第15階層、突撃! ガンダキア迷宮第2ルート! その4。約13000文字。
【登場人物】
九藤晶……主人公。
ミゲル・ハイデ・ユンカース……お酒と女の子大好きな未成年冒険者。
レヴェリー・クロウハンド……ミゲルの恋人。怪着族。
ミーミル・トリス……金髪ロリっ子魔法使い。
オリランド・ランド……ゴリさん。
――『四腕二足の牡山羊』。ここ『暗闇回廊』に縄張りを置く、黒山羊の頭を持ち、四本の腕を自在に操る人型のボスモンスターだ。半獣半人だけど、獣頭族とはまるきり違う雰囲気を醸し出していて、目に知性の光は見て取れず、筋骨隆々で目測は3メートルはあろうかという巨大な立ち姿。
しかも腕が四本付いていてそれぞれの腕に武器を携えているという、まったく要らないおまけ付きだ。それどこから調達したんだってツッコミが入る案件だけど、こういう人型モンスターって何故か武器持ちで湧いてくる。なんでなのかは色んな人に訊いたけど、みんな『そんなもんだから』と口を揃えて言うくらい解明されていない。
……ちなみに、ほんとちなみにだけど、あれが『牡山羊』と断定されているのは、あれだ。出てくる奴全部に『アレ』がぶら下がっているからだ。ここで言う『アレ』がなんなのかはあえて言わない。察して欲しい。むっちゃグロいとだけ付け加えておこう。
光を消して目が慣れてくると、強いモンスの出す妙なオーラみたいなのと相俟って、まあ見たくなくても見えてしまうのだ。うげぇ。
「うーわー、やっぱりすごい筋肉だよ……」
僕が努めてそれに触れず、白々しくもモンスの感想を述べると、下ネタ大好きな『ホークバッカス』のリーダーさんは、そんな僕の努力をあざ笑うかのように、
「やっぱでかいなーあいつのアレはなー」
「――!? み、みみミゲルさん! そういうこと言うのやめてください!」
「お? どうした? ミーミルはそんなにアレが気になるのかよ? ん?」
「ミゲルさん!!」
「そりゃああれだけデカイとなー」
「ああああああああああ! もうぅぅぅぅぅぅぅ!」
トリスさん、ボスのアレを見て顔を真っ赤にしている。まあ女子があんなの見せられたらそんな顔にもなるか。一方レヴェリーさんはぶら下がってるものにも余裕綽綽である。まあ、あれだ。恋人がいるかいないかで差があるのだろうと思う。というかミゲル、セクハラはそこまでにしておきなさいって。
……さてどうやら、『四腕二足の牡山羊』はさほど周囲に気を配っていないらしく、のっしのっしと『暗闇回廊』の屋外、廊下に面した広い庭園を漫然とうろついているだけだ。大抵は以前のように燭台がいっぱいある多少明るいボス部屋――つまりねぐらにいるんだけど、今回は庭先に出てきているため、以前と違いちょっと視覚的に心もとない。
ここから飛び出せば、『四腕二足の牡山羊』はすぐさま気付くだろう。だからいまが、戦う前の準備ができる最後の時間なのだ。
「あ、そうそうこれこれ」
さて安全に関するリソースをどうやって増やそうかと考える中、ふとあるアイテムの存在を思い出し、ディメンジョンバッグから袋を取り出した。
それをミゲルに渡すと、彼はその中身を見て、驚いた表情を作る。
「ん? なんだこいつは――って!? あ、おいクドー! こいつは!?」
「それ、なんかのときのために、一人一つ持ってて――あ、使わなかったらあとでちゃんと返却してもらうから、そこんとこよろしくで」
そう言うと、ミゲルは呆れのため息を盛大に吐く。他の面々も、どうかしたのかとそれを覗き込んできて……まあ驚くよね。
「ちょっとこれは予想外だったね……」
「ごっ、ごごごご……」
「ゴールドポーションかよ!」
「クドー。お前これ、この量いったいどうやって調達したんだ?」
「作りましたー」
そう言うと、時間が止まった。まあ、その反応は一応予想してたけど。
