、冒険者は安心して迷宮に潜れるのである。
いまのディランには、この安全地帯も牢獄となんら変わりない。これが外の脅威から守る柵だというなら、牢屋の格子となんの変わりがあるのだろうか。
「……腹減ったなぁ」
節約のため、朝から何も口にしていない。だが、空腹ならばまだ耐えられる。腹が減れば、我慢すればいいのだ。農村の冬を思い起こせば、半日一日程度の絶食など屁でもない。だが問題は帰り道だ。道中でモンスターと出くわさないとも限らない。少ない体力、空腹で十分に力の入らない身体、その状態で『大森林遺跡』まで逃げられるかと聞かれれば難しい。しかもこの階層はどこからモンスターが出てくるのか察知するのが難しいため、どの場所でも出会い頭の遭遇戦と言うのがあり得るし、食料を手放した以上、次にモンスターと遭遇すればまず助からないと言っていい。
いまいる安全地帯にも冒険者がいるため、彼らに頼めばもしかすれば無事戻ることができるのかもしれないが――そうなればまずタダとはいくまい。金銭を請求されるか、代わりにいま持っている素材などを求められる可能性も否めない。手持ちがほとんどない以上、それだけは何としても避けたいが――
「命あっての物種か……」
ぐうう、と大きく腹が鳴る。ここは意を決して、声をかけるべきだろう。死んだら元も子もないのだ。森まで出たら、またそこで稼げばいい。
現在安全地帯にいる冒険者たちは二十数人と、結構なもの。かなりの数だが、チームが二つと、自分と同じように単独潜行らしき人間が一人。
一つは、ベテランらしい雰囲気を持っているチームで、装備も高価そうなものを揃え、しっかりしており、総勢十八名。態度にも余裕が見て取れ、新米のディランにもかなり強そうなことが窺えた。だが、聞き耳を立てるに、どうやらこれから先に進むらしい。彼らに頼んでもほぼ断られることは確実だろう。
もう一つにチームは、先のチームよりも貧相な装備であり、レベルもそれほど高くなさそうな節がある。ただ先ほどからディランのことを窺っており、時折見下すような視線を浴びせてくる。低レベルの新人を嘲笑っているのか、それとも、こちら声をかけたあと、何をいくら請求するのかの算用をしているのか。このチームには絶対に声をかけたくはない。
そして最後は、単独潜行の冒険者。これが少々不可解で、他の冒険者とは違って異質な格好をしている。防具らしい防具も着けず、大きな背嚢を背負っているだけの人間だ。ふとディランも、同じように背嚢を背負う人間をちらほら見かけたことを思い出すが――そう言った人間は必ずチームにくっついていたということも思い出した。
歳は同じくらいか、少し上かという程度。顔つきも荒事とは無縁そうな柔和なもので、虫も殺せなさそうな雰囲気を表情の端々から醸し出している。
いまは何故か進退に窮しているディランよりも困ったような顔をして、チラチラと窺ったり、難しい顔をしてうーんうーんと唸ったりしている。
そして、何かしら自分の中で決着がついたのか、うんと一つ大きく頷いて、近寄ってきた。
「あー、その、おなか減ってる? もしよかったら、何か分けてあげようか?」
そして、彼はそんな救いの声をかけてきたのだった。
●
――学校が終わったあとは、友達と遊ぶなどの予定がない限りはほぼほぼ毎日異世界に遊びに行く僕。……いや、別に友達が少ないわけじゃないよ。みんなそれぞれ予定があるだけで、ぼっちでも暇人でもない。いや、暇人だけどさ。
とまあ、この日もいつものように、リュックサックの中身を確認したあと、神様から教えてもらった転移の魔術を使って、中継地点である神様のいるところにワープした。
今日の転移先は、書斎のような部屋だった。大概は真っ白で何もない空間に飛ぶんだけど、今回みたいに中継地点が変わることはよくあったりする。
要するに場所じゃなくて、神様のいるところが中継地点なのだろう。
僕の言う神様とは――もちろん紫父神アメイシスその人である。人じゃなく神だけど。外見は立派な金のひげを生やしたおじさんだ。顔の彫りも深くて、なんていうか見た目洋画のロビンフッド的な印象を受けるくらい野性味がある。正面から見ると厳格そうにも見えなくもないけど、常に気だるげな表情をしているため、威厳は半減しているという残念っぷりが少し悲しいけど。
