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 第10階層、とろける味は正直ヤバい。超ヤバい。

【登場人物】


 九藤晶……主人公。異世界で魔法使いとなるも、ヘタレな性格は直らず、そのまま。ときどき異世界の人たちに飯テロる。


 アシュレイ・ポニー……晶の担当受付嬢。お金は大好きだが、お仕事は真面目にしっかりやるちゃんとした人。……たぶん。





 ――冒険者(ダイバー)のチームはどこでも、最低一人は魔法使いが欲しいと思っている。



 それは、魔術という不可思議な現象を操ることができる存在というのが『非常に希少』だからということもあるけれど、それ以上に、魔法使いというのは冒険者にとってなくてはならない存在でもあるからだ。

 魔法使いとしての素養がある者は、他の者よりもレベルを上げるための必要経験値(スコア)が高く、レベルが上げにくかったりもする。そこだけを見ればただのお荷物でどうしようもないゴミカスだけど、超常の力を操るため、低レベルでも八面六臂の活躍ができるし、回復魔法によって仲間の傷を癒したり、ディメンジョンバッグによって荷運びの労力を軽減したりできるため、冒険者に常に付きまとう苦悩を解消してくれる嬉しい味方となるのだ。



 だからこそ、ランクの向上を第一に考え、成り上がろうとする者たちは、(こぞ)って魔法使いを集める傾向にある。

 僕の友人であるミゲル・ハイデ・ユンカースがリーダーを務める『ホークバッカス』にも、魔法使いが一人いるそうだけど、彼も魔法使いの勧誘は常にし続けているのだという。

 魔法使いが一人いればリスクは軽減、迷宮からの生存確率は格段に上がるのだから、一人だけで満足するなんてことはないのだろう。



 とまれ、今日も冒険者(ダイバーズ)ギルドおよび迷宮入り口前、窓口正面大ホールには、魔法使い募集の立札を掲げている者たちの姿であふれていた。



 ――曰く、赤の魔法使い募集。迷宮初心者も大歓迎。あなたの炎の魔法、役に立ててみませんか?



 ――曰く、急募! 緑の魔法使い! あなたの力でうちのチームの風通しもよくなること間違いなし!



 ――曰く、黄の魔法使い求む。チームの壁役、退却時の遅延戦闘など、チームを守る要はあなた!



 ――曰く、迷宮深度30『赤鉄と歯車の採掘場』を攻略中。青の魔法使いは初心者でも大大大大大歓迎。



 ……等々。必死である。

 まあ、それもむべなるかなだ。魔法使いの全体数が少ないのに加え、魔法使いはどこかの国に仕えればそれだけで好待遇、高給取りになるため、主な就職先候補はそっちになりがちで、無理に危険きわまる冒険者(ダイバー)になりたがるものなどまったく全然いないのだ。誰だってまったりのんびり生活したいし、好きなことだけしていたいだろう。僕だってそうだ。一生ダラダラ好きなことして生きていたい。思うだけ自由だ。現実はひじょーに不自由だけれど。



 とまれそれゆえ、どこのチームも慢性的に魔法使い不足になっており、常に取り合いをしているという。それでチーム同士の戦争に発展するということもあるというのだから、当事者には決してなりたくない。迷宮で人間同士戦って何の得があるというのかという話だ。無駄なこと極まりない。



 立ち止まって、勧誘合戦をぼけっとした様子で眺めていると、いかつい男が僕に気付いてにらみつけてくる。



「おい、なんだよ? お前、なんか文句でもあるのかよ?」


「あー、いえ特にないです。すいません」



 いかついおっさんに詰め寄られたせいで、素直に謝ってしまう小市民の僕。いくら魔法使いでも根っこが臆病こじらせすぎなため、やっぱりガン付けられたり、すごまれたりすると怖いのだ。気が弱いのは生まれつきだから仕方ないんです。そう簡単に変えられませんて。



「俺たちは魔法使いの勧誘で忙しいんだよ。さっさとどっか行きな。見せモンじゃねぇ」


「…………はい」



 また怒られるのと思うと怖いことこの上ないので、そそくさとその場から離れる。

 いちおー僕だって彼らが求める魔法使いなのだけれど、僕が彼らから誘われることはない。まったくない。この世界で魔法使いと言えば、必ずと言っていいほどファンタジー世界の魔法使いよろしく、ローブ姿で、各々個性的な杖を持っているのだ。リッキーの出で立ちがデフォと言えばいいだろう。



