第13階層、突撃! ガンダキア迷宮第2ルート! その2。約12000文字。
【登場人物】
九藤晶……経験値稼ぎ兼金策のため、第2ルートに潜っている途中、ミゲルたちのチームに遭遇。一緒に潜ることに。レベル34。
ミゲル・ハイデ・ユンカース……金髪タレ目、片側に特徴的な肩当てを付けている少年。冒険者歴3年、レベル38の剣士。チームでは前衛。アタッカーを担当。
レヴェリー・クロウハンド……ミゲルのチームの弓使いのお姉さん。赤髪、グラマラスで格好がエロい。性格はサバサバとしていて、姉御肌。冒険者歴は5年。怪着族と呼ばれる種族で、レベルは32。チームでは後衛担当。ミゲルの恋人。
ミーミル・トリス……青の魔法使い。金髪ロリっ子。チーム内では一番の年下だが、メルエム魔術学園を次席で卒業した秀才。冒険者歴は2年。大きな魔杖と金銀の刺繍の入ったお高そうなローブが良く目立つ。レベルは21。チームでは魔術による前衛支援を担当。
オリランド・ランド……ミゲルのチームの戦士のおじさん。ゴリラ顔で、晶は最初獣頭族かと思ったくらいゴリ。重そうな全身鎧に身を包み、大盾と巨大なメイスを持って戦う。レベルはチーム内で一番高い41。冒険者歴は3年だが、王国兵士としてのキャリアが長い。チームでは盾役を担い、欠かせない存在。
僕たちは、手早く『灰色の無限城』を抜けて、『黄壁遺構』へと到着していた。
無限城の敵モンスはミゲルたちが結構倒していたから、特段戦いとかもなかったしね。
そんなこんなで無限城にあった白い鏡面の境界を抜けると、出たのは木立の中。この奥に、地下――つまり黄壁遺構と呼ばれる地下ダンジョンへの入り口がある。木立と言っても、緑が鬱蒼と生い茂るような森の中ではなく、結構荒れた土地の枯れ木っぽい木々だ。針金みたいな枝や葉が飛び出ていて、触覚的以前に視覚的に痛そうなことこの上ない。
そんなところで、
「う、うわぁー助けてー、針金みたいな枝がー絡まってー」
「く、クドー、しっかりしろー、いま助けてやるからなー」
「…………ねぇ、アンタら、そこで一体何してんだい?」
ミゲルと一緒に、『茨に捕まってマジ死にそうごっこ』をして遊んでいたら、レヴェリーさんが胡乱げな視線を向けてきた。
「えーっと、たまにはちょっとふざけてみようかなって」
「クドーがふざけだしたから、ノリでな。うん」
「はい。アンタら二人ともバカ決定」
レヴェリーさんにバカ認定された。
二人で弁解になってない弁解をしていると、ふいにトリスさんがダークなオーラを発し始める。
「……なにふざけてるんですか。ここ、ダンジョンですよ。ダンジョン。危機感ないんですか? いくらミゲルさんのレベルが高いって言っても、やっていいことと悪いことがあるでしょ? バカですか? バカなんですか? ダブルバカなんですか? 脳みそとろけて修復不可能なところまでいっちゃってるんですかお二人とも?」
トリスさんの口から毒が漏れ出てきた。
「おい、ミーミル。そこまでにしといてやれって」
「あ、ごめんなさい! 私ってばつい……」
ゴリラ顔のランドさんが止めに入ると、トリスさんははっと気づいたように口もとに手をあてがう。
だけど毒を容赦なく浴びせられた僕たちのテンションは、すでに下降修正済み。
「……ごめんなさい」
「……すいません」
……言い訳だけど、ふざける前に周囲の安全はちゃんと確認した。ここはいわゆる『霧の境界』を抜けてすぐの、『モンスター除けの晶石杭』が打ち立てられた場所で、その周辺にも、モンスターの気配はなかったのだ。なら大丈夫かなーととふざけたんだけど、まさか毒まで吐かれてしまうとは。
とまあそんな感じだけど、空気は別段悪くない。ミゲルのチームメンバーはみんな気のいい人たちで、歩いているうちに結構気軽に話せるようになった。