そんな神様。書斎にいても、ぐーたらとズボラぶりは健在らしくて、積みあがった本の上で横になって、本のページをパラパラとめくっていた。そんな姿を見てバランス感覚すごいなーとぼうっとした感想を抱くが、まずは。
「神様こんにちは、今日も行ってきます」
「あー、晶くん? いつもご苦労様ー。気を付けてねー」
「はーい」
手をひらひらと振る神様に、手を振り返す。緩い。会話がゆるゆるだ。ほんと近所のおじさんとの挨拶にしか思えない。こっちは気を遣わなくて済むのがありがたいんだけどね。
すると、神様が、何かに気付いたように手に持っていた本を置いて、こっちを見る。
「あーそうそう、晶くん晶くん」
「どうしました?」
「最近さー。よく迷宮で遭難してる子、いるでしょ?」
「そうですね。なんか最近すごく増えましたよね」
「うん。夏を過ぎて肌寒くなってくると、日銭稼ぎの子が増えるんだよね」
「あー」
なるほど。収穫の秋にあぶれた人たちが、収入を求めてフリーダに来るのか。確かにフリーダは冒険者ギルドがあるため、収入を得るのは手っ取り早い。最悪、着の身着のまま『森』に潜っても、上手くすれば素材を得て帰って来られるのだ。もちろん、相応に潜る技術がなければ、どうしようもないけれども。
「だからね。ちょっとでいいから助けてあげて欲しいんだ。あ、別に無理してまでじゃなくていいからね? 余裕があるときに、助けてあげても良さそうな子を、ちょこっと助けてあげてよ」
「はあ。それくらいならぜんぜん構いませんけど」
「うん。じゃ、よろしくー」
にこにこと人好きのするような笑顔を見せ、手をひらひらと振る神様。
毎度毎度緩いとは思うけど、もしかしたらこっちが委縮しないように、気を遣ってもらってるのかもしれないね。
そんなことを思いつつ感謝していると、突然神様は書斎の天井というか虚空に向かって何か語り掛ける。
「あ、ママ、ママー。耳かゆくなったから耳かきしてー。えー、ママにしてもらうのがいいのー。僕の奥さんでしょー? ねー」
…………いや、やっぱりこの神さまはデフォで緩いんだろう。とろけきった顔で、どこかしらにいる奥さんに連絡し、膝枕と耳掃除をねだっている。神様ののろけはもうホントお腹いっぱいなので、ここはさっさと退散しよう。
…………とまあ、神様とそんなやり取りがあった直後の、迷宮遭難者である。
遭難者は、僕と同じくらい……いや年下っぽい少年だ。ちょっと赤髪気味のオレンジの髪を短く切りそろえた、端整な顔立ち。サイズの合わない中古っぽい革製の胸当てを付けている。武器も鉈が一本という、お粗末な装備だ。潜行には必須と言えるカバンやリュックもなく、荷物はほぼ持っていないらしい。
「あれって、やっぱりかなり困ってるよね……」
腹の虫を鳴らして、時折もの欲しそうな目で他の冒険者をチラ見している。
荷物を持っていないその状況から察するに、強い敵から逃げるうちに、持ち物を全部落としてきてしまったというところだろう。そして、動くに動けなくなったというわけだ。辛い。見ているだけでこっちが辛くなってくる案件である。
(見たところ僕よりも年下そうだし、装備が貧弱ってことはまず間違いなく着の身着のまま食い扶持稼ぎに潜ってきたってヤツだよね……)
受付でもときどき耳にするんだけど、この世界では、こういうのは結構よくあることだそうだそうだ。これまでいたコミュニティから、口減らしという理由で追い出されて、日銭稼ぎにフリーダに来る。
そう言った人たちにお節介を焼き過ぎるとキリがないから、助けるのはやめた方がいいと受付ではよく言われるけど、神様にもお願いされたし、なにより年下を見捨てるのは心苦しさがハンパない。帰ったあとの罪悪感が僕のハートを締め付ける。かわいそうすぎて、すでになけなしの良心が騒ぎ出しているので、結局は声をかけることにした。
「あー、その、おなか減ってる? もしよかったら、何か分けてあげようか?」
「えっ……?」
「ああ、見返りとかは請求しないよ。さすがに自分より年下からお金を巻き上げるとかはやりたくないから」
そう言って、遭難ボーイの隣に腰を下ろす。すると彼は驚きから立ち返るとともに、おずおずと言った様子で訊ねてきた。
「……あの、いいんですか?」
「手持ちには余裕あるし、まあね。どう? お言葉に甘えちゃう?」
「よ、よろしくお願いします!」