 それに反して、僕はサファリジャケットに、サファリハットなど、『スーパー○としくん』然とした恰好をして遊びに来ているため、誰も彼も僕が魔法使いとはわからないのである。魔杖は必要なときにしか出さないし。魔術は必要なとき以外は使わないようにしてるし。「僕、実は魔法使いなんです!」って感じの自己申告もまるでしないから、誰も僕が魔法使いだってことを知らないのだ。



 ちなみに、魔法使いは色で呼ばれている。炎を操る者は赤、水なら青、緑なら風、土なら黄色だ。主に魔法使いはこの四種類であり、紫の魔法を使う僕は例外となる。



 おそらく……おそらくだけど、僕が窓口正面大ホールで魔法を披露すれば、勧誘が殺到することだろう。この世界には、魔法使いなら誰でも覚えられる汎用魔法や回復魔法をのぞき、四種類の魔法以外はないとされている。そこへ新たな色の魔法を使う者が現れたなら、どうなるかは想像するに難くない。

 色々なチームが我先にと手を挙げて、僕のあずかり知らないところでどこが引き抜くかを決める会議が行われるだろう。それくらい、魔法使いは重宝されているのだ。超怖い。



 じゃあそろそろ受付に行こうかと歩き出すと、いつもの窓口には先客がいた。

 受付をしていたのは、若い、だいたい僕と同い年くらいの少年少女三人チームだった。

 かなり明るい雰囲気で、和気藹々と会話をしており、初々しさが感じられる。見たところ装備の傷は少なく新品のようだが、ちょっとこなれている感じがあるため、おそらく冒険者(ダイバー)になって一か月にも満たないくらいだろう。



 フリーダに来て冒険者(ダイバー)を始めてまだ半年そこそこである僕も、人のことはまったく言えない嘴の黄色さなのだけれど。

 見たところ初心者大歓迎の階層『大森林遺跡』からちょっと先の階層へ行けるようになった辺りだろうか。あと2、3階層も先へを勧めるようになると、大体の冒険者は目がギラついてくるから、そんな感じだ。たぶん、一番楽しい盛りだろう。僕もそうだったけど、この時期はレベルも上がりやすいから、それこそ寝る間も惜しんで潜りたくなる。大当たりのゲームを手に入れたときに、ぶっ続けでやりたくなるあの気分だ。やめ時がわからなくなって寝不足になって後でひどい目に遭うアレである。もちろん経験談だ。



「あ、クドー君、クドー君!」



 僕が受付を待っていることに気付いたアシュレイさんが、手を振って呼びかけてくる。

 こっちに来いとでも言うのだろうか。



「どうしました? まだそっちチームの受付終わってないでしょ?」


「そうなんだけど、ちょっとね」



 そう言って、やはりこいこいと手招きをするアシュレイさん。今日は一体何を考えているのだろう。お金に関することである可能性も否めないため、警戒は怠らない。


 すると、受付をやっていた駆け出しチームのリーダーが気付いたらしく、



「彼は?」


「私の担当の冒険者(ダイバー)のクドー君よ」



 アシュレイさんはそう言って、簡単に僕の紹介をする。そして、



「それでね、クドー君」


「はあ。お金なら貸しませんよ?」


「ちょっとまたその手の話? 私がクドー君からお金なんか借りるわけないでしょ?」


「でもタカリはしますよ的な?」


「そうそう君も観念して私に貢げ……ってやかましいわ!」



 威嚇するように机をバンバンするアシュレイさん、ナイスなノリツッコミでした。ありがとうございます。

 とまれアシュレイさんは一度咳払いをする。そして、やけに媚びるような声で、



「あのねークドー君、彼らねー、魔法使い募集してるんだってー」


「そうですか。僕はどこのチームにも入りませんよ?」



 気味が悪いくらいニコニコと話しかけてくるアシュレイさんに対し、僕の態度はつーんである。つれない返事だけど、これも仕方がない。一度でも「まあいいですよ」なんて甘い顔をしてしまえば、他のチームに僕のことを紹介され、わずらわしさが増大するのだ。ここは人でなしと思われても、素気無い態度で乗り切らなければならないのだ。すまぬ。