僕が魔法使いというのも明かした……というかすでにミゲルが魔法使いを入れたいとメンバーに話していたため、すぐにわかったということもあるけど。
ふと、トリスさんが、僕の持ってる短めの魔杖を見て、
「あの、クドーさん。そんな大きな結晶石は一体どこで手に入れたんですか?」
「これ? 道の駅のお土産コーナー」
「みちのえき、とは?」
「あー、うん。まあその土地の特産品を売ってるところかなー」
と言うよりは、あそこトイレのイメージの方が強いんだけど。
結晶石、つまり魔杖の先端に付いた宝石のことだ。僕のは自作の魔杖で、ついているのはアメジスト。魔杖は魔法使いの魔力を調整するためにあって、宝石がその役割を担っている。宝石はこっちの世界に持ってくると、そういった力を持つようになるのだ。トパーズ、ルビー、サファイア、ジェイド、黄赤青緑とあって、この世界で力を持つようになる宝石はこれ以外にあとは僕のアメジストと師匠の持ってるオニキスくらいらしい。
ちなみに僕のこれは、初めてド・メルタに来たときに、紫父神アメイシスさんに魔法使いにしてもらったのに伴って教えてもらった。
「紫の結晶石ねぇ……それって本物なのかい?」
レヴェリーさんの訊ねに、トリスさんが答える。
「本物ですよ、レヴェリーさん。これには結晶石としての力を感じます。ですが、私も紫色の結晶石なんて初めて見ます……」
「あ、コイツ紫の魔法使いなんだと」
ミゲルが言うと、みんな驚いたような顔をする。
「ミゲルあのさぁ……」
「なんだ。別にいいだろ? どうせお前は俺のチームに入るんだし」
「え? それもう決定してるの?」
「あったりまえだろー」
「えー」
特に嫌そうでもない風に「えー」を言うと、ミゲルはニヤニヤしながら肩をバンバン叩いてくる。実際、ミゲルに誘われるのは嫌じゃないしね。しつこくないし嫌味じゃないし。
そんなことを言い合ってると、トリスさんがミゲルに、
「む、紫の魔術なんて聞いたことありません!」
「聞いたことないからって、存在しないってわけじゃないだろ?」
「ですが……」
トリスさんは納得がいかないよう。あれだ。これはきっと『そんなこと学校では教えてくれなかったもん!』的なあれだろう。メルエム魔術学園に権威があるなら、おそらくそう。
すると、ランドさんが、
「ミーミル。魔王を殺した魔術の女王も、俺たちの知っている四種魔術以外の魔術を使うって話だろ? 一概にないとは言えないんじゃないか?」
「それは……確かに聞いたことはありますけど」
はー、そうなのか。それはちょっと気になる。
「オリランドさん。ちなみにその魔術の女王さまの魔術って、どんなのなんです?」
「ん? ああ、それがな。俺も四種類以外って聞いただけで、そこまではわからないんだ」
「ありゃ、そうなんですか」
「気になるのか?」
「僕の他にもいるって話ですし、やっぱり」
気になる。もし僕以外に紫の魔術を使える人だったなら、是非に会ってみたいところだし。
そんな話をしながら歩いていると、やがて入り口近くにまで来ていた。
すると、ミゲルが
「入る前に、まず『銀狼』だな」
「怪奇ファイルだね。マヨネーズで家庭科室だか理科室だかの火事を収めるすっげーガバガバのヤツ」
「なんだそりゃ?」
「うんにゃ、気にしないで」
銀狼。それが『黄壁遺構』内部に入る前に切り抜けなければならない関門だ。ここ『黄壁遺構』の入り口前にある木立に出現する銀色の毛並みが美しい狼で、普通の獣っぽいけど、れっきとしたモンスターである。
衝撃が加わると体毛が金属みたいに硬質化して、針みたいに刺さるようになる。ヤマアラシ以上に危ない生物だ。ちなみに毛皮は結構な値段で取り引きされるし、怪着族の人たちもこれを好んでまとっている。
やがて、茨の間から、銀狼たちが群れをなして出てくる。
唸ってこちらを威嚇しながら、徐々に近づいてくる中、ランドさんとトリスさんが、
