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8  作戦




 ――三日ぶりの学校は、理奈にとって辛いものだった。

 クラスで孤立するのはまだ耐えられたが、コンクールの件のせいで吹奏楽部でも孤立状態になりつつあった。

 今も部活の合同練習中だが、周りから冷たい目で見られているし、練習に顔を出すなと思われているのがひしひしと伝わってくる。

 まだこの程度の疎外感には耐えられる。

 今までずっと一人でやって来たのだ。無視されるのも素っ気なくされるのも慣れている。

 理奈にとって辛かったのは、恭平と過ごせないことだった。

 昨日、あれだけ大見得を切って絶交したのに、今になって後悔している。

 ただ二人で過ごすことが、どれだけ自分の心を安定させていたのか、今になって理奈は思い知らされていた。

 この後悔もすぐに忘れられればいいのだが、昨日の今日では無理そうだ。

(平気よ。ちょっと前の状態に戻っただけ。元々友達もいなかったんだし、このくらい何とも……)

 ……何とも無いわけがない。

 自分に嘘をついてもどうにもならない。

 こんなことになったのは、全て自分のせいだ。

 私が正直に話すだけで問題が発生し、周囲に迷惑を掛けるのだ。

 ならばどうするべきか。

(相手が望むような反応をしてあげるのが一番なんでしょうね……)

 余計なトラブルを避けるためにも、時には自分の気持ちを偽らなければならない。

 今までは正直に生きるこの姿勢を変えるつもりはなかったが、もうそろそろ止めた方が良いかもしれない。

 自ら望んでいばらの道を進むことはないのだ。

 ……どんな風にすれば無用なトラブルを生まずに済むのか、それを知る機会はすぐに訪れた。

 合同練習中、顧問が演奏にストップを掛け、真っ先に私に注意してきたのだ。

「またお前か三瀬。この部分は周りに合わせて音色を落ち着かせろと言った筈だろう。何でもかんでも前に出るな、もっと考えて演奏しろ」

 顧問の強面の音楽教師は指揮棒で私を指し、きつい口調で告げる。

 今までの私なら真っ先に反論していた所だが、今からは違う。顧問が望む通り、従順な吹奏楽部員を演じてやろうではないか。

「はい、次からは気をつけます」

「……だから、いちいち文句を……あれ?」

 顧問は拍子抜けしたようで、目を丸くしている。

 理奈は畳み掛けるようにお礼の言葉を告げる。

「わざわざご指導ありがとうございました。次から気をつけます」

「……ああ、分かったならいいんだ」

 他の部員も驚いているみたいで、どよめきが起きている。

 これを絶好のチャンスだと判断した理奈は、全員に向けて謝罪することにした。

「部員の皆さん、この間はごめんなさい。あんなミスあり得ないですよね……。本当に反省してます。あと、今まで偉そうにしてごめんなさい。これからは心を入れ替えようと思います。先輩方、よろしくお願いします」

 言葉だけではない、申し訳無さそうな表情を浮かべ、背を丸めて両手を体の前で抱え、俯きがちになるのも忘れてはならない。

 謝罪の念を体全体で表現する私に、顧問の先生は問いかけてくる。

「どうした三瀬。急に素直になったな……どういう心境の変化だ?」

「私、本当に反省したんです。今までの自分が恥ずかしいです……」

「そうか、それはいいことだ。……みんなも許してやってくれ。誰でもミスはするんだ。大事なのはミスを認め、どうやって次に活かすかだからな」

 顧問は感心したように頷き、部員に告げる。

 顧問にお願いされたこともあってか、部員からの冷たい視線はすぐに感じられなくなり、それどころか、同情されている気さえしてきた。

 ……みんなちょろい。

 少し演技をするだけで部員は私を許してくれた。

 これほど上手く事が運ぶと思っていなかった理奈は、感動すら覚えていた。

(実は私、演技の才能あるんじゃないかしら)

 いや、演技するよりも簡単だ。言動に気をつけ、相手に合わせればいいだけのことだ。

 今まで相手の感情を逆なでし続けたせいか、表情を見るだけで何を考えているのか簡単に分かってしまう。相手がどんな反応を望んでいるのかすら手に取るように分かる。

「さ、練習に戻るぞ」

 顧問の一声で私に向けられていた視線は指揮台の上に立つ顧問に向けられる。

 その後の合同練習は、今までにないくらい心地のよいものだった。



 合同練習での謝罪を皮切りに、理奈は相手に調子を合わせ、猫を被りつづけた。

 ……と言うより、羊の皮を被りに被った。

 この数日間、理奈は目立つ行動は控え、言葉遣いや表情まで変え、男女隔たりなく聖者のごとく振舞った。

 今までとは全く違うやり方に初めは戸惑っていたが、半日もすると慣れてしまった。

 波風を立てないこのやり方は、理奈にとってとても楽だった。

 自分に正直に生きるという信念なんてクソ食らえである。トラブルはない方がいいに決まっている。

 そんな風に無難な学生生活を送ること1週間、ついに今朝下駄箱にラブレターが入れられていた。純粋な私ではなく、私が被っている羊の皮に恋をする輩が出てきたわけである。

 2限目と3限目の間の休み時間の今、理奈はラブレターに記載されていた場所……体育館裏のこぢんまりとしたスペースにいた。

 目の前には同じ学年の男子生徒がいて、必死に「好きだ」とか「愛してる」などと訴えている。

 ありきたりな告白のセリフを吟味しつつ、理奈は思う。

(……対応を変えるだけでここまで評価が変わるなんて……みんなが本音を言わずに嘘で会話をするのも頷けるわ)

