第14階層、突撃! ガンダキア迷宮第2ルート! その3。約12000文字
前回のあらすじ。
晶は迷宮の第2ルートにミゲルたちと潜る。
迷宮深度20黄壁遺構を突破して、現在、深度30暗闇回廊の入り口にいる。
目指すは暗闇回廊のボスモンスターの討伐。
今回の潜行の最終目的も決まり、迷宮深度20『黄壁遺構』を通り抜けた僕とミゲルたち、チーム『赤眼の鷹』。
すでに僕の狩場であり、探索し慣れた場所でもある迷宮深度30『暗闇回廊』に到着していた。
深度30――いまでもこの数値は、僕にとってまだまだ危険な指標となり得る度合いだけど、ここ『暗闇回廊』は何度も潜行計画を立てて、安全な探索の仕方を確立したため、安定して潜れるようになっている。最初は暗いの怖くて大変だったけど、人間の慣れってすごいなって改めて思うよ。いまはまったくの平気だし。
ここの名称についても、単にこの場所の特徴をそのまま名前にしたものだろうと思う。場所は完全な暗闇に包まれており、明かりを点けると、海外の回廊のようなアーチ状の天井に、片側は壁、片側は柱といった具合に長い廊下が続いている。ところどころ庭付きだったり、ところどころ壁だけだったりと、場所によって造りなんかはまちまちだけど。
一見どこかの巨大な建造物の内部のようにも思えるのだけど、部屋らしい部屋は少なく、各所に物置じみた小部屋とボス級が住み付く中庭や部屋、あとは安全地帯があるだけで、基本的に回廊に回廊が沿って伸び、屈折し、別れ道がいくつもあるというだけだ。そのため、さながら廊下だけで構成された建物と言った具合。しかも廊下だけであるため、無意味な行き止まりも発生し、迷路のようになっているとかいやらしい階層なのだ。
極めつけはこの『暗闇回廊』、光源を弱めてしまうという鬼畜仕様が施されている。なんでこんな効果があるのかはまだ解明されていないんだけど、松明をつけたり、異世界特有の発光する不思議な鉱石――さっき黄壁遺構を照らしていたヤツを持ってきたり、魔術の光を灯したりすると、何故かいつもの光量を得られない。周囲くらいしか明るくならないのだ。
僕の場合は現代の強力なライトを購入して、攻略に当たっている。何故かこれは弱まるものの範疇に入ってないからね。文明の利器、万歳である。
ここは回廊と名の付く分、屋外に露出しているところもある。だけど、なぜかずっと暗い。まるで室内にいるみたいに。
夜だから……だとは思うのだけれど、星も月も見えない。にもかかわらず、外にいるような質感と、風が感じられるため、屋外だということだけははっきりわかるというのは、なんとも不思議な感覚だ。たぶんだけど、次の階層である『常夜の草原』と直に繋がっているのだと僕は考えている。あそこも名前の通り、ずっと夜だ。向こうの世界にも、日中ずっと陽が沈んだ『極夜』というのがあるけど、こっちのは完全に夜の様相。
はっきりしたことはわからないけど、解明するには、ここを隅から隅まで調べて、外に繋がる出口を探し出さなければいけないだろう。これもいつかやってみたい。
……まあそれにはまず、廃墟臭とひどいじめじめが、一番の敵として立ちはだかるんだろうけど。うへぇ。
『霧の境界』を出て、進む準備を始めると、まずミゲルが、棒の先に光源を釣り下げた提灯みたいなものを組み立て始めた。
「なにそれ?」
「暗闇回廊専用の光源だろ? お前持ってねぇのか?」
「うん。そんなのあるんだねー」
「あるんだねーって……またあれか。さっき持ってたヤツみたいな、変わった道具を持ってるのか」
「そうそう」
僕のはサファリハットに取り付けている登山用ライト。そう言えばミゲルの持ってるやつって、ここに来る他の冒険者も持っていたのを見たような気がする。あまり印象に残っていないのは、明かりとしての性能はあまり良くなかったからだろう。
「僕はこれ」
そう言って、帽子に付けた登山用のヘッドライトを点灯し、を両腰にもLEDのライトをセット。これで探索準備は万全だ。
すると、ミゲル以外の三人が、
「はー、ずいぶんと明るくなるね、それ」