「そうかよ。あの熱狂騒動の犯人はお前なのか」
「えへへ……」
とぼける僕の頬っぺたをぐにっとつねって来るミゲルさん。
「いひゃいいひゃい」
「えへへじゃねえよ。えへへじゃ……」
「いてて……ほら、そんなことよりも、みんなどうぞどうぞ」
と言って一人一つ、所持を勧めると、ふとレヴェリーさんが顔を青くさせ、
「あ……いや、あたしは遠慮しとくよ……」
「え? いらないんですか? ポーションですよ?」
「いやね、ほら、あたしにはミーミルがいるから。怪我したらミーミルに治してもらうよ。ね? ミーミル」
「はい」
レヴェリーさんは、ポーションが嫌いなのか、断固として受け取らない。瓶にさえ触れたくないようで、身を大きく引いている。嫌な思い出でもあるのだろうか。そこんとこよくわからないけど。まあ本人が嫌なら、無理強いしたってしょうがない。
「それで、作戦はどうするの?」
僕がそう訊ねると、
「今回は即席チームだからな。細かい連携とかはない。後方――魔術が届いてかつ、確実に命中する距離で魔術を準備しててくれ。汎用魔術は戦う前にかけられるだけかけて、効果が切れたその都度適宜に再使用だ」
「つまり、基本的にはミゲルたちのやり方で消耗させて、折を見計らって僕がとどめを刺すってワケね」
「そうだ。それなら単純でやりやすいだろ?」
「そうだね」
ミゲルの言う通りだ。細かい連携なんてできないから、単純な形にしてもらえるとありがたい。
「あと、お前の魔術の注意事項は?」
「注意事項は……トリスさんの魔術かな?」
「私の魔術ですか?」
「うん。僕の属性魔術の雷は、水に通電――魔術が水を通して伝わっちゃうから、大量に水をばら撒かないようにしてくれると助かるかな。あと、僕が撃つ直前は、水に近づかない」
水タイプは電気タイプに弱いしかり。風呂場の電気コードしかり。水は電気をよく通すのが常識だ。たとえトリスさんの魔術で出す水が純水だとしても、それは同じこと。魔術で発生させた雷は、人間の想像が多分に加味されるため、雷とは似て非なるものになるのだけど、曲がりなりにも雷だから高電圧なのに変わりない。空気も純水も絶縁はぶっ壊されて、そのままドカーンと伝わってしまうのだ。手加減のない魔術に晒されれば、人間なんて即死する……はず。
「要は、とどめの前はしっかり離れて水分に近づかないことが肝要だと」
「お願い」
基本、水に触れていなければ大丈夫だ。魔術の雷は向かう場所も設定できるから、近場の金属に落ちることもないしね。
「よし。汎用魔術で強化に入るぞ。ミーミル、頼む」
「わかりました。えっと……」
トリスさんは遠慮がちに僕の方を見る。あれだ。僕のかける汎用魔術との兼ね合いがあるから、相談したいってところだろう。
僕の汎用魔術の枠は六つだ。まず前衛にかける魔術には『専心コンセントレートリアクト』『超速ムービングアクセル』あたりは必須だから――
「トリスさん。汎用魔術の枠は?」
「私は三つです。いつもコンセントレートリアクトをミゲルさんに、ストロングマイトをランドさんに、フィジカルブーストをレヴェリーさんにかけてます」
ミゲルが反応速度上昇、盾役のランドさんが身体強度向上、弓で力の必要なレヴェリーさんが筋力強化だ。各役に必須なのを一つずつかけているのだろう。
「じゃあミゲルにコンセントレートリアクトとムービングアクセル、ストロングマイトをお願い。あとは僕がやるよ」
「え? あ、はい……」
トリスさんの戸惑いがちな返事を聞きながら、僕はまずランドさんに、
『専心コンセントレートリアクト』
『超速ムービングアクセル』
『堅身ストロングマイト』の三つをかけ、反応速度上昇、敏捷速度上昇、身体強度向上。
レヴェリーさんに、筋力強化、反応速度上昇、事象確率の調整である、
『強身フィジカルブースト』