 快適に学生生活を送ることができるし、教師からの評価も上がる。いいことづくめだ。

 返事をしないままぼんやりしていると、しびれを切らした男子生徒が再度同じセリフを告げた。

「あの、三瀬さん、俺と付き合ってください」

「ごめんなさい。私、部活とかで忙しいから……。それに、今は正直付き合いに抵抗があるというか……少し怖いの。でも、好きって言ってくれてありがとう。本当に嬉しい」

 当たり障りのない台詞のあと、理奈は困り顔と笑顔を足して二で割ったような表情を相手に向ける。

 男子生徒はこちらの気持ちを察してくれたのか、あっさりと身を引いてくれた。

「……あ、俺も、急にこんなこと言って悪かった。忘れてくれ」

「うん。私も聞かなかった事にするから。……じゃあね、もう授業始まっちゃう」

 笑顔で別れを告げ、理奈は足早にその場から離れる。

(はぁ、疲れるわ)

 疲れた分だけ快適に学生生活を送れるのだし、このくらいの労力は仕方がないと割り切るしかない。

 体育館裏から校舎へ入ろうとすると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「ずいぶんと上手くあしらったな」

 この声を聞き、理奈は視線を横に向ける。

 そこにはメガネが似合う格好良い三年生、司先輩の姿があった。どうやら校舎の影で待ち伏せしていたみたいだ。

 何故待ち伏せしていたかはさておき、理奈は司に対して丁寧に対応する。

「あ、先輩。……この間はわざわざお見舞いに来てくれてありがとうございました。あの時は先輩と色々話せてよかったです」

「オレの前では普通にしていい。そっちのほうが気が楽だろう?」

「……わかったわ」

 もともと司先輩とはそれなりに気が知れている。無駄に気を遣うことも無いだろう。

「それで、こんな所まで来て何の用?」

「言わなくても分かるだろ。……恭平についての話だ」

「……」

 結局、恭平とは喧嘩別れしたままだ。

 あまり思い出さないようにしていたが、いつまでも避け続けるわけにもいかないだろう。

 司先輩は単刀直入に質問してくる。

「正直に教えてくれ。まだ恭平のことは好きなんだな?」

「……うん」

 間違いなく好きだ。

 今は雪乃の件やこの間の言い合いのせいで気まずいので避けているだけだ。

 司先輩は言葉を続ける。

「今までのように、アイツとの関係を取り戻したいんだな?」

「うん」

 こちらの言葉を確認すると、司先輩は大きく頷く。

「よし、俺にいい考えがある。協力してやってもいいぞ」

 願ったり叶ったりだ。

 司先輩が間に入ってくれるとなるととても心強い。

「ホント? 何もお礼できないけど頼んでいい?」

 こちらが改めてお願いすると、司先輩は「ああ」と呟き、急にこちらの手を取る。

 そして、突拍子もないセリフを吐いた。

「それじゃあまずは俺と付き合ってもらおうか」

「……へ?」

 理解が追いつかない状況に、理奈は呆けた声を出すことしかできなかった。



 翌日、学校は司先輩と私の話題で持ちきりだった。

 噂になるのも無理は無い。

 学園長の孫であることに加え、イケメンで頭もいい将来有望な三年生が、特に何のとりえもない一年生の私と交際しているとなると、取り沙汰されるのも当然だ。

 今もその司先輩と廊下を歩いているのだが、生徒とすれ違うたびに物珍しそうな目で見られていた。

「おい、さっきのが噂の一年生か?」

「ああ、あの阿賀谷と付き合うこと自体驚きだが、もっと驚くべきは阿賀谷の方から一年生に告白したってことだな」

「阿賀谷のやつ、あんなのが趣味だったんだな」

(あんなのとは失礼ね……)

 綺麗な長い髪を持っているわけでもないし、胸が大きいわけでもないし、突出した才能を持っているわけでもない。目つきは悪いしお世辞にも美人とは言えないが、先輩の隣を歩けるくらいの整った容姿を備えていると自負している。

 よく聞こえてくるひそひそ話を耳で捉えつつ、理奈は司に問いかける。

「司先輩、本当にこれであいつと仲直りできるんですか?」

 私の不安げな声を聞いてもなお、司先輩は余裕の表情を崩さない。

「あいつとの付き合いは長い。今のやつの気持ちは手に取るように分かる。……こうやって挑発してアイツに思い出させてやればいいんだ。失ったものの価値の大きさをな」

 司先輩はニヤリと笑う。

 理奈はその笑顔から、この状況を楽しんでいるかのような印象を受けた。

 歩き始めて数分もすると、目的の人物が目の前に現れた。

 ……恭平である。

 恭平は廊下のど真ん中に仁王立ちで待機しており、こちらの姿を確認するやいなや、ずかずかと歩み寄ってきた。

 恭平はぶつかるかと思われるほど接近し、鋭い口調で司先輩をまくし立てる。

「おい、理奈と付き合うなんて何考えてるんだ? 隙に付け込みやがって……最低な野郎だな」

「付け込む? 一体何の話だ?」

「とぼけるなよ!! 三年だからって容赦するつもりはねーぞ」

 恭平は結構怒っているみたいで、こめかみに青筋を立てていた。

(うわ、本気でキレてるわ……)