バックをゆすって見せると、遭難ボーイは土下座でもしそうな勢いで頭を下げた。それだけ切羽詰まっていたということだろうね。不安で不安で仕方なかったんだと思う。新天地で一人取り残される気分は、わからないでもないし。
そんな風に遭難ボーイとの話がまとまろうとした最中、
「おい」
「はい?」
突然、横合いから、半端にドスの利いた声がかかった。目を向けると、僕たちとは別に安全地帯で休憩していた二つのチームうちの一つ――そのリーダーらしき人間がいた。
頬は痩せこけて、不健康さ丸出し。まるでシーカー先生みたなお疲れっぷりだなと思いつつ、他のお仲間さんを見ると彼ら彼女らも同じようにやたらと貧相な具合で、装備もあんまりよくない。というか『黄壁遺構』の『蜥蜴皮』の方がいい装備してるよマジでってくらいボロい、かわいそう。痩せたハイエナとか蛇を思わせるなぁ。
そんな不健康さんは、返事をした僕を無視して、遭難ボーイに詰め寄る。
「お前、助けて欲しいんだろ? 俺たちが助けてやるよ」
「いえ、オレはこの人に声をかけられて……」
「そんなガキに何を頼るって言うんだよ? 俺たちなら出口までしっかりエスコートしてやるぜ? 格安でな」
「え、でも……」
「あぁ? 俺たちが助けてやるって言ってるだろうが!」
困っている遭難ボーイを怒鳴りつける不健康さん。僕に遅れての声掛けのうえにゴリ押し、果てはキレるとか、はっきり言って交渉下手とかそんなレベルじゃない。
そんなに自分たちが助けたいんならもうちょっと粘り強く甘い声を囁いていればいいのに、すぐしびれを切らしちゃうとかマジヘタクソというほかない。
というか、めんどくさい。ほんとめんどくさい。どうせ着いたら着いたで彼から法外なお助け料を請求するのだろうに。一億万円とかそんな頭悪そうなのだ。
だからついつい、口を滑らせてしまった。
「めんどくさい」
「あ?」
「あ! いえ、なんでもないですよ? めんどくさい人たちだなぁなんてこれっぽっちも思ってません。全然、全然」
「おま、バッチリ思ってんだろうが!」
「な……! それがわかるなんてもしかして人の心が読めるとかエスパーな人類リアリィですか……?」
「お前いましっかり口に出してただろうがぁあああああああああ!」
不健康さんから、キレッキレのツッコミが入る。冒険者じゃなくて漫才師にでも転職すればいいのに。
ため息出ちゃうよね。
「いるんだよね。こういうモンスじゃなくて冒険者を獲物にしようとする人たちがさ。まあこういった人たちに限って、ろくでもないに比例して弱いんだけど」
遭難ボーイに説明すると、不健康さんは青筋をぴくぴくさせて、持っていた剣の柄に手をかける。
「おい、お前、試してみるか?」
「いえ、遠慮します。僕ケンカとか嫌いなんで」
丁重にお断りの言葉を入れても、向こうはさっきの発言を聞いてやる気らしく、殺気を発している。このまま斬りかかってきそうだけど、僕も対処法はちゃんと用意している。
そう、ずっと魔術で雷属性のバリアーを張り続けていればいいのだ。そうすれば相手は不用意にバリアーに触れて感電するか、あきらめて帰って行くかのどちらかになる。ザ・引きこもり戦法だ。バリアーが抜かれるほどの使い手だったらどうするんだとか言われそうだけど、そんな強い人たちだったらまずこんなことはしないしね。そんな強い人たちは高レベルの階層にちょっと潜るだけで、カツアゲの数十倍稼げるのだ。まず作業的に非効率だし悪名爆上がりだしいいことなんて一つもない。
弱い人いたぶりたい系の強いサイコ連中とかの存在も否めないけど、そういうのは結構前に一掃されてるらしいので、いまはほとんどいないそうだ。
ビビリの僕も、今日はそんなに怖くなかったりする。その理由は、彼らがあまりに不健康そうだからだ。脅しかけられても、あまりに顔色が悪くて、先に「可哀そうだなぁ」と思ってしまうのだ。あまり稼ぐことができなくて、睡眠も食事も十分とれていないんだろうね。不憫なことこのうえないよ。考えるだけで、辛くなる。
でも、だからって言ってカツアゲはよくない。だから、ここは頑張りどころだろう。顔とか雰囲気さえ怖くなかったら、ビビリの僕でもなんとかなることを証明してやるのだ。根本的な解決には至っていないとか言うなし。
