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3通目の手紙

誤字修正 2017/02/05

 玄関ホールを通り外へ出る。


 改めて『妖精の館』の外観を眺める。窓がないことを除いては西洋の社交場にでも使われるような建物だ。


 玄関側、つまり南側は特に地図との差異はない。


 中庭側はまた後で確認しよう。まずは荷物を取りに行かないといけない。



 愛車(ビートル)に向かって歩いていくと、人影が見える。『妖精の館』の外観を眺めているようだ。


 「初めまして。山下のりおと言います」


 俺が挨拶をすると、彼も笑顔で返してきた。


 「これはご丁寧に。初めまして。ネクサスと申します」


 流暢な日本語だ。日本(こちら)に来て長いのかも知れない。


 彼は再び館に顔を向ける。


 その顔は、寂しそうな、そして悲しそうな表情を浮かべていた。


 俺は彼の横に並び、同じように館に顔を向ける。



 「あなたは……あなたは、この『妖精の館』をどう思いますか?」


 ネクサス氏は抽象的な質問を俺にする。


 「とても残酷だと思います」


 そう。とても残酷だ。


 街灯に群がる蛾が電熱線で焼き切られるのを見て楽しむ。


 この館はそのためだけにできた街灯(ミミック)……


 本来の……人の通行のために作られた街灯(ストリートライト)とは違う。


 「……そうですか。私もそう思います」


 この人は私と同じ結論に至っているのかも知れない。



 静かで穏やかな時間が流れる。




 「一つゲームをしませんか?」


 ネクサス氏は館に顔を向けたまま俺に話しかけてきた。その口調は今までと打って変わり明るい。


 「良いですよ。どんなゲームですか?」


 「……本。本探しです」


 「それはどのような本ですか?」


 「……わかりません。大きいかも小さいかも、作者も…」


 「わかりました。では、勝利の報酬は何をいただけるのですか?」


 くくくっ……


 ネクサス氏は笑う。


 そしてこちらを見やる。


 「面白いお方だ。それでどうやって目的の本なのか、わかるのですか?」


 そんなの決まっているだろう。


 俺も笑顔で答える。


 「あなたが死ぬほど悔しがる様を見て判断します」


 俺とネクサス氏は笑い合う。


 ひとしきり笑った後、彼は続きを告げた。


 「『ル・ヌ・ペレト・エム・ヘル』 ……覚えておいてください。金に糸目はつけません」


 「ラテン語で『日の下に現れる書』……確か『死者の書』の旧名でしたか?」


 ネクサス氏は笑顔で頷くと館の方へ向かっていく。


 死者の書……


 なぜ突然そんなものを?


 疑問を感じたが、俺は愛車(ビートル)に荷物を取りに行くことにした。



◇◇◇


 玄関ホールを今度は東方向に通り抜ける。


 『とんスキの間』そこには、2mほどの巨大な像が5つ並べられていた。


 酒の神 Yorgo(ヨルゴ)

 鍛冶の神 Conard(コナール)

 美の神 Cerena(セレナ)

 食の神 Marylise(マリリーズ)

 戦の神 Achille(アシル)


 名前だけ聞くと荘厳な感じだが、アニメ調の像である。

 何故か「酒の神」と「鍛冶の神」と「戦の神」は酒瓶と盃を持っている。

 「美の神」はシャンプーを、「食の神」はどら焼きを持っている。


 ……酒の神以外は相応しくないものを持っているな。何かの暗号かも知れない。


 ……考えても仕方ないな。


 さて、個室へ向かうか。


 「山下さん!」


 個室へ向かおうとする俺を止める声がする。


 振り返ると(メイド)がいた。


 「これ、どうぞ。見つけてきました」


 俺に何かを握らせると、石田翠(メイド)は走り去っていった。


 手を開ける。


 そこには3枚のコインがあった。


 不正。そんな言葉が俺の脳裏をよぎったが、深く考えないことにした。



◇◇◇


 東館廊下。時刻は16時30分になろうとしていた。


 西館と同じく赤い絨毯が敷き詰められている。


 左手、北側の扉は『とんスキギャラリー』のように金属の板が壁の隙間からせり出したかのようになっている。こちらも同じ造りなのだろう。


 個室の扉を見る。


 頑丈な扉だ。蹴った程度ではビクともしないだろう。


 扉の下には僅かな隙間がある。窓がないため空気がこもらないようにしているのだろうか。


 受け取った鍵を鍵穴に差し込み、回す。


 カチャリと音がして錠が開いた。


 ドアノブを回し、扉を開ける。


 内部側のドアノブには摘みがついている。


 これを回して内部から錠を開けるのだろう。


 蝶番ははめ殺しだ。


 ドア自体を取り外すことは不可能。



 ……さて、確認事項のいくつかが終わった。


 部屋に入ってくつろぐとするか。



◇◇◇


 ソファーに腰を下ろす。


 カチン


 葉巻(シガー)にキャッツアイカットを入れる。


 シダー片に火をつける。


 それをゆっくりとシガーに近づける。


 白い煙がうっすらと立ち昇る葉巻(シガー)のリングを親指と人差し指で摘まみあげる。


 口に軽く含むとゆっくりと口の中に吸い上げる。


 口を葉巻(シガー)から離し、顔の周りにできる煙を造る。



 部屋の隅に、変な像がいくつか置いてある。


 2通目の手紙に書いてあった「2枚入手できる特別問題」なのだろうか……


 まあ、そちらは後で考えよう。


 俺は懐から手紙を取り出す。


 3通目の手紙だ。


 この手紙には報酬に関する内容が書かれている。


※※※※※※※※※※※※※※※※


山下のりお様


報酬としては以下を考えております。


1 一日30万円

2 死亡者が出た場合一日あたり+20万円

3 殺人犯を捕まえた場合3000万円


また、山下様が30枚集めた場合のみボーナス問題があります。


4 30枚を用いて館の秘密を解いた場合、3億円+α


水口エレン


※※※※※※※※※※※※※※※※


 死亡者? 殺人犯? 何の冗談だ……


 いざ館について見ると、その構造は探偵小説そのものだ。


 ……お陰様で、地図を見てからは疑心暗鬼が続いている。


 この手紙に比べたら、餓鬼どもの乳繰り合いなぞ、毛ほども気にならん。



 石田翠(メイド)は2階から赤い扉を開閉するのは制御室と言っていた。制御するのは扉の開閉だけか?監視カメラが館中に設置されていて、こちらを見ているんじゃないのか?


 犯人と被害者と探偵役を集めて安全な場所(にかい)から様子を見る。


 ……悪趣味にも程がある。




 ……だとしたら、2階の主は一つ勘違いをしているな。




 ……俺は俳優(アクター)ではない。




 俺は、名探偵(ディテクティブ)だ。



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