第16階層、味の好みは種族それぞれ。
【登場人物】
九藤晶……主人公。
スクレール……耳長族の少女。エルフの耳を長くして、斜め下の方に伸びているような感じ。
――冒険者ギルドの正面には英雄の像が置かれている。
英雄といっても、かっこいい鎧とかマントとかをまとってるような勇者然とした感じの、自己顕示欲の強い見た目じゃくなくて、革鎧とか身に付けて鉈を持った『ちょっとそこらの森までお散歩行ってきます』的な軽装のおじさんのブロンズだ。なんでも昔に、迷宮で最大の踏破率を誇ったという伝説を作った人を銅像化したものらしい。
当時のギルドの職員さんたちは、功績を打ち立てたこの人を象徴にして、人集めに使ったり、ギルドの権威を見せつけたり、お金集めに使ったのだろう。要は、客寄せパンダだ。それならもそっと誇張してかっこよく作ってあげればいいものを、配慮が足りないと思う。
もちろん当時の功績としては破格だったらしいけど、今はライオン丸先輩が抜き去っているらしい。
この英雄の銅像前は、広場にある神々の像の前と同じで、よく待ち合わせに利用される場所だ。広場の方に比べ、こちらはギルドの正面にある分、冒険者たちの平時の待ち合わせに使われることが多い。近くには伝言屋なる職業の人が詰める屋台があって、そこで利用者の言伝を引き受けるらしい。僕は使ったことないけどね。
この日、いつものように冒険者ギルドに到着すると、その英雄さんの像の前にスクレールがいるのを見つけた。
くるんとカールした長い銀髪の先っぽをふりふり、漫画に出てくるエルフよりも長いとんがり耳をピコピコ。アジアンテイストな青色の民族衣装をまとう拳法家、こっちで言うところの拳士である。
彼女は意外にも、そこで誰かと話をしているらしかった。いや、意外もなにもないか。彼女だって誰かと話をすることくらいあるだろう。でも、滅多に見かけないそんな光景が少し気になって、近づいてみた。もちろんこそっとじゃなくて堂々とね。
で、どうもスクレールと話をしているその人物は、砂除けの砂色マントを身につけて、フードを目深に被っているようで、顔がまったく見えなかった。不審だ。しかも時折身体を傾け、ちらり、ちらり。周囲を警戒するような素振りを見せている。不審さマックスだけど、一体何者なのだろうか。
うーんと眉をひそめつつも、普通にスクレールに挨拶しようとすると。
「うひぃ!?」
ギンと、フードの下から鋭い眼光でにらみつけられたうえに殺気を飛ばされたせいで、ついつい情けない悲鳴を上げてしまった。
足が生まれたての鹿とか馬とかキリンみたいにガックガクになる。下半身もろもろが瀕死状態になった。
「うう……だから殺気を向けるのはやめてって……」
そう言いながら、手を突く場所を求めて這うように英雄様の像に向かう。近付いたからか。近付いたからいけないのか。そんなのことで殺気なんて向けないでよほんと困る。というか怖い。ほんと怖い。ほん怖。マジどうしてこの世界の人たちというのは殺気とか形而上概念を自在に操れるのだろうか。そういうのは漫画の中の登場人物だけにして欲しい。そのうちほんとに漏らしちゃうぞ。下半身が死亡して大惨事だぞ。
腰砕けになった僕が英雄様の足に縋り付いていると、遅れて僕に気付いたスクレールが、フードを被った人物の肩を叩く。
「大丈夫」
「そう、なの?」
「そう。友達」
「友達……あ」
フードの人物は何かに気付いたような声を上げて、刺すような殺気を霧散させた。友達という言葉で思い当たる節があったのだろうか。
そのフードの人物はすぐに近づいてきて、
「ごめんなさい。よろしく」
「あ、うん。よろしく……」
謝罪のあと、フードの人物は軽く頭を下げた。声からして女の子っぽい。スクレールみたいに片言っぽいけど。
ということは、だ。
「彼女スクレの知り合い……というか同じ?」
「そう。里と外のつなぎ役。こうやって里と連絡を取り合ってる」
「なるほど」
この世界、電話のような通信手段がないため、こうして連絡作業を仕事にするつなぎ役がいるのだろう。
殺気も向けられたし、部外者お断りの大事なお話し中だったのかもしれない。
「お邪魔だった?」
「大丈夫。ちょうど話が終わったところ」
「そっか」
そんなやり取りのあと、ふとスクレールが、
「……そうだ」
なにか気が付いたのか、思いついたのか、彼女はバッグからこの前あげた卓上醤油を取り出した。半分くらい減っているけど、あげたのがだいぶ前だから、大事に使っているのだろう。スクレールは卓上醤油をつなぎ役の子に見せ、
「これ」
「……?」
「ショウユウー。舐めてみて」
つなぎ役の子不思議そうにしつつも、スクレールに言われた通り醤油をちょっと手の甲に付けてぺろぺろしだす。
「ショウユウー?」
「そう、ショウユウー」
「ショウユウー」