『専心コンセントレートリアクト』
『調律チャンスオブサクセサー』をかけた。
すると、レヴェリーさんが不思議そうな顔をして訊ねてくる。
「チャンスオブサクセサー? なんだいそれは? ミーミル?」
「わ、私も知りません。聞いたことのない汎用魔術です……」
「あれ? 知らないですかこれ?」
「初めて聞くよ」
どうやら二人共……というかメンバー全員、初耳らしい。
『調律チャンスオブサクセサー』この汎用魔術は師匠に教えてもらったものだ。もとは魔法使いが魔術を使う際、不測の、微視的な要因で失敗することがないよう、それを払拭するために開発されたものだという。そのため、運に左右されることがある事象には大きな効果があるという。当たるとか当たらないとかは、その最たるものだろうね。運が良くなり機会ができるのではなく、どちらかと言えば不運に左右されなくなり、その分が機会となるのだ。
それを伝えると、ミゲルが残念そうに、
「なんだ。まぐれ当たりがなくなるのかよ」
「あたしはありがたいね。まぐれ当たりよりも、相手のまぐれやおかしな要因で外すってのが少なからずあるからさ。あとはあたしの腕だ」
レヴェリーさんには、この魔術の重要性がわかったらしい。サバサバとした性格で粗野っぽい見た目をしてるけど、実際この人、理知的でかなり冷静だ。なぜこの人がリーダーじゃないのか。やっぱりお腹空かせちゃうからか。食べ物全部食べちゃうからか。
「リーダー、こんなにかけてもらったのは初めてじゃないか?」
「だな。やっぱ魔法使いは重要だわ」
「うう……私の倍かけてる……」
いまのでトリスさんの自信を砕いてしまったか。申し訳ないけど、僕にはどうしょうもないことだ。
「じゃ、行くぞ? 全員、心の準備はいいか?」
ミゲルの確認に、みんな頷く。僕は後詰めだからさほど気張る必要もなく余裕なんだけど。先行する『ホークバッカス』の面々は、ミゲルを先頭にして曲がり角から『四腕二足の牡山羊』目がけて飛び出した。
曲がり角の先から、聞こえてくる巨大な唸り声――いや、塵やほこりを吹き飛ばすほどの『咆哮』だ。それをやり過ごした僕は、ミゲルたちに続いて曲がり角から戦場へと飛び出す。
しかして、目の前に広がった光景やいかに。すでに庭園はミゲルたちの手でところどころに光源が投げ置かれ、多少なり先ほどよりも視界が利きやすくなっている。位置取りは済ませているようで、『四腕二足の牡山羊』の正面にはミゲルとランドさんが張り付いて、四腕からなる攻撃を捌き、レヴェリーさんとトリスさんは後方で、射線が十字になるように距離を保ちつつ動いている。
さながら、魔王に挑む勇者一行だ。なんというかこの前からそればっかりでボキャブラリーに乏しい気もするけど、ボスモンスの姿と相俟ってそんな感じなのだ仕方ない。
そして、ミゲルたちの立ち回りと言えば、
「うわ、すごいや……」
という言葉しか出てこない。それくらい、連携ぶりが洗練されていた。前衛二人はよく動いて『四腕二足の牡山羊』を翻弄し、その合間を縫って、遠距離攻撃専門の二人が徐々に傷を与えている。具体的には、ミゲルが正面で一定の距離を保ちつつ戦って、レヴェリーさんとトリスさんは必ず射線が十字になるように意識して位置取りをして、ランドさんは常に『四腕二足の牡山羊』とトリスさんの間に入るように動いている。ランドさんが受けに入り、その間、ミゲルは左右に回って足を切りつけたり、二人とも急に後ろへ下がったかと思うと遠距離二人の十字集中砲火である。
ほんと見事と言うほかなかった。中でも特にミゲルが際立っていて、正面で戦いつつも、常に状況を見極めて、他の三人に逐一指示を出している。戦いながらだ。目が後ろに付いてるんじゃないかってくらい周りを見ていて、ちゃんと自分の攻撃も忘れずに隙を突いているのだ。それだけ余裕があるは強化の恩恵があるからとも言えるだろうけど、それを差し引いても頭の回転が速い。