 すると、アシュレイさんはきこえよがしに大きなため息を吐いた。



「またそれ? 私はね、クドー君。あなたもうそろそろどこかのチームに入った方がいいと思うの。ほら、その点彼らもいまちょーど魔法使いを欲しがっているし、どう?」


「遠慮させていただきます。ぼくは気ままに迷宮で遊びたいんです。だからノーです」


「…………あのねぇ、迷宮に遊びに行くって言うの、あなたとドラケリオンさんくらいよ?」


「ライオン丸先輩のは桁が違うでしょ? あの人迷宮深度50でも鼻歌混じりに遊んでそうな人外ですよ? もっとも獣頭族だから人外だけど」


「……まあ、そうね」



 僕がアシュレイさんと会話している中、現在絶賛受付中だった駆け出しチームのリーダーが、



「えっと、もしかして魔法使いさんなんですか?」


「うん、一応ね。でも、まだ魔法を覚えて半年で、フリーダに来たのも半年前だし」


「ということは見習いってことですか……」



 彼は見習い魔法使いということを聞いて、少しだけ残念そうにしている。そりゃあ見習いよりも一人前の方が魅力的だろう。聞こえ的にも、実力的にも。だけど、このまま魔法使いを欲しがっているチームの魔法使い紹介してください的な意欲を削ぐことができれば、簡単に解放されるはずだ。しめしめである。



 ふと気が付けば、アシュレイさんが目を見開いたまま固まっていた。



「…………」


「どうしましたアシュレイさん。そんな面白い顔して。変顔の練習ですか?」


「……あの、クドー君? いまの話ほんと?」


「ほんとですよ? アシュレイさんも知ってるじゃないですか? 僕がフリーダに来て半年のペーペーペーのペーだってこと」


「そうじゃなくて、魔法使いになって半年ってところよ! クドー君って、もともと魔法使いだったんじゃないの!?」


「……いいえ?」


「メルエム魔術学園卒業したとか!?」


「全然」


「ヴァインベルグ出身だとか!?」


「出身は日本ですね。生粋の日本人です。ビバ、ジャパニーズッ! イエイ!」


「…………」



 アシュレイさんは面白顔を宴会芸バリの変顔に変化させた。そして、眉間をぐりぐりと揉み始める。



「も、もともと只者じゃないとは思ってたけど、こ、ここまでだったなんて……」


「あのぉ……」



 ふと、駆け出しチームのリーダーが困り気味に声をかけてきた。のけ者状態だったからだろうね。

 すると、何を思ったかアシュレイさんが、がばっと顔を上げて、彼の方を向く。



「このクドー君。私が担当している中でも一番レベルが高い魔法使いなの」


「え? あの、アシュレイさん? なにを急に」


「レベルは34。いつも深度30の『暗闇回廊』に楽勝で潜ってる凄腕冒険者(ダイバー)よ。しかも特級ポーションマイスターでもあるわ」


「ほ、本当ですか!?」


「嘘は言いません」



 アシュレイさんはふんすと鼻息も荒く、言い切った。もうきっぱりと。僕はそこまで凄腕と言われるほどの冒険者(ダイバー)ではないのだけれど、どれだけ過大評価してくれるのか。ちょっと要領よくと言うか姑息な手段で階層を下りたり素材を集めたりしているだけなのに。冒険って言うほど冒険とか、戦いとかしていなのに。師匠と潜るときは除くけど。



 ともあれ、そんなことを聞いた駆け出しチームのメンバーは驚きの表情を向けてきて、



「す、すげぇ……高レベルの大魔法使いだ」


「特級のポーションマイスターって、フリーダにも数人しかいないって……」


「いや、あの、ほんと、違うんですって」



 尊敬のまなざしが痛くて痛くて仕方がない。師匠曰く魔術の腕だってまだまだだし、ポーションマイスターのことだって栄養ドリンク混ぜてみただけなのだ。それを考慮すると、やっぱり尊敬されるほどすごいことをしたわけでもない。改めて考えるとてほんとそう思う。



 まあ話の問題点はそこではなくて、



「というかアシュレイさん……勝手に人の情報を漏らすのって規約違反なんじゃ……」


「うるさい! ちょっとくらいいいじゃない! 君は隠しすぎてる! 普通はもっと公開してもいいものなのよ!?」


「そんなことないですよ。プライバシーの侵害です」


「私の知らない言葉誓使わないでよ! わからないわ!」



 目を三角にしているアシュレイさん。もう何言っても無駄だろう。



「あ! でもランクは38038位なんだよね僕。三万台」


「は?」


「ふ?」


「ほ?」



 駆け出しチームが驚きの表情を浮かべる中、どうやら僕はまたアシュレイさんの怒りの炎に油を注いでしまったらしく、彼女から背後にどんよりとした雰囲気を背負った般若のような表情を向けられる。



 ゆらぁ……って感じだ。



「だぁ~かぁ~らぁ~早くランク上げの査定しなさいっていつもいつも言ってるでしょ!? どうしてやらないのよ! バカなの? あなたバカなの? それとアホなの? アホの子? よくいる勉強ができるアホってやつ?」


