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Erikice Fierz前日談集  作者: ApoLies42
少女アルファーの章
1/10

神札とアルファー1

2015/05/02


2015年5月2日、土曜日の夜、少女アルファーはただじっとしていた。

正確には、死体と言った方が正しいのであろうが、動いているので

そこらへんの問題は無視してもらってもかまわない。

なぜじっとしているのか、理由はあるようでなく、部屋の窓から見える夜空が

その理由を暗喩で説明しているようであった。曇天だ。

都会の光が少女アルファーにはやけに眩しいように思えたのであった。気分がふさぎ込んでいる時は、

世の中にある光を恨み、憎み、妬むものである。少女アルファーはまさにそんな気分だ。

―恨みだとか、憎みだとかの外に向かう感情ではなく、どちらかと言えば内側へ向かう暗い怒りなのだが。


少女アルファーには友達がいた。その名を祓所神札はらえどのみふだと言い、巫女の末裔だった。

アルファーの怒りは、神札が原因となって引き起こされた。それもただの喧嘩ではなく、

神札の異変に気付いていたのに何もできなかった自分への怒りだった。

何があったのか一つ一つ説明していくのは疲れるものだが、2014年12月4日の木曜日に異変に気付いた。

神札に元気が無かった。いつもなら明るい声で楽しい話題を振ってくれるはずが。

アルファーは妙だと思った。少ししか口出しできなかった。それが悲劇の幕開けだった。

―神札は原因不明の植物人間状態となったのだ。


アルファーは沈み切った心の中から、綺麗なかけらを探そうとして少し目線を上げる。

目線を上げると、神札からもらった贈り物がちらりと見えた。

それが引き金となって、たくさんの思い出がよみがえる。

―あんなこともあった、こんなこともあった、みっちゃんに会ってから毎日がエブリデイだった―

毎日がエブリデイなのは当たり前の事なのだが、確かに神札との思い出はかけがえのないものであった。

綺麗なかけらは、神札との思い出。少しずつ拾い上げ、心を復元しようと

少女アルファーは目線を下げる。


2004/07/06


幼女アルファーが神札と初めて出会ったのはこの日のことであった。

夕暮れ迫る保育園。義母も義父も退勤ラッシュに巻き込まれ、誰も家へ案内する者がいないと後から聞いた。

幼女アルファーは空を見つめた。本来の母親は空の向こうへ行ってしまった。本来の父親も。

なんとなく悲しくなって、涙が出そうになるが、どうしても出てこなかった。

このまま宵が来て、オソロシイ怪物にでも攫われて取って食われたりしないだろうか、と不安で

空に問いかけたい、そんな気分だった。


「こんな時間に子供が。どうしたの?」


気が付いたら後ろに自分よりも背の高い、金髪のオークル肌の巫女がいた。それが神札だ。

姿は今と全く相違が無く、そのことが改めて神札の異様さを引き立てているのである・・・

がここでは詳しく語りはしない。

夕日に照らされキラキラ光る金色の髪と、強い何かを秘めたアンバー色の瞳に心を惹かれながら、

幼女アルファーは返答した。


「おやがね、こないの、いつまでたっても」


初対面の人に心を許したのはこのとき以外にないであろう。神札の異様な、神々しさが引き起こしたことである。

返答を聞いた神札は少しだけ笑いながら、


「お名前、わかるかな。送ってあげるよ。」


普通なら不審者と呼んで、お縄になるパターンだ。しかしアルファーは答えたのだ。

「国分和子」。普段生活する中では日本式の名前の方が都合がいい。

アルファーと言うのは死んだ姉の名前を引き継いだのだ。名前だけでなく体も引き継いだのだが。

名前を聞いて神札は、帳簿を取り出し調べ始める。アルファーはただ、神々しいと思ってしまった。

絵本に出てくる天使のようだ、とさえ思ってしまった。


「国分ならここらへんにはあまりいないね。お母さんかお父さんの名前わかる?」

「・・・おかあさんがまりえで、おとうさんが・・・」

「ならここだね、中津市泉水3丁目13-16、一軒家。」

「・・・!!」

「間違いないね?」

「まちがってない、あってる」

「なら、今から送りに行ってあげるけど、疲れてる?おんぶしてあげようか?」


アルファーは正直言うと疲れてもいないし(死体だから)、おぶってもらうと死体だという事がバレるであろうから

やめてもらいたかったのだが、何もかもお見通しのように思え、おぶってもらったのである。

神札は体温のことについても、体重の事についてもなにも聞かなかったし、言わなかった。

そして神札も体温が無く、人間ではないということを再確認させた。