有能が服を着て歩いてるとかそんなレベルだ。ノブヤボだったらきっと統率が120くらいある。防御たっけー城壊せねーで、敵に回すと腹立つことこの上ないだろう。
僕がミゲルすげーってなっていると、
「おいクドー! ぼさっとすんなよ!」
「ごめーん! すっごい見とれてたー!」
ぼけっとしていたのがわかったか。さすがである。でも、しかたない。連携が見事過ぎるのがいけないのだ。いや見とれてた僕が悪いけどさ。
「――ほらほら腕が四つあっても脳みそが足りてねぇぜ? 俺の言ってることわかるかよ? お? お? お?」
汎用魔術の恩恵があるため、余裕があるのか。ミゲルが挑発を織り交ぜる。言葉は通じないだろうけど、舌を出して薄笑いを浮かべてれば、いくらモンスターでもバカにされているということくらいはわかるのだろう。しっかりヘイトを引きつけていて、他三人には見向きもしなくなった。というか剣一本で四本腕を捌くなし。化け物かお前は。
ミゲルが『四腕二足の牡山羊』を引き付けて離れ始めると、レヴェリーさんが、
「ミーミル、足だよ! 足を狙いな」
トリスさんと連携を図ろうとする。足元狙いは、デカイ奴を倒すときの定石だ。当り前だけど足元を狙えば体勢が崩れて、隙ができる。
足をからめとるような魔術の波と、鉄弓から放たれる豪速の矢との二方向からの足元への攻撃には、対応が間に合わないか。『四腕二足の牡山羊』はバランスを崩して膝を突き、矢を足に何本か受けている。だがそれでも動くことは可能なのか、すぐに立ち上がって、ミゲルやランドさんの攻めに対応していた。
ボスモンス相手にこうまで堅実な戦いができるとは、さすが超高ランクチーム。
だけど、やはり
――火力が足りない、か。
そう、盤石な戦いぶりだけど、全体的に火力不足が否めない。それが、『黄壁遺構』での探索会議で、レヴェリーさんとランドさんが討伐反対を表明した理由だろう。
火力――そう、チームの火力の要である魔法使いの力が、深度30のボスに追い付いていないのだ。彼女のレベルが20前後、使用できる最高の魔術が第三位格級と考えれば、その評価が妥当だろう。魔法使いが一人で『四腕二足の牡山羊』を倒すなら、最低でも第四位格級は欲しいところ。普段ボス級を倒すときはおそらく、前準備で倒すための用意をしてくるんだろうと思われ。
ミゲルの剣やランドさんのでっかいメイスが急所に当たればワンチャンあるけど、巨体なうえ腕が四つあるため、それを突破しての急所への一撃はやはり容易なものではないし、あとはレヴェリーさんが使っているバリスタ顔負けの大鉄弓くらい。しかし、いまのところはまだ普通の矢玉しか使っておらず、それも撃ち落とされている。やはり多腕を自在に使えるのは厄介だ。
もちろん、このままの状況を維持していれば、問題なく倒せるだろう。出血を強要していけば、いくらボスでもいつかは動けなくなるときがくるのだから。だけど、それでは消耗が大きい。しつこい話だが、迷宮探索では疲労と怪我が大敵なのだ。怪我を負ったり、疲労がかさんだりすれば、次の探索に支障が出る。安定的な迷宮探索を旨とする冒険者が迷宮に潜れないなど、笑い話にもならない。
「そこっ!!」
「GUOOOOOOOOOOOOO!」
『四腕二足の牡山羊』が、ひときわ大きな叫び声を上げる。これまで普通の矢玉を使っていたレヴェリーさんが、ついにランスみたいな矢玉を放ち、そしてそれがボスの腕にぶっ刺さったのだ。痛そうとかいうレベルじゃない。もげそう。こわっ。
しかしていまの状況はと言えば、どうやらミゲルたちの戦術がハマったらしく、ある程度パターン化してきた。『四腕二足の牡山羊』はそこから抜け出そうにも抜け出せない。完全に封じ込められた形だ。しばらくそうした戦いが続くと、やがて『四腕二足の牡山羊』の動きが鈍くなってくる。
