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金属バットの殺人鬼

 ハローマーダラー一話目です。喧嘩屋高校生、風切は殺人鬼に殺されかける。そんな彼に接触する刑事たち。殺人鬼対策課とは?

『金属バットの殺人鬼』


 高台から海を見下ろすように建つ晴常高校。その外観は過去に貿易に使われていたため西洋的で洒落ている。

 その白い校舎の裏で、喧嘩が始まろうとしていた。

「おい、俺は酒井を呼んだんだよ! 誰だてめえら!」

 十人の少年たちは外見こそ様々だが、一様に学ランを着崩し素行不良を前面に押し出している。その中で一番体の大きなリーダー格であろう男子が怒鳴った。

 それに対するのは三人だ。

 肩ほどまでの金髪を後ろでまとめた目つきの悪い少年、風切征助。

 黒髪に分厚い眼鏡をかけたひょろりと背の高い男子、秋葉貴弘。

 唯一の女子生徒は黒髪をショートカットにしており、ブレザーを押し上げる大きな胸が印象的な海戸千夜。

 風切は「あー」と言いながらポケットに手を突っ込んだ。

「俺は酒井の代理で喧嘩しにきた。喧嘩屋って聞いたことねえか?」

「喧嘩屋?」

「あっ! 風切か!」

 小柄な少年が声を上げる。

「川崎さん、風切っつったら、ここら辺の喧嘩の代理を買って出てる三年ですよ! すげえ強いって話で……」

「へえ。でも三対十じゃ勝てやしねえだろ」

 川崎というらしいリーダー格の少年はニヤリと笑った。

 風切は溜め息をつき、頭を掻いた。

「お前、勘違いしてねえか?」

 そして人差し指を立て、前に突き出す。

「三対十じゃねえ、一対十だ」

「じゃ、頑張ってね、風切君」

「しっかりやれよー」

 千夜と秋葉は緊張感の欠片もない様子で後ろに下がる。

「って、なめてんのかコラァ!」

 川崎の後ろにいた少年が風切に殴りかかった。

 彼は何が起こったのか分からなかっただろう。

 気付いたら、倒れていた。

 風切の拳が腹を打ったのだが、その動作は驚くほど速かった。

「まず一人。弱いならせめて、束になってかかってこいよ」

 風切の挑発に、相手は簡単に乗ってしまう。

「病院送りにしてやらあ!」

 川崎以外の八人が、風切に飛びかかる。

 そんな彼らが地に伏すまで十秒とかからなかった。

 風切はその場から動くことすらなく、向かってきた八人をのしてしまった。

 彼は特別大柄なわけではないが、その引き締まった体には筋肉が無駄なく付いている。

 それは天性のものではない。努力ゆえの賜物だ。

「お前も来いよ。その体格ならちょっとは楽しませてくれるんだろ?」

 風切は川崎に向かって笑みを浮かべた。

「く、くそっ!」

 川崎は大きな拳を風切に向かって突き出した。

 しかしそれは風切の左手に難なく受け止められる。

「やっぱ見掛け倒しかよ、つまんねえ」

 そう言うと、風切は左手を引いて川崎の大きな体を引き付けた。

 そして、その腹に膝蹴りを喰らわせる。

「ぐえ……」

 彼は潰れたような声を出し、地面に倒れ伏した。

「終わったぜ」

 風切が振り向くと千夜は本を読んでおり、秋葉は封筒に入った千円札の枚数を数えている。

「ああ、早かったね」

 千夜は本を閉じ、倒れている男子たちを見下ろした。

「こんな雑魚じゃ話になんねえよ。もっと強い相手連れてこいっての。――つか、その本何だ? タイトル読めねえんだけど」

「アメリカでベストセラーになってるミステリーだよ。気になってたんだけどまだ日本に入ってなかったから、ネットで取り寄せたの」