なんか二人してひたすらショウユウーショウユウー言い出した。しかも心なしか、なんか嬉しそう。醤油好きが増殖した。いや、ショウユウー教団の団員がまた増えたと言えるだろうか。耳長族は醤油の味が好みなのかも知れない。
うーん。ここまで好みなら、あとで作り方をネットで調べて翻訳して教えてあげるのもいいかもしれない。この世界、大豆もちゃんとあるし、もしかすれば再現できるかもしれないし。
スクレールはつなぎ役の子に醤油の使い方を説明して、残りを全部あげると、つなぎ役の子は嬉しそうにお礼を言って去っていった。足取りがとてつもなく軽いのを見ると、日本人としてとても和む。
「……スクレもそうだけどさ、なんか耳長族の人ってカタコトっぽいよね」
「私はこれでも話せる方。ほかの仲間はもっと話せなかったりする」
「あー、あれねー、言語的な問題なのねー」
僕は神様に脳内翻訳機能とか文字理解機能とかをオプションで付けてもらってこっちの言語に対応できるようになったから、あまり気にしてはいなかったけど、やっぱり種類が結構あるのだろう。
「ド・メルタの言葉はだいたい共通してるけど、東と西は基本的に別だって考えた方がいい」
「そうなんだ。じゃあスクレって」
「私は東にある里から来た」
ここ自由都市フリーダは、大陸の中央から北西に少し寄った場所にある。西方に属するのだろう。
「そう言えば、スクレールがここに来た時の話って聞いてなかったね」
フリーダに来たのは奴隷にされたからだが、どうしてそうなったのかはまだ触れていなかった。
「里から出てきたのは、もともとこっち――西に来る予定ではあったから」
「やっぱりもともとフリーダには来る予定だったの?」
「そう。フリーダは大陸で一番流通が良くて物資も豊富」
「核石とか迷宮素材とかね」
「一番は情報だけど」
「あー、そっか。それが一番なのかー」
フリーダは大陸の中央で、いや、この大陸で一番栄えていると言っても過言ではない都市だ。ちょっと動き回れば、この大陸にあるものは大抵手に入るらしいし、もちろん人が沢山集まるから自然と色んな情報も集まる。
「そう。ただ道中で、油断した。宿場の人間に薬を盛られた」
「へ!? しゅ、宿場って、宿の人に!?」
驚いて聞き返すと、スクレ―ルは険しい顔で頷いた。嫌な思い出だからだろう。というかそんな信用商売で薬を盛るとか怖すぎる、さすが異世界半端ないくらい修羅ってる。
「怖いなぁ」
「大丈夫。仲間が潰したから」
「それもっと怖いなぁ……」
他種族は結束が強いから、見過ごせなかったのだろう。スクレールが無事に奴隷から戻って、つなぎ役の子に伝えたあと、耳長族の仲間たちが宿を取り囲んで力ずくで潰したとか情景が頭の中にありありと浮かんでくる。
「それで、すぐフリーダに売られてきて」
「僕と会ったのは不幸中の幸いだったと」
なるほど。スクレールほどの使い手が、奴隷商に捕まったことをずっと不思議に思ってたけど、そういった経緯があったのか。確かに宿の人に薬なんて盛られたら、なす術なんてないよね。
「……アキラ。これから潜るの?」
「そうだよ。ちょうどいまからね」
僕がそう言うと、スクレールは、
「一緒に潜りたいなら、潜ってあげてもいい」
そう言って、したり顔。彼女は素直じゃないので、いつもこんな言い方をする。普段ならこっちも、「いいよ」って頷くんだけど、今日はちょっと悪戯心が湧いてきた。
僕の返答を待つスクレールに、
「じゃあいいや。僕、今日は一人で行くよ」
「うん……え?」
断ったら、いつもの返事と違うため、スクレールは挙動不審な感じできょろきょろしだす。
「え? え? え?」
混乱している彼女を尻目に、僕がその場から立ち去ろうとすると、
「ちょ、ちょっと待って!」
「ん? どうしたの?」
「だ、だからその、一緒に潜ってあげてもいい、から……その」
「無理して僕に合わせなくていいよ。スクレにはスクレのペースがあるでしょ?」
「それは……あ!」
素気無く言ったつもりだけど、ついつい笑いが顔に出てたみたい。からかわれていることに気付いたスクレールは、頬っぺたをリスの頬袋みたいに膨らませて腕をバタバタさせる。
そして、
「いじわるいじわるいじわるいじわるっ」
「……あのさ、一緒に行きたいんなら一緒に行こうって言えばいいじゃない。なにか用事がない限り断ったりしないでしょ僕」
「……そ、それは、そうだけど」
そうだけど。言いたくないのか。何故だ。何故そこで意地を張るのか。
「それで、どうするの?」
「一緒に行く!」
スクレールに手首をむんずと掴まれ、ぐいぐいと引っ張られる。レベルが十ほども差があるのに抗えないのは、魔法使いの素養と戦士の素養の差か、もしくは種族的な性能の差があるゆえか。というか痛い。ちょう痛いです。
