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別れ

 「7枚か……」


 米下が5枚、狼牙が2枚、コインを所持していた。……狼牙のやる気のなさが酷い。


 「どうするんです? 私はもうコインを持ってませんよ。ネクサスさんから取り上げますか?」

 「大丈夫だ。ぎりぎり足りた」


 俺が持っていた21枚と合計して、28枚のコインが集まった。2枚なら場所に心当たりがある。何より、傍観者(バイスタンダー)の側にいるだるます警部に経緯を話すわけにはいかない。


 「マスターキーを」


 俺は狼牙を背負いながら、指示を出す。怪盗イズマエルはガラスケースを叩き割り、マスターキーをその手に握った。


 「どうして、私が怪盗イズマエルだって分かったのですか?」

 「後だ。後。それと俺達は駐車場に向かう。いいな?」


 俺は米下を指差しながら大声で今後の予定を伝える。それにしてもよく言う。初めから己の素性を隠す気がなかっただろうに。


 「わかりました」


 怪盗イズマエルはウインクしながら応える。男のウインクは気持ち悪い。


 『東館2階廊下』から『控えの間』へと続く扉を開けようとする。しかし、マスターキーでも開かなかった。火炎放射で扉が歪んでしまったのかも知れない。仕方がないので、俺と怪盗イズマエルは踵を返し、胃辺利己(イベリコ)豚男(ぶたお)の部屋へと向かう。


 「初日の夜には、米下が4年前に保護した相手が女性だと情報が入っている。2日目の夜にお前が俺の部屋に来たときには、石田翠でないことは確定した」


 先程の言葉どおり、道すがら俺は解説をしていくことにした。実際に確定したのは3日目の夜だったような気もするが、まあ良いか。


 「コインを頻繁に渡してくる。手紙を読んだか一々確認してくる。手紙は縦読みで”退路確保可”と書いてある。倉庫では逃走に使うと思われる気球を見せる。これだけ只管(ひらすら)、友好アピールしてたら誰でも気づくに決まってる」

 「あははは。流石、世界一の名探偵(ディテクティブ)ですね」


 怪盗イズマエルは笑顔だ。凄く可愛いのはどうにかならないのか。


 「……違った意味で聞こえる。ところで退路って何だ?」

 「気づいてなかったんですね。結構やばいのに囲まれてますよ」


 俺達は倉庫を抜けて、階段を降りる。肩に狼牙の荒い息が聞こえる。まだ大丈夫だ。人間そう簡単に死にはしない。


 「……気づかなかった。逃走経路は気球だけか?」

 「いいえ。ハングライダー、バキー、カヌーもあります。ただ、狼牙さんを乗せるとなると気球しかないですね。近くの病院の位置もわかりますよ」

 「準備がいいな」

 「怪盗ですから」


 怪盗イズマエルが、胃辺利己(イベリコ)豚男(ぶたお)の部屋の扉を開く。ドアストッパーは取り外せたのだろう。俺達は『東館1階廊下』に出た。幸い『遊戯室』の扉は閉じていた。


 「俺の部屋に行く。錠をマスターキーで」

 「わかりました」


 久々の自分用の個室に入る。昨夜は少し寒かった。やはり寝るならベッドの上が良い。それに、冷凍庫のザ・タリスカーは無事だろうか。ズブロッカも冷え冷えのはずだ。


 「コインは何処ですか?」

 「そ、そこの丼と美少女フィギュアの乗った台座を叩き割れ、中に入っている」


 流石に疲れてきた。日本の成人女性の平均体重は53kgだ。狼牙は身長が大きい分、それよりもう少しある。因みに男性の平均体重は68kgらしい。もちろんこれらは年齢にも依存する。


 怪盗イズマエルは丼を台座に激しく叩きつける。2つの仕掛けは互いに砕けた。一石二鳥だな。俺が初日に正解していれば、こんな苦労をしなくて済んだのだが、そこは水に流そう。


 2枚のコインが手に入った。これで合計30枚。


 「次は何処に?」

 「とんスキの間だ。冷凍庫から酒を持ってきてくれ。タリスカーの記念ボトルとバイソンの絵の書かれた瓶の2つだ」


 俺と怪盗イズマエルは主を失った洋館の廊下を駆ける。俺は瀕死の狼牙を背負い、怪盗イズマエルは冷えた酒瓶を握りしめて。


 『とんスキの間』、そこには5体の像が並んでいた。像はワイヤーロープで亀甲縛りにされている。十八歳未満お断りな店の佇まいでも、もう少しましだろう。


 俺は狼牙を一度床に降ろす。まだしっかりとした呼吸をしている。強めに縫ったためか、包帯の赤い染みは広がりを見せていない。


 鍛冶の神 Conard(コナール)の像が持つ盃に30枚のコインを注ぎ入れた。歯車が回る音がする。正解のようだ。


 「凄い。どういう謎だったんですか?」

 「シーザー暗号という基礎的な暗号がある。アルファベット順にずらすことにより意味が通るものになる暗号だ。水口エレンの手紙に、このシーザー暗号が書かれていた。今思うとヒントだったのだろう」


 興奮気味の怪盗イズマエルに説明する。水口エレンは性格が極めて悪い。死者の書を欲しがっている怪盗イズマエル、傍観者(バイスタンダー)ではなく、俺にヒントを出すあたり、本当に意地が悪い。


 「”GOLD COIN”を3つずらすと、”DLIA ZLFK”になる。そこの書室に似たような名前の”DLIA ELF”とう像がある。ZをEにして、Kを取っ払えば一緒になる」


 カタカタと歯車が回る音がする。狼牙の呼吸音がする。早く出てこい。


 「つまり”GOLD COIN”が”GOND HOI”だったら”DLIA ELF”になる。」


 歯車の動く音が鳴るが、仕掛けは一向にうんともすんとも言わない。


 「ところで、この部屋にあるConardから同じようにCをHにしてNを取るとどうなる?」

 「Hoard?」

 「正解。Hoard。日本語に訳すと宝庫だ……しまった。像を固定して、隙間を接着剤で埋めたからだ!」


 くそっ。罠が発動しないようにとやったことが裏目に出た。


 俺は必死にワイヤーロープを(ほど)こうとする。亀甲縛りが見事すぎて全然ロープが緩む気配がない。俺はカラテルを抜き、ロープを切ろうとする。しかし、ワイヤーで作られたそれは、切れる気配がない。このままでは狼牙が……


 「良いですよ。後払いで。信用してますから。……狼牙さん、連れていきますね。中庭までもう少しなので私1人でも大丈夫です」


 怪盗イズマエルは笑顔で狼牙を背負い始めた。


 「本当は私、女装好きなだけで、ノンケだったんです。だけど、あの濃厚なキスで虜にされました。くすっ。……それに、犯罪者殺(クライムキラー)しでしたっけ、噂通りですよ。あなたには凄い惹きつけられます。僕も傍観者(バイスタンダー)も、のりおさんしか見てなかったかも知れませんね」


 狼牙を背負った怪盗イズマエルは『サロン』の方へと歩いていく。そして、振り返った。


 「後で必ず、回収にいきますね。もし死者の書がなかったら、そのときは身体で払ってもらいますから、覚悟していてくださいね」


 夏の向日葵のような笑顔で、彼女(かれ)は俺に別れを告げた。

 とても綺麗な笑顔だった。

 少しの演技も感じられなかった。



 俺は入れる側ならありかも知れない。そう思った。



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