 事も無げに言う千夜は校内だけでなく、全国模試でもトップの成績を誇る天才少女だ。

「そうだ、今回も報酬は三等分な」

 秋葉が封筒を片手で持ちながらニヤニヤと笑う。

「っておい、どう考えても俺の取り分が多いはずだろ!」

 風切の抗議に秋葉は、

「誰が喧嘩の情報仕入れて売り込んでやってると思ってんだ? マネージャーの役割は大きいぜ?」

 と、言いながら十枚の千円札を手渡す。

「あと、私がいなかったら二人とも留年してるからね? 君たちに勉強を教えてる私のことも評価してほしいな」

 千夜はにっこりと笑い、秋葉に向かって手を突き出す。

「分かってるよ、千夜センセ」

「千夜ってすげえいいマンションに住んでんだろ。金必要なのかよ」

 風切は納得がいかない様子。

「生活費で欲しい本買っちゃたから、丁度入用だったの」

「それ浪費じゃね?」

「知識の糧だよ」

「そうかよ」

 千夜に口では勝てないのは分かっている風切は肩を竦め、歩き出す。

「教室に鞄取りに行こうぜ。んで、千夜のマンションで勉強会か」

 不良としか思えない風切が『勉強会』などと言うのがどこか滑稽で、秋葉は小さく笑う。

「なんとか赤点にならないよう頑張るか。留年なんかして学費余計に払う羽目になったら洒落になんねえし」

「お互い貧乏はつれえな」

 風切は溜め息をつき、三年一組の教室を目指した。

 人目に付かない北校舎の裏から、海側にある南校舎に向かう。

 中庭では吹奏楽部が練習しており、勇ましいメロディーを奏でていた。

 その曲はどこかで聞いたことがあるのだが、タイトルは記憶になかった。

 南校舎の二階に上がり、教室の戸を開ける風切。

 そんな彼に、一人の女子生徒の蹴りが飛んだ。

「風切のバカー!」

 スカートがめくれても、スパッツを履いている彼女は気にしない。

 東条奈津美は風切を蹴り飛ばして着地すると、腰に手を当てて怒りを露わにする。

 スレンダーな体に茶色いショートツインの髪、どこかあどけなさを残した顔は、中学生のようにも見えた。

「いってーな、何すんだ!」

 風切は立ち上がり、奈津美に詰め寄る。

「またケンカして! ダメって言ったじゃない!」

「こっちは商売でやってんだよ!」

「じゃあ普通のバイトしなさいよ!」

 二人の言い合いを見ていた千夜と秋葉は顔を見合わせ、肩を竦めた。

 ――まーた始まった。

 互いに同じことを考えているのは分かっていた。

「まーまーまー! 落ち着けって、奈津美!」

 茶色の短い髪を跳ねさせた少年、高石裕司が冷や汗をかきながら奈津美を止める。

「なによ、高石は黙ってて!」

「いや、風切にも風切のやり方があるんだし、とりあえず落ち着こうぜ!」

 高石は「な?」と言って奈津美を宥めるが、彼女は不満な様子。

「だって、先生も言ってたじゃない。空手はケンカのためのものじゃないって」

「そうだけどさ」

 二人は小学生の頃、風切と共に空手教室に通っていた、いわゆる幼馴染である。

「じゃーな、奈津美、高石」

 いつの間にか三人分の鞄を取ってきていた風切は、千夜と秋葉にそれを渡すと教室を駆け出していった。

「じゃあね、二人共」

「ま、今日は見逃してやってくれ」

 千夜と秋葉は微笑み、風切の後を追う。

「あー、もう!」

 奈津美は声を上げ、高石を睨んだ。

「高石が止めるからよ!」

「し、仕方ねえじゃん。まあさ、海戸さんと秋葉もいるから大丈夫じゃね?」

「でも……」

「海戸さんはおっぱいもでかいし!」

「それは関係ない!」