……ちなみにこの件のあとから、スクレールのお誘い文句が「一緒に潜ってあげてもいい」から「一緒に潜ってあげる(強制)」に変わった。どうも『潜ってあげる』ってところは譲れないらしい。ツンデレおつ。
●
スクレールと一緒に潜ると、低階層の邪魔な敵はいつも彼女が全部倒してくれる。
それは、魔法使いは魔力を温存するのが当然という観点からのものだ。迷宮に潜る冒険者には半ば常識みたいなもので、魔法使いのいるチームのほとんどはこれを守っている。いざという時に、怪我の治療や全体離脱ができる魔法使いに余力があれば、柔軟な対応が可能だからだ。そのせいでふんぞり返る魔法使いもいるらしいけど。
まあ、彼女と一緒に潜るときには、そんな危機に陥ることなんてまるでないんだけども。
スクレールが迷宮に潜るのは、核石と迷宮の素材の入手を目的としている。手に入れたものを、里に送るらしい。普通に考えても、かなり重要な役目だ。腕っぷしも強くて、真面目じゃないとこなせないし、仲間からの信頼も厚くなければやらせてもらえない。そこから考えるに、彼女里でも結構重要なポジにいるんじゃないかと予想している。
あとは、僕と同じでレベル上げがしたいらしい。強くなりたいのだそうだ。大抵は第4ルートの『水没都市』『赤鉄と歯車の採掘場』でレベル上げに勤しんでいるとのこと。採掘場とかあんなくっそ暑い場所でレベル上げするとかさすがだ。僕にはとても真似できない。サウナで運動するようなものだ。熱中症待ったなし。
降り注ぐ木漏れ日の中、スクレールは戦闘中。場所は深度5『大森林遺跡』だ。
相手はガンダキア迷宮ザコ代表『歩行者ウサギ』。二足歩行で歩くピーターでラビッツ的なウサギさんを巨大化させた『生き物』だ。大きさ2メートルとかデカすぎだろ。
無論、『生き物』なので『モンスター』ではない。異世界ド・メルタが誇るトンデモ生物なのだ。迷宮に生息するものは全部モンスターだと思われがちだけど、たまーにまれだけどこういった普通の生物も存在する。立って歩く巨大ウサギな時点で普通とはかけ離れてるけど。
遠目では大きなぬいぐるみっぽくて超可愛いけど、近くに行くとその大きさに圧倒されるし、真っ黒で大きい、つぶらな瞳がなんか少し怖い。見ていると吸い込まれそうな気持ちになるし、何考えてるかわからないって感じか強くて、なんとは言って表せない恐怖を感じてしまうのだ。最初は結構トラウマだったのをよく覚えている。「マクレガーさん助けて!」とかマジで叫んだ。いまはへいっちゃらだけどね。
この不思議生物、基本的には大人しい。群れで行動し、大抵縄張りで座って草を食べている。だけど稀に、今回みたいに立ちはだかって来ることがある。襲ってくるというよりは、絡んでくるという印象だけど。ウサギたちはじゃれてるつもりなのかなんなのか、近づいてまとわりつき、短い腕でペシペシ叩いてくる。けど全然痛くないし、それに飽きると帰ってしまう。何がしたいのかマジわからん超謎という、都市伝説ならぬ迷宮伝説の一つだ。
そして、大森林遺跡の出没地帯には、
『この周辺、歩行者ウサギ出没注意』
『まとわりついたりしてくるけど、気にしたら負け』
『見るときは遠くに離れて鑑賞しましょう』
『ウサギさんを殺さないでください』
などという立て看板が乱立している。ド・メルタではなんか保護対象の生物らしい。向こうから絡んでくるときは無茶だとはいつも思う。いや確かに実害はまったくないけどさ。
僕たちの前に立ちはだかった『歩行者ウサギ』は、短い両腕を前に突き出してゆらゆらさせ、何らかの構えっぽいものを取っている。冒険者たちからはウサギケンポーなどと言われているけど、その真価が発揮されたところとかはいまだかつて見たことがない。対してスクレールは、やっぱりぴょん、ぴょんとステップを踏んでいる。これじゃあどっちがウサギさんかわからない気もしないでもない。
しかしてウサギケンポー対、耳長族の超武術、勁術の結果は、耳長族に軍配が上がった。
スクレールの掌底が『歩行者ウサギ(ウォーカーラビット)』のぽっこりお腹に決まったと同時に、ずどん、と重そうな衝撃がこっちにまで伝わって来る。それだけすごい力が加わったということだ。一撃必倒である。
ばたりと倒れる『歩行者ウサギ』。きゅうと一声鳴いて、目をバッテンにさせて気を失った。こいつら攻撃力はほんとみそっカスだけど、防御力はやたらと高い。こいつらの毛皮は剣すら弾くという。一時期それのせいで密猟団が現れたこともあったらしいけど……内側に浸透する勁術にも耐え得る肉体とかスゲー。スクレールが離れると、どこからともなく仲間が出現し、どたどたと走って倒れたウサギを回収して逃げていった。ほんとこいつらの生態謎。
一方で倒したスクレールは、「ウサギ、もうちょっと小さかったら可愛いのに」と呟いている。やっぱりウサギは小さい方がいい。いや、もしかしたらこの世界って、小さいウサギいない?