「ちょ、アシュレイさんひどい……」


「言われてもしょうがないわよ! このおバカのクドー君!」



 アシュレイさんに馬鹿馬鹿言われへこむ中、駆け出しチームのリーダーが、



「ランク、上げないんですか?」


「ランク上げると勧誘がすごくなるだろうし、難しい迷宮任務とか押し付けられるって聞いたからね。パスパス」


「なんでパスするのよー。お願いだからもっとやってよー。担当である私の評価も上がって、ボーナスの査定もよくなるし、お洋服とかもバッグとかも買えるのよ? いっぱいー!」


「それ完全に個人的な欲丸出しですよね」


「えへ。私がこの仕事を選んだ理由の一つが、実入りがいいからだし」


「確かにお給金高い仕事は魅力的ですね」


「でしょ? そう思うでしょ? なのに、お金の話をしたら、意識高いヤツがねちねちねちねちと、仕事のやりがいとか説くのよ? そんなあんたみたいな仕事の奴隷なんて一握りだっての――」


「あるある」


「でしょー!?」



 僕はストレスをため込んでいたらしいアシュレイさんに、合いの手いれまくりである。だけどちょっと調子に乗って本音を引き出しすぎたか。よく見れば、前途ある若者たち(僕と同年代)が、ドン引きしていた。

 もちろんだけど、受付がそんな話をすればさすがに困るだろう。信用第一の職業で、金金金と連呼すれば、ちょっとご遠慮したくなる。



「ちょっとみんな引いてるじゃない! クドーくんのせいよ!」


「ひどい理不尽を見た」



 決して僕のせいじゃないはずだ。うまいこと合いの手を入れていただけである。さっきのお返しだ。



「で、どうなの?」


「だから遠慮します。無理です」


「いいじゃない? これから潜るんでしょ?」


「いえ、まずそこから違うんですよ。そもそも僕は今日潜りに来たわけじゃなくて」


「え? じゃあどうして?」


「この前頼んでたものを引き取りに来たんです」


「えーと、クドー君に頼まれてたもの……あっ!? ちょっと待ってて!」



 アシュレイさんはやっと思い出したてくれたか、手を叩いて奥に引っ込む。ギルド受付では、冒険者同士や業者さんの取次的な業務もやってくれているため、冒険者からの依頼も引き受けてくれる。今回の場合は、僕が迷宮で採ってきた食材を、受付を介して専門の業者に加工してもらったというものだ。料金はすでに支払っているから、手ぶらでいい。



 やがてアシュレイさんが大きめのポットを持って現れる。



「はい、これね。言われた通りに真珠豆を水に浸して、すり潰して、煮込んで、絞って出したヤツ。なんかたっぷり取れたって」


「ほんとだ」



 受け取ったポットは、すごくずっしりしていた。軽く上下に動かすと、ちゃぽんという水音とともに、波打つ感覚が腕に伝わってくる。



 すると、駆け出しチームのリーダが、気になるというような様子で、



「アシュレイさん、これは?」


「さっき言ってた『暗闇回廊』の先にある、『常夜の草原』でしか取れない迷宮食材から作ったもの、みたいよ? ……私ももとの迷宮食材は食べたことないんだけどね」


「へー、そうなんですか」



 それは正直、意外だった。受付は業務が結構大変だから、迷宮ガイドの次くらいに高給取り。しかも迷宮に関わるため、迷宮食材にはかなり縁があると思ったのだが、真珠豆を食べたことがないとは。



「真珠豆なんてそうそう市場に上がるようなものじゃないし……っていうか食堂のおばさん驚いてたわよ? どうやってこんな大量に採って来れたんだーって」


「マッピングしてたら、いいスポットが見つかりまして」


「そういう情報提出しない?」


「嫌です。苦労したんですから。というかすでに知ってる人絶対いるでしょ?」


「それがそんなことなくてね、開けた階層になるとどこまでも行けるから真面目に地図作る人ってあんまりいないのよ。徘徊するモンスターも強いから大変だし、地図作ってもクドーくんみたいに独占しちゃうし」



 当たり前だ。折角の自分だけの狩場を他人に教えるなんてしたくない。取り分が減る。特にこの真珠豆という迷宮食材は確保しておきたいものだ。まるで真珠のような見た目の豆類で、迷宮深度40『常夜の草原』で年中採れる。栄養価も高く、しかもおいしい。大豆と濃い牛乳の良いところをミックスさせて超パワーアップさせたような食べ物だ。向こうの世界に持っていったら食の革命さえ起るだろうそんな代物である。