 ここまで恭平が過剰な反応を見せるとは思ってなかった。

 確かに、事情を全く知らない恭平からすれば、今の状況は彼女を先輩に横取りされたという好ましくない状況だ。

「何が不満なんだ? きちんと説明してほしいな」

 恭平の攻撃的な言葉に、司先輩は全く動じる様子がない。

 そのせいか、恭平の怒りの矛先は私にも向けられた。

「……理奈も理奈だ。どうしてこいつと付き合ってんだ?」

 理奈は準備していたセリフを即座に告げる。

「あんたに私の行動を批判する資格はないと思うわよ。雪乃をフッて、すぐに私に告白したあんたにはね」

「理奈、お前まで……」

「どう? 雪乃の気持ちがよく分かったんじゃない? もっとも、雪乃は告白する機会すら与えてもらえなかったようだけれど」

「……」

 私の言葉が相当堪えたらしい。

 恭平はとたんに無口になり、俯いてしまう。

 そんな恭平を見て、司先輩は再び歩き始める。

「もう満足したか? そこをどいてくれ、他の生徒の邪魔にもなるしな」

 司先輩はそう言って恭平の真横を通り抜ける。

 だがその時、俯いていた恭平が急に叫び、司先輩に飛びかかった。

「ふざけんな!!」

 背後から飛びかかった恭平は、司先輩の首に腕を回す。

 普通なら焦りそうなものだが、司先輩は動じることなく対処し、すぐに恭平を背負って投げた。

 廊下に叩きつけられた恭平は唸り声を上げつつ、こちらを見る。

 そんな恭平に、司先輩は注意する。

「ふざけているのはどっちだ。いきなり掴みかかって来るなんて非常識だぞ。自分の言動を悔い改めるんだな」

「クソ……」

 恭平はこれ以上話すつもりはないらしい。身を起こすとそのままどこかに去っていった。

 司先輩は制服についた埃を払い落としながら、嬉しげに言う。

「あの様子だと、恭平は今でもお前にぞっこんらしいな」

「あんな恭平、初めて見たかも……」

 あれほどまで恭平が私に執着していたとは思っていなかった。

 どうせお遊びか何かで付き合っているものと思っていたが、認識が甘かったのは私の方だったのかもしれない。

 でも、例えそうだとしても、すぐによりを戻す気にはなれなかった。



 司先輩と偽装恋愛を初めて4日経った。

 この4日間で司先輩がどういう人なのか、よくわかってきた。

 司先輩は自分の能力や容姿などを熟知している。自分が相手にどのような影響を与えるのか、常に考えながら行動している人だ。

 彼なら三日と経たずして学校の支配者になれるだろうし、女の子を取っ替え引っ替えして遊ぶことも容易いだろう。

 しかし、司先輩はそんな事はせず、美術室に篭ってひたすら自分の好きなことをやっている。時計こそが彼にとっての生きがいなのだろう。

 そんな先輩がどうして私なんかに気を掛けてくれるのか……。

 何か特別な理由があるのは間違いなかった。

(聞いてみたいけど……そこまで深入りするのも何だかなぁ……)

 隣に座る司をちらりと見て、理奈はため息を付いた。

 ――日曜日の今日。特に何もやることがなかった理奈は司を自室に招き、なんとなく映画鑑賞していた。

 三年生の先輩を部屋に連れ込むなんて、数日前までは考えもしなかったが、今は司先輩に興味があったし、色々と話をしてみたいと思っていた。

 理奈と司は厚いカーペットの上に並んで座り、液晶テレビを見ている。流れている映画はアクションものだ。

 今は序盤で派手なシーンは無いが、次第に爆発や銃撃戦が増えていく予定だ。

 何度も見ている映画だが、先輩は見たことが無いようで、熱心に見入っている。

 そもそも、先輩はこういう映画を見る機会はあるのだろうか。

 何気なく司先輩の横顔を見ていると、私の視線に気付いたのか、先輩もこちらを向いた。

「どうした理奈。トイレに行きたいなら一時停止しておいてやろう」

「何言ってんのよ……」

「違ったか? さっきからもじもじしていたから、てっきりそうかと……」

 どうやら無意識のうちに体が動いていたようだ。

 なにせ、男の人を自発的に部屋に上げたのは始めてなのだ。落ち着かないのも当然だ。

 理奈はそんな緊張を隠すためにベッドの上に飛び乗り、抱きまくらを抱えて胡座をかく。

「でも、こうしてると本当に付き合ってるみたいよね」

 何気なく言ったつもりだったが、司先輩は映画そっちのけで聞き返してきた。

「それは本気で言ってるのか?」

「……3割くらい」

「意外と高いな」

 私の言葉なんて笑い飛ばして流すかと思っていたのに、司先輩は神妙な面持ちで顎に手を当て、こちらを見つめている。

「……」

 司に見つめられ、間が持たなくなった理奈は抱きまくらを抱えたままごろんと寝転がる。

「何よ、見つめないでよ気持ち悪い」

「この際だ。本当に付き合ってみるか?」

「またまたそんな冗談……」

 まともに取り合うつもりなんてなかったのに、司先輩は表情を変えずに真剣に語り始める。

「最初は冗談のつもりだったが、付き合ってみればみるほど魅力がわかってきた気がする。包み隠さず本音で話し合える間柄というのは思った以上に心地いいな。あいつがお前に告白したのも、単なる気まぐれじゃなかったようだ」

