【1F地図再掲示】タキサイキア
2016/11/26 密室殺人の図解追加
2016/11/26 密室殺人の説明一部修正
サロンの一角のテーブル席に11人が集合している。
「まずは鍵の説明をします。皆さん、お渡しした地図を開いてください」
俺は懐から地図を取り出す。
改めて見ると、明らかに密室殺人事件が起きそうな舞台だ。
密室殺人という言葉を聞いたことがある人は多いだろう。「外と出入りができない部屋の内部で人が殺されており、その犯人が存在しないこと」これが密室殺人の定義だ。ロバート・エイディーが記した「密室ミステリ概論」という本に記述されている。英語ではLocked room murderと書く。
酒が欲しいな。
俺がそう考えていると、横からすっとグラスを目の前に出された。
胃辺利己豚男だ。
やはり、こいつは侮れない。
「ありがとう」
俺はグラスを受け取る。
一口だけ口に含むと地図に集中する。
『サロン』にある2枚の防火扉は2階から開閉操作できると書いてある。その他に2階に行く扉はない。普通に考えると現在、2階に少なくとも一人がいることになる。水口エレンだろうか。
その他の可能性としては他の二階に行く手段がここには書いてないだけという可能性もある。怪しいのは『娯楽室』だ。他の部屋は時間の制限や、鍵を借りる必要性があるが入ることができる。
つまり『娯楽室』に上階へ続く階段がない場合、何者かが現在2階以上の階層にいる可能性が濃厚である。外観からは2階建てに見えたが3階層がないとは言い切れない。外に続く非常脱出口がないとも限らない。念のため建物の外観を再確認する必要性があるな。
密室殺人事件が起きるとしたら、どこで起きるか?
『とんスキギャラリー』か『書室』が濃厚だ。この2部屋は開放時間に厳しい制約がある。12時から16時以外の出入りには鍵が必要である。
犯人が鍵を持っていない場合、死亡推定時刻は前日の16時までとなる。なぜならそれまでに殺害しないと犯人が部屋から出るのは翌日の12時になってしまうからだ。これは、錠を内部から外すことができないのを前提にしている。錠の開閉は確かめる必要性がある。
犯人が鍵を持っている場合は、行える犯行の幅が広がる。ただし、殺害時に被害者と犯人が殺人現場に同時に存在する必要性がある。この場合、何故このような状況になっているのかを考えなければならない。一番可能性が高いのが犯人と被害者が顔見知りで同行している場合ではないだろうか。
扉以外に、時間的な制約が生じる場所としては『朝食の間』が考えられる。食事の時間に皆が集まるからだ。部屋に入ってきた方向と順番程度は覚えておくべきだろう。
他に重要なのは『キッチンの鍵』だ。男性は22時以降に本館にいるためには、22時以前に本館にいなければいけない。女性は『キッチンの鍵』があれば22時以降も西館から本館に行くことができる。
……以上か。
俺はまだ起きていない殺人事件に対し、入念に考察をし終えた。
この間1秒。
タキサイキア現象。
タキサイキアとはギリシア語で「頭の中の速度」を意味する。タキサイキア現象とは危機に陥ったときに思考が加速し、周りがスローモーションに見える現象だ。事故にあったときにスローモーションに感じるという内容で知っている人も多いだろう。
俺はこれを故意に起こすことができる。俺のみが持つであろうこの能動的な思考の加速を俺は『超加速』と呼んでいる。
「俺、地図受け取ってないんだけど」
恐る恐る米下刻男が口にする。
石田翠は無言で地図と鍵を米下刻男に投げつける。
「痛い!痛いから」
米下刻男は悲しげに声をあげる。
「それでは説明しますね」
「22時から6時まで、本館と東館、西館、外の行き来はできません。これは防犯のためです。自動なので鍵も存在してません。地図では青で書かれてます」
「『キッチン』から『西館の通路』は緑色ですね」
質問したのは卯月氏だ。
「はい。『キッチンの鍵』があれば行き来できます。『キッチンの鍵』もですが、『娯楽室の鍵』と『書室の鍵』、『とんスキギャラリーの鍵』は館の中に隠されています」
「『書室の鍵』と『とんスキギャラリーの鍵』は地図だと黄色ね」
今度の発言は華月女史。ドレスで足を組んで座っているため、見えそうで見えないこの板挟。
「黄色は鍵がなくても12時から16時の間は入れます。ただし時間になると自動で鍵が閉まる上、中からも開けることが出来ないので気をつけてください」
先の思考で言うこところの「鍵がないと密室殺人が起きない場合」だな。鍵がないと犯人は朝食に来られない。
「皆さんの個室は内側から開けられるので安心してください。オートロックであることに変わりはないので鍵を室内に忘れてこないでくださいね」
ホテルと同じだな。ホテルの場合はルームカードキーだが。
「1階ではその他の鍵は私か胃辺利己豚男が所持しています。そこにコインはないので気にしないでくださいね」
そうか露天風呂の探索は必要ないのか……
1階では……か。2階以降も探す必要性のある鍵がある言い方だ。
「全ての鍵があるドアは一度あけると1分後に自動で閉まります。間に何か挟まるとブザーが鳴るので注意してくださいね」
これは一度聞いたな。オートロックをさせないためにテープなどで固定する手法は使えなくなる。
「2階へ続く赤い扉は?」
米下刻男が質問した。
沈黙の時間が訪れる。
石田翠はツーンとした顔で米下刻男を見ようともしない。
「2階へ続く赤い扉は?」
苦笑しながら、卯月氏が同じ質問をした。
「2階の制御室からしか開閉操作出来ません。主様が執筆活動に入ってしまったのでしばらくは開けることが出来ません。4日くらいでしょうか」
「2階にはコインはないのね」
田中佳子が聞くと石田翠は渋い顔をする。
「2階にもコインはあります……1階だけでも50枚はあります。それに5日目になったら自動で開くように設定してあるそうです。そのため我慢をしていただけないでしょうか」
場の空気が悪くなる。
……仕方ない。
「条件は平等なので良いのでは? それに順次エリア開放というのも趣深いと思いますよ」
俺は助け舟を出してやることにした。
ああ、石田翠は情熱的な瞳でこちらを見る。
違う。俺が欲しいのは石田翠でもない。