あの日
今回はあかねちゃん登場しません。
あかねちゃん、実は過去に二ヶ月ほど入院していたらしいです。
バリケードを乗り越えた先のコロニー。
その先の姿はコロニーによって様々だ。
一見して賑やかなコロニー、暴力が蔓延しているコロニー、荒み廃れたコロニー、色々俺は見て来た。
そして、このコロニーは見たところ行き交う人が少なく、行き交っている人もそそくさとしていて、余裕が感じられない。
パッと見渡したところ、商店の類も見当たらない。
こう言うところは、よく言えば絶対的な支配者がおらず自由し放題、悪く言えば社会秩序が確立されていないコロニーだ。
支配者がいない分、父親や凛たちの情報を得ようにも、話す相手がいないとも言えるし、治安が悪い分、気を抜くこともできない。
あんまり長居したくないコロニーかも知れない。
そんな事を思いながら、人が多くいそうな場所を探して、コロニーの中を進んで行く。
そんな時、女の人の悲鳴が背後から聞こえた。
「キャー。助けてぇ」
振り返ると、数人の男が若い女の子を拉致ろうとしていた。
拉致。
あの時と同じだ。
そう思うと、おれはあかねソードを抜いて、駆けだしていた。
凛と最後に会ったあの日。
剣道の全国選抜大会を控えた日、夕暮れの空の下、いつもの学校からの帰り道。
俺の横を歩くのは幼馴染の葉山凛。
肩までのストレートの黒い髪。
すらりとした体型で、身長も女子では高い方だけあって、俺との身長差もほとんどない。
手をつなぐ訳でもない。
時々手の甲が触れ合う事がある距離。
駅からすでに遠く離れた住宅街の通りに、他の人影は無い。
何と言う事は無い会話を続けて歩く二人だけの世界。
「颯太。今度の試合はどうなのかな?」
「問題無しだな」
そう答えた。俺は努力もしたし、自信もあった。
俺にとって、剣道は自身の肉体、精神を鍛えるものであるだけでなく、いざと言う時には大切なものを守るためのものでもあった。
もちろん、そんないざって事なんか、平和なこの国で起きる事なんてほとんどないとも思っていたが。
「颯太が構える姿を見ると、ぞくぞくってしちゃうんだな」
凛はそう言った。
なんだかそう言われて、俺はうれしかった。
「なら、またぞくぞくってさせちゃうよ」
俺が「ぞくぞく」って、言葉をよく使うのは凛の言葉の影響かも知れない。
「楽しみにしとくね」
「おう」
何気ない会話。
いつもの別れ道。
どちらがと言う訳でもなく、立ち止まった。
そのまま「じゃあ、また」と言ってしまえば、二人の時間は終わってしまう。
俺はそれを避けたくて、立ち止まった。凛もそう思って立ち止まったのかも知れない。
一瞬の見つめ合う沈黙。
そして、凛が口を開いた。
「そう言えば、あかねちゃん、もう大丈夫なの?」
話すネタ何て、なんでもいい。一緒にいる時間を少しでも長く、ただそれだけであって、あかねの話を出してきたのも、特に意味は無いはず。
いや、2か月ほど前に病気で入院し、退院して来たばかりのあかねの事を心配してくれているのは確かだろう。
「ああ。入院する以前と全く変わりなく、元気だよ」
「そっか。それはよかった。
入院したのって、突然だったよね」
「ああ。手術も大変だったらしい。
結局、入院している間、面会にも行かせてもらっていないけどな」
「あら、それはシスコンのお兄ちゃんとしては、寂しかったんじゃないの?」
「俺はシスコンじゃねぇよ」
そして、二人は微笑み合った。
一緒にいる事が大切な二人。
それでも、別れの時は必ずやって来る。と言っても、ほんの半日ほどの別れ。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
また明日は凛と過ごせる。
そんないつもの繰り返し。
漠然とそんな事を感じながら、凛と別れて自分の家を目指す。
凛とまた会える明日が早く来るようにと思いながら。
「キャー。助けてぇ」
そんな俺の耳に届いた凛の悲鳴。
慌てて引き返し、凛の姿を探すが見当たらなかった。
そして、その日以来、凛は行方不明になった。
凛は何者かに拉致られた。
俺は凛のすぐ近くにいたはずだと言うのに、凛を守る事が出来なかった。
大切な人を守れなかった無力感。
大切な人を失った喪失感。
俺の心は大きく傷ついた。
時間が癒してはくれたが、決して消え去ったりはしない傷跡としてもそれは残った。
俺は二度とそんな思いをしたくないし、他の誰かにも同じ思いをさせたくはない。
目の前の光景に、ふつふつとした怒りが沸き起こる。
それは凛を拉致った相手に向けられた怒り。
凛を助けられなかった自分への怒り。
そして、今また、少女を拉致ろうとしている男たちへの怒りが、一体化したもの。
怒りの衝動を抑える事はできない。
「うぉぉぉ」
雄たけびを上げて、男たちに向かって行った。