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夜空に咲く花の名は

 夜空に咲く華が明るく照らし、周囲の様子を浮かび上がらせた。


 私の目に映ったのは、花火を見上げながら泣く一人の女性。その涙の意味は――と考えるのは不毛だと判断した。


 ――同じ理由だったりして……なんてね。


 バレないように、次に打ち上げられた花火に視線を移す。赤や黄色の光を見ながら、炎色反応のことを思い出して小さく舌打ちをした。


 本来ならここにいるはずの《彼》を連想させたからだ。


 《彼》は化学が得意な男だった。去年にこうして見上げた花火は、どの色がどの物質を含んでいるのかという解説を聞きながらのもの。《彼》を盲目的に愛した私は、それを興味深く――いや、興味深く聞いてるフリをして、その時間を過ごしていたのだ。


 ――結局、私の一人芝居だったのよね。


 私の気持ちは独り歩きの影を追いかけていただけにすぎなかった。幻想を《彼》に投影して、《彼》自身は見てはいなかったということ。今、独りになってみて、それがよくわかる。


 ドーンと重く響く音。暗いキャンバスに光の線が次々に足されては消えていく。


 そんな打ち上げ花火に、自然と自分を重ねていた。私の想いも、ぱっと輝いたと思えばすぐに消えてしまっているなって。


 そう。いつだって、私の恋は長続きしなかった。それでも、一番の輝きのときに美しさがあれば充分じゃあないか。一瞬でも、しっかりと光っていれば。


 ――だけど、今回は本気だったんだよ。


 壊した貯金箱からお金をかき集めて、彼と暮らした部屋を飛び出してきた。裏切った《彼》を許すことなんてできない。結婚資金にしようって言って、コツコツ貯めてきたそれを壊すことに未練はなかった。ぱっくりと割れた中からこぼれてきたのは、きっとお金だけじゃなかっただろうに。


 ――いつになったら、本当の恋ができるの?


 見つめていた光の花が滲んでいて、私は自分が泣いていることに気付いた。


 花火が生み出される音。


 鼓膜を震わす大きな音に混じる微かな異質な音。


 異質な――この場に似つかわしくないサイレンの音は、次第に大きく鳴り響く。


 ――あぁ、急がないと。


 感傷にひたっている場合ではなかった。私のハンドバッグの中には、赤黒い液体を纏った金鎚が息を殺している。どこかでそれを処分しなくてはいけない。


 そのことを一時でも忘れさせた花火は、とてもとても美しかった。


 夜空を照らすストロンチウムの赤い光が、十数分前の《彼》の部屋を彷彿させる。真っ白な壁に咲く真っ赤な花びら。


 一瞬でも、私はそれを美しいと思ってしまった。


 ――いつから、そうだったのかしら?


 私は狂ったように笑い出したい気持ちを抑え、歩き始める。大団円の迎え方なんて、私は知らない。ここから先は、花火のない暗い夜空だけなのだもの。



《了》

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