十分な疲労と出血量か。頃合いだろう。あまり急速に追い込みすぎると窮鼠猫を噛むよろしく、まだ余力があるからもう一暴れされる可能性があるし、動きの鈍くなり始めたいまがタイミングとしては絶好だろう。
こっちの魔力のチャージは十分だ。汎用魔術のかけ直しを考慮して構えていたけど、結局まったく何もしなかったし。
「さてと……」
魔杖をくるくると回して、先端のアメジストに魔力を集中する。
そして、過度に中二的な呪文を唱え、状態を維持。暗がりの周囲に、魔法陣が描かれる。
合図のように魔力を急激に高めると、やがてミゲルの指示によって全員が退避し――射線が開いた。
さすが超高ランクチーム。状況の見極めも素早い。下がったみんなにもっと大きく下がってくれと杖で指示を出して、一瞬の精神統一後、豁然と目を見開いて呟くのは。
「……魔術階梯第五位格、天頂の槍よ振り落ちよ(ホライズンライトピラー)」
以前スクレールを助けたときは、第四位格級。だけど今回は、絶対に討ち漏らせないということもあり、念を押して僕が使える最高ランク『第五位格級』を選択した。
高出力、広範囲――もちろん集束させることも可能で、屋外限定。ちょうど庭園に出ていたこともあり、条件は整っていた。
普段は見えないはずの先駆放電が魔術によって可視化され、その枝葉のような雷撃がいくつも『四腕二足の牡山羊』の巨体や、周囲の地面へと突き刺さる。
「おいクドー! これじゃ――」
ミゲルは倒せないとでも言い差したのかもしれないけど、その叫びが最後まで聞こえることはなかった。範囲が百メートル程度に集束された先駆放電のあと、地面から手が伸びたかのように放出された先行放電が『四腕二足の牡山羊』の足や腰を捕まえて――主雷撃が降り落ちる。
空から一筋――否、一柱の高電圧の光の塔が地面との間に形成されると、『四腕二足の牡山羊』は断末魔の叫びを上げる間もなく、紫と白光の中に呑まれた。
やがて閃光が霧と共に晴れたあとは、庭園に『四腕二足の牡山羊』の姿は跡形もなく、電気の蛇をまとわせた巨大な核石だけが、地面に一つ転がっていた。
…………やっぱり魔力を溜めるのに時間がかかる。第四位格級はまだチャージ時間に余裕があるけど、第五位格級は多く時間を必要とする。僕がこいつを一人で倒せるようになるには、まだまだ努力が必要だろう。
そんなことを考えていると、経験値が因果の綱を通して入り込んでくる。戦っていたという事実が因果の綱となって、討伐者と討伐対象の橋渡しをし、そして倒すのにどれだけ貢献したかという事実に応じて、経験値の入る量が変わるのだ。事実は揺るがないし偽れないから、正しく結果のみが反映される。
「さすがに上がらないか」
証明書をくるくるともてあそぶ。今回の戦闘では、みんながみんなしっかりと持ち味を生かして活躍し、連携を取ったから、経験値は均一に回ったと推測される。この前はスクレールと二人だったから、得た量は多かったけど、それでも今回も一般モンスを倒すときとは比べ物にならないくらいの経験値が手に入ったと思う。
大量の経験値を一気に得る感覚は、かなり気持ちいい。こう、パワーが溢れる感覚がするのだたぶん最高にハイってあれだと思う決して性的に気持ちいわけじゃない。
一方で、ミゲルたちの方はトリスさんが1レベル上がったくらい。
やっぱ嬉しいだろうなと思ったんだけど、意外にも彼女はなんか小さく震えているばかりで、喜びと言うよりもなにかを恐れていると言った風。『四腕二足の牡山羊』との戦いの恐怖が、あとから押し寄せてきたのだろうか。いくら魔法使い、冒険者と言えど、僕よりも年下の、それも気弱そうな女の子だから怖くなったって仕方ないか。