 司先輩は何だかそれっぽい雰囲気を漂わせ始める。

 そんな雰囲気に負けじと理奈は言い返す。

「そもそも私は、恭平と仲直りするために司先輩の話に乗ってるだけで、本気で付き合うつもりなんて無いからね」

「それも十分承知している。……しかしこの映画はあまり面白くないな。もっとおすすめのはないのか?」

 もうこれ以上この話をするのは不味いと悟ってくれたのか、司先輩はぐるんと首を回転させ、テレビ画面を見る。

 今再生しているのはB級アクション映画なのだが、やはりハイセンスな司先輩には肌が合わなかったみたいだ。

 理奈は寝転んだ状態で回転してベッドの上から降り、DVDプレーヤーのリジェクトボタンを押す。

「それじゃあラブコメディーでも見る?」

「任せる」

「文句言っといてそれはないでしょ……」

 DVDラックを眺めながらいい映画はないかと考えていると、チャイム音が鳴り響いた。

 どうやら来客らしい。

 チャイム音の後、家の中から母親の「はーい」という間延びした声が聞こえ、続いて玄関のドアが開く音がする。

 母親はテンション高めの声で来客者と二言三言会話を交わし、続いて階段をのぼる音が聞こえてきた。数秒もすると部屋の前に到達したようで、ドア越しに声をかけてくる。

「理奈ちゃん、お友達が来てくれたわよ。お部屋に案内していいかしら?」

「友達……?」

「そう、お友達」

 誰だろうか。

 家を訪ねてくる友達なんていないはずだが……。

 何にせよ、母親があれだけはしゃいでいることを考えると、来客者は可愛い女の子か格好良い男子のどちらかだ。

 このまま追い返すのもアレだし、取り敢えず上がって貰って問題ないだろう。

「うん、案内していいよ」

「本当にいいの? 5分位待ってもらおうか?」

「ん? 何で?」

「だって、ほら、乱れたベッドを整えたり、脱ぎ散らかした服を着る時間が……」

「……」

 理奈は何も答えずにドアノブに手を掛け、勢い良く外側にドアを開く。

「あたっ……」

 勢い良く開いたドアは母親の頭部に命中し、鈍い音を発生させた。結構痛そうな音だ。

 しかし理奈はその音の余韻が止まぬうちに再びドアを閉め、カギを掛けた。

 ドアの向こうでは母親が「いたぁい」や「血が出てるー」や「ドメスティックバイオレンスよ……」とぼやいていたが、暫くするとその声も聞こえなくなった。

「すごい人だな」

「いつもに増して舞い上がってるわね……」

「嬉しいんだと思うぞ。彼氏や友達が家に来てくれて」

「そうかもね。……でも、だからって、その彼氏に下ネタを聞かせていい理由にはならないわ」

「返す言葉もないな」

 そんな会話をしていると、やがてドアをノックする音がした。

 理奈はすぐに鍵を解除し、ドアを開ける。

 ……廊下に立っていたのは、よく知っている人物だった。

「恭平……それに雪乃も……」

 まさか家まで乗り込んで来るとは思っておらず、理奈の思考が一瞬停止してしまう。

 そんな私とは対照的に、司先輩は二人の来訪を予想していたらしい。至極落ち着いた口調で対応する。

「何だ、恭平に雪乃じゃないか。干支の作品展の受賞カップルがこんな所に何の用だ」

「……その喋り方、ムカつくんでやめてもらえませんか、先輩」

 悪態を付きながら室内に入ってきたのは恭平だ。

 外は寒いというのに恭平は結構な薄着で、フリース地のタートルネックセーターにジーンズしか穿いていなかった。

 そんな恭平に遅れて、雪乃も室内に足を踏み入れる。

「お邪魔します……」

 雪乃の表情は固かったが、その表情とは裏腹に服装はフェミニンな感じだった。

 ゆったりとしたピンク色のチュニックにはフリルがあしらわれていて、眼鏡の赤色のフレームともマッチしている。

 ボトムスは黒の無地のショートパンツで、黒タイツに覆われた細長い脚が床にスラリと伸びていた。

 ……ちなみに、私の部屋着は濃い赤色のジャージだ。白いラインのお陰でデザインはいいが、ダボダボで少し色褪せていて可愛くはない。

 司先輩はカッターシャツにセーターにスラックスという渋い格好で、この中でも余計に年上に見えた。

 室内に入ってきた二人に対し、理奈は刺々しい口調で対応する。

「何しに来たのよ」

「今日はお前らに報告するために来たんだ」

 そう答えると、恭平は後ろに手を伸ばし、雪乃の肩をぐいっと掴み寄せる。

 そして、自慢でもするかの如く宣言する。

「俺、雪乃と付き合うことにしたから」

「はぁ!?」

 いきなりの宣言に理奈は驚きを隠せなかった。

 この言葉に、司先輩は驚くというよりも呆れた感じで言い返す。

「思った以上にひどい男だなお前は。腹いせに雪乃と付き合うなんて、雪乃に対して失礼だとは思わないのか」

「そっちこそ、人のこと言えた立場かよ。それに、雪乃は俺の事が好きなんだ。失礼なわけがあるかよ」

「その考え方自体が失礼だと言ってるんだが……」

 司先輩では話にならないと考えたのか、恭平は話を切り替え、私に詰め寄る。

「よりを戻したいなら今が最後のチャンスだぞ。さっさと阿賀谷先輩と別れて、俺の所に帰ってこいよ」

「あんたの所に戻るってことは、雪乃を捨てるってことでしょ。……女の子をなんだと思ってるの?」