「じゃあ、これでお前さんの力が見れるな」
「紫の魔術。拝見させていただきます」
と言うけれど、
「え? 僕はここでは魔術使わないですよ?」
「は? おいおいお前さんよ。使わなきゃくぐり抜けられないぞ? それとも何か? 俺たちが倒すの待つって言うんじゃないだろうな?」
「いえいえ、そんなことしませんよ」
別の方法でどうにかするつもりだし、大体いつもそうしてるしね。
ミゲルが訊いてくる。
「じゃあどうするんだ?」
「これだよ。これ」
そう言って、背中のバッグからあるものを取り出す。そして、ビニールをビリビリ破いて、ここを楽にくぐり抜けるためのブツを取り出した。
「なんだそれは? ホネ……か?」
「そうそう……ほーら、ワンちゃんたちー、おいしいホネガムだよー」
ワンちゃん大好きホネガムを大きく振って見せびらかしてから、ぽいぽいぽーいーっと明後日の方向へ三連投。
すると、
「わおーん!」
『銀狼』たちは我先にと争うように、よだれをダラダラ垂らしながら、飛んでいったペット用のホネガムを夢中で追いかけていった。あー、なんかかわいい。癒される。
「…………」
「…………」
「銀狼たちとは、これで戦闘回避してるんだ。あ、もしかして倒して経験値いただく予定だった?」
「いや、別に経験値も欲しい素材もないしいいんだが……」
「あ、ならよかった。じゃ、入ろっか」
モンスターと言えど、動物の呪縛からは逃れられないということか。犬じゃなくて狼なのにどうしてなんだろうとは思うけど。ここは異世界深く考えたら負けだ。
僕が先に進もうとすると、ミゲルが、
「おいおい、さっさと行くんじゃねぇよ。この先には『催眠目玉』がうようよいるんだぞ?」
「メダマーズ? あれなら大丈夫大丈夫」
そう言って、ずんずん進む。ずんずん。
――ここ『黄壁遺構』では、ボス級を除き、モンスターが四種類ほど出現する。さっきホネガムを追っかけていった『銀狼』と、以前スクレールやリッキーと来たときにスクレールがブチ抜いた『蜥蜴皮』。モンスターと言えばと訊ねられたら結構な頻度で挙がる『石人形』。そして、黄壁遺構へ入る冒険者たちを阻む門番であり一番の鬼門、『催眠目玉』だ。
コイツは中でもいやらしく、対策を持たずに囲まれればまず命はないとされ、ここに来る前は受付からもこっぴどく注意されるほどの危険なモンスターなのである。
ミゲルは僕のこと心配してくれて声をかけてくれてるんだろうけど、僕はすでに対策を確立しているため、特に先行して問題はない。
地下へと続く階段に向かって進み、闇の中に踏み入ると、やがて奥の方に黄色っぽい光が見えてくる。異世界産、不思議鉱石の一つ、ずっと光っている石の輝きだ。黄壁遺構には、これが壁に埋め込まれていたり、燭台の蝋燭代わりにされていたりして、結構な明るさを保っており、環境的にはそう悪くない。
やがて奥から、ぼんやりとした輪郭が近づいてくる。ふよふよと、波間に揺蕩うかのようにゆっくりとこちらに近づいてくるそれは、直径五十センチはあろうかというほど巨大なむき出しの目玉だ。……そう目玉。眼球だ。水気を帯びたような光沢が気持ち悪い。
こいつが件の『催眠目玉』で、冒険者に催眠光線を浴びせてくる。……光線なのかどうかは実際よくわからないけど、なんかウェーブっぽい波動というかエフェクトが見えるし、そうなんだろうなーと思うことにしてる。冒険者を取り囲んで催眠波をしこたま浴びせて眠らせたあとは、その場に放置で、やがて『黄壁遺構』をうろつく『蜥蜴皮』が匂いを嗅ぎつけてきて……という寸法らしい。
いつも思うけどえっぐいコンボだよほんと。
「目を伏せろ! ランド、レヴェリー、頼む!」
「おう!」
「ああ! 任せな!」
