King of Drinks
日本人の女性が風呂に入る時間の平均は、41分43秒である。しかし、この統計には罠がある。ムダ毛の処理や顔パックなどの時間を含めていることだ。つまり極少数の回答者が長時間と答えることにより、計算上平均値が上がってしまっている。ここで別の統計例を出そう。女性に入浴時間が30分以内がどうかで調査したところ、約7割が30分以内と回答している。別の例である旅先での平均入浴時間の調査結果も26分から30分という結果が出ている。
以上から女性の入浴時間はおおよそ30分として計算しよう。ここで、先程の卯月氏との勝負の終了時間が19時20分であり、女性も含めた本ゲーム参加者の全てがその場にいたという事実がある。このことから、女性の入浴19時から20時という時間設定は、部屋に戻って着替えなどを取りに行く時間、更に脱衣着衣の時間を考えるとギリギリなのである。よって、俺は男性の入浴開始時間である20時ちょうどに露天風呂に向かうことにする。確率は低いのかも知れない。だが、合法的な言い訳が成り立つ状況が形成されていることが大切なのだ。
以上から何が言いたいかというと、現在、俺は入浴するための着替えなどを持ちながら、館の調査をしている。
俺が行ったことがある場所は、『サロン』、『朝食の間』、『玄関ホール』、『とんスキの間』、俺の『個室』、『遊戯室』だ。『とんスキギャラリー』は時間も時間だったので中を覗いただけで入ってはいない。館の外は南側だけで北側には行ったことがない。中庭に出たことがないからだ。しかし、今は女性の入浴時間のため中庭方面に行くことはやめておく。火のないところに煙は立たないと言うしな。
今の時間に行ける場所で、一度も入っていないのは『キッチン』と『倉庫』。
館の調査は主にそこで行うことにした。
俺は『朝食の間』を通り、『キッチン』へと向かう。
『キッチン』に辿り着く。
キッチンの扉には張り紙がしてあった。
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ゲーム参加者 各位
冷蔵室に土足で立ち入る案件が発生したため、
キッチン、および倉庫の探索は禁止にさせていただきます。
これは衛生面の安全性を確保するためですので、
承知いただけると幸いです。
尚、キッチン、倉庫の出入り自体は構いません。
※米下刻男は立ち入りを禁止します。
私共がキッチン、および倉庫で見つけたコインは、
皆様に公平に分配させていただきます。
石田翠
胃辺利己豚男
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どうやら、俺が小説と格闘している間に、米下刻男が何かやらかしたらしい。
まあ、調査の一番は、地図上にある2箇所の地下室が繋がっていないかの確認だから構わないが……あいつ本当にろくなことをしないな。
公平ーーもしそうなら、夕食の時に米下等3人が1枚ということにはならないだろう。
うん。この件は見なかったことにしよう。
俺はそんなことを考えながら、キッチンの扉を開けた。
◇◇◇
『キッチン』というよりは厨房という言葉が似合う場所だった。大人数に対して料理を提供する場なのだから広いとは思っていたが予想以上だ。『サロン』の三分の一くらいの大きさはある。
北側には壁一面にウォークインタイプの業務用冷蔵室がある。鍵付きのフリーザー密閉ハンドル付きだ。
南側は様々な調理器具や数多くの調理台、オーブンやコンロが並んでいる。フライパン一つとっても色々な種類が沢山吊り下げられている。
南側の壁の一角に扉がある。自動ドアになっているようだ。上部にセンサが付いている。金属製の扉には張り紙がしてある。
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毎朝自動ドアの解除を忘れないこと。
解除を忘れて、扉にカートごと激突するケースが増えています。
※22時以降は解錠5分後に自動で施錠されるので注意してください。
※解除スイッチは扉の脇にあります。
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ふと扉の脇を見ると、金属製の箱のようなものが壁に取り付けられている。
残念ながら箱を開けることはできなかった。鍵がかかっているからだ。
おそらく、この箱の中にスイッチがあるのだろう。
……はて、西館廊下のキッチン側にも同様のものがあっただろうか?
◇◇◇
◇◇◇
『倉庫』はその名の通り倉庫だった。
地下室は主に酒を置いており、ワインセラーのようになっていた。
地下室同士が繋がっているということはなかった。壁も入念に調べたから間違えない。
……そして何故か俺の手にはウイスキーのボトルが握られている!
タリスカー 175周年記念ボトル
この黄金色のウイスキーの名前だ。
スカイ島唯一の蒸留所が生み出す力強いシングルモルトウイスキーで、『宝島』の著者であるロバート・ルイス・スチーブンソンにより「King of Drinks(酒の王様)」と表現されたこともある酒だ。もちろんシングルモルトなので癖が強い。初心者にはお薦めしないが、酒好きを語るなら是非飲んでおいて欲しい。特にこの175周年記念ボトルは「ザ・タリスカー」と呼ばれており、中々手に入らない。
ああ。嬉しさのあまり思考が跳んでしまった。
早く。早く自室の冷蔵庫に入れなくては。
見つけた時に、箱から出してパラフィルムを切ってしまった。
愚行だった。
3分前の俺を殴りたい。
香りが抜けてしまう。
◇◇◇
「待て。話がある」
急いで部屋に戻ろうとする俺を呼び止める声がした。
狼牙風子だ。
彼女が纏っている空気がいつもより重い。
何故か刀のようなものを腰から下げている。
彼女はゆっくりとこちらへ歩いてきて、威圧を伴い、言葉を発する。
「女は風呂だ。男には覗きのポイントを教えて追いやった。残っているのは俺とお前だけだ。ついてこい話がある」
俺は思考する。
刀を持って話し合い? どう見ても一戦始めるつもりだろう。俺の獲物は2本。場所は左脇と後腰だ。リーチの違いが厳しいが懐に入れば問題ない。
覗きのポイントとは何だ? 場所を示すのか、それともコツのことを現しているのだろうか? そもそも俺には教えてくれるのか?
コルク付きのウイスキーは早めに冷暗所に移さないと香りが失われてしまう。しかし、よくよく考えると数時間で蒸散してしまうようなことはない。何を焦っていたのだろうか。
一通り考えをまとめ、頭の中を冷静にする。
「どうやら、また問題の方が俺に近づいてきたようだ……」
俺の不敵な笑顔と台詞に対し、狼牙風子は満足そうに口元を釣り上げる。