 たった今付き合うと宣言した雪乃の前でこんなことを言うなんて、最低すぎるにも程がある。

 しかし、こんなことを言われても雪乃の笑顔は崩れることはない。むしろ、余計に恭平に近寄り、腕を組んだりしてスキンシップを試みているようだった。

 そんな雪乃を適当にあしらいつつ、恭平は持論を展開していく。

「お前だって俺を捨てて阿賀谷先輩と付き合ってるじゃねーか」

「私が捨てた? あんたが勝手に離れていったんじゃない。……でも、別れて正解だったみたいね。あんたが女の子を蔑ろにするような最低な奴だってわかったから」

 口喧嘩に発展しつつあったが、それを止めたのは雪乃だった。

 雪乃は恭平を庇うように間に割って入り、こちらを睨む。

「理奈ちゃん、恭平先輩の悪口を言うのはやめてあげて。それに、理奈ちゃんが戻ってきても先輩は私を捨てたりなんてしないよ。これから理奈ちゃんに負けないくらい好きになって貰うつもりだから」

「……」

 何とも前向きな考え方だ。

「一応報告はしたからね。……じゃあ先輩、予定通り商店街に遊びに行きますよ」

「おう……」

 雪乃はそれ以上無駄なことは言わず、恭平を引っ張って部屋から出て行く。

 去り際、恭平はこちらを物惜しげに見ていたが、私は決して目を合わせなかった。

 ……嵐が去り、理奈は大きくため息をつく。

「はぁ……、まさか恭平がこんなことをしてくるなんて……」

「いや、それより危惧すべきは雪乃だろう」

 司先輩はまたしても顎に手を当て、何かを考えている様子だった。

 理奈は司の言葉の真意を理解するべく、訊き返す。

「……と言うと?」

「雪乃はこれをチャンスだと捉えているはずだ。恥もプライドも捨てて本気で恭平の事を狙いにくるぞ」

「雪乃がそんな事を……」

 あの大人しい雪乃が大胆なことをするとは思えないが、今までの彼女の行動を見る限りではあながち間違いでもないと感じる。

「恭平も男だ。あの雪乃にしつこくアピールされたらどうなるかわかったもんじゃない。……地道に仲直りさせようと考えていたが、そんな事も言っていられないな」

「……どうするの?」

 司先輩は室内にあるカレンダーに近づくと、ある一点を指さして言う。

「もうすぐクリスマス。そこで勝負をつける」

「勝負って……」

 司先輩の言い方に少しだけ違和感を覚えた理奈だったが、自分一人ではどうすることもできず、おとなしくその話に乗ることにした。



 あっという間にクリスマスはやってきた。

 イブの今日は平日にも関わらず街中に人が溢れ、学校帰りであろう学生カップルの姿もちらほら見られた。

 市のメインストリートにはイルミネーションツリーが街道沿いに無数に設置されており、夕方だというのにキラキラと眩しいほどに輝いている。クリスマスというこの特別な雰囲気に、道を往く人全員が浮き足立っているようにも見える。

 理奈もそのうちの一人だったが、他の人とは違う意味で浮き足立っていた。

「司先輩、本当にこれでいいの?」

「いいんだ。あちらの動きは完璧に把握しているからな」

 現在、理奈は司と並んで街中を歩いていた。

 どちらも制服姿で、手には手袋、首にはマフラーを巻いている。それに加えて理奈は黒いタイツを着用しており、防寒対策はバッチリだった。

 ……とは言え、寒いものは寒い。

 こんな時、自分の短い髪が恨めしく思えて仕方がない。夏場は風通りがよくて快適なのだが、冬になるとうなじから首元にかけてとても寒いのだ。

 早くどこか店でも入って暖かいものを食べたいものだ。

 理奈は首に巻いたマフラーを口元まで持ち上げながら、司に話しかける。

「これから二人がいる場所に行くのよね? それってどんな場所?」

「若者向けの小洒落たイタリア料理店だ。今日明日、特別に内装を変えて、料理も特別なものが出されるらしい」

「うわ、あの二人そんな所に行くんだ……」

 せいぜいカラオケ店や屋内レクレーション施設に行くと思っていたので、高そうなレストランに行くのは予想外だった。

「そんなに驚くことか?」

「普通は驚くの。って言うか、制服で入っちゃって大丈夫? 目立つんじゃない?」

「制服は学生の正装だ。それに、個室になっているから周りから見られることもない」

「やっぱり、行ったことあるんだ先輩……」

「ああ、あそこは女の子を連れ込むには最高の……いや、何でも無い」

 司先輩は途中で言葉を濁し、前方を指さす。

「ほら、あの店だ」

 指に導かれるように視線を前に向けると、道路沿いにレンガ調の大きな店が見えてきた。

 店の前には花や小さな木が植えられ、クリスマスツリーも設置されていた。ツリーにはイルミネーションが施されており、見た目には賑やかだった。

 店自体も賑わっているようで、店内の待合室には順番待ちのカップルが多数見られた。

 そんな光景を見ているとあっという間に入口前まで到達し、司先輩は迷う素振りすら見せず店内に入っていく。

「入るぞ」

 先輩に手を引かれ、理奈はカップルの群れの中に飛び込む。

 普通、順番待ちをしている人間は手持ち無沙汰そうに、暇そうにしているのに、ここにいるカップルたちはその時間すらも楽しんでいるようで、人目も気にしないでいちゃついている。