「炎でも、鉱石の光でもないな」
「魔力でもないです……しかも光が強いまま……」
トリスさんがつま先立ちで背伸びして、むーっと口を真一文字に結んで、頭の上のライトをじーっと見つめてくる。どういった仕組みなのか気になるのだろう。さすがに僕程度の頭では、これの仕組みを細やかに説明などできない。
ので、
「せ、説明がすごく長くなるので、そういうものだと思ってもらえれば」
と言って、濁しておいた。一方、進む準備が整ったミゲルたちの方はというと、隊列を買変えたのか、ミゲルのすぐ後ろにランドさんが歩み出る形にするらしい。この暗闇の中、突発的に『吸血蝙蝠』と遭遇しても、これならば対応が利きやすい。全身鎧のランドさんがすぐに前に出られるようになれば、群れて集られてもへいっちゃらだろうしね。
出発前、ふとトリスさんが、
「レヴェリーさん、ごはんです」
「お、すまないね」
トリスさんがディメンジョンバッグから、いくつかパンを取り出した。パンと言っても、僕たちが一般的に知ってるふわふわのパンじゃなくて、お盆くらい大きくて、クッキーを軽く凌駕するほどカチコチな煎餅みたいな保存用のパンだけど。
トリスさんが革袋を取り出すと、レヴェリーさんはその中身に煎餅パンを浸しながら、食べ始めた。革袋の中身はおそらくミルクだろう。
レヴェリーさんは怪着族だ。彼女の種族は力が強い反面、お腹が減りやすいらしく、迷宮探索中でも、他の種族に比べて食事を摂る量も回数も多いという。たぶん帰りにあと一回くらい、お食事休憩を挟むことになるだろうね。
「やっぱりおなか減るんだねー」
「こればっかりはしょうがねぇよ。眷属作った神様の差配一つだからな。ちなみの俺との出会いのときも、腹空かせてたんだぜ?」
「……もう定番というか、なんというかね」
「怪着族ってのはどうも一人で潜ると、持ってきた食事全部食べちまうことがあるらしい。そのときもついつい食べ過ぎちまったらしくてな、途中で食い物切らして動けなくなったそうだ」
「…………」
食べ物あったら全部食べちゃうとかワンコか。それくらい我慢できないのか。ほんと不便だ。
「つまり、それで知り合ったと」
「おう、その一件で惚れられてな」
「ちょろっ! というかご飯あげただけで惚れるって……」
どうなのか。いや、そういうのもあっていいと思うけど、やっぱりちょろいとしか言いようがない。
僕が驚いていると、煎餅パンを食べていたレヴェリーさんが、
「なに言ってんだい? 女を養える力を持ってるのは、男として重要な要素だろ?」
「ふえ?」
「財力は男の魅力の一つってことさ。もちろん、あたしがミゲルに惚れたのはそれだけじゃないけどさ」
レヴェリーさんの流し目を受けるミゲルの得意げな顔が、ちょっと腹立つ。ともあれ、みんなレヴェリーさんと同意見らしく、そんなの常識だろみたいな顔している。
こういうの、なんか餌付けっぽいとか思っちゃったりするけど、こっちではこれが普通なのか。男は女に奢る――財力を示すことでも、魅力を示せるということなのだろう。そう言えば昔の時代は、家と家の繋がりが重視され、恋愛結婚なんてほとんどなかったと学校の授業で習った。財力を持つ家と繋がりを持つことで、家をさらに繁栄させようというものだ。
まだまだ冬になるだけで餓死者がいっぱい出る世界だ。結婚に恋愛を持ち込むことが難しいのが、一般的なのだろう。食べさせることのできる力を持つ男は、それだけで魅力十分なのだ。……ちょっと納得いかないけど。
でも僕は恵まれた時代に生きているからこそ変に思うのであり、財力も大きなファクターと見るこっちの世界の人と、感覚がかい離しているんだろうね。常識は違うというやつだ。
でも、この二人がちゃんと恋愛してるのは間違いない。そうじゃないかったらあんな仲睦まじくないだろうし。うらやましい。ほんと何故浮気するのだミゲル。死ね。
そんなこんなで、レヴェリーさんの食事が終わる前に、
「ルートは僕の方で決めていい?」
「お? いい道順があるなら頼むわ」
