第四曲 女神 『ハルモニア』
♪♪♪♪♪♪
「さぁ! 着きましたよ! 三代都市の1つ! カナディアでございます!」
僕達は、サーシャさんに導かれ都市の入口まで来ていた。都市までの道は一本道で周りは草原に囲まれている。その草原には、元の世界では、ゲームや漫画等でしか見た事の無い、不思議な生物が沢山居た。テクテク歩いているちっちゃいゴブリンや、オーク、パタパタと低空飛行している蝶のような生物、そして、大空を羽ばたく巨大なドラゴン。
ド……ドラゴン……デカ……
サーシャさんの説明によると、ここら辺のモンスターは、何もしなければ襲ってくる心配はないらしい。
ゲームとかとは違うんだなぁ……
未だ現実味がないこの状況だが、なんとか適応していかないと、と覚悟を決める。夢乃も僕と同じく覚悟を決めたのか、表情が引き締まっている。逆に異世界だと信じてからずっとテンションが高く、スマホでモンスターを撮っている男も居るが……
そんなこんなで今はようやく入口までたどり着くことができたところで、サーシャさんが「少し待っててください!」と言って、先に街に入っていった。
「なぁなぁ! 変なのが居たぞ!」
さっきからモンスターを激写していた爽が手招きをしている。
「爽って適応能力半端ないよね……」
「ん? そうかぁ?」
爽の適応能力に改めて感心しつつ近くまで行くと……
透明なスライムのような生き物がパタパタと羽を羽ばたかせながら浮遊している。透明と言っても完全に透き通っているわけではないけど。
「可愛い……」
後ろからついてきていた夢乃がその不思議生物を撫でている。不思議生物は、気持ち良さそうにキューと鳴き声をあげている。
「この生き物なんなんだろうね」
良く見てみるとその生物の周囲には、とても小さな音符が浮いている。
なんで音符?
そんなことを思い僕もその生物に触れてみると突如不思議生物が緑に光り輝きだした。
「うわぁ! 眩しッ!」
「キャッ!」
「うぉっ! なんだ!?」
徐々に光は収まり、透明だった生き物は緑色になっていた。
「緑になってる……」
「緑でも可愛いわね!」
「つーか、なんで色変わったんだ?」
「それは、楽様が触れたからですね!」
「うおっ!?」
いつの間にか後に立っていたサーシャさんに驚き爽が声を上げた。
「いつの間に? というか僕が触れたからってどういうこと?」
「それは、先に街に入ってからお話しますね! 最初に行くべき場所も決まりましたし!」
そう言って彼女は、僕達に模様も字も何も入っていない金色のバッジを渡した。
「それは、来訪者様であることを証明するためのバッジなので服の好きな所に付けておいてください!」
そう言われ、僕は学ランの胸ポケット辺りに、爽は、ワイシャツの胸ポケット、夢乃はワイシャツの襟の辺りに付けた。
よく見ると、サーシャさんもベレー帽のような帽子の所にバッジを付けていた。そのバッジには、こちらに手を差し伸べている人の姿が描かれていた。多分案内人の証なのだろう。
「付けましたら行きましょう! まずは、武具屋さんです!」
♪♪♪♪♪♪
「お邪魔しまーす!」
武具屋の扉を勢いよく開けて明るく挨拶するサーシャさん。
僕達は街に入って辺りを見回す暇も与えられずすぐに武具屋まで連れていかれた。
たどり着くまでに質問もしたが、「とりあえず武具屋さんに着くまでは待ってください!」と言われてしまった。
僕達も軽く挨拶をして中に入ると、お店の奥からどちらかというと鍛冶屋でハンマーを振ってそうな屈強な体づきの店主さんが出てきた。
「らっしゃい! 何をお探しで?」
見た目と違ってあんがい明るい人のようだ。
「そちらのお二人の装備を揃えて頂けますか? このお店で一番良いものを」
サーシャさんは、爽と夢乃の方を指して言った。店主さんは、一瞬驚いたような顔をしたが何かに気づいたのか、「なるほどな、任せな」と言って奥に入って行った。
「あの……サーシャさん?」
「はい! なんでしょう?」
相変わらずの笑顔で見上げてくるサーシャさんに恐らく爽と夢乃も考えているであろう質問を投げかけた。
「僕の装備は……?」