ミゲルとトリスさんは目を伏せ、ランドさんが前に出て盾を構える。そしてレヴェリーさんに、催眠波の届かない遠距離から、鉄弓の力に物を言わせて倒してもらおうというのだろう。レヴェリーさんの弓を構える姿が凛々しい。さすが怪着族。最強種族の一角は伊達じゃない。
けど、ここはもっと簡単に切り抜けられる。
「……って、ちょっと! クドーが先に行ってるよ!?」
「おい馬鹿クドー! 勝手に先行すんじゃねぇ!」
「大丈夫大丈夫。あれは僕がやるから、問題ないって――あ、目玉がむき出しで浮いてるのはすんごい気持ち悪いからそこんとこは大問題でまったく大丈夫じゃないんだけどさぁ」
気持ち悪いから視覚的にダメージはあるけど、催眠波しか出してこないから対策しとけばへいっちゃらなのだ。
「ちょっと近い近い! キモイから一メートルは離れてってば! シッシ!」
……訂正。やっぱり全然へいっちゃらじゃない。というかこっちみんな。
やがて僕を獲物と見て取り囲んできたデカイ目玉たちから、なんかウェーブっぽい催眠波が出てきた。
「クドーッ!! ……って、は、はぁ?」
しかし効かない。いまの僕には。別に自分に魔術をかけているわけじゃない。ただちょっとお薬的なものに手を出しただけなのだ。
「じゃじゃーん! 受験生の深夜のお供、カフェイン剤! これ飲むと催眠波に当たっても眠くならないんだよねー」
これを飲むと眠くならないとか、催眠波どんだけ低出力なのとか思うけど、まあモンスターの能力の事情など知ったことか。
催眠目玉たちは力んでいるのか、催眠波を出しに出しまくってなんか充血して、プルプル震え出してきた。頑張ってる姿は健気だけど、キモイからやめてマジで。
ミゲルたちがア然としている中、僕の行動ターンに入る。
「そしてこれが、むき出しの目玉を簡単に倒すための必須アイテム!」
そう、キ〇カン入りのウォーターガンである。
「き○かん塗って……ってね。この場合噴射だけど。っていうか弱点モロ出しって生き物的にどうなのさ? モンスターだけど」
メダマーズは何かに気付いたようにふよふよと後退りし始める。けどもう遅い。密集する巨大な目玉に狙いを付け、撃つ撃つ撃つ。
すると、目玉は浮いた状態からさらにビクンビクンと跳ね、じゅわーっとアツアツの鉄板にソースをかけたような音を立てて、催眠目玉はなす術もなく朽ちていった。
「なんだいあれは……催眠目玉が一瞬で。あんな簡単に」
「純度の高い聖水でしょうか……」
いえ、かゆみ止めです。アンモニア水が入っているので、目に大変よろしくないのです。ちょっと薄めてるけどね。それでもこいつには効果抜群らしいんです。
カフェイン剤、キン〇ン、ウォーターガン。目玉浄化セットという名前を付けようか。ちなみに、トリスさんの言ったようにというかちょっと違うけど、聖水――お小水は効果があったりする。最初はこれ、目玉だし、呪いっぽいもの浴びせてくるから、邪視のお話曰く、不浄のもので対抗してみたら――瞬殺だった。汚いとか言うなし。
意外にもモンスターさんたちって、地球の『いわれ』などと結構リンクしている節があるものが多いのだ。たぶん集合的無意識とか、普遍性的なものなんだろうと思う。アーキタイプアーキタイプ。
「……手慣れてんなお前」
「まーここいつも通るしねー。楽して稼ぐのが目的なのに、途中で疲れちゃうと意味ないしさー。だから通り道はこうやってできるだけ魔術を使わないでアイテムでやりくりしてるわけ」
こういった探索は僕のお財布にも響くけど、今日の稼ぎで手に入れたお金で、壺やら磁器やら異世界の骨董品を買って、古物商を営む叔父さんに引き取ってもらえばオーケー。
金貨を直接換金できれば簡単なんだけどね。そっちはちょっと難しいし。
アイテムの話をしたんだけど、ミゲルは別のことが気になったらしく、
「……いつも通るだって?」
「ん? そうそう、僕いつもこの先でレベル上げするんだー」
「『石人形』でか?」
