第七曲 爽の『思い出』
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「さて、お前にはこれから基礎的な戦いと戦奏器の様々な使い方を身につけてもらうぞ!」
構えろ!と言って剣を抜くスズさん。僕は、さっき戦っていた場所から少し離れた岩場で、特訓を始める。
正直、爽が羨ましくて仕方ない。でも確かに僕自身が戦えるようにならないと、爽や皆の足を引っ張ることになる……それに、今度こそ僕は僕にしかできないことを見つけるんだ……。
そう、心に決めて戦奏器を構える。
「では、始めるぞ!」
スズさんの合図で僕の特訓は、始まった。
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「うぉー!!! 美味そう!」
楽が再び特訓を始めた頃、爽とサーシャ、ペットのチクワは、日陰でスズが持ってきた弁当を食べていた。
「これってあの人が作ったのか?」
おにぎりを食べながら爽がサーシャに聞く。
「いえ、これを作ったのは今、夢乃さんの案内をしてくださっている、ルイさんという方です」
水筒に入った紅茶を爽に手渡しながら笑顔で返すサーシャ。チクワは、卵焼きを口にいっぱい詰め込み幸せそうに、キューと鳴いている。
「そういえば、夢乃は俺達の宿とか探しに行ったんだったか」
「はい! ついでにこちらでの料理の作り方などを学びに、と言ってもそちらの世界とあまり変わらないんですけどね」
「確かにこの弁当も普通だもんな。普通に美味い」
爽は、3個目のおにぎりを口に入れながら、楽とスズの分であろう二つの弁当が目に入った。
「楽、飯も食わないで特訓してんのか……」
倒れないか心配な気持ちと1人だけ休憩している罪悪感を抱く。
「爽様は、どういうきっかけでお知り合いになったんですか?」
サンドウィッチを食べ終え、チクワを撫でているサーシャが笑顔で聞く。
「ん? あーぁ、きっかけかぁ……」
爽は、どこまでも澄んだ青く広がる空を眺めながら
楽との出会いを思い出す……。
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あれは確か……俺がまだ小学生だった時のことだったな。
あの時、サッカークラブに所属していた俺は、負け無しのチームのキャプテンだった。チームメイトや監督には毎回頼りにされて、周りの大人達には天才と持て囃され、両親も嬉しそうだった。ぶっちゃけ言うと、俺自身は、別にサッカーが特別好きだった訳ではない。ただ、両親が喜んでくれた。当時の俺はそれが嬉しかった。褒めてもらうために俺は一生懸命練習した。それを続けてるうちに俺もサッカーを好きになっていたのかもしれない。
ある日、俺は練習終わりに公園にあるジャングルジムに登って夕日を眺めていた。練習場と俺の家の通りにあるこの公園に寄って夕日が沈むのを見るのが日課になっていた。その日も夕日が沈み帰ろうと思いジャングルジムから降りようとした時ーー
「おい、アイツこの前試合した小学生のガキじゃねぇか?」
公園の入口には、部活帰りの中学生が3人、入口を塞ぐように立っていた。
「おっ、マジじゃねぇか! おい! お前のせいで俺らは学校の笑いもんになってんだぞ!」
そこで俺は、アイツらがこの前、練習試合をした中学生だということを思い出した。本来であれば小学生の俺達が胸を貸してもらう為の試合なのだが、相手が小学生だと嘗めていたのもあり、俺達に負けた奴らだ。
「おい! 降りてこいよ!」
中学生に怒鳴られ、俺は怖くて降りれなかった。
「降りる気がないなら、俺らが登ってやるよ!」
中学生達は、俺の座っていた場所の前と左右の三方向から登ってきた。
俺は空いている後ろの方から降りようと思ったが、普通に降りては、追いつかれてしまう。そこで勇気をふりしぼり飛び降りることを決めた。この決断が俺と楽の出会いとなるきっかけを作ることになった。
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「お、おい!コイツ頭から血が出てるぞ! マズくねぇか!?」
「知らねぇよ! コイツが勝手に飛び降りたんだろ!」
「と、とにかく逃げようぜ!」
俺が頭と膝から血を流してるところを見て公園から逃げていった。飛び降りた……というより、飛び降りようとして滑って落っこちたという方が正しい。
打ちどころが悪く頭からも血が出てるがそっちの出血は大したことない、でも膝から出る血が止まらない。
