第六曲 岩の巨人『洞窟』
♪♪♪♪♪♪
「私がお前達に戦い方を教えてやるスズだ。しっかりと冒険できるようになるまで鍛えてやるから覚悟しとけ!」
そう言って胸を張る女戦士スズさんは、店主さんが紹介してくれた僕達の教育係だ。
「まずは、基礎からだ! 体力づくりからするぞ!」
ついて来い!と言って荒野を走って行くスズさん。さっき見た広大な草原とは違い、今僕達は街の外れにあるだだっ広い荒野に居る。
「マジかよ……暑ちぃ……」
確かに暑い……荒野には太陽がカンカンと照っている。日陰にある石に腰掛けてこちらを見物しているサーシャさんが羨ましい。夢乃はと言うと別の案内人さんと一緒に僕達の寝床を探しに行く役目を担ってくれている。
「も、もう……だめ……」
太陽の熱を帯びて熱い地面に四つん這いになりながら、なんとか呼吸を整えていると、それに気がついた爽とスズさんが引き返してきた。
「おーい大丈夫かぁーお前は、本当に体力ねぇな」
そう言いながらも手を差し伸べ助け起こしてくれる爽。
「うーん……思ったより厳しいな……仕方ない、先に武器の使い方について教えよう。戦奏器についてはあまり詳しくないが。ある程度の戦い方を身につけるのを先にしよう」
再びついて来い!と言って今度は、僕のことを気にしてくれているのか、ゆっくり歩いて先導してくれた。
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しばらくすると、大きな岩が沢山ある所に着いた。
そのうちの一つに腰を下ろし、脚を組むスズさん。
「まずお前達には、さっそくそこにいるヤツと戦ってもらう」
そう言って、彼女が指さす方向には、大体2m弱の人の形をした岩が佇んでいた。
「えっ!? いきなりあんなのと戦うんですか!?」
「おいおい! いくらなんでも無理があるぞ!?」
「お前らの着てるそれは、なんだよ」
僕達の必死な訴えにスズさんは、ぶっきらぼうに返
した。
僕は、改めて自分の装備を確認してみた。
僕達の装備は全て店主さんが無料で選んでくれた物で、僕の場合、どこかの国の音楽隊が着ているような装備で、この装備の能力は、楽力を向上させたりその楽力の込め方によって色々な力を発揮するらしい。例えば、僕が足に楽力を溜めるイメージをすると、脚力が上昇したりするというものだ。そして、僕の武器、戦奏器『吹風』。これは、お店の中で使ったように、一見普通の笛と何も変わらないように見えるが、楽力を込めることで風の攻撃をすることができる。吹く強さや、吹き方によって様々な攻撃を繰り出すことができるらしい。
爽の装備はというと、店の中で貰ってすぐに着ていた天使の翼の様な装飾が入ったマントに、軽めの鎧を着けている。軽めと言っても普通に強度は凄いらしい。あの武具屋さんは、この大都市屈指の名店なのだ。その、武具屋でも特に店主さんが気に入っていたのが、爽の着けているマントと槍だ。まず槍はあらゆる状態に適応し吸収する。つまりドラゴンの火のブレスを槍で受けたとすれば、槍は燃えずに逆に相手の炎を纏った槍にすることができるという、かなり強い武器だ。マントは、身体を軽くする効果があり、天使の翼の装飾が入ってるように、より高く跳躍することや、より速く走ることができるようになり、風を纏うと飛ぶこともできるらしい。
そして、この場には居ないが夢乃は、あの頭に着けていたリボンが凄い力を持っていた。あのリボンは、魔法等の特殊な技を打ち消す能力がある。
このことから、僕が笛を吹いた時、あの屈強な身体
の店主さんが吹き飛ばされて、高校生2人が吹き飛ばされなかった理由が分かった。
これらの説明は、あの後じっくりと店主さんがしてくれた。
今は昼の2時頃で、こっちの世界に来てからもう数時間経っている。いや、言い方を変えれば、『まだ』数時間しか経っていないのに明らかに強そうな岩の巨人と戦えと言われているのだ。
「装備が凄いのは、分かってますがいくらなんでも無理がありますよ!」
改めて装備を確認したうえで岩の巨人に背を向けスズさんの座っている方に歩み寄りながら僕が再び抗議をすると……
「おい! 楽! 後ろ!」
爽の声に振り返ると、僕の身体を十分に押しつぶせる程の巨大な岩が迫っていた。
そんな……避けなきゃなのに……身体が動かない……!