「まっさかー。あれじゃ固いくせに経験値効率悪くておいしくないじゃん。僕が言ってるのは『暗闇回廊』にいる吸血蝙蝠のことだよ」
そう言うと、ランドさんがゴリラ顔を険しくさせ、
「じょ、冗談だろ!? あいつらまとまって来るんだぞ!? 魔法使いが一人で対処なんてできるわけが……」
「そうそう。僕はそっちの方がありがたくてですねー。いっぱい集まってきたところを一気に倒すんですよー」
確かにあいつらはランドさんの言う通り、十数匹単位で一気にまとわりついてくる。飛んでくるというより、獲物を見つけると勢いに任せてぶつかって来ると言った方が正しいかな。しかも真っ暗闇の中から。普通は魔術を使っても、すぐに別の方向から取り付いてきて払いのけるのは至難。まごまごしていると血を一気に吸われてショック状態になるみたいだけど、僕には登山用ライトと雷の魔術がある。まとまってくればその分、電気が通りやすいのである。
「……おい、クドー」
「やだミゲルさんってばなんかお顔がすごく怖いんですけど? どうなさいまして?」
「いままで聞きそびれてたが、お前、レベル一体いくつだ?」
「あ、それ、訊いちゃうの?」
「まあ、言いたくないなら無理にとは言わねぇよ」
という。冷たく言われると、さすがに寂しくなってしまうので。
「レベルは34。あ、これ嘘じゃなくてマジだから」
「34って……」
ミゲルはみるみる表情を険しくさせる。一方、チームのメンバーも、驚きを表情に表して、
「34だって!?」
「嘘だろおい!?」
「え? え? だって、そんな高レベルの魔法使いがいるなんてそんな話……」
聞いたことはないか。だって情報はアシュレイさんに止めてもらってるからね。
みんなが驚く中、ミゲルがふと手を出す。証明書を見せてくれと言うのだろう。チームの人間以外にそれを求めるのはマナー違反だけど、まあ、別に友達だしそこは全然構わない。
見せた途端、ミゲルの顔が何とも言えない感じになる。呆れたというか、肩の力が抜けたというか。そんなの。
そして、
「…………おい、いまフリーダにいる魔法使いでレベル30超えてる奴ってどれくらいいる?」
その問いには、魔法使いのトリスさんが答える。
「確か、十人から十五人程度ではなかったかと」
「34以上は?」
「ええと……チーム黒の夜明団の『炎似隼』、チーム勇翼の『翠玉公主』と、あとは『天魔波旬が、35以上あったかと……」
「へー、意外に少ないんだねー」
「お前、知らなかったのかよ?」
「ほら、僕程度のランクじゃミゲルのところみたいに情報仕入れられないし」
「そうか。それでいつも持ってる情報にばらつきあるのか……」
ミゲルは納得したように言うと、また僕に訪ねてくる。
「お前、ここに来て半年だろ? それでそんなレベルになるなんて、どんな手を使いやがった?」
「どんな手もなにも、普通に潜ってればそれくらい……まあもうちょっと低いかもしれないけど、あがるんじゃない? ほら僕ってば基本一人だから、効率は他とはダンチだし」
「にしたってよ……。なら……そうだな。お前この半年、週に何回潜ってる?」
「テストの時期はちょっとおろそかになったけど、大体毎日かな。あ、時間はバラバラだけどね。短いときもあるし、長いときもあるよ?」
「あのなぁ……」
ミゲルさん、ため息吐き出した。
「そこまでおかしいかな?」
「普通は毎日なんて潜れねぇっての……」
「確かにそうかもだけどさ。でもそこそこやる気があれば、そう無理なことでもないんじゃないの?」
「かもしれんが……」
やっぱ常識的に考えにくいのか。怪我や疲労の分を加味しても、ちゃんと管理して計画を立てていればなんとかなるっていうのは、自分で実証済みだ。魔法使いだから回復魔術が使えるのが一番デカイか。怪我をしても魔力さえあれば治せるしね。
「あとは他にないのかよ? レベルが上がった理由」
