第八曲 爽の『出会い』
♪♪♪♪♪♪
「っ!負けた!」
すべり台に座り、涙を堪えながらすべり台を力いっぱいに叩く。すべり台からは鈍い音が響き、手は赤く腫れ上がり熱を帯びていた。
「もう、サッカーなんて辞めてやる……」
ついに堪えられなくなり、泣き出しそうになった時アイツの声が聞こえた。
「どうして?」
眼鏡をかけリコーダーを手に持っている少年……楽が横に立っていた。
「どうして?って俺には向いてないから……」
どうせ試合見に来てないんだからと少しカッコつけて向いてないと言った。
「向いてないなんて! 君さっき試合に出てた子でしょ! えっと……確か……バニラ君!」
「爽だよ……なんだよバニラって……」
「 夢乃ちゃんから聞いたんだけど、バニラ君じゃなくて爽君だったのか!」
そこで俺はそいつが楽である事に気づいた。楽は、すべり台の向かいにあるブランコに座り、俺の事を手招きした。
「こっちに座ってお話しよう!」
本当は話したくなかったが、昨日助けてもらったこともあるし付き合うことにした。俺は黙って楽の隣のブランコに座った。
「いやぁ今日の試合凄かったね! 前半に一気に3点決めちゃうんだもん! 夢乃ちゃんから聞いてたけど爽くんって本当にサッカー得意なんだね!」
ブランコをこぎながら笑顔で話しかけてくる。試合を見に来てたなら結果を知ってるくせに楽は、俺のプレイを褒めた。
「あのさ、お前試合見たんだろ? なら結果も知ってるだろ?」
「うん、 3対4で負けちゃったね」
楽は少し悲しそうな顔をして、ブランコをこぐのを止めた。
「でもさ、君は頑張ったんでしょ? 頑張って頑張って、それでも怪我してたから上手くプレイ出来なかったんじゃないの?」
ブランコから降りた楽が俺の前に立つ。
「でも、結果は負けだっただろ、それじゃあ頑張った意味なんてないじゃんか」
「僕は、そう思わないよ。僕も沢山練習したのにコンクールで入賞もできないし、でも僕は音楽が好きだからもっと練習しようと思うんだ」
「コンクール?」
そう聞くと、楽は少し照れくさそうに笛を掲げた。
「僕笛とか色んな楽器のコンクールに出たりするんだけど、どれも入賞できないんだ」
楽は今までやったコンクールの話をしてくれた。小学校低学年の頃から何度も色々なコンクールに出て沢山練習しても一度も入賞できたことがないらしい。
「お母さんには、貴方は器用貧乏とか言われちゃうんだ。意味はよく分からないけど」
楽は笑いながら話していた。
「なんで、お前はそんなに笑っていられるんだよ」
そう聞くと、少し考えた素振りをして俺の問に答えた。
「僕も悩んだ事はあったよ、でもその時僕と同じで笛のコンクールに出てたお姉さんが、『好きな事なら、何度失敗しても諦めちゃダメ、諦めなければきっと上手くいくから』って言ってくれたんだ」
「だから僕は、何度失敗しても諦めない事にしたんだ! あのお姉さんに届くまで!」
楽の瞳には、何故か涙が溜まっていた。俺は何かしてしまったかと、うろたえていると楽は涙を拭いて俺に顔を近づけた。
「だから君の好きな事を一度や二度の失敗で諦めちゃダメだよ!」
楽の今までの話を聞いて、何か心でモヤモヤしてるものがなくなった。すると、堪えていた涙が溢れてきた。俺は楽の前で少しの間泣いた。
この出来事の後、中学生になってからも楽に助けられることがあって今の親友と呼べる仲になったのだがそれは、また別の機会に。
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「なるほど……そんな事があったんですね……」
サーシャは、涙をハンカチで拭きながら楽と爽の出会いの話を聞いていた。
「おいおい、泣くなよ。今となればただの笑い話だよ」
笑いながら爽は、楽が特訓に行った方を眺める。サーシャは、ようやく落ち着き紅茶を一口飲んだ。
「そして、爽さんはサッカーを続けるわけですね……良い話じゃないですかぁ」
涙を拭いたにもかかわらず、話を思い出したのかまた涙が出てきている。
(本当に感情豊かなやつだなぁ)
爽は、涙を流してるサーシャを眺め微笑み……。
「いや、次の日に辞めたぜ。サッカー」
あっさりとサーシャの読みを否定した。
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「よし! 今日は、こんなもんで良いだろうよく頑張ったな!」
特訓は、終了し帰り支度を始めるスズさん。僕は地面に大の字に倒れて、今日の出来事を振り返る。