迫っている岩は、とても遅く見える。時間の流れが遅く感じる。それでも、指1つ動かすことができずに、ただ呆然と自分が押しつぶされるの待つことしかできない。
あぁ……結局、何もできないのか……
死を覚悟してゆっくりと目を閉じる。そうすると、より時間の流れが遅く感じられた。どれくらい目を閉じていただろう、突如、何が砕ける音がして目を開ける。
するとーー目の前に迫っていたはずの巨大な岩が真っ二つに砕け散っていた。そして、時の流れは元に戻り、砕け散って小石になった一つが僕の頬をかすめていった。生暖かい感触が頬から顎に伝っていく。さっきの小石が浅く頬を切り裂き、血が流れたのだ。頬に痛みを感じる。だが、その痛みが自分がまだ生きているという証明になっていた。
「大丈夫か? ったく、敵に背を向けるなんて何を考えているのだ」
膝をついている僕に、スズさんが、背中に背負っていた大剣を地に突き刺し、手を差し伸べてくれた。
スズさんが助けてくれたのか……
僕はありがとうございますと言い、スズさんの手を取り立ち上がる。そして、改めて抗議をするべくスズさんの目を見て、口を開こうとしたその時ーー
「うぉぉぉ!!! 危ねぇぇぇ!!!」
後ろから爽の叫び声が聞こえ、慌てて振り返ると、爽が岩の巨人の攻撃を得意の走りで回避していた。
「良いのか? お前の親友が潰されるぞ?」
「でも! どうしたら……」
スズさんは、僕の肩に手を置き目を真っ直ぐ
見つめた。
「お前には……力がある。あとは、戦う覚悟だけだ」
「戦う覚悟……」
肩に置かれたていた手が、さっき傷ができた頬に移動した。
「お前の頬には、もう傷がないだろう?」
優しく頬を撫でてくれている手は、暖かく心地よかった。頬に痛みはなく、完全に傷がふさがっていた。
「楽力は、お前の思ってる以上に凄い力なんだぞ」
頬を撫でていた手は離れ、地に刺さった大剣を抜き、岩の巨人と戦いを始めていた爽の方に剣先を向けた。
「行け! 岩の巨人……『洞窟』の弱点は、胸に空いた穴だ! アイツはそこからエネルギーを補給する、あそこにダメージを与えれば洞窟は崩れる!」
こちらを向き、爽やかに二カッと笑い「頑張れよ!」と言って僕の背中を押した。
「やってみます!」
僕はスズさんに向かって一礼し、爽の方へと駆けって行った。
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迫り来る攻撃を、得意の運動で回避し続けていた爽は、ある違和感に気づいていた。
(体が軽い……このマントのおかげか……)
敵の攻撃は、思ったより遅く楽の方に目をやるくらいの余裕はあった。
(ん? 楽の野郎こっちに走ってきてるが、まさか戦う気か!?)
息を切らしながら、こちらに走ってくる楽、それに目が行きすぎて、洞窟の攻撃に反応が遅れた。普通ならば防ぐことの出来ない攻撃。だが爽は、自分の頭を目がけて迫っていた、敵の拳を槍でなぎ払い、敵の足目がけて槍を振るった。
(チッ! やっぱりこの硬さじゃ槍は通らねか……クソ! どうすれば……)
攻撃は、マントの力で風の動きをいち早く察知することで、さっきのように回避することができるが、回避することができても攻撃が入らなければ意味がない。
(あの女戦士は、なにを考えて初っ端からコイツ選んだんだよ!?)
心の中でスズに文句を言いつつ、敵に意識を向ける。が、突如岩の巨人は、動きを止めた。
(なんだ……? 体力切れか?)
そう思い、少し距離を置こうと思った爽は、後退しようとしたが……
(あ、あれ? 足が動かねぇ……!つーか吸い寄せられる!?)
辺りを見ると砂や小さな虫などが岩の巨人の胸に空いた穴に吸い込まれていく。
(おいおい!? そんなこともできんのかよ!?)
いくら運動が得意と言っても、慣れない砂漠で攻撃を回避し続けていたのもあり、足に踏ん張る力は残っていなかった。爽は、手に持っていた槍を地に突き刺し、なんとか踏ん張った。
(終わったか……)
吸収をやめてこちらに顔を向ける巨人。顔と言っても、鼻や目、口らしきものはないが。
少しの間、爽と巨人は、睨みあったまま動かなかった。だがすぐに巨人の胸の穴から、何かが形成されていく。
(まさか、さっきの砂で岩を作ってるのかよ!? )
巨人は、砂で作った岩を高速で砲弾のように打ち出した。
(やべぇ……かわせねぇ!)