件の『四腕二足の牡山羊』だけど、死体からはぎ取れるのは角くらいだ。肉は硬くて筋っぽくて食べられたもんじゃないらしいから放置。あ、あとぶら下がってるアレをちんもぎして精力剤にする薬屋さんとかいるらしい。
こいつあとは武器とか持って出現するんだけど、何故かあれも倒した直後に消えちゃうんだよね。モンスターが出現する仕組みとかも、いろいろと調べて考察してみようかな。武器持ってる奴って武器持ったまま出現するみたいだし、なんなんだろうね。
ま、今回は跡形もなく消し飛んだけど。残ったのは魔術でも壊せない核石の原石だけだ。
雷を受けたあとのモンスに対し、恒例の如くゲシゲシと蹴りを浴びせる。足の裏めっちゃチクチクするけど、もう大丈夫らしい。
「相っ変わらずでっかい核石だねー」
持ち上げてそんなボキャ貧な感想を口にすると、ホクホク顔で近付いてきたミゲルが、
「この前倒したときのはいくらになったんだ?」
「あー、それ人にあげちゃったからよく知らないんだー」
前に手に入れた核石はスクレールの担保金および当面の生活費に代わった。返金の途中だから、一体いくらになったかはまだよくわからない。
「それは、助けたヤツにか? それはいくらなんでもお人好しすぎるだろ?」
「いや、まあいろいろあってさ」
そんな風に言ったけど、どうやら曖昧な言い方が良くなかったらしい。ミゲルは勘違いしたのか、
「トラブルか? 分け前取り返したいなら手ぇ貸すが?」
「大丈夫大丈夫。そう言うのじゃないんだ。円満解決してる」
僕がそう言うと、ミゲルは「ならいいんだが」と言って納得してくれた。
そして、
「で、今回の取り分はどうする?」
「換金した分を五人で山分けとかでいいんじゃない? ミゲルたちはチームだから、僕の取り分は五分の一で」
「……いいのか?」
「……? それ以外に何かいい計算方法とかあるの?」
「いや、お前がいいならいいんだが……」
ミゲルさん、なんか戸惑い気味だ。というか五人で倒したのだからそれでいいと思う。僕だって特段活躍したわけじゃないし、むしろお膳立てしてもらって一発撃たせてもらっただけだから、苦労した覚えもない。まあ魔力の方はそれなりに消耗したけど、それは必要経費だし。
それに、友達と取り分で揉めるなんてしたくない。ミゲルが揉めるような分配なんてしないだろうしね。
……とまあ、そんなこんなで、僕たちは今回の主な目的を終え、冒険者ギルドへの帰路に着いたのだった。
●
――迷宮深度30『暗闇回廊』ボス級、『四腕二足の牡山羊』。
四腕を持つ特異なこのモンスターは、高深度階層のボスモンスターにふさわしく、強力だ。冒険者の平均的なレベルを25前後とするならば、必要な数は最低20人近く、そのうち魔法使いは5人以上を揃えなければ倒せないだろうと、データブックに記載されている。高ランクのチームでもこれと戦う前には入念な準備を行い、前二日は休みを取ってコンディションを整え――それでも時折死人が出てしまうという凶悪な相手だ。
普通のチームならば、五人で挑むなどまず考えない。全滅する未来が目に見えているからだ。
少し前にも、このモンスターと戦ってほぼ全滅したチームがあるくらいほど。友人が『勇者のパーティみたいだね』と評したチームと肩を並べ、新鋭の一角と言われた『カランカの星』と呼ばれたチームがあったのだが、これによって全滅させられたらしい。あまりにテンポよくレベルとランクが上がったため、調子に乗るばかりか傲慢になり、実力を勘違いしたのだろうと言われている。
今回の潜行でそんなモンスターに半ば衝動的に挑んだのは、以前から声をかけていた冒険者の友人、クドー・アキラの本当の実力を知りたかったためだ。