「あと? あとは……」
そう、あとは、あれだ。あれ……。
「どうした?」
「…………師匠にいじめられた。鬼だよあれは」
鬼だ。悪魔だ。それくらい、師匠のしごきは途轍もないものだった。死にかけた×10くらいある。むしろ死んだ。精神的に。
だから愚痴が口からゲロゲロ出てきても無理はない。
「…………この前さ、師匠にさ、『屎泥の泥浴場』に連れて行かされてさ、『粘性汚泥』とか、『溶解屍獣』とかと戦わされてさ。ほんとひどい目に遭ったんだ。精神的にもうほんと参るよあれはリアルでマジ無理」
「あーあそこはほんと気持ち悪いもんなー」
ミゲルが同意すると、ランドさんが、
「気持ち悪い言う前に、まずレベル的な突っ込み入れるところだろリーダー。一応あそこも迷宮深度25だぞ? 普通の魔法使いが一人で潜れるレベルを超えてる。しかも『溶解屍獣』って……」
「そこは聞こえなかったことにしたんだが、ダメだよな。おいクドー、倒したのか?」
「一応、なんとかね。記載、あるでしょ?」
そう言って、証明書を指し示すと、
「……おいおい、アレは俺たちだって倒したことねぇぞ?」
「あれは戦うヤツがバカだと思う。どんな冒険者だって手を出さないのが当たり前だよあれは」
「で、めでたくそのバカの仲間入りを果たしたヤツはどうやって倒したんだ?」
「まず周りの毒霧や毒沼を雷落として削りまくる。雷の直撃に伴う衝撃波で周りのものをできるだけぶっ飛ばして、本体もそこそこ削って、暴露させた本体にできるだけ高火力の魔術をぶつける。そんな感じ。魔力さえ十分にあれば、そう難しくはないけど、やっぱめんどくさいね」
すると、レヴェリーさんが、
「毒霧ブレスはどうするんだい?」
「あれは広範囲にきますけど、汎用魔術をありったけ重ね掛けすれば、近づいてもかわせるようになるんで」
師匠に使えるようになれと強要された『重ねて保持』のあれだ。あれのおかげで、だいぶブーストがかけられて楽なのだけど、そこまでできるようになるまでどれほど地獄だったか。ここでは語り尽くせない。布団に入ったらすぐ朝になったとか、リアルで起こった。
ふと、トリスさんが恐る恐るといった具合に訪ねてくる。
「あの、重ね掛けって、いくつですか……?」
「六つくらい。最高で七ついけるけど、属性魔術使うキャパは空けとかないといけないからね」
と言うと、トリスさんはまたダーク化して、
「六つ……最高で七つ……その上で属性魔術。なんですかそれ。おかしいでしょ? 詐欺じゃないですか。詐欺。どうなってるんですか? 普通使えるわけないじゃないですか? どんな詐欺行為を働いたらそんなことできるようになるんですか……」
また口から毒をぶつぶつ吐き出した。というか詐欺働いたとか言われても困るんですけど。あれは僕が地獄を見たその対価なのだ。むしろちゃんと恩恵を受けられなかったらマジで辛すぎるって。
一方、オリランドさんも驚いた様子で、
「おいおいおい……王国の宮廷にもそんなヤツいなかったぞ?」
「前衛で戦士二人に補助を十分にかけて、敵と戦えるレベルか……さすがレベル三十オーバーってところだね」
レヴェリーさんも感心している。魔術のことですごいって言われるのって滅多にないから、ちょっと嬉しいな。
「なークドー、お前やっぱり俺のチームに入れよー」
「いやーそれもいいとは思ってるんだけどねー。いまやらなきゃいけないこととかあるからさー。それが終わったらでいいなら、お呼ばれしようかなって」
「お? マジでー?」
「もうちょっとかかるけどねー。それまで待っててよ」
「いいぜー待つ待つ」
「なんでこいつらこんなに軽いんだよ……おかしいだろ」
僕たちのゆるゆるな会話に、ランドさんが呆れだした。まあ気持ちはわかります。
そんな中、レヴェリーさんが、