槍は地に刺したままだったので、防ぐことも出来ない。手で顔を守るのが精一杯だった。
覚悟を決め、目を閉じる。
が、来るはずの痛みは来ず、変わりに楽の叫び声が聞こえた。
「爽! 大丈夫!?」
目を空けて楽の方を見ると、呼吸を整えていたのか、息切れをしていない楽が笛を構えて立っていた。
「アイツの弱点は胸に空いてる穴だ! 僕が飛んでくる岩を吹き飛ばすから、爽はスキができたら、穴を突いて!」
「お前! ずいぶんたくましくなってんな! 何があった!?」
「なんにも! 良いから次くるよ!」
「チッ……分かった! 岩は、なんとかしろよ!」
「任せて!」
楽は笛を構え、爽は槍を抜き敵に向かって走った。
飛んでくる岩を楽が笛の力で起こす風で吹き飛ばし、速度が遅くなった岩を爽が槍をバットの様に持ち、敵の胸に空いている穴目がけて打ち返す。
敵も両手を振り回し、跳ね返された岩を地に叩き落とす。
それを続けて、徐々に距離を詰める爽。ついに、あと槍を突けば穴に届く距離まで詰めることができたが、洞窟は、再び吸収を始めた。
「マジかよ!? この距離で吸収は、マズイだろ!」
「爽!目を瞑って!」
「はぁ!?」
一瞬、楽が何を言ってるのか理解出来なかった爽だったが、小学生の頃からの親友の言う事を信じ目を瞑った。
すると、爽の体は吸収されて洞窟に吸い寄せられるのではなく、空高く打ち上げられた。
「なんだよこれぇぇぇ!!!」
爽がさっきまで立っていたところから、小さめだが勢いが強い竜巻が発生していた。小さくても爽1人飛ばすのは十分な大きさで、なおかつ爽が身に付けているマントは、風を受けると飛ぶことができる。その結果、爽は吸収されず、空高くまで飛ばされたのだ。
徐々に竜巻は、消えて楽の声が聞こえてきた。
「爽〜〜〜〜! 聞こえる〜〜〜! 聞こえてると信じて話すけど、そこから洞窟の穴を狙って!」
「無茶いうなよぉぉぉ!!!」
爽は、高速で落下しながら叫び、その叫びに気づいたのか、洞窟もこちらを向いた。
「槍投げも得意だったでしょ! この前やってるの見て格好よかったから、爽ならできるよ!!! 頑張って!!!」
「チッ、そりゃどうも!やってやるぜ!この野郎!!!」
洞窟目がけて落下し、徐々に近づく度に恐怖心がなくなり、槍を放つ時には、爽の顔には笑顔があった。
「これで、終わりだぁぁぁ!!!」
高速で落下してきた爽が放つ槍は、見事に洞窟の穴を貫き地に刺さった。
ガラガラと岩の巨人は崩れ、ただの岩になってしまった。
「痛ってて、やったのか?」
着地の時にお尻を打った爽は、お尻をさすりながら楽の元へと歩み寄る。
「お疲れ様! やっぱり凄いね!」
「うるせ、お前こそどんだけ頭の回転早えんだよ!」
「爽のが頭良いのにね!」
「うるせ! 調子のんなよ!」
そんなやり取りをしていると、パチパチと拍手がきこえてきた。
「凄いですね! お二人共ナイスコンビネーションでしたよ! ね! スズさん!」
「あぁ! 二人とも良く頑張ったな! 特に楽の機転の利いた動きはなかなかだったぞ!」
岩に腰を下ろして彼らの戦いを見ていた、サーシャとスズは、賞賛の言葉をかけた。
「キュー!」
サーシャの手の中で眠っていた、チクワも嬉しそうに飛び回っていた。
「だがな、楽にはまだまだ特訓がひつようだ! ここからは楽と私で一体一の特訓をする!」
「え!? 爽は!?」
「爽は、最初に1人で戦っていたからな、あっちに豪華ではないが、食事を用意してあるから休憩していてくれ」
「よっしゃあ!!! じゃ! 楽! 頑張れよ!」
爽は、ガッツポーズをしサーシャに、楽は肩を落としてスズについて行った。