迷宮で出会った当初は、いい機会だと思い中階層くらいで済ませるつもりだった。それは、友人のレベルがそれほど高くないと踏んでのものだったからが、迷宮内を進むにつれ、その友人の異常性が際立ってきた。迷宮探索には前衛盾持ちを必要とする魔法使いであるにもかかわらず、低、中階層をほぼ戦闘を行わずに踏破、魔法使いが一人で相手をするにはまず荷が勝ちすぎる『吸血蝙蝠』を鼻歌混じりに倒してしまうといった尋常では考えられないような潜行力を見せつけられた。
そして極めつけは、『四腕二足の牡山羊』との戦いだろう。
戦闘前、自分たちにこれまでにないほどの汎用魔術による強化を行って、挑むことになったのもそうだが、目を瞠るのはボス級へのとどめだ。
そのとき確かに撃ち出された閃光は、まさに高レベルの魔法使いが撃つ魔術にふさわしいものだった。
初めは枝のような小さな閃光の槍がボスを貫くだけだと思い、非常に焦ったのを覚えている。まさか読み誤って階級の低い魔術でも使ったのか――そう思わせられたが、それがすぐにただの前兆だったということを思い知らされることになった。
枝のように伸びた閃光が、『四腕二足の牡山羊』の身体を貫き、周囲の地面や壁をしたたかに打って火花を発したかと思うと、その頭に、巨大な閃光の柱が降り落ちたのだ。
周囲に放たれた閃光と衝撃と、それが作り出した強風で、しばらく目を開けられなかったが、目を開けたときには暗がりの庭園が、友人の魔術の余韻で昼間のように明るくなっていた。
見たこともない魔術だった。ここフリーダで三年は冒険者として活動しているが、これまで出会ったどの魔法使いも、あのような強力な魔術を使った者はいなかった。
一体あれはどの階級の魔術なのか。甚だ疑問に思うも、あの友人はそれについて終始なにも言わなかった。
だが、自分のチームにはそれを看破できる者がいる。
それはメルエム魔術学園で『三秀』に名を連ね、王国からの最上級の待遇を断って、フリーダに研鑽を積みに来た努力家、ミーミル・トリスだ。青の魔法使いで、回復魔法や特殊な青の魔術などを扱い、他のチームとの壮絶な勧誘合戦の末に口説き落とした、実力も将来性も有望な使い手である。
そんな彼女の言うところによれば、あれは『第五位格級』の魔術であるとのこと。
第五位格級と言えば、それこそおとぎ話に出てくるレベルの魔術だ。神たちがこの世に人間や眷属を生み出し始めた始まりの時代、最後の『世紀末の魔物』と呼ばれる強大な魔物を消滅させた魔法使いが使ったのが、第五位格級の魔術とされる伝説クラスの魔術だ。
「……すごいです。あんな魔術の威力、見たことがありません。属性もそうですけど、それ以上に使用している魔力の量が桁違いでした」
とは、看破したミーミル・トリスの言だ。
「そんなにか?」
「はい」
「学園にも?」
「……いません。学園にいらっしゃる『導師』の位を得ている先生方でも、使えるのは第三位格級で、稀有な才を持っていると言われている方がやっと第四位格級に手を出せると聞いています。あの頑健な『四腕二足の牡山羊』を倒すだけにとどまらず、一撃で消し飛ばす魔術を使うなんて、尋常じゃありません」
そう言って、肩を抱いてうずくまっている。『四腕二足の牡山羊』を倒してから、ずっとこれだ。初めて目の当たりにする第五位格級の魔術がよほど衝撃的だったのか、正面大ホールに戻ったいまも、そのときの余韻で小刻みに震えている。友人がが心配そうに何度も声をかけていたくらいだ。その心配にも、齟齬があったがそれはともかく。
「どうだった? あいつは」
正面ホールのテーブルに着き、椅子に座るチームの仲間に訊ねる。
「どうだったもなにもないよ。たぶんみんな思ってることは同じだ」
「だな。とんでもない魔法使いとしか言いようがねぇよ。あれだけの実力があるなら、他には取られたくねぇ。『四腕二足の牡山羊』を倒したってのにこれだけ余裕なんだぜ?」