「すごいよねー、その格闘術」
僕がそう言うと、スクレールは胸を張って自慢げに言う。
「これはサフィア様が私たちのために作ってくれた武術。すごいのは当たり前」
「ほぇー」
耳長族を眷属とするド・メルタの神の一柱、青女神サフィア。戦いの神とも言われるほどの神様だ。……ちなみに青女神だけど、青妹神とも呼ばれたりするらしいね。
すると、スクレールは、
「アキラもやってみる?」
「え? うーん、教えてくれるんなら、ちょっとやってみようかなー」
「じゃあまず私の真似をして動いてみて」
彼女はそう言って、勁術の套路らしきものを見せてくれた。
それを見よう見まねで真似ていると、
「こうかな?」
「腕は、こう。足は地面にべったりつけないで足をよく使って移動する」
どうやらこの武術、ぴょんぴょんと跳ねるように動いて相手を翻弄するのが基本らしい。
そんなことを思っていると、ふいにスクレールは跳ねるような機敏な動きから、足の裏を地面にべったりと付け――
「手の届く間合いに入る三歩前になったら、つま先立ちを止めて踵を意識して移動するようにする」
打ち込む前に、つま先立ちの動きから、踵を意識するべた踏みへと移行するらしい。
僕も、真似してやってみるけど、
「なんかこれ、切り替えがスムーズにいかないなぁ……」
「最初はそれが普通。訓練すればそのうちできるようになる」
意識して変えるのはちょっと難しいし、間合いを計るのもちょっと難しい。これは一朝一夕でできるようなものじゃないわぁ。
「足運びを変えたあとは、腕と足を一緒に動かすようにする。手首と足首を紐で結んでるような気持ち」
「こうだよね。こう」
そう言って、腕と足を同時に出して、動くけど……ぎこちない感じだって自分でも思う。やっぱりこれはかなり難しい。腕と足を交互に動かすのって、幼稚園とか小学校の体育の行進で強制されちゃうから、今更直すのはちょっと大変かも。
踵を意識して移動する歩法も、なんか飛び込むというよりは、体当たりしてるような気持ちになるし。うーん。震脚もムズいなぁ。
そのあと、教えられたことを通しでやってみたのだけど、
「やってみたけど、どうかな?」
「ん……正直に言っていい?」
「うん」
もしかしたら上手くできていた可能性が微粒子レベルであるかも、と淡い期待を抱いていたけど、現実は無常である。
スクレールはいつもの不愛想な表情で、
「ヘタクソ。才能ない。ダンゴムシ以下。一度死んで生まれ変わってやり直した方がいい」
「ひどい」
「でも正直に言っていいって言ったのはアキラ」
「そうだけどさ……」
その罵詈雑言の嵐はなんなのか。地面に手を突いて項垂れる。これならまだ師匠の方が褒めてくれた方だ。あとダンゴムシ以下が地味にショック。この前正面ホールで絡んできた近衛さんたち並みの評価だ。つらい。
「私、これでも嘘が言えない体質」
「ちょっとそれ自体が嘘でしょ!」
いつも意地張るクセに嘘つきじゃないとかどの口が言うのか。スクレールは珍しく口元に含みのある笑みを作った。
「さっきのお返し」
「ぐぬぬ……」
地味に根に持っていたのか。すっきりしてご機嫌な表情になっている。
「でも才能ないのはホントのこと」
「そこ正直に言わなくていいから! まあまあとか言って濁せばいいから!」
「私、これでも嘘が……」
「もうええわ!」
それからしばらく、彼女から動きなどを教わったあと、
「じゃあ次」
「ま、まだあるんですね……」
「ここからが重要。泣き言言わない」
「はーい」
僕が力のない返事をすると、スクレールは手のひらを突き出すように構えを取り、
「まず勁気を練る」
「ジンチー?」
「そう。人の身体に作用する、魔力とは違う力」
「って言っても……」
そんなのよくわからない。というかそんな不思議パワーどこから湧いてくるのか。耳長族だけにある不思議パワーなのか。