「で? できるだけ魔術は使わないって言ってたけどさ、トカゲとこのあとのゴーレムはどうするんだい? そっちは使わなきゃ倒せないだろ?」
「戦わないでやり過ごしまーす。『蜥蜴皮』も面倒だし、さっきも言いましたけど、『石人形』はやたらタフなくせに経験値ゲロマズですし」
「それで?」
「『蜥蜴皮』は出てこないところを通ります。ゴーレムも巡回ルートが決まってるんで、やりすごしまーす」
そう言うと、ミゲルが、
「『蜥蜴皮』はわかるが、石人形をやり過ごすなんてできるのか?」
「この先の交差地点を石人形が一度通ると、一定時間出て来なくなるんだよ」
「通ったらって、すぐに他のが出てきたらどうすんだよ?」
「それについては確認済みだよ。石人形たちは群れないし、石人形導士がかち合うと、それぞれ別の方向に向かうんだ。ここにはどういうわけか一度に二十体しか出現しなくて、東側には八体、西側南側は六体、北側はゼロ……っていうかなしね。なし。ここの先を一度通ると、十分は経たないと次の巡回は来ないんだ」
「じゅっぷん?」
「あー、そっか。細かい時間の概念がまだないんだっけ」
この世界、日時計はあるけど、分刻み秒刻みのあるものまではないらしい。いや一般に普及してないだけかもしれないけれど、いまのところ僕の活動の範囲では見たことがない。
ここの世界の人たちは、現代人にすれば、結構アバウトな感じで行動しているのだ。
袖を捲って見せると、
「なんだそれは? 動いてる……?」
ミゲルたちが覗き込んでくる。
「随分と細やかな道具だね……」
「魔導具か何かですか?」
「いんにゃ。ただの絡繰りだよ。腕時計。これで時間を計ってるんだ。この針が、ここからここまで来たら、十分ね」
「じゃあそれを使って、ゴーレムが出てくるタイミングを測ったのか? ここでずっと観測し続けて?」
「規則的に動いている節があったから、もしかしたらって思ってね。ゴーレムだけは、他のモンスとはちょっと違うみたいだし」
と言うと、トリスさんが、
「見つかったときはどうしてるんですか?」
「まず見つからないけど、見つかったらダッシュで逃げるかな? あいつら見た目通り鈍重だから。別に倒しちゃってもいいんだけど、まー魔力効率を考えるともったいなくて。ちなみにこのタイミングで横の道に行くと、他のゴーレムとかち合うよ」
「…………」
ミゲルたちは何故か驚いて呆けている。こういったやり過ごし方なんて誰もしないからなのかな。知られていないだけで、こうやってやり過ごせるモンスターは結構な数いるのだ。
道順とタイミングを説明したあと、様子を窺いつつ通ると、
「ほんとに来ないね」
「まったくだ」
「すごい。ここをこんなに簡単に通れるなんて……」
「あ、次はこっちを右に。小部屋に入って、五分待ってそのあと一気に駆け抜けるよ」
そんなやり取りをしつつ、『黄壁遺構』のゴーレム出現区画を切り抜けた。
いまは、黄壁遺構にいくつかある安全地帯に到着し、探索会議。
「――それでミゲル、ボスはどうするの? 狩るルート行く? それだと結局『蜥蜴皮』ルートになっちゃうけど……」
各階層には、ボス級の縄張りがある。ゲームのイメージだと、ボスを狩らないと次の階層に行けないのが普通だけど、ここガンダキア迷宮はそういったシステムではないのだ。
ここではダンジョン内を徘徊するタイプのモンスターや、多数現れるタイプのモンスター以外の、縄張りを持つ少数出現の強力なモンスターがボス級とみなされており、別に倒さなくても先の階層には問題なく行けちゃうのだ。ただ進むだけなら、戦わなくても構わない。
でもボス級モンスターは他のモンスターに比べ、経験値効率は最高で、内包する核石も出力が大きくて強力だ。倒すのはもちろん大変だけど、その分のリターンバックはとてもとても大きい。
僕がボスをどうするか訊ねると、ミゲルは、