痛みと苦しみにもがいて、何とか公園から出ようと這いずったがギリギリのところで力尽きた……。
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目を開けると白い天井が目に入った。一瞬真っ白な空間に居ると錯覚し、本当に死んでしまったのかと思った。
先程の公園とは全く違って寝っ転がっているベットは柔らかく、辺りを見渡すと部屋は一面薄いピンク色でクマのぬいぐるみや少女漫画などが目に入った。ほのかに紅茶の様な甘い香りもする。
辺りを見渡していると、部屋の扉が開きお盆を持った見慣れた少女が入ってきた。
「あっ! 起きてる! 」
入って来るなり、お盆に乗った冷たい紅茶の入ったグラスを揺らしながらベットに駆け寄ってきた。
「夢乃がここまで運んでくれたの?」
「うん! あと、楽も手伝ってくれたの!」
当時の俺は、楽とまだ会ったことがなかったにもかわらず夢乃は、あたかも俺が楽の事を知ってるという風に状況を説明してくれた。
「そうだったんだ……で、楽君って誰?」
お礼をしなければと思ったが顔も知らないから仕方がない。
「楽は、最近家の近くに引っ越してきたんだ!」
当時から俺は、夢乃と仲が良かった。結構な頻度で一緒に遊んだりもしたし、まぁ……しばらく夢乃がある事で落ち込んでいて遊んで居なかったが……。そして、夢乃の事にも楽が関わっていた事を知るのはもう少し後のことだ。
なんにせよ、当時の俺は顔もどんな奴かも分からなくて、俺の事を助けてくれたそいつを少しだけ気にくわなかった。まぁガキの頃だから良くあることだと思うが、夢乃が楽の事を話すのがとても楽しそうでそれが何か気にくわなかった。
今は、もちろんアイツらをくっつける為に全力を尽くしているが。
「そっか、ありがとね」
「何か怒ってる?」
「いや、そろそろ帰るね」
正直、もう少し休んで居たかったけど、女の子部屋で寝るのもなんだか恥ずかしいし、何より気持ちがモヤモヤしてて、すぐに夢乃から離れたかった。今思えば、単純に夢乃の事が好きだったんだろう。
ベットから起き上がり、立ち上がろうと足に力を入れたときに、激痛が走った。
「っっぅ!」
声をあげる程痛かったが、夢乃を心配させないように何とか堪えた。
「大丈夫? もう少し休んで行って良いよ?」
「大丈夫だから……」
心配してくれる夢乃に礼を言い、部屋を出る。歩く度に激痛が走る足を引きずり玄関までの廊下を歩く。幸い夢乃の部屋は一階にあった為階段を降りる心配はなかった。玄関のすぐ近くの部屋から夕飯の香りがする。
「もう、ご飯の時間か早く帰らないと……」
ようやく玄関にたどり着いた。痛みを我慢して靴を履き、扉に手をかけると後ろから夢乃声が聞こえた。
「明日の試合! 見に行くけど、無理しないでね!」
部屋から顔を出して夢乃が笑いかける。俺もその笑顔に自然と笑い返し夢乃の家を出た。
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家に帰ると両親が駆け寄って来た。恐らく夢乃の親が連絡してくれていたのだろう。両親からは、明日の試合は休んで良いと言われたが俺は、怪我で試合に出ないというのがカッコ悪くて全然大丈夫だと言い張った。実際のところ明日の敵は、まぁ油断しなければ俺が居なくても勝てるレベルの敵だ。それでも嫌だった。少しでも早く傷を癒す為に俺はご飯も食べずに眠りについた。
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翌朝、市内大会のトーナメント一回戦、俺はチームの皆に怪我を隠しピッチに立った。前半戦は、痛みを堪え何とか戦い抜いたが……後半戦から大きく崩れた。
結果は……3対4で相手のチームが勝った。なんともあっけなく今年の大会は、一回戦敗退で終わってしまった。
前半戦は、痛みを堪え2点決めて、さらに俺のアシストで1点が入った。でも、後半戦から痛みが増してほとんど立って居られなくなった。俺は怪我を監督に気づかれないように必死に隠した。その結果、ディフェンスが上手くいかずゴールを決められ最終的には4点決められ逆転されてしまった。敗因は、恐らく俺が居るからと油断してた奴が多かったことと、何より俺がピッチに立ってしまった事だ。
チームメイトや監督には、怪我を隠して試合に出たことを責められ、チームメイトの親からも責められた。両親は、最後までよく頑張ったねと褒めてくれ
たが、俺は両親から離れて一人痛みが増した足を引きずりながらいつもの場所にやってきた。
そこでアイツと出会った……。