袖口に魔杖を滑らせる準備をしていると、ふいに、不健康カツアゲグループの背後から声。
「おい」
「あ? 一体なんだ――」
連中が振り向いた方には、同じく安全地帯にいたベテランのチームの人たちが、超怖い顔をして立っていた。
「ここでやる気なら、まず俺たちが相手になるが?」
「な!?」
ベテランチーム、まさかご助力してくれるらしい。ありがたいなー、かっこいいなーと心の中で思いつついると、ベテランチームのリーダーさんが不健康さんに詰め寄った。
「どうする?」
「お、お前らには関係ないだろうが!」
「そうかもしれないが、見過ごすことはできないな」
「この、英雄気取りか――」
「いいからさっさと出て行け。じゃないと力づくで追い出すぞ?」
「ぐっ……」
ベテランチーム、たぶんレベルは25~30強ある団体さんだ。絡んできた連中はおそらく高くても15くらいっぽいから、これはもう抵抗すらままならないだろうね。向こうは装備も攻略用のガチっぽいし。文字通り、軽く蹴散らされるだろう。
リーダーさんが凄みを利かせている一方、後ろに控えていた仲間の人たちがにこやかな様子で手を振ってくれている。どうやらとってもいい人たちらしい。遭難ボーイと一緒に頭を下げた。
……やがて、不健康なチームは安全地帯から逃げて行った。その背後に向かって、ベテランチームは「小人に手を出すなんて馬鹿か」とか「次やったら他のヤツらに声かけてフクロだな」とか言って毒づいている。というか小人って誰のことだし。
「ありがとうございます」
「いや、構わないさ。あと、帰り道に待ち伏せしているかもしれないから、気を付けろよ……って、気を付けるほどの奴らでもないか、ハハハ!」
ベテランチームのリーダーさんはそう言い残して、お仲間さんたちと共に安全地帯から出て行った。どうやら袖の中に魔杖を隠していたのを見抜いていたらしい。ベテランそうなのは伊達じゃないなぁ。
不健康チームが絡んできたのにもすぐに対応してきたし、もしかしたら僕が声をかけなかったら、自分たちがかけようとしていたのかもしれないね。冒険者には悪い人もいれば、いい人もいっぱいいるのだ。優しい世界ほんと素晴らしい。
「いい人たちだったねー」
「はい……」
事なきを得たことで、遭難ボーイはほっとしている。これで、やっと一息つけるかな。
適当に腰を下ろして、取り急ぎお湯を沸かし始める。その一方で、サファリバッグから水入りのペットボトルを出した。
「はいこれ、お水ね」
「あ、ありがとうございます……えっと、これって」
「開け方ね。この蓋を、こう、右にぐるぐるひねると開くから」
「どうも……」
ペットボトルの蓋を開ける仕草を見せて、遭難ボーイに渡す。すると彼は綺麗な水を見て感嘆の声を漏らし、目をキラキラと輝かせ、やがて勢いよく飲み始める。そして息継ぎが終わると、一言「うまい……」と今度こそ安堵の息を吐き出した。お疲れ様でした。
サファリバッグから今度はカップ麺を取り出し、フィルムを剥がして準備を進めながら、遭難ボーイに自己紹介をする。
「僕は九藤晶。クドーが名字で、アキラが名前ね」
「あ……俺はディランって言います。ディラン・フロストです」
「ディランくんね」
ディランでフロストとは、名前がやたらとカッコイイ。異世界だから、フロスト村のディランくんってことなんだろう。
というか名前だけでも完全に主人公クラスじゃないのかこれ。
「ディランくんって、やっぱり迷宮には潜り始めたばっかり?」
「はい。村から出たあと、どうにか稼ぐために、ここに来ました……」
「あー、やっぱそうなんだねー……」
ほぼ予想した通りの返答だった。口減らしで追い出されるとか、現代の日本人の僕からすれば、きっついことこの上ない身の上である。この歳のころで、一人でここまで来て、命を危険に晒して稼ぎ始めたのだ。そんなところは十分尊敬に値するし、自分は恵まれているんだなぁとしみじみ思う。
「でも、どうしてこんなところでお腹空かせてたのさ?」
「村で獣とかを狩ってたので、森で稼げるくらいのレベルはあったんですが、調子に乗って欲を出して……」
「ははあ、ちょっと下の方なら大丈夫かなと思っちゃたわけだ。それで思ってたよりも強いモンスターに出くわして、荷物を囮にして何とかここまで逃げてきた、と」
「はい……」
「リアルオワタ式かぁ」
「りあ……おわ?」