(目に毒ね……)

 そんなカップルの中、唯一距離を開けて座っているカップルがいた。

 それは私達と同じ制服を着ている学生であり、もっと言うと、遭遇するべきして遭遇したカップルだった。

 気まずそうに俯いている二人に対し、司先輩は気さくに声を掛ける。

「おやおや、恭平に雪乃じゃないか。こんな所で会うなんて奇遇だなぁ」

 司先輩の声に反応し、恭平と雪乃は顔を上げる。

「阿賀谷先輩……」

 慣れない場所に緊張しているのか、恭平の言葉に勢いはない。

 雪乃も、吹奏楽コンクールではあんなに恭平にくっついていたのに、今は見る影もない。

 司先輩は二人に声を掛けた後、待合室に貼りだされている案内板を読み上げる。

「現在1時間待ちです……か。他の店に行けばいいんじゃないか?」

「ここまで待ったんだ。今さら出ていけるわけ無いだろ。……先輩こそ他の店あたったらどうです?」

「心配には及ばないよ」

 余裕たっぷりに告げると、司先輩は受付に進み、店員に声を掛ける。

「すみません。予約していた阿賀谷ですが」

「はい、今確認しますので、少々お待ちください」

(なるほど、予約か……)

 恭平たちがここに行くと判明した時点で予約を入れていたのだろう。賢い選択だ。

 ふと恭平の方を見ると、両名ともがっくりと肩を落としていた。無計画な自分たちに呆れているのか、それとも予約をしていなかった自分たちの愚かさを悔いているのか。

 どちらにせよ、見ていてかわいそうではあった。

「……確認できました。4名でご予約の阿賀谷司様ですね。お席までご案内いたします」

「4名……?」

 2名の間違いじゃないだろうか。

 と思ったのも束の間、司先輩は待合室の二人に声を掛ける。

「恭平、雪乃、こっちだ。付いて来い」

 それだけ言うと先輩は一人で先に行ってしまう。

 先輩に呼ばれた二人はしぶしぶ立ち上がり、同じように店員に付いていく。

 私もその後を追った。



 個室に入ると、デザインチックなテーブルセットが中央に置かれていた。

 四方を囲む壁には淡い色合いのガラスの置物や、大きな絵画などが飾られていて、大きな窓からは外の様子がよく見える。

 照明は結構暗く、何やら大人のムードが漂う部屋だった。

「礼は言いませんよ先輩」

「そんな事はいいから取り敢えず座ったらどうだ」

 司先輩は二人を気にする様子もなく、先に椅子に腰掛ける。

 理奈はすぐにその隣に座り、恭平、雪乃も向かいの席に腰を降ろした。

「……」

 向い合って座ったものの、会話が弾むわけもなく、暫くの間沈黙が流れる。

 そんな沈黙の中、まず動いたのは恭平だった。

 恭平は隣に座る雪乃の肩を抱き寄せ、距離を縮める。

 普通ならドキリとするシーンだが、あまりにも二人が初々しいので逆に恥ずかしい。

 恭平の手は微妙に震えており、雪乃も緊張のせいで表情が強張っている。スキンシップに慣れていないのがまるわかりだった。

 そして、これを見て理奈はほんの少しばかり安堵する。

(やっぱり、司先輩が言った通り、演技だったのね……)