 こちらの世界では、水かミルクで煮込んで供するのが一般的なのだそうで、豆乳に関しては作り方さえ知らなかった。そのため、作り方の資料を写真付きで作って、こっちの言葉に翻訳して、渡したのだけど――



「で? クドー君。それ飲むの? すり潰して煮込んで、液体にしちゃったら、もったいないと思うんだけど」



 やっぱりここではそういう認識らしい。あっちの世界の中世欧州だと、アーモンドミルクとかあったらしいけど、こっちには植物性の乳製品はないのかもしれない。



「これ、調理するんですよ。もちろんこれから、そこで」


「それで?」


「ええ。これを使って」



 そう言ってポットを揺らすと、アシュレイさんはいいことを思いついたというように手を叩いて、



「あ、じゃあ私もお昼休みだしごちそうになろっかなー。なんか気になるし」


「いいですけど、そっちの彼らの受付の方はいいんですか?」


「ちょうど終わったところだったのよ。これから潜るところだって」


「なるほど」



 なら、問題はないか。そんな風に思う一方で、駆け出しチームは料理と聞いてちょっと気になっている様子。そわそわである。そりゃあ珍しい迷宮食材を使うのだ。それを料理すると聞けば、誰だって気にもなるだろう。



 これから作るのは料理ってほど手間をかけるようなものじゃないんだけどね。

 ともあれ、



「ちょうどいいし、君たちも食べる?」



 僕が訊ねると、駆け出しチームの面々は顔を見合わせた。幸い真珠豆のミルクは想定外に沢山ある。三人や四人増えたところで、どうということはない。



 特に言葉を交わすまでもなく、三人の意思は一致していたか。



「では、お言葉に甘えて……」


「おっけー。じゃあ向こうの席に行こっか」



 そう言って、テーブル席が置かれている一画へと移動する。

 そして目的の場所に着くなり、ディメンジョンバッグから出したのは、小さめのホットプレートだった。

 もちろん、この世界ではオーバーテクノロジーなアイテムである。



「クドー君。それ、なに?」


「温める道具ですよ」


「火は? どこにつけるの? もしかしてこの上で燃やすとか?」


「いえいえ、火は使いませんよ」


「はい? 火を使わないって、じゃあどうやって温めるのよ……」


「まあ見ててくださいよ。あ、黒い部分が熱くなるから触らないように」



 四人に火傷注意を口にして、ポットを持ちあげる。



「まずこれに真珠豆のミルクを流し込んでっと……」



 ちゃぷちゃぷという音と共に、フッ素コーティングの黒がミルクの純白で塗りつぶされていく。真っ白で照りがある。本当に真珠のような光沢だ。ちょっと眩しく感じてしまうくらい、白い。



 流し込み終わったら電源を入れるわけだが、その電力は……もちろん僕の魔術である。



「ふふふ。この日のために、日本でもずっと電圧と電流の微調整を練習してきたんだ」



 師匠が聞いたら「無駄なことにばかり力をかけてこのバカが……」と呆れるだろう。だけど、おいしいものを食べるためには、労力を惜しまないのが僕なのである。



 一方周りを見ると、みな不思議そうな顔をして、ホットプレートを囲んでいた。これから何をするのか見当もつかないのだろう。



 やがて僕の一連の行動を見ていたアシュレイさんが、



「それで、これは?」


「これは……湯葉パーティーです!」



 そう、これから僕が作ろうとしているのは、いわゆる生湯葉という奴だ。鍋やフライパン、ホットプレートに豆乳を注いで過熱するだけの、家庭でできるお手軽湯葉パーティ。普通は成分無調整の豆乳を使ってやるのだけど、今回は異世界の食材で敢行する。もちろん、真珠豆のミルクを加熱して、表面が固まるのはすでに確認済みだ。これは完全に大豆の上位互換的食材なのである。



「……その、ゆばというのは、おいしいんですか?」


「まあ真珠豆のミルクを使っているからおいしいとは思うけど……」


「あ、あったかくなってる。なにこの道具。魔法使いの作った道具とか?」


「いえ、文明の利器ですね」



 僕がそう言うと、アシュレイさんは首を傾げた。ツッコミどころは満載だろうけど、まあ深くは聞かないで欲しい。



 温めている間にうちわでおあぎ、それをいったん止めいくつか小鉢を取り出して、日本から持ってきたポン酢醤油や出汁醤油をを注いでいく。



「それで、これにつけて食べるんです」


「いや、つけるって、何を?」


「これを」



 そう言って、菜箸でミルクの表面をつまんで持ち上げると、純白の湯葉がにゅるりと現れた。



「うわ、なんか出てきた!」


「ちょっと、それ、もしかして表面の固まったやつ?」


「それを食べるんですか?」


「そうそう」



 駆け出しチームに適当な返事をしながら、あらかじめ用意していた大皿に置く。引き上げた湯葉は皿の白色と比べてもすごく真っ白で、美しかった。



「おお、すごい真っ白でつやつやだよ……」



 普通は白から、黄味がかったり、わずかに茶色ずんだりするのが常なのだが、真っ白を保ったままだ。しかも(しわ)がなく、ガチで薄絹を持ち上げたかのよう。超シルキー。なんかまず物理的にめっちゃおかしいんだけど、異世界の食材だなんでもアリだろう。細かいことなんか知るか。気にしてたら、この世界では冒険できない。