「レベル30も超えてたらすぐわかるはず。人はみんなレベルが上がるにつれ、身体に力を入れると筋肉の力とは別に、力が漲って来る。それが私たちで言う勁気」
「レベルが上がるにつれて漲る力って……ああ! それって!」
スクレールの説明で完全に理解した。彼女の言う勁気というのが、レベルアップに伴って起こる、身体能力向上の正体のことだ。
レベルアップで生じる身体能力の向上は、筋肉を増やさない、いわば理外の成長だ。普通に考えるとすごくおかしな状況だけど、僕の細腕でも、レベルって概念習得する以前と比べ物にならないパワーを発揮できているのがそれのせいなのだ。腕に力を入れると、その外側を包み込むような感じで力が漲る――レベルアップするに連れてどんどん外付けされる不可視の力に、アシストされているような感覚になる言った方がわかりやすいかもしれない。
というかこれ、技に応用できるのか初めて知った。なんかマイナーなゲームの裏技に気付いたような気持ちになる。すごい楽しい。
「まず、腕に力を入れる」
「うん」
「腕に勁気が感じられてくる」
「うんうん」
おお! いままであんまり気にしてなかったけど、この力を意識できるのなんかすげー。
「そしてそれをそのまま、保持する」
「うん」
「地面を踏み込んで、同時に腕を突き出し、腕に保持した勁気を踏み込んだ反作用で撃ち出す。撃ち出すときは、正面のものをさらに奥を打ち抜くような気持ちで撃つ。撃ち出すときは掛け声も忘れない。掛け声は『發』っとおなかの底から爆発させるように」
これまでにないほどの説明の長さに、ちょっとびっくりするけど、落ち着いて言われた通りやってみる。
「――ハッ!」
やってみたけど、なにか出たかどうかはわからない。波動な拳とか、かめはめ的な波ととか出ればわかりやすいんだけ。うーん。
スクレールを見ると、彼女はじっと目を細めていて、
「…………」
「どう?」
「……ちょっと、ほんのちょっとだけ上手いかもしれない」
「え? ほんと? やった!」
「調子に乗らない。魔法使いだからちょっと力の使い方が上手いだけだし。基本ヘタクソなのは変わらない」
「先生、僕、褒めて伸ばして欲しいタイプです……」
「残念、私は厳しく育てるタイプ」
「うう……」
「それが勁術の基本、流露波。相手の間合いの手前で、足の動きと体重移動の仕方を変えて、間合いに入る三歩の間に、『跳ね足尖』で溜めた勢いを『浮き足尖』で自分の全体重を相手にぶつける体勢を整える。『浮き足尖』が上手くできるようになれば、さっきは腕の勁気だけだった打ち込みが、身体全部の勁気を打ち込めるようにるから。最後の踏み込みからはさっき説明したのと同じ。ある程度できるようになれば、人間程度はペラペラの紙に見えてくるようになる」
「その形用の仕方怖いですね」
「うん。そしてこれが――」
僕の恐れ華麗に流して、スクレールは突然、強烈な裏拳を打った。手元が爆発したかのような轟音を放ち、まるで雷でも落ちたかのよう。ビビる。マジビビる。しかも、拳の数メートル先にあった木々が裂けて折れている。
「……裏小雷」
「ふぇぇ……」
僕はビビり過ぎて尻餅をついてしまった。正直、とんでもない威力だ。さっきの僕の褒められた喜びなんて安っちいものだったのをよく思い知らされた。
今日二度目の腰砕けになって地面を這っていると、スクレールはジト目を向けてくる。
「もっとすごいことできるのにどうしてびっくりしてるの」
「そりゃおっきい音とか衝撃とか近くで発生したら誰でもびっくりするでしょ……」
「アキラは変」
「なにおうっ」
ハイハイしながら拳を振り上げ講義するけど、迫力は皆無だろう。腰砕けのかなしみ。
「これを練習する」
「そうなんだ。練習すると勁術を会得できるんだね。ふーん」
「練習する」
「…………え? 僕も?」
「そう。ちゃんと毎日する。じゃなかったら教えた意味がないから」
