第9・5階層、奇跡のポーション、色黒のオカマ召喚! 約4000文字。
以前、魔術の勉強の一環で作ったゴールドポーションを、冒険者ギルドが買い付けるということになった。
優良なポーションの存在は迷宮で活動する冒険者にも、冒険者を擁する冒険者ギルドにも生命線だ。あのポーションはどうしても卸して欲しかったらしい。
冒険者ギルドのポーション貯蔵量は、フリーダの行政府から制限されているので、厳密に言うとギルドが買い付けるというよりは、ポーションショップに卸すというていを取るのだけれど。
後日、アシュレイさんとの交渉の結果、ゴールドポーションを定期的にいくつか、ギルド直営のポーションショップに納品することになり、そのため今日は、公認店が置かれているギルドの建物二階へと訪れた。
目的の店へ行くため通路を進んでいくと、なにやら行列が見えてくる。行列を構成する人々はもれなく武装しており、目もギラついていて剣呑極まりない。そう、目的のポーションショップの前には、迷宮攻略を前にした冒険者たちが、グレードの高いポーションやマジックポーション購入のために長蛇の列を作っていたのだ。
まるでリンゴ製品発売直前の家電量販店の様相だけど、これもいつものことだから、驚くようなことではない。
グレードの高いポーションはもとより、マジックポーションは身体を癒す方のポーションよりも品薄になりやすいため、入荷待ちで何日も座り込んだりするのがザラなのだ。それでも、ここフリーダには冒険者の存在もあってか他の大都市よりも多く店舗が存在するため、ポーション行列は他の都市よりはだいぶマシらしいのだけど――
並んでいる冒険者さんたちを横目に、店の中へ入って行く。待っている人たちは求めているポーションが入荷待ちだから並んでいるのであるため、僕が気後れする必要もない。ちょっと睨まれたけど。ひどい。
「いらっしゃいませ! 冒険者ギルド公認ポーションショップ『女神たちの血みどろ血液』へようこそ! 普通のポーションですか? お高いポーションですか? どれにします? といっても普通のポーションはさっき全部売れちゃってもうないんですけどー! てへー!」
相変わらずひどいネーミングの店へ入ると、金髪ポニーテールの女性店員さんが迎えてくれた。品切れのせいか「キャーごめんなさーい!」と言うのだが、テンションの高さと持ち前の明るさのせいで、まったく謝られたような気分にならない。というかやたらと騒々しい。
「って、あれ? あー、クドーさんじゃないですかー。今日も普通のポーションですかー? たまにはお高いのバンバン買っちゃってくださいよー」
「お高いのは僕のお財布にダイレクトアタックだからちょっと無理かなー」
「でもー、さっきも言った通り、普通のはもう売り切れですよー。今日はなんと店の前で入荷待ちをしていた冒険者さんたちが根こそぎ買っていかれました。もう買っていったというより狩っていったというのが正しそうですけどー」
やたらハイテンションな店員さん。「私上手いこと言ったー」と何故かご満悦である。異世界語でも「買った」と「狩った」はかかるのかといささか不思議に思うのだけど、それはさておき。
「外で待ってる人たちはやっぱりマジックポーションとかを?」
「ええ。そんな感じです」
「相変わらずポーションは入荷量が少ないね」
「ポーションが冒険者さんの需要に追い付かないのはいつものことですよ。どうしても安定的に手にれたかったら、お高いのを買うか、専属のポーションマイスターを雇うかしないとダメですねー」
「だよねー」
「別にポーションがないってわけじゃないんですけどねー」
「え? そうなの?」
「いろいろあるんですよ。まー、もちろん外で並んでる人たちが欲しがってる品はないんですけどねー」
「ふーん」
よくはわからないけど、会話がゆるゆるである。自分でも思うが、この店員さんとは緩い会話になりがちである。
「店員さん店員さん、ここってポーションの予約ってできたっけ?」
「うちでは予約は受け付けていませんよ。そんなことしたら他の冒険者さんから文句が出ますし。ちゃんとお並びになっていただかないとダメでーす」
「そっかー。個人的にどうしても欲しいのがあるんだけど」
「お高いのなら店長と相談するくらいの権利をあげますよ? 召喚します?」
「いや、欲しいのは普通のポーションなんだけどね」
今日僕がここに来た目的の一つだが、ゴールドポーションの調合元のポーションを手に入れるということも兼ねている。最初から全部自分で作るとなると手間もバカにならないためだが――特に高いポーションとかは必要ない。……というか店長を召喚とは何ぞや。店長は召喚術を使わないと呼べないような存在なのか。
すると、店員さんは可愛らしく小首をかしげ、
「クドーさん、どうしても欲しいのに、普通のポーションなんですか?」
「そう。ポーションって一応作り手によって違うでしょ?」
「まあそう言ったお話も聞いたことはありますけど……目に見えて変わるんですかー?」
なんだかやたら不思議そうにしている店員さん。確かに効果だけを見るならば、そうそう変わるようなものではない。ただ、それでも中身の比率が作ったアトリエごとに違うため、調合するのに適したポーションというのが出てくるのだ。
「結構変わるんですよ」
「ちなみに誰のがです?」
「ええと……確かメルメルさん? だっけ?」
「マイスター、メルメル・ラメルのポーションですか? はい、ウチで取り扱っていますよ」
「じゃあ今度それ買い取るから僕用に残しといてよ」
