3日目 夕食
割烹で既出ですが、別小説に、推理避難所を作りました。
そちらは、なろうにログインしてなくても書き込めるようにしてあります。
皆さんの推理をお待ちしています。
「とにかく私は料理を食べたくないの。カップラーメンとかを頂戴!」
「少しだけでも口をつけてください。頑張って作ったんです」
「そう言って毒でも入れているんでしょうが!」
「そんなもの入れたら味が落ちます。入れるわけありません」
何やら言い争う声が聞こえた。
『朝食の間』の扉を開けると、華月女史と胃辺利己豚男が息が届きそうな距離で口論している。田中女史と池谷女史は笑顔で料理を楽しんでいる。今日は海鮮料理のようだ。一席を除いて、1人用の刺し身の舟盛りなどがテーブルに並べられている。マグロのしゃぶしゃぶが美味しそうだ。
「入ってなくてもどっちでもいいわ。カップラーメンとかないの?」
ネクサス氏はさっさと自分の席について、マグロをしゃぶしゃぶしだした。
「あ。湯通し程度で大丈夫ですよ」
「はい。とても美味しそうです」
胃辺利己豚男が慌ててネクサス氏に説明する。ネクサス氏も嬉しそうに、ほのかに白みがかったピンクのマグロを口に運んでいる。
米下も口論を無視して席に座ろうとする。しかし、椅子を引いたところで、自席のテーブルを見て愕然とする。そこにはホカホカご飯がこんもり盛られたお茶碗とエバラの黄金のタレが置かれていた。
黄金のタレは林檎、桃、梅などの果実類をふんだんに使った、さわやかな甘さの万能調味料だ。焼肉だけでなく、炒め物や煮込み料理の隠し味に使ってみて欲しい。
「私が愛を込めて作ったの」
何か言いたそうな米下より先に、石田翠は答えを告げる。米下は引きつった顔で言い淀む。いや、さっきまで一緒にテントを張っていただろ。否定しろよ。それにそもそも料理じゃないぞ。
「米下、私の席にある料理を食べても良いわよ。探偵さん、警察はどうなったの?」
華月女史は矛先をこちらに向けた。胃辺利己豚男も「食べていただけるならまあ良いか」という顔をしている。米下はニンマリ笑う。石田翠はその顔に腹が立ったのか、米下にミドルキックを入れる。
「トラブルが起きたらしく、遅れるそうです」
「は? 何よトラブルって? 遅れるっていつ来るのよ?」
「詳細は伺っておりません」
「ちっ。使えない」
華月氏は暴言を吐き、キッチンの方へ歩いて行く。胃辺利己豚男は慌ててその後を追いかけていった。米下は腹を抑えながら、華月女子の席につく。黄金のタレをきちんとその手に持って。
「皆さんは気にされないのですか? 卯月氏を殺害した犯人が誰かわかってないですよね?」
「”食事は食べて大丈夫”と占いに出ましたの」
「お腹いっぱい食べて死ぬなら本望です」
「毒物はそれなりに詳しいので」
「うまい。海鮮最高!」
「あなたはタレぶっ掛けご飯を食べなさい」
うむ。皆さんそれなりに人生の修羅場を潜り抜けてきたようで、とてもクローズドサークルの事件後の食事風景とは思えないほど、安定感がある。
毒殺はないだろう。傍観者は、殺人現場の特異性を好んでいる。毒殺の場合、誰が行っても一緒だ。そこから彼が言うところの”感情”は読み取れない。
ネクサス氏が話しかけてきた。
「探偵さんは卯月氏殺害の犯人を誰と見ていますか?」
「今は検討も付いてませんよ。わかっているのは、何かを隠している方が女性陣にいるということでしょうか。」
刺し身が美味い。はて、鮮魚をどのように手に入れているのだろうか。
「隠している?」
「はい。まず、卯月氏が22時過ぎに、何処に居たのかを考えます。大きく分けて、本館か、西館トイレか、とんスキギャラリーか、女性の部屋です」
「なるほど、本館でしたら、西館廊下に来るために池谷さんの鍵が必要。西館トイレでしたら、狼牙さんか田中さんの証言と矛盾、女性の部屋の場合は言わずもがなですね。とんスキギャラリーの場合は?」
話が早くて助かる。
「そちらは犯人の脱出が問題です。結果論ですが、翌朝6時くらいに廊下やキッチンに出ている人が多いのですよ。池谷さんの鍵を使い6時前に本館に移動するか、女性陣の部屋に隠れる必要性があると考えて良いでしょう」
「ふむ。男性が犯人の場合は女性の協力が必須。女性が犯人の場合は、犯人であることを隠しているわけですね」
「はい。男性の単独犯である可能性は低いと言って良いでしょう。一見、とんスキギャラリーの鍵を持っている米下さんが怪しいですが、女性の協力なしでは無理があります」
中トロは刺し身より、寿司の方が良いな。
ん? 気づいたら、場が静まり返っている。
何事かと見回すと、皆が驚いた顔でこちらを見ていた。
「さ、流石に驚きましたわ……もう結構、絞られていますのね」
「ええ。あなたか、池谷さん、華月さんのどなたかが何かを隠しているんでしょうね。話してくれるととても助かるのですが……」
この場に華月女史がいないため、自然と視線は田中女史と池谷女史の2人に集中する。
「んー。秘密ですか……多すぎて何のことやら」
「え? えええ? 性病でお仕事はお休み中です」
なんてことだ。なんてことだ。
「性病? お仕事?」
「はい。私お風呂屋さんで働いているんです。良かったら名刺渡しますね。指名してくれたら、秘密のサービスをしちゃいますよ。あ、もちろん病気が治ってからですよ」
ネクサス氏と米下、俺に名刺を配る池谷女史。田中女史と石田翠が若干見下したような視線を向けたのが気になる。
「ひ……秘密のサービスとは?」
よく聞いた米下。
「ちょっと小さめの、とろとろの温かいお風呂で、ピッタリ抱きついたまま、ちゅるんってそのまま入れちゃいます。ピル飲んでいるので大丈夫です。内緒ですよ」
「「まじか!」」
しまった。米下と一緒に叫んでいた。
田中女史は極寒の視線を俺に向ける。何かに目覚めそうだ。
池谷女史は笑顔だ。石田翠も笑顔だ。
そしてその笑顔のまま、石田翠は俺を引きずって行く。行き先は『とんスキの間』だろう。そして正座させられるのだろう。
しかし、俺は既に完全に記憶している。名刺に書かれた店名と住所、電話番号、ブログのURL、そして源氏名を。
あけましておめでとうございます。