 奈津美のアッパーが高石の顎に炸裂した。

「いてて……。だけどさ、風切もああするしかないんじゃねえか? お袋さんと親父さんがあんなことになってから、ケンカしてる時が一番イキイキしてるし」

 高石は少し淋しそうにそう言い、目を伏せる。

「だからこそ心配なのよ。なんか、あいつだけ遠いところに行っちゃうみたいで……」

 奈津美は俯き、拳を握り締めた。


 千夜が住んでいるマンション、ブルーパレスは晴常高校から歩いて二十分ほどのところにあった。

 二十階建ての建物の七階に住む彼女の部屋からは、青い海がよく見える。

 シンプルで洒落たリビングルームから、風切は窓の外を見つめた。

 ――ほんといい場所だな、ここは。

 三人の共通点、それは高校生にしては珍しく一人暮らしであるというところだ。

 秋葉はアパート暮らしで、風切も似たようなところに住んでいる。

「はい、どうぞ」

 千夜がローテーブルでノートを広げている二人の前に紅茶を置いた。

「ああ、サンキュ」

「わりいな」

 風切は紅茶に口を付けると、気になっていたことを尋ねた。

「そういやさ、お前のじいさんって何やってる人?」

 互いに余計な詮索はしないようにしているが、これくらいならいいだろう。

 風切と秋葉が知っているのは、一年ほど前に彼女の母親が他界し、今は祖父に生活費をもらっているということだけである。

 千夜は気を悪くした様子もなく、

「田舎でミステリー小説書いてるよ」

 と、答える。

「ああ、なるほど」

「それで千夜はミステリーが好きなのか」

 秋葉は納得したように頷く。

「そうそう、昔からよくお土産に小説持ってきてくれたし」

「へえ」

 千夜の暮らしぶりから考えて、それなりに売れている作家なのだろう。本を読まない風切では名前を聞いても分からないだろうが。

「あ、ミステリーといえば」

 千夜が手を叩く。

「ん、何?」

「この辺りで通り魔が流行ってるらしいよ」

「あー、そういやニュースで言ってたっけ」

「俺、ニュースとか見てねえわ」

 風切の言葉に、秋葉は肩を竦めた。

「情報は生きていくために必要だぜ?」

「そういうのはお前に任せる」

「ま、風切君は根っからのファイターだしねー。でも、気を付けた方がいいよ? 三人も殺されてるらしいから。凶器は金属バットだって」

「返り討ちにしてやるよ」

「お前ならマジでやりそうだよな」

 秋葉は笑い、風切の背中を叩いた。

「俺は誰にも負けねえ」

 その言葉は自信からくるものというより、自らに言い聞かせているように聞こえた。

「そうだね、君は強いよ。でも頭が弱い」

 千夜は冗談めかした口調で言うと、風切のノートを赤ペンで突く。

「英語の和訳、全部間違ってるからね」


 千夜の部屋で夕飯を食べ終えると、風切と秋葉はマンションを出た。

「もう九時か」

 秋葉は腕時計を見て呟く。

「我ながらよく勉強したもんだぜ。しっかし、次の試験も赤点回避できっかな。古典と英語やべえんだけど」

「ま、千夜がいるからなんとかなるんじゃね? まだ先だしさ」

「それもそうか」

「それより」

「ん?」

 秋葉の声がどこか真剣味を帯びる。

「たまには奈津美と高石の話も聞いてやれよ。あいつら、本気でお前のこと心配してるんだぜ?」

「あー……」

 風切は頭を掻いた。

「でも、あいつらの言うこと聞いて俺が喧嘩屋やめたら、お前らが困るだろ?」

「それもそうだ」

 顔を見合わせ、笑い合う。

「じゃ、俺こっちだから」

 丁字路で、風切は右の道を指差した。

「おー、また明日な」