 今抱き寄せているのも、私の反応を窺うためのアクションに過ぎない。

 あちらが演技だと判明した以上、こちらも恋人ごっこを続ける必要もない気がする。

 そう思っていたのに、恭平に対抗してか、司先輩も私の体を強引に抱き寄せる。

 しかも、ただ抱き寄せただけではない。体ごと抱え込んで、お姫様抱っこに近い体勢になっていた。

 椅子から落ちそうになるのを何とか踏ん張って耐えていると、司先輩は前触れもなく暴露した。

「オレと理奈が付き合っているというのは嘘だ」

 ネタばらしをしてもなお、司先輩は抱き寄せたままの体勢を維持し続ける。

「だが、これでお前がどれだけ理奈に執心しているのかが分かった」

 そこで言葉を区切り、司先輩はこちらに顔を寄せる。

 この体勢で避けられるわけもない。先輩の顔はこちらの顔に急接近してくる。

「ッ!!」

 その時、恭平が雪乃を手放し、椅子から立ち上がった。

 司先輩はこの反応を待っていたかのように淡々と話す。

「その様子だと、まだ理奈のことが好きみたいだな。……雪乃と付き合うなんて言ったのも、理奈への当て付けか?」

「……別に、そんなんじゃねーよ」

「ふーん、そうか」

 ふてぶてしい態度を取る恭平が気に食わなかったのか、司先輩はさらに顔を近づける。

「あっ!! 付き合ってないってさっき言ったじゃねーか」

「付き合ってはないさ。だが、それとこれとは別だろう」

 先輩は不敵な笑みを浮かべつつも、視線は私から離さない。

 もう吐息が感じられるまで接近しているというのに、何故か私は動けないでいた。

 蛇に睨まれた蛙とはこの事を言うのだろう。

 そんな私に司先輩は軽くウィンクし、小声で素早く呟く。

「……」

 早口すぎて正確に聞き取れなかったが、「じっとしてろ」や「本音を聞き出す」という大まかなワードは理解できた。

 よし、このまま睨まれた蛙でいてやろう。

 そんな事はつゆ知らず、恭平は攻撃的な口調で司先輩をけん制する。

「止めろよ。それ以上変な事したら……」

「何をしても問題ないし、関係ないだろう。理奈のことを何とも思っていないお前にはな」

「ぐ……」

 何も言い返せないのか、恭平の言葉が聞こえなくなる。

 そんな隙をつき、司先輩はさらに顔をぐいっと寄せる。もう後数センチで接触しそうだ。

 理奈は無意識のうちに目を閉じてしまう。

 そんな状態にいよいよしびれを切らしたのか、恭平は叫んだ。

「止めろよ!!」

 この言葉で先輩の動きがピタリと止まる。

「もう、止めてくれ……」

 続いて聞こえてきた諦めに近い声が、完全に先輩を私から遠のかせた。

 私は先輩に体を支えられ、無事に椅子に座り直す。

 先輩は意地悪っぽい笑みを私に、そして恭平にも向けていた。

 こんな表情もするのだなと、珍しいものを見た気分でいると、恭平はテーブルにおでこを押し付けて完敗宣言する。

「ああ、もう!! 俺の負けだ。やっぱり俺はお前の事が好きだ。どうせ好きだよ畜生。笑えばいいじゃねーか」

「ようやく認めたな。つまらない意地を張るからこういう面倒なことになるんだ」

 司先輩の言葉にぐうの音も出ないようで、恭平は頭を下げたまま謝罪し続ける。

「……ほら、このとおりだ。謝るから仲直りしてくれねーか」

 ようやくこれで大きな問題が解決したかと思うと、気が抜けそうになる。

 理奈は背もたれに体重を預け、恭平の謝罪に応じる。

「いいわよ、許してあげる。その代わり、クリスマスプレゼントは期待していいわよね?」

「早速それかよ……」

 愚痴をこぼしつつ、恭平は隣にいる雪乃にも謝る。

「雪乃も協力してくれてありがとな。一度は告白を断ったってのに、無理に恋人のふりさせて悪かった」

「ほんと、最悪ですよ……」

 雪乃はため息混じりに続ける。

「あれだけ一緒にいたのに、先輩は私の事、何とも思ってないんですから……」

 私がいない所で恭平に何度もアプローチを仕掛けたのだろう。同級生の好意を集めることはできても、恭平の心を掴むことはできなかったみたいだ。

 雪乃を擁護するわけではないが、あまりにも不憫だ。

 憐れみの目で雪乃を見ていると、雪乃は乾いた笑い声を発した。

「はは……。やっぱり敵わないなぁ、理奈ちゃんには……」

 そんなセリフの後、雪乃は目元を手で押さえる。

 よく見ると目が潤んでおり、ショックを受けていることが容易に分かった。よくよく考えると、好きな人に無視された挙句、二度もフラれた雪乃は今回の一番の被害者だと言えるだろう。

(雪乃……)