「おっけー。――よっと、これこれ」
そう言いながら、背中のバッグから一冊のノートを取り出す。ガンダキア迷宮攻略に当たり、僕がこれまで地道にコツコツ作った、階層別潜行計画ノートの一つである。階層の情報と地図、モンスターの情報を写真付きで記した備忘録を兼ねた一冊だ。探索プランもこれに基づいて作っており、攻略前には必ずこれに目を通すようにしている。
ふと、ミゲルたちが興味を惹かれて覗き込んでくる。
「メモか? 見たことない文字だな」
「僕の母国語」
「お前が作ったのか?」
「そ」
迷宮の情報に関しては結構細かく情報を書き留めているんだけど――覗き込んでも字が読めないからそこはわからないだろう。
以前に調子に乗ってアシュレイさんに見せたら、翻訳してギルドに売ってくれと頼み込まれたことがある。手書きの情報はともかくして、写真の視覚的な情報に関しては、かなり有用だったからだろう。もちろん売り渡してはいない。
やっぱりみんな写真の方が気になるらしくて、
「これ、すごい詳細な絵ですね……」
「これは絵じゃなくて、プリントアウトした写真」
トリスさんが詳細な絵と口にしたのは、この世界にはカメラや写真という概念がないからだろう。こっちの世界の人って必ずそうやって勘違いをする。まあ、映像を焼き付けるとか、映像を写すとか、原理を理解しても、それを受け入れられるかどうかってのもあるだろうしね。難しい。
「ミゲル、ちょっといい?」
「なんだ? うわっ!」
ミゲルに向かっ、てスマホでパシャリとする。暗いけど、ライトはちゃんと点けてるから、問題はなし。
「何すんだいきなり……つーか、いまのは?」
「これはカメラ機能。そっちの写真を作るためのものだよ」
そう言って、スマホの画面を見せる。すると、案の定みんな目を丸くした。
「え? え? なんですかこれ? ミゲルさんがいる……」
「うおマジだ! なんだこいつは……」
「これはさっき驚いたときの顔かい? 面白い顔してるね」
「いまの一瞬でこれが? なんかの魔術か?」
「いえ、魔術ではないですよ。映像を残すっていうか……うーん、映像って概念もないだろうから、どう説明すればいいんだろこれ」
僕が説明に困っていると、レヴェリーさんが、
「要は、いま見ているものを見たまま紙に写せるってことだね? それで、そっちのメモには各階層とモンスターのありのままの姿が残っている、と」
「あ、はい。そんな感じです」
「……すごいね。これがあれば、モンスターの情報が細かく共有できる」
レヴェリーさんはすごく感心している様子。いまでさえ僕たちは地上の生き物を写真や映像でその姿を事細かに知ることができるけど、カメラがない時代は人の書いた絵か口伝でしかそれを把握することができなかった。僕には当たり前すぎて新鮮な驚きなんてないけど、この世界の人たちにには、やはり驚愕するべきことなのだろうね。特に迷宮のモンスターの見た目の詳細を絵にすることなんてかなり難しいから、これが出回れば一大革命が起こるかもしれない。そりゃあアシュレイさん……いや、冒険者ギルドも欲しがるわけだ。
レヴェリーさんがノートを見せて欲しいと言ったので、手渡す。モンスターの写真や階層の写真が気になったのだろう。パラパラとめくって「ほー」とか「へー」とか感嘆の声を上げていた。
そんな中、ふとミゲルがニヤニヤし始める。
「なあクドーよ」
「なにミゲル? なんか顔がいやらしくなってるよ? よからぬことでも考えた?」
「そんなことはない。それがとてつもなく素晴らしいものだということに気付いたのさ」
「そのこころは?」
「……それを使ったら、女の裸をずっと見ていられるなってな」
「うわっ、すぐそれに気付くなんて天才か!!」
「いや褒めるなって照れる」
「おお、確かにそうだな。それを使えばずっと紙に残しておけるな。ははは」
ミゲルの発想にランドさんも乗ってきた。一方、そんなしょうもない話を聞かされた女性陣はと言うと、
「やれやれ男どもはしょうもないこと考えるね……」
