森の中の洋館
車を走らせる。
目的地までの山道は道路の幅も狭く、すれ違うことも困難だ。俺の愛車が傷ついたらどうしてくれる。
そんなことを考えながら、車を走らせる。
俺の愛車はフォルクスワーゲンのビートル。最近の若い奴らは知らないかもしれないが、2000万台以上を売り上げた伝説的大衆車だ。1938年から約半世紀もの間生産が続いたこのビートルも、2003年に生産が終了した。時の流れは残酷だ。
こいつも修理を繰り返しながら10年以上も乗っている。乗り始めた当初こそじゃじゃ馬な性格に手を焼いたが、今では癖まで良くわかっている可愛い相棒だ。
都内から7時間、早朝に出発してきたが流石に疲れてきた。ここらで休憩して、葉巻でもふかすかと思ったあたりで、目的の建物が見えてきた。
洋館だ。
送られてきた手紙によると『妖精の館』と呼んでいるらしい。
洋館を見ながら相棒を走らせていると、木々に車体を擦りそうになった。
ふざけんな。
相棒にそう言われている気がしたので、山道をしっかりと見ながら運転することにした。
* * *
館の直ぐ側まで来ると、車が何台か停まっているのが目に入る。
俺の相棒をそこに停める。
ダッシュボードから手紙を取り出す。2通目の手紙だ。
招待状。そう書かれた封書は1通目と同じく派手に金の装飾がされている。
招待状の内容を確認する。
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山下のりお様
ご出席の連絡、誠にありがとうございます。
先の手紙でもお伝えしましたが、
『異世界でとんスキ』の累計2億部突破の記念ゲームになります。
山下様は特別に、最初からコインを5枚入手した状態から開始になります。
また山下様の部屋にコインが2枚入手できる特別問題を用意しています。
このことは他の参加者には秘密にしておいてくださいね。
では、お待ちしております。
水口エレン
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『ゲーム』と書いてあるからには、ゲームをするんだろう。
出席と書いてあるが、参加とは書いてない。俺が参加者なのか賓客なのかはこの『出席』の文字からはわからないが、『コインを5枚』と書いてあるから例え賓客でも参加はできるのだろう。コインを賭事するのはゲームの基本だ。
まあ、最初の封書に難問を揃えていると記載が合った時点で間違えなく参加できるのだろう。
さてここで問題がある。
実は俺は、『異世界でとんスキ』を知らない。
小説も漫画もアニメも実写化された映画も見ていない。
……まあ、何とかなるか…
これ以上考えても仕方ないので、思考を停止する。
葉巻を取り出し火を付ける。
ふう。
今日も美味しい。
白い煙を漂わせ一息つく。
しかし、大きな洋館だな。掃除だけでも大変だろ。ハウスクリーニングを例にあげると、都内では1DKで5万円。3LDKで12万円。一戸建てになると15万円くらいはする。この洋館の外観から考えると、ロビーやサロンなどのホール型の部屋が8~12、客室だけでも10はありそうだ。うむ。考えるのをやめるか……こういう計算は秘書にやらせるに限る。
葉巻を味わいながら、そんなことを考えていた。
「窓が少ない」
思わず口に出してしまった。
大きな建物になればなるほど光を取り込むのは桁違いに難しくなる。だからと言って、南向きの面に窓が殆どないのは明らかにおかしい。なにか芸術的な要素でも考えて設計したのだろうか。
……これも考えても仕方ないな。
葉巻を吸い終えた俺は、館のドアノッカーを叩く。
もしかしたら、館内で吸えるのかも知れないが、最近の嫌煙ムードで外で吸うのが癖になっているのかも知れない。悲しいことだ。
コーンコーン
高い音が響く。うん、良いドアノッカーだ。
40秒ほど待ったところで、扉が音を立ててゆっくりと開く。
外開きの扉のため、俺は2歩ほど下がり紳士的に待つ。
扉を開けたのは薄い青色の髪をしたメイド姿の少女だった。大きな目も青色をしており、くりくりとしていて可愛い。髪も目も青なせいか、透明感のある不思議な雰囲気を醸し出している。メイド服はイングランドのものなのだろう。最近の漫画で見かけるようなスカートが短くヒラヒラした恥も外聞もないような下品なものとは異なる。
少女の様子を観察していると、少女がおずおずと言葉を口にする。
「あ。あの……」
断っておくが俺は変態ではない。色気のある大人の女性が好きだ。ブランデーを片手にやや桃色に染まった頬、流し目でこちらを見ながら、ときどきグラスに口をつける。そんな大人の女が好きだ。
「あ。あの……」
む。いかん。浸りすぎた。
俺は懐から先程の招待状を取り出し少女に見せる。
「あ。あの名探偵の山下のりおさん!」
少女は招待状を確認すると驚きの声をあげる。
「お嬢さん、私を知っているのですね。光栄です」
俺はそう言い、軽くイングランドスタイルの挨拶をする。
「ああ。はい。有名ですもんね」
少女の高揚感が上がっている。これはいけない。俺はさっさと中に入りたい。
「ありがとう、お嬢さん。ところでお嬢さんのお名前は何と言うのかな?」
俺が問いかけると少女が返す。
「あ。すみません。私、石田翠って言います。この屋敷のメイドです。えと、案内しますね」
ふむ。やっと屋敷の中に入れそうだ。