普通に学校に行くはずが何故か異世界に来て、サーシャさんに会ってこの戦奏器を手に入れて、洞窟と戦って、特訓して。本当に長い1日だなぁ、ようやく夕方か。これからどうなるだろう。このままずっとこっちで暮らすのかなぁ。
そんな途方もない事を考えているとキャーっと女性の声が聞こえた。何かあったのかと思い声のする方に行くと岩陰に……。
下着姿で座り込む鬼教官、もといスズさんが居た。
「うわぁ! どどどうしたんですか!?」
「虫! 虫! 虫ィィィ! 虫が私の着替えに!」
スズさんの指さす方を見ると、替えの服の上にバッタの様な虫が乗っていた。
「な、なんだ、ただのバッタですよ」
「無理! 私虫だけは駄目なの! お願い着替え取ってきて!」
僕も正直虫は苦手だが、さっきまで厳しく優しくカッコ良い教官に泣きながら頼まれては断わることもできない。
少し呼吸を整えて、スズさんの服に近づくと気配に気づいたバッタは、僕の方に向かって飛んできた。
「うわぁ!」
反射的にかわすとバッタは、後ろで座り込んでいたスズさんの頭に着地した。
♪♪♪♪♪♪
「えーー! 辞めちゃったんですか! サッカー!」
サーシャは驚きの声をあげて爽に詰め寄る。
「まぁ元々そこまで好きじゃなかったしな」
「でもでも! そこはまた続けるって流れなんじゃないんですか!?」
爽の肩を思い切り揺さぶるサーシャ、爽は、揺さぶられたことにより、先程食べたおにぎりが戻ってきそうになっていた。
「ちょ! やめ! 吐くから!」
「あっ! すいません! つい!」
爽が頭を抱え俯いているとサーシャが謝りながら紅茶を差し出してきた。爽は、それを受け取り口にしながら、半分まで沈んだ夕日を眺めた。
「まぁ……サッカーより本気になれそうなものがみつかったからな」
爽は、夕日を眺めたまま笑みを浮かべた。
「それってなんですか?」
サーシャが尋ねると、爽は立ち上がり伸びをして彼女の方に振り返る。
「秘密」
と、優しく微笑んだ。
サーシャは、不満の声をあげたが、すぐに何か可笑しかったのか笑い出した。それにつられて爽も笑い眠っていたチクワは、何事かとキョロキョロと二人を見ていた。
♪♪♪♪♪♪
「さてと、そろそろ楽を迎えに行ってやるかな」
爽は、岩に立てかけて置いた槍を背負って楽が特訓している方に向かって歩き出した。
「私は片付けしてからそちらに行きますね!」
「頼んだ!」とサーシャの方を振り返り軽く手を振って再び歩く。
しばらく歩いた所でキャーという女性の叫び声が聞こえた。何事かと思い槍を手に取り声の聞こえた方に走る。
「女の悲鳴を聞いて助けないようじゃ男じゃねぇよな!」
と言いつつも、さっきみたいな敵が出てくるのは、勘弁して欲しいと思う爽であった。
声の聞こえた方に向かい少し走った所で、再び近くの岩陰から女性の叫び声が聞こえた。
「そこか……」
爽は槍をしっかりと構えて、岩陰に近づき、意を決して岩を飛び越えた。
「さぁ……来い!」
地面に着地して槍を前方に向けると……突然緑色の生き物が爽の顔に向かって飛んできた。
「うぉっ!」
間一髪でかわした爽は、顔に向かってきた敵を確認する、が、その緑色のバッタの様な生き物は、爽に目もくれずピョンピョンと地面を跳んで別の岩陰の方に跳んで行ってしまった。
「ったく……なんだったんだ?」
爽は、頭を掻きながら改めて岩陰の方に視線を移す。
すると……先程まで探していた楽とスズを見つけた。
それも何故か、裸のスズを楽が押し倒す様にして上に跨っている。
(待て待て待て!!! どういう状態だこれ!? なんだ!? 特訓してたらそういう関係になるもんなのか!? いや! 落ち着け俺! アイツには、夢乃という将来の花嫁がいるというのに……! ここは、この俺が道を踏み外しそうになってる親友に一言言ってやらねば……!)
脳内で高速で思考を巡らす爽。2人はこちらに気づいていない。状況を瞬時に判断して、天才が導き出した答えは……。
「お、お前の相手はこの俺だぁー!!!」
2人は一斉にこちらを向き、声を合わせて叫んだ。
「「お前は何を言ってるんだぁぁぁ!!!」」
♪♪♪♪♪♪
爽の誤解を解くのと、スズさんが落ち着くまでにかなり時間がかかり、すっかり日が暮れてしまった。
すっかり元気がなくなってしまったスズさんを慰めながら、サーシャさんが待っているところまで爽に先導されてついていく。
心身共に疲れきた僕を見てサーシャさんは、心配してくれたが、それより早く休みたい。サーシャさんにスズさんの事を頼み、爽が貸してくれた槍を杖にして街までの道を歩く。
こうして、僕の異世界に来てからの長い一日は、ようやく夜を迎えるのであった。