レヴェリーさんは、呆れて笑っている程度だったけど、
「変態変態変態変態変態変態……」
トリスさんは毒を吐き出した。でも仕方ない。男の子だもん。エロ話で盛り上がるのは至って普通のことだ。
「なんというかまあ、光源の件も、そのかめらだかしゃしんとかいうヤツの件に関しても、色々聞きたいことはあるんだけどな――あとにするか」
「そうだね。いまは迷宮の方に専念しようよ」
僕がミゲルにそう言うと、腕を組んで斜に構えていたレヴェリーさんが、
「ミゲル、それでいいのかい?」
「気にはなるが、あとでいいだろ? どうせみんなで帰るんだし。そのときに訊けばよ」
「ま、それもそうか」
レヴェリーさんは気になっている様子だったけど、それ以上追及することはなかった。やっぱりサバサバしているし、それに滅多なことで取り乱さない感じだ。なんかミゲルよりリーダーっぽい感じがするのは気のせいだろうか。
そんなことを思っていると、当のチームリーダーが、
「それで、ルートはどうすんだ?」
「西側のルートに行こう。そっちはいつも僕が行く方だから慣れてるしね」
「西側か。そっちは確かボス級の部屋まで距離があったはずだな」
「でもこっちならモンスは『吸血蝙蝠』しか出ないからちょうどいいかなって。東とか北に側に進むと『影潜り(シャドウウォーク)』とか『吐泥鉱』が出てくるし、しっかり用意してない分、沢山のモンスと遭うルートはリスクもあるだろうから」
「西側、と」
「そうそ」
出てくるモンスターの種類が増えると、それだけ対応に幅を広げなければならなくなる。そうなれば、半ば衝動的に潜行を決めた今回は準備に乏しく、リスクが高い。……まあ高いと言ってもミゲルたちチームと僕の力を総合すれば、ここのコモンモンスなんて危機感を抱くほどのものじゃないんだけど、ゆるく、まったり、楽しく、安全に潜るところがあるのであれば、そこを通るに越したことはないはずだ。
それに、『影潜り(シャドウウォーク)』はこの暗がりで背中から襲ってくるから怖いし怖いし超怖いし、『吐泥鉱』はこの階層では正直一番遭いたくないモンスだ。コイツがここ『暗闇回廊』のひどい悪臭の原因と目されており、実際近づくと超臭い。戦う前に鼻がぶっ壊されるとかマジでほんと恐怖でしかないし。お前『屎泥の泥浴場』の敵だろって何度思ったことか。できればというよりなんとしても遭いたくない敵だ。
僕とミゲルが話していると、ランドさんが、
「そうだな。確かに相手にしなきゃならんモンスターが増えるのは面倒だ。リーダー。俺はクドーの案に賛成だ」
「そうか。レヴェリー、ミーミルはどうだ?」
ミゲルが女性陣に訊ねる。二人も特にこれといった反対意見はないらしく、素直に頷いて賛意を示した。
「じゃ、行こっか」
全員の了解を得たところで、道順を決めた僕が先導役として前に出る。いつも潜ってるし、階層の特殊性に左右されない光源もあるから、一番前は適任だしね。
前方と上方、主に回廊の天井にライトを当てつつ、気を付けながら進んでいると、レヴェリーさんが、
「見えにくいのに、ずんずん進むね」
「ここ、入口辺りにはモンスは全然いませんし、それに僕にはこれがありますから」
そう言って、ライトを示す。やはり、これがあると心強い。あとは――そう、慣れだ。『吸血蝙蝠』が近くにいると、かすかにだけどキーキーと声が聞こえてくるから、あとはそれにさえ気を付けていればいいのだ。
「ほんとに明るいなそれ」
「うん。こういうところ探索するのには、ほんとありがたいよ」
「ここももっと明るくできれば、探索もしやすいんだけどなー」
ミゲルのため息――全冒険者の持つ悩みに対し、僕は、
「一応見やすくするための魔術もあるよ」
その言葉に反応したのは、同じく魔法使いのトリスさん。
「見やすくする……やっぱり光を灯す類の魔術ですか?」
「違うかな。誰かに使ってみる? ――闇視スーパーアヌビス」
そう言って、すぐ後ろを歩いていたランドさんのゴリラ顔に魔杖を向け、汎用魔術をかける。
すると、ランドさんはやにわに大きな声を上げ――