「おう」

 風切は秋葉と別れ、街灯のわずかな灯りに照らされた夜道を歩く。

 ――奈津美と高石の話、か。

 二人と共に空手教室に通った日々を思い出す。

 ――そんなに長い時間じゃ、なかったよな。

 奈津美と高石は中学に入っても続けていたようだが、風切は小学生の時にやめてしまった。

「あー、思い出したくねー」

 小さく呟き、舌打ちをする。

 その時だった。

 ふと、寒気がした。

 背後からの気配に、風切は振り返る。

「なあ、あんた暇?」

 街灯に照らされているのは、フードを目深に被った少年。

 その手には、金属バットが握られている。

 ――まさか、千夜が言ってた……。

 風切は拳を握り締めた。

 緊張感が、ピリピリと体を痺れさせる。

「なんか用か?」

「用ってほどじゃ、ないけどさ!」

 振り抜かれた金属バットを、風切は間一髪で避けた。

 ――なんだこいつ……。

 体勢を立て直し、風切は少年を見つめる。

 彼は今まで風切が倒してきた者たちとは違った。

 バットや鉄パイプ、ナイフを使う者とすら、風切はやりあったことがある。

 だが、大抵の相手は凶器を持つことで油断するか、逆に萎縮してしまっていた。

 凶器の圧倒的な力で相手を殺してしまうことを恐れるのだ。

 しかしこの少年は、油断も萎縮もしていない。

 躊躇いなく凶器を使う者と対峙したのは、初めてのことだった。

「何なんだ、てめえは!」

 それでも、風切は拳を突き出した。

 少年はそれを軽く避けると、ニヤリと口角を上げた。

「殺人鬼ってやつ?」

 どこかふざけた声と共に振り上げられた金属バット。

 その衝撃を頭に受け、風切の意識は闇に沈んだ。


 重苦しい闇の中で、昔のことを思い出した。

 風切の父親は、碌でもない男だった。

 酒を飲んでは妻や息子である風切に暴力を振るう、そんな人間だった。

 酒代のために、風切は空手教室にも通えなくなった。

 それでも家庭を支えるため、一人必死に働いた母。

 そんな彼女は風切が高校に入る前に、過労でこの世を去った。

 その日から、父親の暴力の矛先は風切一人に向かうようになった。

 しかし、その頃には風切も強くなっていた。

 折れずに耐えていた心も、痣だらけの体も。

 ある日、彼は父を殴った。何度も殴り、蹴った。

 その時の父親の姿は、惨めなものだった。

 泣いて許しを乞い、這って逃げようとしたのだ。

 それを見た時、風切の中にあった怒りや憎しみといったものは急速に冷めていった。

 アパートから逃げ出した父親のその後には、興味もない。

 ただ、弱さというものへの恐怖、そして強さへの渇望が彼を満たしていった。

 ――だから俺は強くなる。負けて這いつくばるぐらいなら、死んだ方がましだ……。


 目を開けると、清潔感のある白い天井が見えた。

「ここは……」

「あ、秋葉君、風切君気付いたよ」

 千夜の声だ。彼女はベッドサイドのパイプ椅子で本を読んでいたらしい。

「お、良かった、意識戻ったんだな! ここは病院。お前、通り魔に殴られて気絶してたんだぜ」

 秋葉は心底ほっとしている様子だった。

「通り魔……、か」

 風切は掠れた声で呟く。

 ――俺はあの殺人鬼に、負けたのか……。

 力でねじ伏せられ、弱者に堕ちた。

 もしあの時意識が残っていれば、自分は命乞いをしていたのだろうか。

 ――親父、みたいに。

 風切はギリッと奥歯を噛み締め、頭の痛みを振り切って立ち上がった。

「つ……」

「落ち着けって」

 秋葉はふらついた風切の腕を掴んだ。