「ですからー」
「これ」
「はい?」
そう言って差し出したのは、この前アシュレイさん伝手にギルドから貰った証明カードだった。
それを見た店員さんが、あからさまに驚く。
「とととととと、とと!? 特級マイスター!?」
「しっ! 静かにして! 聞かれる! 周りに聞かれるから!」
にわかにでっかい声を上げだした店員さん。その内容を聞かれないように急いで口をふさぐ。そして落ち着いたのを見計らって、手を放すと、店員さんは、
「ど、どうしてクドーさんが特級のカードを!?」
「それはね、これだよ」
そう言って、自分が特級マイスターとなった――というか「ならされた」ブツを見せる。すると、店員さんは証明カードを見たとき以上に驚き、
「そ、そそそそそそれ! ゴールドポーション! ゴールドポーションじゃないですか! もしかしてクドーさんが作ったものなんですかそれ! おおスゲー! マジスゲー!」
ちょっと手渡すと彼女は、尊い物でも見るように、天井に掲げてまじまじと見始める。
「これが、使用すればどんな怪我も病気も治って、しかも身体能力までもがブーストされるっていういまフリーダで話題騒然の超効果ポーション! やっべー、すっげー! ナマのゴールドポーションー! ほげー!」
ブツを目の当たりにした店員さんの語彙が死滅しかかっている。というか噂が独り歩きしすぎだ。そこまでとんでもな効果はこれにはない。というか最後の「ほげー!」って感嘆符はなんだ。
「僕のこれね、そのメルメルさんのポーションをもとにして作ってるんだ。で、ギルドの方から定期的に作って卸して欲しいって言われてね」
「それで、ポーション買い取りの予約がしたいと」
「うん」
頷くと、店員さんは難しい顔をして、
「えーとですね。これはちょっと私の一存ではどうにもならないので、店長を召喚しても?」
「よろしくお願いします」
「わっかりましたー! よし、では私はゴールドポーションとクドーさんを生贄に店長を召喚! てんちょーかーむひあー!!」
「いや、生贄ってあんたどこのデュエリストですか……」
店員さんがどっかのアニメよろしく威勢よく叫び出すと、店の奥からぬっと巨大な影が出てくる。
「あらん、どうかしたのぉ?」
「うひ!?」
現れたのは、浅黒い肌を持った巨大なオカマさんだった。
オカマさんは慄いて後ずさった僕を見ると、ウインクをしてくる。やばい、本当に生贄にされたかもしれない。そんな風に思っていると、店員さんが、
「店長! お耳を拝借!」
「あら、いいわよぉ」
店員さんは台を使って、不必要にくねくねしている店長の耳元に取り付き、これまでの経緯を話していく。
「なるほどねぇ。例のミィラクルゥなポーションを作るために、マイスターメルメル・ラメルのポーションが必要だと」
「はい。あとはギルドの要望で、どこでもいいから、ゴールドポーションを卸すところを決めてきてくれと」
「それで、ウチに? ありがたいわぁ~」
変な声音を出すな語尾を伸ばすな。あと、不必要にくねくねを加速させるな。
「クドーさん、メルメルさんのじゃないとダメなんです?」
「うん、他のだとなんか安定しなくってねー。メルメルんさんのはかなり細かく計って丁寧に作ってるから」
「自分で工房作ってポーションを一から作るとかはしないのぉ?」
「できなくもないですけど、そうしたらそうしたで迷宮で冒険する時間がなくなっちゃうから、やっぱり買った方が早くて。手間とか設備投資とか馬鹿にならないですし」
学生。冒険者、ポーションマイスター。全部やるなら、一日が四十時間ぐらいないと間に合わない。それだけポーションの調合は時間を使うし、神経使うのだ。
「ゴールドポーション用に買い付ける分、僕の分は少なくていいんで、メルメルさんのところに利益が上手く回るように二倍でも三倍でも高く支払いをしてあげてください」
そう言うと、店員さんもオカマ店長も驚いたように目を丸くする。
「は? え? 取り分少なくしちゃっていいんですか!?」
「ええ。さっきも言いましたが、僕がポーション作るのはギルドからのお願いですし、人の作ったものを使って稼ぐっていうのも、なんか気が引けるっていうかね……」
栄養ドリンクを混ぜて作るお手軽ポーションで荒稼ぎっていのは、ちょっと気が引けるのは事実である。
「それも商売だと思うけどぉ?」
「僕はポーションを売ってもらえるだけで利益ありますんで」
「そうなんです?」
「あ、なるほど。自分の分をプールするってことねぇ?」
「ええ。定期的に手に入れば、僕の分を確保するのも簡単なんで。どうでしょう? 売っていただく件は」
「いいわよぉ。取り分はウチはが三割、あなたが二割、メルメルちゃんが五割でどう?」
いまのゴールドポーションの価格から考えれば、店売りの金額はおそらく最低でも一瓶金貨七枚から十枚になるだろう。そこから僕の取り分は二割。一瓶分で金貨一枚一万円程度になるなら、十分な取り分だ。栄養ドリンクが一本数百円だから、むしろぼりすぎ問題ですらある。
「それでお願いします」
「わかったわ。細かいお話詰めるから、奥に来てぇ~」
「え? それはちょっと……」
「大、丈、夫。なにもしないわよぉ~」
「…………」
ほんとか、マジで身の危険を感じるのだけれど。店員さんの方を向くと、露骨に目を逸らして「だ、だって生贄召喚ですし……」と微妙な笑顔を見せ出した。
身の危険は感じるが、話を詰めるには奥に行かねばならない。もちろん、全力で離脱できるように、小声で汎用魔術『超速ムービングアクセル』をかけたのは言うまでもない。