「お、おおおお!」
「ランド?」
「これはスゲーぞ!! 周りが見える! めちゃくちゃ見えるぞ! うははははは」
いまランドさんには、回廊内の様子が、はっきりクリアに見えていることだろう。
さっきかけた魔術は、光を発生させて見えるようにするものではなく、暗いところでも昼間のように明るく見えるようにするという魔術なのだ。魔術の光で明るくできないなら、「じゃー視力を強化というか改造して見えるようにしちゃえばいいじゃーん」という思考のもと作ったのがこれだ。
まーこれが結構見やすくなる。暗視装置とか比じゃないくらい。……ただその分、視力を上げたせいか、目が光の刺激に弱くなってしまうため、僕の雷の魔術が使えなくなるという欠点があり、普段の使用はしていない。もちろん試したわけじゃないけども、だって不安だし。
とまあ僕もこうやって魔術を作れるんだけど、便利だけど欠点もあるというのがよくあるから、そこんとこまだまだだなぁと思う。その点、師匠の作った汎用魔術はすごい。大抵は、これと言って欠点がなく使いやすいように作ったものなのだ。それがどれほど難しいか。さすが師匠鬼畜なだけある。
それにしてもランドさん、大興奮である。いいおじさんが年甲斐もなくはしゃぐって、なんか和むね。……なんかだんだんゴリラがウホウホ興奮して動き回ってる絵が思い浮かんできたのは言うまい。
他のメンバーにもかけてあげると、レヴェリーさんが口からほわっと感嘆の念を漏らす。
「そうか、光で照らして見えるようにするんじゃなくて、暗闇でも目が利くようにしてるのか。魔法使いは考えることが違うね」
しみじみしてるそんな中、ふとトリスさんが上目遣いで迫ってきていて、
「く、クドーさん! この魔術、教えて欲しいです!」
「あ、うん。構わないけど」
「ほんとですか! ありがとうございます!」
これは僕が作った魔術だから、教えることに抵抗はないし、別に構わないだろう。師匠に教えてもらった技術とかは、ちゃんと師匠に了解取る必要あるだろうけどね。
移動している間にちょいちょと教えてあげると、秀才と呼ばれているのは伊達ではないらしく、すぐにものにして、
「すごいです! これで『暗闇回廊』……いえ、『常夜の草原』の移動も楽になりますよ!」
トリスさんも、大興奮である。そしてミゲルも、
「これなら光源を大量に買い揃えなくてもいいし、使えるな。クドー、ありがとよ」
そう言って、嬉しそうに背中をバンバンと叩いてくるミゲル。痛い痛い。
「それ結構痛いからレベル38……あ、見えるようになった分、強い光には気を付けないといけないよ。まあ、ここじゃあ強い光なんて出せないけど、普段使うときの注意事項として一応ね」
使ったときに目に良くない閃光だが――実質この階層でしかこの魔術って使わないし、強い光はこの階層出せないし、出せても雷が出せる僕だけだから……あまり気を付けなければならないことでもないんだけどね。一応一応。対閃光防御は必要だ。
そんな説明をしている中、ふいに「キー」という、耳にキーンと来るような高音が、鼓膜に突き刺さって来る。
「――向こうに一匹逃げたね」
『吸血蝙蝠』の存在をいち早く察知して、そう口にする。
そう、あいつらは光に敏感だ。斥候役の一匹がすこしでも光を感じ取ると、すぐに群れのもとに逃げ帰り、仲間をわんさか呼んでくるのだ。飛び去って光で追えなくなったから、もう間もなくわっさわっさと飛んでくるだろう。
僕と同じように飛来を察知したミゲルが、
「来るみたいだが?」
「そうだねー」
僕がそんなやる気に欠けた返事をしていると、
「ミーミル、アンタもやってみたらどうだい?」
「私ですか?」
「まずは青の魔法使いのいいところ見せてやんなよ」
レヴェリーさんはそう言って、トリスさんを焚きつける。すると、トリスさんもやる気になって、
「わかりました。ランドさん。前、お願いします」
「おうよ」
そうこうしているうちに、第一波がわっさわっさと羽ばたきの音を響かせて飛んでくる。