「ねえ、風切君、刑事さんが話をしたいって」

 千夜が落ち着いた口調で話す。

「君を助けて、私たちに連絡をくれた刑事さん」

 ガチャッとドア病室のドアが開き、二人の男が入ってくる。

「警視庁殺人鬼対策課の鷲尾大和だ」

「部下の月船文彦です」

 鷲尾は大柄で、白髪の混じりかけた髪はボサボサ、そして無精髭を生やしただらしなさそうな男だった。年は三十代後半だろうか。

 対照的に月船の方は黒い髪をオールバックにし、きっちりとスーツを着込んでいる。こちらは三十代前半だろう。

「殺人鬼、対策課……?」

 風切は聞いたことのないその名前を繰り返す。

 驚く様子のない千夜と秋葉は、既に話を聞いているのかもしれない。

「殺人事件は年々悪質になってる。その中でも特に厄介なやつらを、俺たちは殺人鬼って呼んでんだ。字の通り人を殺す鬼。躊躇いなく人を殺せる、な」

 だからあの少年は凶器の使い方が違ったのだ。相手を脅すためではなく、殺すために凶器を使っていた。

「君を殴ったのは関谷和紀。危うく君が四人目の被害者になるところでした」

 月船はそう言いながら、上品な笑みを浮かべた。

「何で名前まで知ってて、捕まえねえんだ?」

 責めるわけではなく、純粋な疑問として問いかける風切。

 それには千夜が答える。

「ただ捕まえるだけじゃ駄目なんだって。殺人鬼は殺意を抱き続ける限り、捕まえられてもそこがどこでも、人を殺し続ける。ですよね?」

 彼女は月船に確認をした。

「ええ、その通りです。彼らを止めるためには、内にある殺意をなんとかしなければなりません」

「そこで、だ」

 鷲尾はなんとか立っている風切の肩を叩いた。

「リベンジ、したいだろ。お前は負けたままではいられない性分、そうなんだろ?」

「当然だ」

 このままでは自分の一番大切なものが折れてしまう。

 それは風切にとって、肉体ではなく魂とでも言うべきものの死を意味していた。

 ――俺は、負けたままではいられねえ。勝たねえと、強く、ならねえと……。

 風切は拳を握り締めた。

 ――まだ力は入る。まだ、やれる。

 足元がふらつく感覚は、もうなくなっていた。

「どこに行けば、関谷とやれる?」

「おう、月船。この時間ならネカフェだったか?」

「ええ、そろそろ出てくることでしょう」

「よし」

 鷲尾は風切の肩を抱いた。

「覚悟は決まってるみてえだな、いい目だ。行くぞ」

「ああ」

 風切は鷲尾に連れられ、歩き出そうとした。

 だが立ち止まり、千夜と秋葉の方を見る。

「止めねえ、のか?」

 二人は顔を見合わせ、笑った。

「止めたって、やめないでしょ?」

「つか、ここでやめたらお前がお前じゃなくなっちまう」

「サンキュ」

 風切も、笑う。

「とはいえ、俺も行くぜ。これでも心配はしてんだからな」

 秋葉は風切の横に並んだ。

「私も……」

 千夜も歩き出しかけたが、

「ああ、千夜さん。少しお話できますか?」

 と、月船に呼び止められる。

「え? あ、はい」

「鷲尾さんは先に行っていてください。私は彼女と少し話をしてから行きますから」

「分かった」

 病室を出ていく三人。

 その背中を見送ると、月船は千夜を見つめた。

「君も、殺意を抱いていますね?」

 千夜は大きな反応はせず、ただ月船を見つめ返した。

「わかるんですよ。君の目は人とは違う。風切君も普通とは違うようですが、彼と君とはまた違っています。彼は本能で致命傷を避け、軽傷で済ませていました。あの本能はまるで、獣のようですね。しかし君は……」