「…………はい」
有無を言わせぬ威圧感に、頷かざるを得なかった。これ、なんか昔を思い出す。ヒーローになりたい友達が、僕をヒーローになる練習につき合わせて、毎日特訓と称して訳の分からないことをやらされたのを。それのおかげでヒーローキックのフォームだけは非常に上手くなった。それがイナヅマキックに活かされてるんだから、人生なにがどうなるかわからないけども。
「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす……」
「なにそれ?」
「僕の幼馴染みの口癖。なんだったっけ、五輪の書だったかな? 一つの技を自分のものにするのに近道はなくて、毎日繰り返し繰り返し稽古するしかないって」
「それ、いい言葉」
スクレールはうんうん頷いて感じ入っている。これの言葉を好きになれるなら、きっと君はヒーローになれるよ。……僕にはトラウマだけどね。
「流露波、五人分通れば一人前だから、まずはそれを目指す」
「ご、五人分ですか……」
「その次は石壁。その次は金属。それができるようになればどんな装甲の敵とも戦えるようになる」
「…………」
なんだろう。僕はいまとんでもない殺人武術を教えられているのではないのだろうか。なんかちょっと怖くなる。そりゃあ『四腕二足の牡山羊』をブチ抜けるとか素面で言えるわ。
「いやー耳長族って強いねー」
それは、これまでスクレールと行動して懐いた、正直な感想である。というか発勁もどき使えるなんてすごすぎるし。
「でも、一番かどうかはわからない」
「そうなの?」
「人間はそうでもないけど、他の種族も強いから」
「あー」
確かに、他の種族もそれぞれ特徴があって強い。迷宮に潜っているとそれはよく思い知らされる。
しかし人間がそうでもないとかちょっと辛辣な気もする。いや、ミゲルは強いよ。
「中でも怪着族は別格。もちろん獣頭族も強いけど。獣頭族の強さは生存能力と勇猛さの方だから」
あとは……人気だろうか。獣頭族はやたら人気が高い。見た目がワイルドでカッコイイからだ。
「獣頭族って、他の種族から見てもかっこいいとか思うの?」
「子供の憧れ。……怪着族の方はどう思ってるかわからないけど」
「ふーん。やっぱそういう風潮が定着したエピソードとかあるの?」
「ある。神さまたちが眷属を作り始めたときに、獣頭族が最後の世紀末の魔物を倒した昔話が有名。各獣頭族から選ばれた五人の勇者が、ジュウレオー、ジュウクマー、ジュウウルフ、ジュウタイガー、ジュウホークで、それが七日七晩の死闘を繰り広げた末に勝利して、いま人々が住める大陸になったって言われてる」
「大地を人々の手に取り戻した壮大な話だけど……戦隊物なんだね」
ジュ○オウジャーとかガオ○ンジャーとかそんなポジなのだろう。というかなぜ熊だけ、ジュウクマーなのだろうか。ベアーじゃないのはなぜなのか。脳内翻訳しっかりしろ。
……ん? そう言えばさっき何かおかしなこと言ってなかったか?
「……あのさ、眷属を作り始めたときなのに、倒したのが世紀末の魔物なの?」
「そういう話。みんな不思議に思ってるけど、よくわからない」
「神さまは話してくれないのかな?」
「さあ? 長老が訊いたことはあるみたいだけど、答えてくれなかったって」
スクレールは、首をこっくりこっくり左右に曲げている。この世界、なんかいろいろ秘密があるようだ。
「で、なんの話してたんだっけ?」
「怪着族はお腹が減りやすいって話」
「ああうん、それそれ。僕も見たことあるね。よくお腹空かせてる」
怪着族の人たちが迷宮の安全地帯でお腹を空かせてぐったりしているのはもはや定番と言っていい。この前も、ミゲルがレヴェリーさんを(空腹から)助けたときの話をしてくれたし。あれはどうにかならんのかと常々思う。
……あれ? お腹が減りやすいって話だったっけ?