通常、『吸血蝙蝠』が見えてくるラインに入る頃には、すでに突撃姿勢に入っているので、見えてからでは間に合わない。それゆえ、詠唱などを先に終わらせる必要がある。トリスさんは魔杖を構えて詠唱を始め、ランドさんは盾を構えて前に出て、防御態勢。後ろではレヴェリーさんが弓に矢を数本単位で番えてスタンバっている。
「……ねえ、レヴェリーさんあれでちゃんと撃てるの?」
「おお、撃てるぜ。俺もなんでかはよくわからねぇけどな。なんでも怪着族の秘密らしいぜ?」
「他種族には物理法則とか関係ないんだね……」
耳長族の方もそうだけど、さすがである。この分だと獣頭族とか尻尾族にも、他種族にはないトンデモ技術とかあるんだろう。さすが異世界。
「ちなみにミゲルは何してるの?」
「俺か? 俺は見てるだけだ」
「えぇ……」
「仕方ねぇだろ? 軽装の俺があれに接近戦とか無謀だし。まあヤバくなったらナイフでも投げるさ」
と言って、腰元のホルダーから投げナイフを取り出した。なんだかんだ準備してるじゃん。
そんなことを話していると、
「魔術階梯第二位格、|水気よ波濤となりて白く打ち砕け(サフィアスバーグ)!」
トリスさんの呪文が完成した。あちら側とこちら側、闇と光の狭間にさながら霧のように空気中の水分が集まったかと思うと、その場で大きくうねり、大量の空気を含んだ白波となって『吸血蝙蝠』にぶつかっていく。
だが、波にぶつかられても堪えたものもいるらしく、数匹が波間から突撃してきた。
もちろん、それらはレヴェリーさんの餌食だった。
『吸血蝙蝠』はランドさんのもとへたどり着く前に、撃ち落とされた。
「やりました!」
「いい感じだね」
トリスさん、自信の感じられる喜びようだ。すると、ミゲルがわき腹をつついてくる。
「どうだ? うちの魔法使いの実力は?」
「えっと、それを僕に訊かれても……」
僕には魔法使いの知り合いが……師匠とリッキーだけだからなぁ。比較対象がその二人だけだからわからないし、どう答えていいのかわからない。僕に関しては一発で全滅させちゃうから――それと比べればいいのだろうか。うーんだけど、それはそれで違うような気もするし……。
「ミゲル、次が来るよ」
「早速か。じゃあ――」
「オーケー。ここは僕に任せなさい」
「お、頼もしいな魔法使い」
「やっと紫の魔術が見れますね」
トリスさん、わくわくである。
ちょうどいいので、色気を出してこのあいだ師匠に習った技術を試してみることにした。
以前習ったのは属性魔術の同時行使と『フォースエソテリカ』の二つ。今回使っているのは、属性魔術の同時行使だ。
魔術には範囲やら単体対象やら複数用やらと色々あり、規模が大きくなるにつれて位格も上がる。そしてそれに比して、魔力の消費もかさんでくる。だけどこの技術を用いて位格の低い属性魔術を複数使えば、位格が高い強力な魔術をいちいち使わなくてもいいため、その分ロスが少なくて済むのだ。
というわけで、魔術の複製およびその同時行使である。
「魔術階梯第三位格、|雷鳴よ球に代わりて鳴り渡れ(アメイシスサラウンドラ)! 複写展開!」
闇の中から続々と姿を現す『吸血蝙蝠』に向かって、呪文を叫ぶ。
すると、急降下してくる『吸血蝙蝠』の前に魔法陣を伴う紫の球体が――通常は一つのところ三つも出現し、それが猛然と迫る『吸血蝙蝠』に稲妻を浴びせかけた。
爆竹が破裂するような音を数十倍大きくしたような音が辺りに響き、耳朶を揺るがす。閃光と轟音が白煙と共に晴れると、石畳の床には沢山の『吸血蝙蝠』の成れの果てが転がっていた。
「おっしまーい」
雷に打たれたため、綺麗な姿のままだけど、中身の方は黒焦げだろう。雷の魔術は強力だ。手加減が利きにくいから、使用はちゃんと考えないと結構マズいんだよね。
第三波は――来ないようだ。これで打ち止めらしい。
靴でふみふみして、電気が残っていないか確認し――まあ僕には効かないんだけどね。ナイフを使って核石を取り出す。グロ。でも大丈夫だ。動物の解体はユアチューブで見てるから耐性は付いてる。ROMってるのは伊達じゃない。