「いや、ここのボス討伐はなしにしよう」
すると、ランドさんが、
「目的を変えるのか? 最初は倒す予定だったろ? そうなると今回潜ったうま味がねぇぜ?」
モンスほとんど倒さず来たしね。
「その分は次の階層で稼ぐ」
「回廊に行くのかい? 予定にはないよ?」
レヴェリーさんに次いで、僕も訊ねた。
「準備の方は大丈夫なの?」
「一応物資はミーミルに持ってもらってるからな。それに、今回は回廊に潜る目的のヤツもいるし――」
ミゲルはそう言って、今日『暗闇回廊』まで行く予定だった僕にウィンクする。
「あー、レヴェリーさーん、あなたの彼氏が男に色目使ってますよー」
「へぇ? あんたそんな趣味があったんだ」
「ねえよ!! ……まあ、それでだ。今回は『四腕二足の牡山羊』を倒す」
そう言うと、レヴェリーさんが深刻そうな顔を見せ、
「ちょっとミゲル。それは無茶のしすぎだ。予定外にもほどがある」
「いや、大丈夫だ。採算は合う」
「何を根拠に言ってるんだい…」
「リーダーそれは俺も反対だぜ? そりゃあ倒せない相手じゃないが、準備不足だ。倒せても消耗が割に合わなくなる。というか、どうして急に倒すだなんて言い出した?」
それはきっと、あれだ。ミゲルがあれを見たからだ。
「あー」
と、僕がなんとも言えない声を出していると、
「こいつの証明書に、『四腕二足の牡山羊』の記録があった」
「!?」
「おいおいおい……つーことは倒したのかよ」
「ほんとですか!」
三人がそれぞれ驚く。まあいくらレベルがあったって、そうそう倒せるようなヤツでもないしねボスは。
「この前ちょっと、ね」
なんて言うと、ミゲルが、
「一人でやったのか?」
「まさか! そんなのムリムリムリ! 僕はとどめを刺しただけだって!」
「なんだ。じゃあ誰かと潜ったのか?」
「いやそうじゃなくて、稼ぎに来てたらたまたまピンチな子がいてさ。『四腕二足の牡山羊』もそっちに集中してたし、どうしようもなさそうだったから、横から魔術ドーンで」
「倒したと」
「ま……まあそうなるかな?」
「つまりだ。隙さえ作れれば、一撃でぶっ倒すことは可能だってことだな?」
「なんでそんな解釈になるのさ?」
「だってそうだろ? 助けに入ったってことは、『四腕二足の牡山羊』には、まだまだ余力があったってことだ。それを魔法使いが横から倒すなら、必然的に一撃でやらなきゃならんし、それができる火力があるってことになる。違うか?」
「おっしゃるとおりですー。ふーん!」
ぞんざいに言う。もう誤魔化すのは諦めた。いやまさかそこまで読み取られるとは。
「――というわけだ。いまの俺たちのチームには、魔法使い二人のバックアップと、高火力が約束されてる。いまの状態で戦っても、消耗は少ないと思うが、どうだ?」
「いいよ。確かにそれなら、やってもいい」
「さっき汎用魔術の重ね掛けが六くらいできるって言ってたしな。確実に倒せる一発があるなら……まあ、いいと思うぜ」
「ボス相手だからちょっと不安ですけど……皆さんがやるんでしたら」
「でもー、それだとー、僕の消耗がー、大きいと思うんですけどー、そこどう考えてるんですかねー」
「なんだ。お前倒しに行きたくないのかよ? ソロで潜ってると、こんな機会そうそうないと思うけどな?」
「そ、それはまあ、確かにそうかもしれないけどさ」
「なあ、倒したら経験値ウハウハだぜ?」
きゅぴーん。
「よし! 僕もこの話乗った!」
結局、僕も現金だった。だってミゲルの言う通り、経験値ががっぽり稼げるんだもん。それに、勝算だって低いわけじゃない。むしろ高いし、この前倒した時よりも状況はずっといいし、ミゲルたちも倒したことあるなら、もしかしたら思った以上に簡単に倒せるかもしれない。
ということで、次の階層にも、五人で向かうことに決定。
まだ続きます。続きはまた調整が済んでからで。