―既に温度センサーの鈍り始めているアルファーの判断だが、神札が人間でないのは本当の事だ。


神札に肩車をしてもらっているアルファーが見た景色は、すべて神話の光景のように思えた。

夕日に照らされる自分の頭髪も、鼻筋も、神札の綺麗でキラキラとした髪も、神札の巫女服も。

時々挟まれる田んぼに映る赤い丸も、最近増えてきた工場の黒いシルエットも、近所の小学校の形も。

人工のもので溢れる現代なのに、不思議と昔のような、神話のような雰囲気を感じ取ったのである。


「この視点は初めてなのかな?」

「うん」

「もっと見ていたい?大人になっても見ていたい?」

「みていたい」

「なら、牛乳をたくさん飲んで、栄養をたっぷり採って、良く寝て、良く運動して。

 そうしたら、わたしくらいにはなれると思うよ。個人差はあるけど。」


見ていたいのはこの高さの景色ではなく、神札が視界の端で映るこの景色なのだが。

工場や小学校や田んぼ、夕日はたしかに美しい。でも神札がいないと。

神札の背の中で眠りそうになり、はっと目を覚ますが、対する神札は寝てていいよとばかりにそっと背を屈める。

厚意に甘えて、アルファーは夕日と神札の背の中で少しだけの眠りについた。


程なくして、自分の家にたどり着いた。


「和ちゃん、もう着いたよ。」


優しい声だった。神札の声で起きることができて幸せだという気分にもなった。

神札の背から降ろしてもらい、辺りを見渡す。家があった。

だけれども神札がいるからか、別の世界のように思えてしまう。

不思議な感覚を胸に覚えつつ、そういえば感謝を述べなければなあと思い、アルファーは緊張しながら


「あ、ありがとうございました」


とたどたどしく感謝の念を込めた。神札は、


「ていねいじゃなくていいよ?わたしも和ちゃんと同じくらいの年だから。」


と答えた。それを聞いてアルファーはかっと目を見開いた。

―自分よりも背が高く、自分よりもしっかりしているのに、私と同じ年だなんてありえない!!

思考が一瞬戸惑った。保育園の同じ組の中でしっかりしていると思う人よりも神札は、

大人びていた。神々しかった。しかし傲慢ではなかった、優しかった。

義母はとてもしっかりとしていたが、養子ということもありあまりいい扱いはされなかった。

そんな人の背中を見てきたからこそ、神札の優しさに、心の琴線が震えた。


「ほんとうに、おないどしなの?」


最後は震えながらだった。涙目にもなっていたかもしれない。

それだけ疑っていたのだ。


「そうだよ。だって今って、2004年だし。お家に入ったらカレンダーを見てごらん。」


当時のアルファーにはこれがどういう意味かを察することはできなかった。何故自分の年齢を

当ててもらうときに西暦で答えるのか、わからなかった。普通ならば干支などで言うはずだ。

もっと具体的に教えてほしかった。自分と本当に同じ年なのか知りたかった。しかし、

神札は「じゃあね。また会う日まで。」と軽く言いのけて帰って行ってしまった。


義母が帰宅し、早速神札のことについて聞こうとする。アルファーが神札に会ったと義母に言うと、

「あんたなんかに神札様が!?ありえない!!どうして!!」と怒り狂ってしまった。

仕方が無いので義父にも聞いてみる。何故自分の年齢を西暦で言ったのか、意味を知るためだ。

義父は答えた。


「祓所の巫女は、一世紀ごとに生まれ変わる

 今が2004年だから、和子と同じ3~4歳くらいだなあ」


自分より年下の可能性も出てきてアルファーはとても困惑した。早生まれだから大して相違はないが。

(アルファーの誕生月は4月、神札の誕生月は1月なので、実際には発達の差が激しいであろうが、

 時空レベルでとらえれば微々たる問題であり、サイクリック宇宙論的に見れば気にすることもない問題である)

怒り狂う義母を義父が抑えつけようとしている間にアルファーは自分の部屋に入り、ベッドに潜り込む。

下から義母の金切り声が聞こえるが、何も聞かなかったことにして眠りについた。


2015/05/02


少女アルファーは幼少の頃の思い出を引っ張り出しては思い出に耽っていた。

あの頃に見た景色を忘れられず、今でも思い出そうとすればすぐに引っ張り出せた。

―またみっちゃんと、夕日の中を歩きたいな・・・

しかしそれは今は叶わない願いであった。そのことに気付いて、

アルファーは少し眠気に負けていた目を閉じて、また冒頭のようにじっとし始めた。


都会の光は残酷で、悲しい気分をも眩しい光で傷つける。光が届かないように、

アルファーはふさぎこんで、一人寂しく、夜を過ごすのだ。

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