「風切君が獣のようというのは同意します。でも、私は普通の女子高生ですよ」

 千夜はにっこりと笑い、月船の言葉を遮る。

「天才少女が何を言うんですか」

 月船も笑い、千夜の頬に優しく触れた。

「私たちには、君の頭脳と殺意が必要です。協力していただけますか?」


 もう夜も明けかけた薄暗い街、ネットカフェの入ったビルから出てきた関谷の前に一台の車が止まった。

「ん?」

 降りてきたのは、風切だ。

「あー、死に損ないか」

 関谷はそんな彼を嘲笑う。

「ちょっと路地裏来いよ。リベンジマッチだ」

「いいぜ、俺も殺し損ねてイライラしてたし。でも、そっちの二人は?」

 続いて車を降りた鷲尾と秋葉に目をやる関谷。

「俺たちは野次馬みてえなもんだ。気にすんな」

 鷲尾がそう言うと、関谷は「まあいいや」と風切の方を向いた。

 そして人目に付かない路地に移動し、ボストンバッグから金属バットを取り出す。

「今度こそ、くたばってくれよ!」

 関谷は風切の脳天目掛けてバットを振り下ろした。

 風切がそれを左に避けると、関谷に隙が生まれる。

 その隙を見逃さず、風切は彼の鳩尾を蹴り付けた。

「ぐっ!」

 畳み掛けるように、体を折った関谷との距離を詰める風切。

 しかし関谷は、横に転がることで次の攻撃から逃れた。

「あんた、そんなに強かったのかよ」

「負けるわけにはいかねえんだ、俺は。――死んでも、負けられねえ」

 譫言のように呟く風切の瞳が、ギラリと光った。

 その瞳の強さに、一瞬関谷は怯む。

 それでも彼は、一気に距離を詰めにかかった。

 振り下ろされたバットを受け止めたのは、風切の左腕。

「風切!」

 思わず声を上げた秋葉の肩を、鷲尾がポンと叩く。

「あいつは大丈夫だ」

 風切はバットを振り払うと、関谷の顔面に拳を叩き込んだ。

 関谷は後ろに吹っ飛び、塀にぶつかると倒れ込んだ。


 関谷は気の弱い子だった。

 だからだろう、よくいじめられた。

 小学生の時には靴を隠され、中学生の時には弁当に虫を入れられ、高校生の時には暴力を振るわれた。

 強者が弱者を痛め付ける。それは水が高所から低所に流れるように当たり前のことだった。

 ――自分がもし、強ければ……。

 そんなことを考えながらも、関谷は弱者という立場から抜け出せずにいた。

 その日も、クラスメートから殴られ、蹴られていた。

 逃げ込んだ体育倉庫にあった金属バットが目に入る。

 体育倉庫の扉がこじ開けられようとした時、関谷は思った。

 ――今なら、抜け出せる。

 彼は入ってきたクラスメートの頭に金属バットを振り下ろした。

 血飛沫を浴び、悲鳴を聞き、関谷は弱者の特権に酔いしれた。

 他人を傷付けるという、強者の特権に。


 純粋なまでの強さを孕んだ風切の瞳が、関谷を見下ろす。

「まだやるか?」

「いや……」

 二人の関係は、捕食者と被食者そのものだった。

 一撃の拳で、関谷の殺意は折れてしまった。殺人鬼から、弱者になり下がったのだ。

 風切は息をつき、鷲尾と秋葉の方を向いた。

「俺の、勝ちだ」

「ああ」

 鷲尾は頷き、関谷に歩み寄るとその手に手錠をかけた。

 秋葉は風切に駆け寄ると、彼の背中をバシバシと叩く。

「やっぱお前、すげえわ」

「いてえって、まだ頭に響くんだよ」

「おい、風切」

 鷲尾が、風切の方を向く。

「何だよ?」

「お前、殺人鬼対策課を手伝ってくれねえか?」

「って、そんな簡単に……」

「まだ試運転の課で俺と月船しかいねえ、気楽なもんだ。それに、お前らがやってる喧嘩屋より、いい給料出してやれると思うぜ?」

 その言葉に、風切と秋葉は顔を見合わせた。

「ああ、もちろん秋葉、お前もだ。必要な人間なんだろ? 風切」

「まあ、そうだな」

「そうだよ、お前、俺がいなかったら色々不便だろ」

 秋葉は笑った。

「お前は自分の強さを確かめたいんだ。それなら、やるべきだと思うぜ」

「そう、だな……」

 風切は頷く。

 しかし、そこでふと思い出した。

「そういや、千夜は?」

「そっちは話、まとまったみたいだね」

 近くに止まった車から千夜が降りてくる。

 運転席から出てきた月船は、鷲尾に微笑みかけた。

「千夜さんにも了承をいただきました。殺人鬼の捜査に協力してくれるそうです」

 千夜は秋葉と風切の方を向き、苦笑した。

「なんか、凄いことになっちゃったね」


 翌日の放課後、風切は眠りの世界から目覚めた。

「あー、よく寝た」

「凄いじゃん風切君、お昼休みにご飯食べてる時以外、ずっと寝てたよ」

 斜め後ろの席から千夜が茶化す。

「ま、仕方ねえよ。昨日はさすがに寝てる暇無かったし」

 後ろの席に座る秋葉のフォローに、風切は頷いた。

「ああ、そうだな」

「風切!」

 離れた席から駆けてきたのは奈津美だ。

「またケンカしてたの!」

「ケンカじゃねえよ」

 風切はそう言うと、鞄を持って立ち上がる。

「え?」

「安心しろ、喧嘩屋は廃業したから。行こうぜ、千夜、秋葉」

「そうだねー」

「おう」

 教室を出て行く三人を、奈津美はポカンとした顔で見つめていた。

「奈津美」

 そんな彼女に高石が声をかける。

「良かったな、あいつ喧嘩屋やめたって」

「う、うん……」

「どうしたんだよ、嬉しくねえの?」

「だって、何か……」

 奈津美は奥歯を噛み締めた。

「あいつが、すごく遠くに行っちゃったみたいな気がするの」

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