「ああ、こっちの話だから気にしないで」
いやー、いまのディランくん、マジヤバい状態だった。おなか減ってただけじゃなくて、モンスに遭遇――というか攻撃されれば即終了だ。リアルじゃほんと洒落にならない。オワタ式はゲームでやるからいいのだ。リアルでやるのは精神削る。そりゃあもうゴリゴリに。
「師匠はあくま師匠はあくま師匠はあくま……」
「あ、あの……?」
「あ、ごめんごめん! なんでもないから、あはは……」
気付くと、ディランくんから心配そうな目を向けられていた。僕は何かおかしなことを口走っていたらしい。あなたすごく疲れてるのよとか言われそうだ。いけないいけない。
そんなことを言っている間に、お湯が沸いたらしい。キャンプ用のステンのケトルがピーピーと鳴き声を上げていた。
カップ麺の口を半分開けて、お湯を注ぐ。
「あとちょっと待っててね。そしたらできるから」
「は、はあ……?」
案の定、ディランくんは困惑している。そりゃあそうだ。カップ麺なんてもの、異世界人の彼からしたら不思議の塊だろう。突然容器にお湯を注いでどうしたんだろうと思っているに違いない。
「あの、クドーさんは、お一人でここに?」
「あ、うん。僕、基本単独で潜ってるから」
「一人で大丈夫なんですか?」
「僕は魔法使いなんだよ。ほらこれ魔杖」
「それで……」
杖を見せてあげると、すぐ納得したみたい。魔法使いならなんとかなると思ったんだろうね。迷宮は一人で潜ること自体推奨されないため、魔法使いでも一人で潜るとやっぱり怒られたりするんだけど。
「そういえばディランくん、怪我とかはしてない? 出来上がるの待ってる間に治してあげるけど」
「いえ、大丈夫です。あっても擦り傷だけなんで」
「あー、じゃあ洗うくらいはしときなよ。破傷風になったらマズいから」
「はしょうふう?」
「傷はそのままにしとくと良くないの。洗えるときはちゃんと洗わないとダメね」
そう言いながら、2ℓのペットボトルをディメンジョンバッグから取り出す。
「これ使って土の付いたところとか、汚れたところを洗って」
「こ、こんな綺麗な水でですか!?」
「あ、心配しなくていいよ。これはミネラルウォーターじゃなくて水道水だから。ほら、早くやってやって」
そうは言っても、綺麗な水をそんな風に使うのには抵抗があるらしい。ディランくんは中身をあまり使わないように、ちょっとずつ、ちょっとずつやり始める。そんなんじゃダメなので、ペットボトルを貸してもらって、遠慮なくぶっかけた。
傷の処置が終わったあたりで、ディラン君がそわそわし始めた。カップ麺の容器から漂う匂いでやられたらしい。気になって気になって仕方がない様子。
三分経った頃を見計らって、蓋を剥がしてディラン君に勧める。
「どうぞ。熱いから気を付けて。あと、これフォークね」
「あ、え、う?」
ディラン君にフォークを渡したら、何故だか困惑し始めた。フォークとカップ麺の容器を交互に見て、どうすればいいのかわからず困惑している。普通に使えばいいんだけど、何してるんだろうか。
「あ、そういうこと」
ディランくんの戸惑いの理由がわかった。要はそのまま、フォークを使った食べ方がわからないのだ。この世界の農村ではまだ手づかみで食べるのが一般的というのを聞いたことがある。フォークなんて、見たことはあっても使ったことはないんだと思われ。
「ちょっと待ってね。このフォークで、こうして麺を絡めて食べるんだよ」
使い方を見せてあげると、ディランくんはぎこちない様子で麺を口まで運ぶ。そして、
「う、美味い!!」
「カップ麺は初めてだもんねー、そうなるよねー」
どうやら、カップ麺の味はお気に召したらしい。ディランくんはまだ熱いのにもかかわらず、麺を物凄い勢いで食べ進めていく。
味覚が洗練されていない小さなころは、カップ麺がすごく美味しいものに感じられた。もちろん、迷宮食材で肥えてしまったいまでも、高いカップ麺はすごく美味い部類に入るのだけど。彼もそのクチだろう。これまで食べる物の種類の幅が狭く、限定されていたから、いろいろなうま味が含まれた食べ物に舌がびっくりしているのだ。こうなると人種的に口に合うかどうか以前の問題になるため、なんでもおいしく感じるのだ。
ディランくんはものすごい勢いで食べている最中、ふと何かに気付いたような素振りを見せ、おずおずと訊ねてくる。