●
「いや、確かによくいるとは言ったけどさ……」
さっきの話のあと、立ち寄った安全地帯に、怪着族の人がいた。
……いたんだけど、いつもとは違ってお腹を空かせているわけじゃなくて、安全地帯で駄々をこねているのは何なのだろうか。反抗期か。
しかも、その理由も、あんまりよくわからない。
「いやだー!! ポーションを飲むくらいなら俺はここで死ぬー!!」
「我慢して飲んで! 飲まなかったら本当に死んじゃうのよ!」
「無理だ! 俺にはそんなことできない!」
「そんなこと言わないで! お願い! これを……全部飲むだけでいいの!」
「全部飲んだら死んでしまうー!」
怪着族の男の人と、人間の女の人が安全地帯で何やら修羅場っている。そこはかとなくカップルっぽい香りがする会話だから爆発しろとか考えちゃうけど……男の人の方が怪我をしていて緊急事態っぽいし、これは声をかけなければならないだろう。
まだ正常に会話できそうな女の人の方に近付く。
「あの、どうしたんですか?」
「あ、あの、この人、大怪我してるのにポーション飲みたくないって……」
は?
「えっと……それはなぜなのでしょうか?」
「それは……」
女性が言い差した折、スクレールが真面目な表情で、
「ポーションが苦いから。怪着族は苦いのがダメ」
「へ?」
「苦いのがダメ」
「いやいやいや、ポーションの苦さは我慢できないほどのものじゃなくなくなくない?」
「怪着族は苦いものにすごく敏感。身体に合わないからすぐに吐き出しちゃう」
「なんでまた?」
「ルヴィ様が苦いの嫌いだから」
「眷属造った神さまの好き嫌いに影響されたんかい……」
そこはかとなく不憫な理由だった。私が嫌だからお前たちも嫌いになれ、みたいなのか。誰にでもなくツッコミを入れて、女性の方を見る。
「……あの、マジなんです?」
「はい」
「は、はい……」
男の人も頷いた。どうやらほんとに苦いのが嫌で飲めないらしい。そう言えば、この前レヴェリーさんにポーションを渡そうとしたとき、やたらと嫌がっていた。あの人も怪着族だからだろう。苦いのがダメだから……と言う理由なのはちょっとなんというか、なんというかね。状況的にほっとけないけど、なんかほっときたくなるように気持ちになるけども……魔法使いだしここは言わなきゃならない。
「……あの、魔術で治療しましょうか?」
「魔法使いの方なんですか!?」
女の人が驚きと喜びの声を上げた。そして、男の人と顔を見合わせて、
「良かった……」
「良かった……ポーションを飲まずに済んで」
「ちょ、そっちかよ!」
ツッコミを入れて、男の人の傷の具合を見つつ、回復の魔術をかける。
やがて男の人の治療が終わると、昂っていた気分も落ち着いたのか。テンションも下がり休憩状態。安心して胸に縋りつく女の人の頭を、男の人が『ポーション飲まなくてよかった……』とひどく情けないことを言いながら撫でている。何の構図だこれは。
ふと気付くと、スクレールがその様子をじっと見詰めていた。
やがて、僕の方に近付いてきて、
「アキラ」
「なに?」
「撫でたかったら、撫でてもいい」
「はい?」
「だから、撫でたかったら撫でてもいい」
「……それは撫でて欲しいってこと?」
「……ち、違う!」
じゃあなんなんだ。
「いや、僕は別に撫でたいとかは特にないんだけど……」
そう言うと、スクレールは、
「どうしてそうなるの!」
と言ってまたぷんぷんと怒り出す。
ということはだ。つまりそういうことなのだ。
「スクレは頭撫でて欲しいの?」
「…………そ、そういうわけじゃない」
と言って、プイっとそっぽを向いた。なんでやねん。
「それならこのままでいいんじゃないの?」
「むうー」
結局、ふくれてしまう始末である。
そんなことを言い合っていると、怪着族の男の人が僕に向かって、
「俺の彼女の方がかわいいんだからな!」
「……?」
彼は急に何を思ったのか。もしかして彼はスクレールが僕の彼女だって勘違いしたのか。そうだったらいいなーとかは思うけど、現実は悲しいことにそうじゃないんだよね。
僕が返答に困っていると、スクレールがサファリシャツの襟を掴んで、顔をぐいっと近付けてくる。
そして、
「アキラ」
「な、なんでございましょう?」
スクレールは、何か言い返せというオーラを出して睨んでくる。早くしないと『きゅっ!』とされそうな雰囲気しかしない。
しかし、なんて言えばいいのか。
「……え、えっと、スクレールもかわいいです、よ?」
ぽかぽか。スクレールが子供の癇癪みたいな調子で叩いてくる。
「……そうじゃない」
「えー、そうじゃないって……」
ならどう言えばいいのか。可愛いって言い返せってわけじゃないのか。
「スクレールはかわいいし、綺麗ですよ?」
