占い
「探偵の山下のりおです。失礼を承知でお願いせざるを得ない。美しい淑女の方々、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
俺の返しに頬を赤くする眼鏡の女性。一方、紫色の髪をした女性は褒められることに慣れている感じがする。しまった。こういう女性は、服装やアクセサリを褒めるべきだった。俺はそんな灰色の思考に没頭していた。
「田中佳子です。占い師をしてますの」
紫色の髪をした女性が答える。名前が外見に負けている。二階堂麗子とかを想像していた。美しくスレンダーな身体をしている。
「池谷美香です。えっと、その……小説を書いてます。あまり売れてませんが……」
眼鏡の女性は小説家か。館の主とは小説家繋がりなのかも知れないな。カジュアルな服装にも関わらずその胸は激しく自己主張をしている。
これは、どちらも外せない。
「小説家に占い師ですか。興味深い」
取り敢えずおおよそどこでも使える台詞を述べる。「用務員ですか。興味深い」と言ったときだけは訝しげな顔をされた。
「占い師……バーナム効果で人を騙すのはあまり好きではないな」
卯月氏は田中佳子女史を貶める発言をする。
バーナム効果とは、誰にでも当てはまる曖昧な質問をされたときに、自分に当てはめた質問であるかのように錯覚してしまう効果のことを言う。例を挙げると、「不安なことがありますよね」と質問されたときに殆どの人が当てはまってしまう。これにより「何故この人はわかるのだろうか」と錯覚することである。
「私は違います」
「そうですよ。美香さんに占ってもらったけど、凄く当たるんです」
……うむ。乗るかこのビッグウェーブに。
「私は占いは過去に通じ、未来を予言することだと思う。当たり前だが物事には未知があるから既知がある。今理解できないことが明日理解できないこととは限らない。人間同士の複雑な行動原理を分析し未来を予測するコンピュータがあるとしよう。そのほんの一部の現象を人の脳で再現することはありえるのではないだろうか」
それっぽい言葉を言ってみる。
卯月氏は「失礼。手洗いに」と言いながら苦い顔をして席を離れた。
女性陣は笑顔で俺を迎え入れる。
「そうだ。のりおさんも占ってもらったらどうでしょう?」
トークが広がる。来たビッグウェーブだ。
「それは、是非もない」
俺の発言を受け、俺を含む3人はサロンの一角にあるテーブル席に移動した。
◇◇◇
田中佳子女史はカードを並べていく。
悪いが俺にはさっぱりわからない。神妙な顔をしておこう。
「こ、これは……」
何か出たのか? 卯月氏にはああ言ったが、俺は占いなぞ信じていない。占いとはバーナム効果の集大成だ。
「今日のラッキーアイテムは、ハートの7です」
……予想の遥か斜め下に行ったぞ。「今日の朝の占いハイパー」みたいなノリはどこからやってきた。
「どうもありがとうございます。肝に銘じておきましょう」
俺は内心とは裏腹にさらりと流す。
顔に出てなかっただろうな。それだけが心配だ。
「占い? 私も占ってよ」
「俺もお願いするかな」
庭で散歩していた女性と、バーで飲んでいた得体の知れないボンキュッボンがいつの間にかそばに来ていた。散歩していた女性は赤い髪をしている。歳は20代半ばだろうか。髪の色と同じカクテルドレスを着ている。もちろんブラは着けていない。ここポイント。
「初めまして、山下のりおと言います。探偵をしております」
「華月花。フリーター。20歳」
「狼牙風子」
「田中佳子です。占い師をしてますの」
「池谷美香です。売れない小説家です」
華月女史は、二十歳だった。やや濃い化粧をしているのだろうか。それともサバを読んだだけかも知れない。
狼牙風子は名前の説明だけだ。その飲茶の技のような名前も偽名で、何の情報もないと考えた方が良いだろう。重要なのは俺っ子だと言うことだ。
「華月さんのラッキーアイテムは、交換? なんでしょうこれ?」
おい。占い師。ちゃんと考えて発言しろ。俺が何かとお前に聞きたい。
「んー。よくわかんないけど、覚えとく」
華月女史は前向きな性格のようだ。同じ内容だが体裁だけ保った俺とは違う。
「風子さんのラッキーアイテムは東? 東ってアイテムなのでしょうか?」
再びわけの分からないことを言う占い師。
そんな視姦が捗る時間を過ごしていると、叫び声が聞こえた。
「やめてください!!」
咄嗟に立ち上がる。座ったままでは1動作余分にかかるからだ。
玄関の間へ続く扉が開く。
石田翠がこちらに走ってくる。
何故か俺の後ろに回り込み、ジャケットの背中を両手で摘む。
「こっちこいや。雌犬。昔は俺の作った飯を美味い、美味いって食べてただろうが」
暴言を吐きながら、一人の男がサロンに入ってくる。
歳は30代だろうか。ボサボサの頭にスカジャンを着ている。
スカジャンは第二次世界大戦後、横須賀に駐留したアメリカ軍の兵士がジャケットに和風の刺繍を入れてもらったのが始まりと言われている。あの光沢のある化繊の刺し子地が下品な感じがするので俺は好まない。
「何が料理よ。食べ残しの残飯じゃない。あんたなんか死ねば良いんだ」
過激な事を言う石田翠。二人は関係者であることが証明された。それに男は変態であることもついでに確認できた。また、仮に殺人事件が起きて男が殺されたら、石田翠には動機があることがわかった。
今日も俺の灰色の脳細胞は冴えている。