「あ、あの……こんなめちゃくちゃ美味い物もらってもよかったんですか?」
「ん? ああ、気にしなくていいって。あげていいものじゃなかったら、出さないでしょフツー」
「はい……」
というかカップ麺でこんなに感動されると、逆になんか申し訳ない気がしてくる。第一人者料理人様様である。
やがて、スープまで飲み干したディランくんが、改めてお礼を口にする。
「ありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいか……」
「気にしないでよ。僕も、助けられる人は無理しない範囲で助けてあげてって言われてるからさ」
神さまからね。
「えっと、その、これを」
ディランくんはそう言って、懐に忍ばせておいた素材を差し出してくる。食料は捨てても死守したものなのだろう。要は、お礼ってことだ。
「要らないって」
「でも」
「こう言うのは嫌みかもしれないけど、僕のレベルになればそのくらいのものはすぐ手に入れられるから。それに、それで釣り合うと思う?」
「いえ……」
「でしょ? だから僕の厚意は遠慮せず受け取っといてよ」
と言っても、ミネラルウォーターも含めて総額二百数十円の厚意だ。安上がり過ぎてほんとごめんなさいですハイ。
一応落ち着いたので、そろそろ先輩らしきこともしなくてはならない。スクレールのときもそうだけど、助けてはハイお終いっていうのは、やっぱりここでは無責任なのだ。
僕が襟を正したのを見て、ディランくんも何かを感じ取ったらしく、面持ちが固くなる。
「ディランくん、こういうのは一人で潜る僕が言えたような義理じゃないけど、一人で潜るのはよくないと思うよ? 潜り始めて日が浅いなら、どこかのチームに入れてもらうとか、ガイドを雇うとかした方がいいと思うんだ」
「そういうの、勝手がわからなくて、担当受付の人からも下手なチームに声をかけると面倒だって……それなら、一人で潜ろうかなと」
「あー、なるほどそれで」
初心者冒険者が、どこかのチームに入るというのは、少々面倒くさい。ネトゲみたいにちょっと挨拶して入れてもらうっていうのができないから、難しいのだ。同じ新人仲間を見つけるのにも、うまいこと他に新人がいるわけでもないし、年齢差だって関係するから探すのにも苦労する。かといってすでに活動を始めているチームとなると、レベルに開きが出てくるから、新人を育てる余裕がないところはお断りされてしまうし。
その上で人間関係がかかわってくるから大変だ。冒険者も、さっきのベテランチームみたいにいい人ばかりじゃない。ときには騙されてお金取られるなんてのもあるらしい。
僕がきたばかりのときはライオン丸先輩にお世話をしてもらって、その伝手で迷宮ガイドのシーカー先生を紹介してもらったから、その辺、超ラッキーだったんだけどね。
「一人でも森くらい歩ければそこそこは稼げるって聞いたんで、せめて装備くらいは揃えてからって」
確かに、多少なり見栄え良くすれば、入れてもらえる可能性はある。新人発掘に力を入れているチームからスカウトされるってのはよく聞くしね。僕はほぼほぼ声なんてかけられないけどさ。
……でも、森くらい歩ければ、かぁ。
「うーんとね、あまりこういうの聞くのはよくないことだけど、ディランくんのレベルっていくつ?」
「一応、7はあります」
「森なら適正ってくらいかぁ。それなら森で頑張ればすぐに格好くらいは整えられるね。ここで稼ぐのは厳しいだろうけど」
いま僕たちのいる『霧浮く丘陵』。森も行けたから次も大丈夫だろーとか言って踏み込んだらとんでもない目に遭ったというのは、よくあることらしいし、僕も潜り初めの頃は気を付けろと、アシュレイさんやシーカー先生に口を酸っぱくして言われた。
……頑張れば格好は整えられるって言ったけど、でもやっぱり一緒に潜る仲間は必要だと思う。ディランくんは僕みたいに魔術が使えるわけじゃないし、ポーションのストックもない。ふとしたことで呆気なく……っていうのはあり得るというか高確率いや倍率ドン。だけど、やっぱり見知らぬ土地で知り合いを作るのも難しいと思う。
見ると、ディランくんはちょっとふさぎ込んだ様子になっている。この様子だと、フリーダに来たのは間違いだったのかと思ってるのかもしれない。