「そうだね。汎用魔法はほんと良かった。あれだけでも高ランクチームに呼ばれるさ」
「こんなに楽ができるとは思わなかったぜ」
「……どうやら、二人共印象はいいらしいな」
「アンタもそうなんだろ?」
「ああ、俺も今日ので強くそう思ったよ」
ランドの言葉に同意すると、ふとレヴェリーが、
「今日のでって……なら、アンタは一体クドーのどこに目を付けたんだ? その話ぶりだと、強い魔術が使えるから引き入れたんじゃないように聞こえるよ?」
「ああ、それか? 最初あいつに目を付けたのはな、なんていうか、引き留め役になってくれそうだなって思ってな」
「引き留め役?」
「そうだ。三人は知らないだろうが、あいつはこれまで、ろくな怪我もせずに迷宮に潜ってたんだ。半年も潜ってれば大抵の冒険者はそこそこの怪我をする。にもかかわらずそれがないってことは、だ」
「危ない橋は渡らないって?」
「慎重なのさ。俺も気を付けるほうだが、クドーはほら、根が臆病みたいでよ」
「……臆病って、あれでかい? 催眠目玉も吸血蝙蝠も涼しい顔して倒してたのに?」
「あれは余裕で倒せるようになったヤツとか、自由に動けるようになった階層だから、耐性がついただけだろ? 俺が『四腕二足の牡山羊』を倒そうなんて言い出したときは、レヴェリーやランドと同じようにあいつも反対してたしな」
そのときのことを思い出す。準備がどうとか、消耗が大きいとか、倒すための一発を持っているくせに、食い下がっていた。
それに、だ。
「そりゃああいつの魔術、第五位格級の印象が強かったけどよ、よくよく思い出してみろよ。黄壁遺構であいつは、ああすれば簡単に切り抜けられるとか、この時間帯は巡回してないとか言って、結局あいつは目的の場所に到着するまでほとんど魔術を使わなかった。それだけあいつの潜行には計画性があって、魔術抜きに、それを実現できる技術を持ってるってことさ。今回は吸血蝙蝠を狩るプランだったが、たぶん他にもいろいろとあるだろうな」
「リーダー、注目したのは第五位格級の魔術じゃなくてそっちなのかよ」
「当たり前だ。強い魔術を使うヤツなんざ、探せばいるんだ。俺がそれを重視してないのはミーミルを仲間にしたときにわかってるだろ?」
「そ、それは確かに……」
ミーミルは秀才と呼ばれるほどの使い手だが、他の魔法使いに比べ、モンスターを相手にするには火力が心もとない。もともと学園で専攻していた魔術が戦闘用ではなかったためだが――迷宮探索に必要なのは火力ではなく、その場その場に対応できる柔軟性だ。ミーミルは魔法使いにもかかわらず、前に出て行く度胸もある。自分のチームには、うってつけだったのだ。
だから、火力に関しては重視していない。それはやりようによっていくらでも補えるからだ。重視されるべきは冒険者としての資質である。
「目だよ。戦うとき――戦ってるときのあいつの目付き、違っただろ?」
「はい。あれは戦う魔法使いの目でした」
「最初はほんわかした坊やだと思ったけど、確かにあれはそんな感じだね」
「ちょっとちぐはぐな気もするがな」
そこは確かに、ランドの言う通りだった。さっきは慣れたからだと口にはしたが、臆病さと実際に取れる行動に差異があるのには、慣れでは済まされないものがある。臆病さを演出しているわけでもなし、ならばあの友人の根底に根差す何ゆえが、戦う覚悟を持たせているのだろうか。
答えは出ない。だが、
「それで、メンバーとしてはどうだ?」
「あたしはオーケーだよ」
「はい。私も、是非」
「問題なしだ。むしろ入れないと大きな損失だな」
加入に関しては、満場一致。
……迷宮で一番手に入れにくのは何かと聞かれれば、素材でなく人材であるという。
トップチームを目指す自身にとって、友人、クドー・アキラの加入は、必須だった。