「まず僕から味見でいいですよね?」


「いいけど……」



 アシュレイさんは不安そうだ。表面に固まった膜を掬い上げただけのものゆえ、味が想像できない――いや、ホットミルクの表面にできる膜でも想像しているに違いない。だけど残念、湯葉はそれとは別物なのだ。



 ともあれ、他四人の見ている前で、僕は出来立ての湯葉を出汁醤油に付けて口へと運ぶ。



「うはぁ!」


「え? クドーくん?」



 突然大声を上げた僕に、アシュレイさんは困惑し出す。だけど、これは衝撃だった。



「濃厚! すっごい濃厚だこれ! しかも超とろとろ! マジうめーですよ! やばい、とろとろすぎて意識までとろけそうかも……」



 口の中に広がる濃厚なうま味に、ついつい一人で大興奮してしまう。でも仕方がない。とろっとろで、口に入れた瞬間口の中までもがとろけてしまうような感覚になるのだ。しかも、そのとろとろ感が頭にまで浸透してくる。これはヤバい。脳みそまでとろとろに侵されて語彙が死にそうだ。ヤバい。



 しばし、真珠豆湯葉の余韻にとろけていると、僕の恍惚とした表情を見ていたアシュレイさんが、我慢きかなくなったらしく、



「……クドー君、そのー、私も食べていいかな?」


「あ、どうぞどうぞ」



 余韻から回帰して立ち上がり、出来上がった湯葉を菜箸で大皿に取ってあげると、アシュレイさんはあらかじめ渡してあったフォークで湯葉をちょんちょんと突っつき始める。



「ほんと、とろとろね」



 真珠豆の湯葉は意外と固まりやすいらしく、他の三人の分もすぐに取り上げた。

 すると、



「これが食べ物……」


「こうして重ねるとなんか『粘性汚泥(ポップスライム)』みたいー」


「おいその例えはヤメロ! 食欲失せるわ!」



 やはり高級食材ゆえ、物珍しいのか。

 この異世界ド・メルタ、食材はやたらと豊富なのだけど、そういったものにありつけるのは稼ぎがいい者に限られる。もともとお金を持っているような冒険者(ダイバー)たちなら話は別だけど、この生活を始めたばかりの駆け出しでは、安いパンや安い草に安い草に安い草、豆、イモ、ときどき安い謎肉にくらいしか食べられないのだ。いやほんと世知辛い。



 おそらくは駆け出しチームにとっては、これが初めて食べる迷宮の高級食となるだろう。

 大皿に掬い上げたものを、各自フォークで取って小皿のポン酢醤油に付けて口へと運んでいく。



「はう!」


「うっ!」


「ひょえ!」


「こ、こいつは……!」



 四人それぞれ、驚きの声を出す。さっきの僕よりも感情表現豊かで漫画もかくやという劇画調な反応。いくら何でもそこまでは大げさすぎだろと思ったけど……さっきのとろとろ感は異世界の人にはかなり強い衝撃だったらしく、次の瞬間には、



「ふあ、なにこれ、口の中がとろけていく……」


「す、すご、すごい……濃厚な味が、こんなの初めてだ……」


「あ、あたまが、あたまが、とろとろ、とろとろ……」


「う、うぉおおおお! うぉおおおおおおおお!」



 全員、口に入れた瞬間ノックアウトだったらしい。噛む必要のないくらいとろとろだったから、そうだったのだろう。みんなまるでいけないお薬にでも手を出してしまったかのように、トランス状態になって昇天している。こいつはやばい。マズい物を食べさせてしまったかもしれない。