……やっぱり力になってあげるべきなんだろうか。
「あ、あのさ、ときどきなら一緒に潜ってもいいよ?」
「いいんですか?」
「まあ袖すり合うのもなんちゃらって言うしさ」
少しくらいなら、手伝ってもバチは当たるまい。というか神様のお願いで助けたのだ。むしろバチが当たったら断固抗議するよ僕は。
「僕の都合上、潜るのは午後夕方になるけどね。それでもいいなら、いいけど」
「大丈夫です! よろしくお願いします!」
ディランくんはさっきみたいに思い切り頭を下げた。
「じゃあそろそろ迷宮から出ちゃおうか」
「もしかして送ってくれるんですか? でも……」
「ここまで関わってハイ終わりって言うのも、あれでしょ。最後まで面倒見るよ。どうせ僕も今日は帰りだし」
出られないのだから、もちろん送ってかなきゃならない。
僕が帰りかどうかについては、大嘘なんだけどもね。
●
そんなこんなで帰り際。現在、大森林遺跡――通称『森』で稼ぎ中だ。稼ぎって言っても僕の取り分じゃなくて、ディランくんのだけどね。ある程度は金銭的に余裕を持たせてあげた方がいいと思ったわけだ。だいたい二、三日過ごせる程度と、あと装備も整えられるくらいの金銭があれば、多少は余裕が出るだろう。僕も最初はいろいろ面倒見てもらったし。還元ってヤツだ。
というわけで、一通りの薬草摘みを終えた僕たちは、モンスターの素材を求め、ここ『大森林遺跡』のモンスターがよく出現するルートに来ている。
それで、いま相手をしているのは『大森林遺跡』の金ヅルモンス『一角鹿』だ。こやつめの姿は、ちょっと大きめの黒っぽい牝鹿の額辺りに螺旋状の大きな角が一本生えている、といった感じである。こいつは俗に言う低レベル階層、『大森林遺跡』『霧浮く丘陵』『灰色の無限城』の中では比較的弱くて、角が結構なお金になるので、金ヅルモンスの称号を得ている。
それもそのはず、角は加工品から武器、防具の装飾まで多岐にわたり、重宝されるし、一方『一角鹿』の方も攻撃手段が『角を突き刺す突進攻撃』しかないので、木とか藪に引っ掛かってしまえば、その隙に攻撃し放題。リアルずっとオレのターンができるのだ。そのくせ気性が荒く狂暴だから、なんにでも攻撃を仕掛けるとかいう害獣さん。ほんとIQ低くて可哀想。
以前見たときは、ほぼ人畜無害の『歩行者ウサギ(黒色)』に突撃を仕掛けて、返り討ちにされていた。攻撃力みそっかすの『歩行者ウサギ(ウォーカーラビット)』が葉っぱ食べながら片手でシバけるくらいなのだ。食事中に構えば犬だって噛みつくってやつだ。
とまあザコ代表に負けるんだけど、こいつと戦って怪我する人もいるからザコとも言えないのがモヤモヤするところだろうか。
ディランくんも、村で害獣退治していたのは伊達ではないらしく、楽々とまではいかないけれど、問題なく倒せている。太そうな木を背後にして、『一角鹿』を待ち構え、突進を折よく回避して、角が突き刺さったのを見計らって首に鉈をガシガシ数回打ち込む。それでお終いだ。
「一角鹿なら問題ないみたいだね」
「一対一ですから。それにクドーさんもいますし」
「それもそっか」
他にいた『一角鹿』は、僕の魔術でけん制して、なるたけ一対一になるようにしている。いくらザコモンスでも、さすがに多数に囲まれたらヤバいからね。
でも、やってあげてるばっかりってのは、彼にも僕にもよろしくないかな。
「あ! そうだ。ちょっと最近作った汎用魔術を試してもいい?」
「魔術、ですか?」
「そうそう――いくよ、連撃エクストラダブル!」
そう叫んで、僕がかけた魔術は――僕の作り出したオリジナルの術だ。
連撃――これは二回攻撃ができる魔術と言えばわかりやすいかもしれない。通常、攻撃とは、剣を振る、拳で殴る、脚で蹴るなど、なんであれ一回とカウントされるだろう。だがその一回中にもう一撃、つまり追加で別の攻撃を加えることができれば、とRPG的な思考で考え付いたのがこれ。
ディランくんがぽわぽわっとした不思議な光に包まれる。でも強化系の汎用魔術をかけられたわけじゃないから、効果は実感できないだろうね。その証拠か、困惑した表情を浮かべている。
「えっと……」
「ディランくん! 君は少しの間二回攻撃ができるようになった! 以上!」
「は……? に、にかいこうげき、ですか?」