さっきの魔術は後ろにもそこそこの衝撃を与えていたらしく、
「いまのが、アメイシスの鉄槌……いや、雷か」
「光の枝というか槍というか……」
「全部倒しちまうとは豪気だな。火力ならありゃあ赤の魔術に匹敵するぞ?」
ミゲル、レヴェリーさん、ランドさんがそんなことを口にしたあと、トリスさんが、
「……すごい」
「へぇ? やっぱりミーミルの目から見てもすごいんだ、アレ?」
「すごいなんてものじゃないですよ! あの属性魔術もそうですけど、同じ魔術を複数同時に行使してるんですよ!? メルエムでもあんな魔術の使い方できる人なんていません!」
「そ、そうなんだ。それはすごいね……」
「そうなんです!」
「あ、ああ……うん、よかったね」
トリスさんの前のめりな勢いに、レヴェリーさんが若干引いている。
だがそれについては、僕も地味に驚いている。魔術の教育機関が置かれた都市でも見かけない技術となると、これを基礎だと言って教えてくれた師匠は一体何者なのか。
僕が不思議がっていると、ふとトリスさんがキラキラした目で僕を見つめてきて、
「クドーさん! いま使ったのは第三位格級でしたけど、もしかして第四位格級も使えるんですか?」
「え? あ、うん。まあね」
「すごいです! クドーさん! 私に魔術を教えてください! いえ、私をクドーさんの弟子にしてください!」
「いやー、それは申し訳ないんだけどダメかな。僕もまだ人の弟子だし、そこまで魔術を極めたって思ってないから」
「あんなに途轍もない技術を持っているのにですか?」
「あー、うん」
途轍もない技術…………となるのだろうか。僕は師匠に教えられてから結構簡単に使えるようになったから、さっきも言ったように比較対象がなくてそこんとこよくわからない。
だけど、トリスさんはやっぱりすごいものでも見ているかのような目の輝きよう。
トリスさんに一挙手一投足を観察されながら歩いていると、
「無駄口はそろそろ控えな。そろそろだよ」
そう言ったのはレヴェリーさん。後衛を任せられていることもあり、人一倍気配に敏感なのだろう。確かにもう間もなく、ボスの縄張り近くだ。
一方、気配に敏感というのはミゲルも想像したらしく、
「さすが感じやすいだけあ――ぐへっ」
「無駄口叩くなっていま言ったばかりだろ。このバカ」
よくまあそんなことすぐに思い付くなと思うけど――ミゲルは下ネタに走ったため殴られた。こういうところを見るとほんとリーダーなのかと疑問に思ってしまうけど……みんながミゲルのところに集った理由というのは、こういうところじゃないんだろう。
すると、レヴェリーさんが、
「ミーミル。あたしの矢をおくれ」
「はい。出しますね」
トリスさんはそう言うと、ディメンジョンバッグから、ランスみたいな矢玉を取り出した。
……うん、ランスみたいな矢玉だ。
「……えっとこれ、矢なんですか?」
「ああ。ボス級相手なら、これくらいないとね」
「ひえー」
レヴェリーさんが持ち上げた矢玉を見て、僕は戦慄を禁じ得なかった。だって矢玉がデカすぎる。こんなのモン○ンでしか見たことないもの。ランドさんの得物もごっついメイスだから凶悪極まりないけど、レヴェリーさんのもこれ相当だ。刺さったら――というか、こんなもんが当たったら身体が吹っ飛ぶとかそう言うレベルだマジこえーですよさすが怪着族。トリスさんがそれを五、六本取り出すと、レヴェリーさんはひょいっと軽々担ぎ出した。
……たぶんおそらく、このチームで一番強いのは彼女だろう。レベルは32で僕よりも二つ低いけど、種族的な強さはそれを軽く凌駕するということがよくわかる。もしかしたらスクレールよりも強いかもしれない。すげー。
……そんなこんなで縄張り付近でライトを消して、そろっと角から覗いてみると――いた。
暗闇の中に漂う赤い両眼。今回はボス部屋に引っ込んでいないため、燭台などの光源がないから、それがはっきりと見える。
ここ、迷宮深度30『暗闇回廊』のボスである。
投稿遅くなって申し訳ありません。
 




