1日目 夕食
2016/11/28 日本語の間違えを一部修正
「今までどんな事件を解決してきたのですか?」
夕食に舌鼓を打つ中、田中佳子女史が質問してきた。
せっかくだから牽制に利用させてもらおう。
「18の密室殺人事件を解決しております」
皆は驚愕の顔をする中、表情に他の感情が含まれる人物が二人いる。
ネクサス氏と、狼牙風子だ。
ネクサス氏は苦そうな表情、狼牙風子は口端を吊り上げて面白そうだとでも言い出しそうな表情をしている。
密室殺人の話をさせられるのかと構えていると、卯月氏が話題を変えた。
◇◇◇
「皆さんコインの集まり具合はどうでしょう」
「あら面白そうね」
「名探偵さんの枚数は確かに気になります」
「俺はもう1枚見つけたぜ」
話に乗ったのは華月氏、ネクサス氏だ。米下刻男は何故か決まった話でもないのに暴露した。牽制や駆け引きとも思えない。
「食後にゲームをするためにも、ある程度の自己申告はしてもよいのでは? もう先走った方もいますし」
「卯月氏の所持数が知りたいです。食後にゲームに誘おうと思っていたのですよ」
食事を取りながら、卯月氏と俺との会話は弾む。
「申告面白いですね。私は4枚です」
田中佳子女史が所持数を口にする。
「「「「おおー」」」」
皆が驚いている。俺も驚いた。
……4枚。この2時間ほどではかなり見つけている方ではないだろうか。
「どうやって集めたか伺っても?」
やや引きつった顔の卯月氏が質問する。
「占いです」
即答する田中佳子女史。
「ほう、例えばゲームも占いで勝てるのでしょうか」
卯月氏は疑念で一杯の表情で問う。
「では、食後に一勝負しませんか。あなたと勝負すると1枚増えると占いに出ているのです」
「面白い。胃辺利己さん、お願いしても宜しいでしょうか」
田中佳子女史と卯月氏の勝負がトントン拍子に決まってしまう。
いや、俺との勝負はどうなった卯月氏……
「ではプレイングカードを準備させていただきます」
胃辺利己豚男は承諾した。
「振られてしまったようですね」
そんな俺の発言に、答える卯月氏。
「いえいえ。今4枚あるのですが、彼女とのゲーム後には更に増えていると思います。そのとき勝負しませんか」
「ふむ。では増えていたら勝負しましょうか。おっと失礼、まだ私の枚数を言ってませんでしたね。9枚です」
俺はジャケットからコインを取り出し、テーブルの上に載せる。
「「「「おおおおおおおおお」」」」
騒がないで欲しい。実質、俺が見つけたのが1枚だけだ。
「負けましたか。私は7枚です」
そう発言したのはネクサス氏。驚きだ。
「……流石ですね」
「光栄です」
ネクサス氏との会話中、卯月氏は不満そうな表情をしている。負けず嫌いなのだろうか。
「……俺1枚」
「私も1枚ですよ」
「俺も」
蚊帳の外同盟の発言である。米下刻男、池谷女史、狼牙風子の3人のことだ。
俺もだよ。俺は心の中でそう答えていた。
しかし、申告が正しいとすると合計27枚。既に30枚近いコインが見つかっていることになる。
華月女史は明言しなかったが、申告は義務ではない。
仮に華月女史が3枚以上持っていたら、既に30枚見つかっていることになる。
◇◇◇
「池谷さんは小説をお書きになっているのですよね。どんなジャンルなのでしょうか。私は推理小説が大好きでして」
おおよそ、所有数を把握できたからだろうか、ネクサス氏が話題を変える。
「その……ファンタジー小説です」
くすっ。
何故か笑う華月女史。
「ではファンタジー小説繋がりで今回のゲームに招待されたのでしょうか?」
俺は水口エレンの話題に繋げようとする。
今は少しでも水口エレンの情報が欲しい。
「え。ええ……」
暗い雰囲気だ。何かを隠している。
しかし、これ以上会話を続けてはいけない空気を醸し出している。
ここで卯月氏がネクサス氏に話を降った。
◇◇◇
「ネクサスさんは何をされているのですか?
「……美術品の取り扱いを少々」
「ほう。美術品ですか。私も興味あります。減価償却のために購入を始めたのですが、これが中々嵌ってしまいまして。お恥ずかしい」
「どういったものがお好みでしょうか。せっかくの縁ですし、是非とも今後共お付き合いお願いしたく」
卯月氏とネクサス氏はビジネスの会話をしているようだ。
「では…… “幼児虐殺 “などは入手できるのでしょうか」
「トロントのAGO(Art Gallery of Ontario)に寄贈されている方のことでしょうか。低く見積もっても90億はかかりますよ。流石にそこまでのものは……」
ピーテル・パウル・ルーベンスの“幼児虐殺 “は2作品ある。1600年と1635年ごろに描いたと言われている。そして、それぞれの模写も有名である。ヤン・ファン・デン・ヘッケが描いたルーデンスの模写についてはあまりにも精巧であるため鑑定されるまで当人の作品と思われていた。もう一作の模写はパウルス・ポンティウスが1643年に描いている。
「これは失礼。同時期のもう一つの作品の方です」
「あちらはヤン・ファン・デン・ヘッケがルーデンスを模倣して書いたというのが定説ですが」
「ええ。その模倣が欲しいのです」
模造が欲しい? まあ本物は高くて手が出せないが。
「わかりました。動いてみます。ご連絡先を伺っても?」
「これは失礼。こちらが私の連絡先になります」
卯月氏とネクサス氏の話はまとまったようだ。
特に会話もおかしな点はない。
ただ、俺の中で何かが引っかかった。
◇◇◇
「美術品といえば、“聖女の雫“ですよね」
「ああ、件の怪盗イズマエルに盗まれたという宝石ですね」
さっきと打って変わり、はずんだ表情で恋する乙女のように話す池谷女史。
俺は彼女が楽しく会話できるように話題を掬い上げた。
「世間を賑わす怪盗ですか、くだらない」
会話をぶった切る卯月氏。好き嫌いがはっきりしているようだ。占いや怪盗といったものが好きではないのだろう。
取り敢えず、沈みかけた池谷女史をフォローするか。
「かなりの強敵でしたよ」
「「「「は?」」」」
驚く一同。
「一度対峙したことがあります。そのときは何とか怪盗イズマエルの尻尾を掴むことができました」
※名探偵のりお第19話失われた女神参照
「どんな……どんな人だったのですか?」
テーブルに乗り出すかのように池谷女史は前のめりだ。
「変装だったので何とも。流石に11の顔を持つ男と呼ばれるだけはありました」
「どうやって捕まえたのですか?」
「捕まえてはいませんよ。彼の対象物を守れただけです。ただ…」
「ただ?」
ゴクリとツバを飲み込む音が聞こえてきそうだ。
「彼は噂よりも若かった……しかし、偽物とも思えない」
俺は当時を思い出し、呟くような声で口にした。