「まあちょっとアレに斬りかかってみてよ。今度は木とか利用せずにさ」
「はあ……」
ディランくんは戸惑い気味に『一角鹿』との間合いを詰める。普通は向こうの突進を見極めてから近付くっていうのがセオリーだから、ちょっと倒しにくいかもしれないけど、まあ何とかなるでしょ。ディランくんが狙いを付けた『一角鹿』が目を三角にして「こっちくんな!」的に暴れはじめる。首をぶんぶん振って、長い角をめちゃくちゃに振り回している危ない。レベルが1~3程度だったら、突発的な攻撃をかわすのも大変だろうけど、ディランくんは7もあるから、攻撃の急な変調にも対応できるだろう。かわすだけなら余裕だし、『一角鹿』の周りを素早くくるくると回っていればいい。
ディランくんも倒し方のセオリーはちゃんと知っているらしく、やはりモンスの周りをくるくると回り始めた。『一角鹿』は四足歩行、しかも小回りの利かないタイプであるため、すぐに対応が追いつかなくなる。ディランくんはその隙を狙って、鉈で斬りかかった。慣れた人だと角を掴んで動きを封じるって人もいるけど、ディランくんレベルの腕力だと難しいかな。
ディランくんが、『一角鹿』の首筋に一発入れる。だけど、一発こっきりじゃ倒れない。『一角鹿』は首筋から血を流しながらも体勢を立て直して、今度は後ろ蹴りをしようとするけど、直後、不思議なことが起こる。
ディランくんの動きが唐突に加速したのだ。いままでの動きからは想像もつかないくらいだ。まるで彼の動きだけ早送りでもしたかのよう。
そんな状態で打ち出す二発目が上手く決まって、『一角鹿』は倒れた。一方のディランくんは、倒したあと、困惑したように鉈やモンスターを交互に見る。
「……え? え?」
自分でも、何が起こったのは把握できていないのだろうね。
「それが二回攻撃! 敵に対して一方的に追撃を与えられるようになる汎用魔術。もちろん敵に一度防御されても、もう一撃は絶対に防御や回避もされないというおまけ付き! そう、敵も同じ力を持たない限りはね!」
そんなゲームに出てくるような壊れモンスターはたぶんいるわけないので、相手の防御力を抜ける力さえあれば、これをかければ確実に倒すことができるという超チート魔術である。もちろん消費する魔力は相応なんだけど。
汎用魔術の加護を初めて受けたからか、ディランくんは興奮し始める。
「すごい……クドーさん、すごいです!」
「わはは、もっと褒めて」
いつも師匠にボロクソ言われるので、ちょっと調子に乗りたい。精神衛生。精神衛生。
そんな感じで、僕とディランくんは『一角鹿』をいい感じで狩りまくって、ホクホクな状態で正面大ホールに戻ったのだった。
……話はもうちょっとだけ続くんじゃ。
●
「とうちゃーく!」
森での稼ぎも終わり、僕とディランくんは無事に正面大ホールに到着した。
無事もなにも『霧浮く丘陵』からだから、よほど不幸な事故がない限りズタボロになるということはないのだけれど。
大ホールに戻った冒険者は、このあと汚れを落としに洗い場に行くのが普通だ。血や泥の汚れをある程度落としておかないと、正面大ホールがエライことになるし、衛生的にもよくない。何より受付嬢に嫌がられるから必須である。
僕は今回全然汚れてないから大丈夫だけど、ディランくんはほうほうの体で逃げてたみたいだから、そこそこ汚れている。まずは洗い場に向かおうと思っていると、ふいに後ろから、どん、っと尻餅をついたような音が聞こえてきた。
振り返ると、ディランくんが救われたような顔をして、その場にへたり込んでいた。
「オレ、い、生きてる……」
緊張の糸が切れて、せき止めていたものがどっと溢れてきたのだろう。冬場でもないのに、手がひどく震えている。
こういったのも、ここガンダキア迷宮では、よくあることだ。初めて迷宮に潜って生きて帰ってきて、いまある生を実感する。新人さんだけじゃなくて、深度階層から戻って来たベテランでもこういったことがあるのだ。近場にいる冒険者さんたちも、温かい視線を送っている。
やがて、ディランくんは多少なり落ち着いたらしく、
「あ、ありがとうございます! オレ、もう本当にダメかと思って……」
「今回は運が良かったってことだね。今度から気を付けよう」
「はい……」
……今日の冒険は収穫ゼロだったけど、まあこんな日があってもいいよね。