 男性陣は踏ん張ってまだ何とか堪えているけど、女性陣は口の端からよだれを垂らして、すでにあられもない。食べさせた僕の方が引いている始末である。



「あの、アシュレイさん」


「ふぁ、ふぁに? くろーくん……わらしはいま、お空のかならに、ひるのよ……」


「ちょ、戻ってきてー!」


「お、おい……ダン、だ、大丈夫か?」


「おれは、ギリギリだけど、なんとか……それよりもマールが……」


「ふへ、ふへへ……え、えへへへへ……」



 ヤバい。うちのテーブルだけ超カオス。みんな食事しただけでテーブルの上をのたうち回って、全滅しかけてる。回復魔術が必要だろうか。いや、ザ〇リクとかレ〇ズとか蘇生魔法じゃないとダメかもしれない。周囲の冒険者たちが何事かと覗いてくる始末。大丈夫です。ちょっとメシでテロってしまっただけです。たぶんしばらくしたらもとに戻りますから。



 ……この世界の人たちは、意外にもおいしい物を食べたことが少ない。そのため、向こうの世界に持って行っても革命を起こせるくらいヤバい迷宮の食べ物は、衝撃が強すぎたのだろう。しかも贅沢に豆乳を取って、調理して、向こうの世界の調味料を付けて食べさせたのだ。まさに食の暴力に等しかっただろう。……一時ホットプレートの加熱を止める。



 にしても、ヤバすぎだ。食べさせただけでこんなことになろうとは。死屍累々とはこのことである。いや、二人はまだ根性が発動して踏みとどまっているけど。

 しばらくして、みんななんとか復帰した。いや、ゾンビの如く復活して、湯葉ができるのをい血走った目でまかいまかとガン見して、でき上がるや否や貪りにかかっていたのだけど。



 もちろん僕も食べるよ。いや、そのために作ったんだし。

 やー、やはりうまい。とろとろだ。他の四人もちょっとは耐性がついたようで、四度目、五度目になると、普通に食べられるようになていた。



 ……え? 二度目と三度目ですか? それは訊いてはいけないですよ。



「ああ、幸せ……私食べ物でこんなに幸せを味わったの初めてかも……」


「ええ、このトロトロもそうですけど、このタレがいい具合にしょっぱくて酸っぱくて、このトロトロによく合ってる……」


「もぐもぐもぐもぐ」


「お、おれ、こんな美味いもん初めて食った……うめぇよ……まじうめぇよ……」



 僕も食べていたけれど、いつの間にか取る係になっていた。こういうのはなんか見ているだけで楽しい、ちょっとしたお母さん的な気分になれる。



「こっちのたれもおいしいですよ」



 そう言って、出汁醤油の方も勧める。



「あ、これもそっちのやつと違っていいわね。おいしい……ああ! すごいわ! またあの感覚が来ちゃう!」



 ……アシュレイさんがだんだん壊れはじめた。これ以上食べさせるのマズいかもしれない。うん、本気で心配になる。



 ともあれ、真珠豆の湯葉はすごい勢いでなくなっていった。



「おしいかったわ……クドーくん! また真珠豆採ってきたら絶対連絡してね! 絶対よ!」


「は、はい……」



 アシュレイさんに詰め寄られる一方、駆け出しチームの面々がおとなしくお礼を口にする。



「ありがとうございます。こんなおいしい物を食べられて……感激しました!」


「最後のパリパリもおいしかったー」


「おれ、絶対レベル上げてこういうの毎日食べられるようにするぞ!」



 わいわいきゃいきゃいである。おいしい物が目標になるのはいいことだと思う。だけど、



「あんまり急がないようにね。迷宮探索は、急がず、焦らず、なるたけ怪我を回避して、確実にレベルを上げるようにするのが一番だから」


「クドーさんもそうやって迷宮探索を?」


「そうだよ? 基本潜る前に潜る階層について入念に調べて、持ってくるもの、持って帰るものを計算。モンスターは倒せる奴だけ倒して、目的が全部終わったらたとえ余力があっても必ず帰る。無茶は絶対にしない」



 もちろんこれには師匠との潜行に関しては内訳には入れない。あんなことしてたら命がいくつあっても足りないのである。死ぬ。この前はホント死にかけた。いや、殺されかけた。



 とまれ僕がそんなことを言うと、駆け出しチームの三人は意外そうな表情を見せた。



「…………」


「どうしたのみんなして黙り込んで?」


「いえ、なんかもっとこう、毎日大冒険してるのかなって思って……」


「まさか。そもそも毎回大変だったら、沢山潜れないでしょ? 怪我して休み、疲れて休みだったら、安定して経験値(スコア)稼げないし」


「あ……」



 気付いたか。まず、迷宮探索のキモはそこなのだ。毎日安定して稼ぐには、怪我と過労を極力回避するというところにある。怪我をすれば治るまで待たなければならないし、ポーションや魔法使いの回復魔法にかかるにもお金がかかる。そうなれば、その間は経験値(スコア)を得られないし、治療費でお金を失えば、その分の補填でお金稼ぎ優先になり、これまた経験値(スコア)を稼げない。