「楽様は、『特別』なんですよ! だから先に爽様と夢乃様の装備を揃えて頂こうと思いました!」
「特別?」
僕が続けて質問を投げかけると、彼女は、僕の後肩に乗っている、緑色のさっき出会った不思議生物『モニー』を指差して言った。
「そのモニーちゃん、えっと……名前はチクワちゃんでしたっけ? チクワちゃんの色が変わったのは、楽様に『楽力』があるからです!」
因みに言うまでもないと思うがちくわは、僕が名付けた名前で今は僕の肩に乗りながら寝息をたてている。実に可愛い。
「楽力?」
「おっ、その来訪者の兄ちゃんには、『楽力』があんのかい? ってことはお目当ては、『戦奏器』か」
長い箱と大きな箱を持ってきた店主さんが珍しいのものを見るような目で僕を眺めてニヤリと笑った。聞きたいことは沢山あったけどきっと説明してくれるだろうと思いあえて何も聞かないでいくことにした。
「とりあえずそっちの茶髪の兄ちゃんには、この槍とマントな、でもって嬢ちゃんにはこのリボンをやろう」
爽は、柄の部分が長めのタイプの槍と天使の翼のような装飾がはいっているマントを貰い、夢乃は赤色のリボンを貰った。
「能力や使い方の説明は、少し待ってな」
そう言って店主さんは、再び僕の方に目を向けた。
「なぁ、案内人の嬢ちゃん、来訪者様で『楽士』の力を持ってる人間ってのはあの伝説くらいじゃねぇのか?」
店主さんは、顎に手を当てて何かを考えている。
「そうですね、女神『ハルモニア』の伝説以来だと思います」
「女神?」
と、今まで貰ったリボンをどこに付けようか考えていた夢乃が言った。結局、リボンは頭に付けることにしたようだ。
「だいたい300年前くらいですかね、世界は魔王の手によって滅亡の危機になったんですよ」
「魔王!? マジかよ……」
さっそくマントを付けた爽が、喜んでいるのか怯えているのかよく分からない表情で言った。
「でも、その危機を救うために立ち上がったのが楽団の団長……後の女神ハルモニアとその楽団メンバーで、女神ハルモニア達の膨大な楽力、音楽の力で魔王の力を封じ込め、100年間もの間、魔物達を静めた、という伝説があるんです」
「音楽の力で倒したの!?」
僕はてっきり勇者が伝説の剣で倒したりするものなのだろうと思っていた。やっぱりゲームや漫画とは違うんだなぁと実感した。
「はい、その女神ハルモニアも来訪者だったらしいのですが、それ以降なかなか楽力を持った来訪者が現れず、徐々に魔物達の動きも活発になってきてるんです、だから楽様は、もしかすると再び世界を救うことの出来る、楽力を宿した戦士『楽士』になれるかもしれないのです!」
目を輝かせながら僕を見上げてくるサーシャさん。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 僕に世界を救うなんて無理だって!」
「大丈夫ですよ! 前にも言いましたが来訪者様には使命はありません! ただ、来訪者様が何もする気がなくても自然と世界は来訪者様に影響されるものなのです! だから、べつに世界を救わなきゃとか考えずにただこの世界に馴染んでくれれば良いのです!
まぁそれでも、せっかくの楽士の才能を持っている来訪者様なので『戦奏器』を用意して貰おうと思ったのですが……」
そこでサーシャさんは、店主さんの方を向き少し聞きづらそうに……
「『戦奏器』置いてますかね?」
と店主さんに聞いた。対する店主さんは、顎に手を当てたまま目を閉じて、「ウチではもう作ってねぇな……楽士自体ほとんどいねぇからな」と言って、「だがな……」と続けた。
「今思い出したが……蔵に1つだけあった記憶がある……楽士の兄ちゃん……」
店主さんは、僕の方に目を向けて……
「笛ふけるかい?」
「え……? は、はい」
「そうかい、ちょっと待ってな!」
謎の問をして、また店の奥に入っていった。
そして、しばらくして店主さんが年季のはいった鉄のトランクケースのようなものを持ってきて、お店の中央に置かれているテーブルの上にドスンと置き、僕の方に向けてそのケースを開いた。
「待たせたな……これがウチの蔵で眠ってた恐らくこの街唯一の戦奏器『吹風』だ!」