【1F地図】 妖精の館のルール
建物の中に足を運ぶ。
まず瞳に入るのは巨大な2本の柱だ。直径1mはある。
そして綺麗に磨かれた大理石の床。赤い絨毯が白一色の世界に赤を彩っている。
正面と左右にある大きな扉はどこに繋がっているのだろうか。
そんなことを考えていると石田翠は俺に何かを渡してきた。
「こちらをどうぞ」
1枚の紙のようだ。俺はそれを広げる。
地図だった。この館の1Fの地図と書かれている。
なるほど。左手の扉は『朝食の間』へ、右手の扉は『とんスキの間』へ、奥の扉は『サロン』に繋がっているのか。俺の疑問は早くも解消された。
『とんスキの間』の先には東館、『朝食の間』の先には西館に繋がっているのか。『サロン』の先は中庭のようだ。中庭には『露天風呂』がある。
そして、今いる『玄関ホール』、『とんスキの間』、『朝食の間』、『サロン』から先は22時から翌朝6時までロックされると書いてある。
「あ、あのう……」
集中しすぎたか。地図に熱中し女性を蔑ろにするとは俺もまだまだだ。
「申し訳ない。美しいお嬢さん。あなたの前で他に気を取られるとは無粋でした。お許しを」
俺はそう言い、少女に軽く頭を下げる。
「いえいえいえいえ」
高速で頭を横に振る石田翠。まるで気まぐれな犬が水浴び後にその身を震わし、水を切るかの如き速さだ。
「ご無礼を許していただきありがとう。声をかけていただいた理由をお聞きしてもよろしいかな?」
石田翠に先を促す。
「簡単に説明させていただきますね。これはこの玄関ホールで説明するように主人に言われているのです」
気になることを言う石田翠。まあ、先に話を続けていただこう。そう思い俺は笑顔で頷く。
「この館でコイン集めをしてもらいます。なな、なんと、30枚集めると賞金1億円が貰えるそうです!」
そこそこの額が貰えるようだ。そういえば招待状に俺は『5枚入手』とあったが、その5枚はどこにある?
「まずは『サロン』にお通しします。全員が『サロン』に集まったところでゲーム開始となります」
これはおかしい。開始の合図は主催者が行うのではないのか?
俺は少し疑問を感じたが、後になってわかることだと無粋な質問は口にしないことにする。
「屋敷には主催者側の人間として、主様と石田翠と胃辺利己豚男がいます」
何かおかしな響きを聞いた気がした。
ところで最近はキラキラネームが流行っていると言うが、これは別に今に始まったことではない。織田信長は自分の子供におかしな幼名をつけることで有名だった。嫡男は奇妙丸。他にも茶筅丸、三七、於次丸、酌、良好などだ。もういっそのこと、現代でも成人したら名前を改める風習を復活させても良いのではと思う。
「防犯のために22時を超えると本館と西館、東館への行き来と外へ出ることができなくなります」
密室殺人を成立させるためではと思ってしまう。
いけない。これまでに18回の密室殺人の現場に居合わせて、死神と呼ばれた嫌な記憶を思い起こしてしまった。心を入れ替えないと暗黒山下のりおになってしまう。
「東館には男性の個室が、西館には女性の個室が用意されています。これが名探偵山下のりおさんの鍵になります。無くさないでくださいね。万能鍵は主様しか持っていませんので」
少女から鍵を渡される。
ディンプルキーだ。ギザギザした鍵ではなく、複数の穴が空いているタイプの鍵で複製が極めて難しい。町の鍵屋さん泣かせで有名な鍵である。空き巣対策として2000年頃から急にこの鍵を取り扱う場合が増えてきた。
「のりお様は一番手前の部屋ですね。どの部屋の鍵も一度開けると1分後に閉まります。間に何かが挟まっていたりして鍵が閉まらないと、大きなブザーがなりますので注意してくださいね」
ふむ。扉のロックをテープなどで固定する手法は使えないな。
これは密室殺人事件の定番のトリックだ。
「遊技場でコインを賭けて勝負することができます。その場合は胃辺利己豚男がルールを決めたり、勝敗を判断することになります」
これは面白い。カードとチェスで他の参加者からコインを巻き上げるのも良いな。地図を見ると東館の突き当りに遊技場があることがわかった。
「屋敷の物品を故意に破壊する、参加者に危害を加えるなどの暴力行為は罰則が発生します。発覚した場合、胃辺利己豚男が制裁を加えます」
胃辺利己豚男が急に屈強な猛者のように感じる。俺の露軍流格闘術でどこまで通用するか。
いや、よく考えなくても反則行為をしなければ良いだけだな。
「各部屋に保管庫がありまして、その中に入れたコインは取り出すことが出来ません。ただし、賭けたり譲渡することは可能です。これには胃辺利己豚男に仲介してもらう必要性があります」
「ん? お嬢さん、基本的にその保管庫に入れておけば良いということかな」
俺は疑問を投げかける。
「さすが世界一の名探偵ですね。毎日6時に保管庫に入っているコインの枚数が発表されるそうです。質問されたらこう答えるように言われています」
なるほど、所持数の駆け引きができるわけか。30枚近く持っていても保管庫に数枚しか入れていなければあたかも出遅れているよう偽装することができる。デメリットは盗難の可能性か。
いや、他にもあるな……
「一度保管庫に入れたコインは取り出すことが可能かな?」
俺は再び質問をする。
「さすが世界一の名探偵!! 取り出すことは不可能です。必ず6時の報告で明らかになるコインの枚数に含まれる。とのことです」
なるほど。例えばAという人物が6枚コインを保管庫に入れて、胃辺利己豚男を仲介してBという人物に譲渡したとする。その場合、Bという人物が6枚所持数が増えて、Aが6枚減ることが翌朝6時にはわかるわけだ。一方、保管庫に入れない場合は、翌朝6時の報告で増減がわからない。そういう意味での『必ず6時の報告で明らかになるコインの枚数に含まれる』という回答なのだろう。
……さて、これを考えた水口エレンという人物は、なぜここまで面倒なシステムを作り上げたのだろうか。
嫌な予感がする。
こういう時の俺の予感は的中することが多い……