「だから違う」
ぽかぽかぽか。一回増えた。
「……じゃあ他になんて言えばよろしいのですかお嬢様?」
「もういい!」
そう言って、スクレールはまた膨れてそっぽを向いた。結局正解がなんなのか全然わからなかった。彼女は僕になんて言わせたかったのだろうか。どうすりゃええねんである。しかもカップル冒険者二人も『わかってないなぁ~』とかいう感じで呆れている始末。なんか腹立つわぁ。わかってるなら答え教えろし。治療代として払えやコラ。取り立てんぞ。
まあ、そんなこんなで、カップルお二人は正面ホールへと帰って行った。あとでむちゃくちゃ○○○した的なアツアツっぷりだ。爆発してしまえ。
そんで、スクレールさんはカップル冒険者が立ち去ったあとも、ぷりぷりとした感じだった。さっきのやり取りにそんな不機嫌になる要素があったのか。
だけどこのままではあまりよろしくないので、ご機嫌取りをしようと思う。
「ねースクレ―」
「…………」
呼びかけても、無視された。やっぱりまだご立腹らしい。なら、
「ねースクレー、何か食べよっかー」
「…………」
今度は無言のまま近づいてきた。ちょろいぞ。この食いしんぼさんめ。
不愛想な表情のまま、距離を縮めてくるスクレールを見つつ、ディメンジョンバッグの中から、まずカセットコンロと網を取り出す。
そして、次に主役を取り出した。
パックに入れられ、小分けにされた、真っ白くて四角くて硬い食べ物である。
「これは?」
「……それは日本の誇る食品兵器の一つ、おもちだよ」
「しょくひん、へいき?」
「そう、これはね、毎年特定の時期になると不用意に食べた人の喉に張りついては呼吸困難に陥らせ、最後には窒息死させてしまうという白い悪魔なのさ」
「……なに、それ」
僕の説明を聞いたスクレールは何か宇宙的恐怖にでも出会ってしまったかのように顔を青ざめさせて、硬いままのおもちをフォークで恐る恐る突っついている。
「冗談冗談。ちゃんと噛み切れば普通に食べれるよ」
ちゃんと処理すれば、なんの問題もないんだけどね。正月のテレビでお年寄りが切り餅食べてるところを見るとほんとハラハラするよ。最近は細かくカットされてるヤツがあるらしいから、大丈夫だとは思うけど。
カセットコンロに火を点け、網の上に切り餅を置く。
やがてカセットコンロの火に炙られて、切り餅がぷくっと膨れはじめた。
「白い粘液汚泥……」
「だからそういうたとえはヤメテ」
確かにそう見えなくもないけどさ。なんでここの人たちはみんなグロいものにたとえたがるのか。食欲失せないのだろうかほんと。
「アキラ、これにショウユウー?」
どうしてすぐに醤油に結び付けたがるのか。いや、餅に醤油は間違ってはいないむしろ大正義なんだけど。
「そうなんだけど、その前に焼き海苔を巻いて……」
「ショウユウ―」
海苔を巻いて醤油をかけて、スクレールの紙皿に置く。
すると彼女はすかさず小さな口ではむっとかぶりつく。その状態でみょーんと伸ばすのは、もはや恒例行事だろう。
「どう?」
「むふ、幸せな味……」
スクレールさん、磯辺焼きを食べてうっとりとしている。どうやらご機嫌は一気に回復したようだ。よかった。
「これ、面白い食感。ネバネバ?」
「僕の世界ではもちもちかな。そういうお餅みたいな食品の名前が語源になってるんだ」
「おもちだから、もちもち?」
「もちもち」
「そう、もちもち」
スクレールはもちもち言いながら、食べ勧める。僕は次を焼きながら、ふと気になったことを訊ねた。
「スクレ醤油好きだけど、魚醤とかってどうなの? 確かこの世界にもあるよね?」
「あるけど、あれは生臭いからダメ。耳長族はみんなあれ好きじゃない。でもショウユウーは生臭くないから好き」
「つなぎ役の子も気にったみたいだったしね」
現に、醤油をペロペロしたつなぎ役の子は嬉しそうにしてたしね。
「あのさ、今度造り方の資料まとめて持ってこようか?」
「興味ある! すごく」
スクレールはものすごい勢いで食いついてきた。
「って言っても上手くできないかもしれないけどね。造るには人手もいるし」
「里に持っていけばいい。きっとみんながどうにかしてくれる」
「そこ他人任せなんですね……」
あと確認しとかないといけないことは……。
「一応神様にも確認取らなきゃならないから……まあそこは大丈夫だと思うけどね」
神様も技術を持ち込むのには意外と寛容だったりするから、了解を取れば大丈夫だろう。
「大丈夫。いつまでも待つ」
スクレールさんはこの日はずっとウキウキだった。
後日、ド・メルタ産のショウユウーの生産に成功したと連絡が入るのだけど、これはまだ先のお話だ。
更新は不定期になります。というかなってる……。