 そう言ったリスクは、どれほどレベルが上がっても、いつも冒険者(ダイバー)の最大の敵として立ちはだかる。宿屋に泊まれば次の日の朝にはヒットポイント全快……ということならば話は別だけど、いくらこの世界にレベルの概念やポーションがあるとはいってもそこまでゲームな感じではない。



 一方、それに関しては思うところがあるアシュレイさんも話に乗って来て、



「……それね、レベルが高い人もしない人が多いのよ。名誉のためとか、お金のためとか、そんな理由で。結局無茶するの。ランクなんて制度が入ってからは特にそうだって、私の先輩も言ってた。結局冒険者(ダイバー)って見栄っ張りが多いのよ」



 アシュレイさんの表情には、どこか諦めたような色がにじんでいた。受付嬢であるがゆえに、リスクに敗北してきた冒険者(ダイバー)を否応なく目の当たりにしてきたからだろう。



 ともあれ――



「アシュレイさんがお金稼ぎを否定しただとっ……?」


「茶化さないで。私だって腐っても受付嬢よ? 冒険者(ダイバー)のことは心配してるの」


「さすがアシュレイさん。一生ついていきます」


「まったくもう、調子いいんだから」



 アシュレイさんとそんな気安いやり取りをしつつ、駆け出しチームの方を見て、



「思うところがあるなら、一度シーカー先生にガイドしてもらいなよ。そこんとこみっちり教えてくれるから」


「クドーくんがチームに入れば解決だと思うけどねー」


「だからそれは無理なんですって」



 茶化したお返しか。アシュレイさんが蒸し返してきた。でもそれはできない。僕は学生だからこの世界の人たちの生活スタイルに合わせるのが難しいのだ。だから、チームに入ると僕に合わせてもらうことになる。そうなると、結構大変だろう。ミゲルくらいランクが高いなら、話は別だろうけど。



 湯葉パーティセットを出しっぱなしにしながらそんな話をしていると、ギルドの入り口にスクレールが訪れたのが見えた。



 向こうもすぐにこちらに気付き、ぴょこぴょこと軽快に歩いてくる。

 そして、テーブルに訪れるなり、



「アキラ……何食べてたの?」



 第一声が挨拶ではなくそれなのか。とまあ、そんな感想はともあれ、



「あ、うん。いま湯葉パーティをね……」


「私の分は?」



 さすがスクレールさん、ちゃっかり自分の分を求めてくる食いしんぼさんである。とまれ、その訊ねを聞いて、ホットプレートの上を見た。フッ素コーティングの上には、白い小さなカピカピがほんの少しあるだけ。もちろんポットの中に、真珠豆の豆乳はない。



 そう、なかったのだ。最後に残るパリパリのヤツも、全部彼らの胃の中に消え失せた。



「…………ええっと」


「ないの?」


「その、あの」


「……ないんだ」



 背後から『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……』という、地鳴りというか、噴火直前というか、そんな効果音が聞こえてくるかのような錯覚に陥る。



 スクレールはそんな不穏な雰囲気を作りながら、アシュレイさんに視線を向けた。



「アシュレイ、それ、おいしかった?」


「え? ええ、それはもう。食べているときは幸せだったわ……とってもね」


「…………」



 アシュレイさん、アシュレイさん、うっとりとした顔を作らないでください。それに反比例してスクレールの目付きが冷たくなってますから。



「しかもショウユウー付けて食べるものだし……」


「これ? これはそのポン酢醤油ってヤツで」


「ポンズショウユウー……」



 ヤバイ。スクレールは醤油系の話になると目の色が変わる。皿に余っていたポン酢醤油を指に付けて一舐めして、一瞬だけぶるりと震えた。



 そして、



「どうして残しておいてくれなかったの」


「いやだって来るなんてわからなかったし、ね?」


「ディメンジョンバッグがある。取っといておける」


「生ものはあまりとっておかない主義でして……ふぐうっ!?」



 やにわに、スクレールにほっぺたをぎゅっと掴まれた。



「今度から何か作るときは必ず呼んで! 絶対! 義務!」


 ぐにぐにぐにぐにぐに。


「はい! ひゅいまひぇん! ひょうかいひまひた! ひぇったいよびまひゅ! よびまひゅから! はなひて!」


「今度勝手に何か食べたら、許さない。許さないから」



 勝手に食うなとは無理難題である。というか、真珠豆を取って来るのは急務かもしれない。




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