 彼女にどう声を掛けたものか。

 そんな事を考えていると急に雪乃は席を立ち、呟く。

「私、本当に最低な女だね。……ごめんなさい」

 とうとう雪乃の目から涙がこぼれ落ちる。

 その表情は贖罪と後悔の念を色濃く反映しているように思えた。

 しかし、その顔も長く見ていられなかった。雪乃は勢い良くドアを開け、そのまま走り去ってしまったからだ。

 逃げ出したい気持ちはよく理解できる。

 でも、このまま雪乃を放っておくことは絶対に出来なかった。

「待って、雪乃!!」

 理奈はワンテンポ遅れて雪乃を追う。

 個室を出ると、ちょうど料理が運ばれてきたようだった。

 店員の両手にはトレイがあり、その上には美味しそうなパスタが載せられていた。じっくりと味わいたいのも山々だが、今は何よりも雪乃が最優先だ。

 理奈は店員の横をすり抜け、雪乃を追って店の外にでる。

 店から逃亡した雪乃はそのまま寒い道を南下していく。

 理奈はその後を追った。



 雪乃に追いついたのは、追いかけっこを始めて10分ほど経った後だった。

 場所はイタリア料理店からさほど離れていない中央商店街のアーケードの中で、雪乃は息をゼーゼー言わせなながらベンチに座っている。

 雪乃とは違い、理奈の呼吸は乱れていなかった。

 アーケード内のスピーカーからはクリスマスらしいラブソングや昔ながらの音楽が流れている。そんな曲を耳にしつつ、理奈は肩で息をしている雪乃の前に立ち、一言告げる。

「ごめん」

 謝ると、雪乃は驚きの表情をこちらに向けた。まさか謝られると思っていなかったのだろう。

 謝罪した理由を聞かれる前に、理奈はそのまま言葉を続ける。

「元はといえば、私が恭平の告白をその場でOKしたのがいけなかったのよね。そのせいで、雪乃の気持ちを踏みにじってしまったんだから」

「謝らなくていいよ理奈ちゃん。……実は最初から私に望みは無いって気付いてたから」

 雪乃の力ない言葉に、理奈は思わず聞き返してしまう。

「だったらどうして……?」

 雪乃は私から目を逸らし、アーケードの奥へ顔を向ける。

 アーケード内にはそこそこの数の買い物客が見え、カップルもちらほら見られた。

「私、理奈ちゃんと張り合いたかったのかもしれない」

 数秒すると雪乃は視線をこちらに戻し、思いの丈を語る。

「出会った時から、私は理奈ちゃんの事が羨ましかった。言いたいことを言って、やりたいことをやる。本当に格好良く見えたし、理奈ちゃんみたいに成りたいと思った」

「私みたいに……?」 

「そうだよ。だから、恭平先輩と仲良くしたら、もっと理奈ちゃんに近付けるんじゃないかって思ってた。でもそれは……」

「間違いだったわけね」

「うん……。恭平先輩が好きだって気持ち自体は嘘じゃないよ。でも、恭平先輩が好きなのは理奈ちゃんであって、私じゃない。嫌というほどそれを思い知らされたよ」

 私が見ていないところで何があったのか、今となっては知る由もないが、雪乃をとことん無視する恭平の姿を想像するのは難しいことではなかった。 

「でも、やっぱり辛いよね。好きな人に“お前はもう必要ない”って言われるのは……」

 恭平はあっさりと雪乃を捨て、よりを戻すよう私にお願いしてきた。

 悩む素振りすら見せずに雪乃を捨てたあの無神経さにはほとほと呆れる。が、躊躇なく司先輩を止めてくれたことは結構嬉しかった。

「……」

 理奈は雪乃の隣に座り、何を言うでもなく雪乃の手を握る。

 雪乃は私を拒絶することなく、手を握り返してくれた。

「理奈ちゃん……私、どこで間違ったのかなぁ……」

 雪乃は手だけでなく腕も掴み、こちらの胸に顔を押し付けて嗚咽を漏らしだす。

「大嫌いだって言ったのに、コンクールでもあれだけのことをしたのに、理奈ちゃんは昔と同じように私に気を掛けてくれてる。今も私を追ってきてくれて、慰めてくれてる……。私、本当に馬鹿なことしちゃった……うぅ……」

 雪乃は今までつっかえていた思いを吐き出すように、本心を語る。

 理奈もそれに応じるように、言葉を返す。

「本当に馬鹿よ。でも、悪いことじゃないと思うわ。例えそれで私を悲しませても、自分が信じたことをやったのだから大したものよ」

 私の言葉の中に引っかかるところがあったのか、雪乃は顔を上げて言う。

「悲しんだ? 理奈ちゃんが……?」

「そうよ。雪乃に大嫌いって言われてから数日間は何も手につかなかったんだから」

「そうだったんだ……」

 雪乃はこの事実にかなり驚いている様子だった。まるで私が鋼の心を持っていると言わんばかりだ。

 私は気が強いほうだけれど、所詮は女子高生なのだ。嫌いと言われたら傷つく。

 むしろ、メンタル面では雪乃のほうが強いと思っていた。

 理奈はその旨を雪乃に伝える。

「それにしても、恭平に抱きついたり、腕を組んだり、首筋にキスしたり、一緒にニュースに映ったり……凄かったわね。私より肝が座ってるんじゃない?」

 こちらの言葉を聞くやいなや、雪乃の白い肌が紅潮する。

「あの時は本当に必死だったから……どうかしてたんだと思う……」

 こんな内気そうな女の子をあそこまで大胆にさせるのだから、恋というものは恐ろしい。

(はぁ……そもそもの問題はコレなのよね)

 もし恭平が今よりほんの少しでも背が低くて、不細工で、甲斐性なしだったら、雪乃が恋心に心を支配されることもなかったかもしれない。

 となると、やはりすべての元凶はあの男だ。

「ひどい奴だよね、恭平は。こんなにも雪乃が頑張ってるのに、まるで対象として見てないのだもの」

「そんな、恭平先輩は悪くないよ」

 即座に雪乃は恭平を庇う。

 雪乃の目を覚ますため、理奈は言葉を重ねる。

「アイツが悪くないと思う? ……考えてもみなさいよ。学年で一二を争う美少女があれだけアプローチしてたのに、興味すら示さないのはおかしいわよ」

 私の意見に同意したのか、あっという間に雪乃の考えは180度変わってしまう。

「……何だかそんな気がしてきた。実は、理奈ちゃんのいない所でもしつこくボディタッチしたり、遠回しに好きだって言ってみたり、ハプニングを装って下着まで見せたりしてたの。でも、それでも全然構ってくれなかった。……あり得ないよね」

 とんでもないセリフを耳にした気もするが、スルーしておこう。

 お互いに恭平に対して共通認識を持った所で、理奈は今後の行き先について提案する。

「さてと、今から私の部屋に来ない?」

「うん、行きたい。……でも先輩たちはどうするの?」

 今頃先輩たちは何をしているのだろうか。

 あのまま店で食事をしているとは考えにくいし、私たちのことを探しているに違いない。

「今さらあの店に戻りたい?」

「それは……あんまり戻りたくないかも」

「でしょ。クリスマス・イブを女二人で過ごすのも乙なものだと思うわよ」

 そうと決まると話は早い。

 理奈はベンチから立ち上がり、雪乃を強引に立たせる。

 雪乃はふらふらしていたが、先に立ち上がっていた理奈に支えられて事なきをえた。

「ねえ、やっぱり無事なことだけはメールしておかない?」

「しなくていいのよ。今まで私達をさんざん振り回してきたお返しよ。今夜はずっと私達を探し回ってればいいわ」

「そうだね、ふふ……」

 雪乃の、恭平に対する恨み辛みは私の比では無いはずだ。

 次に会った時どんなことが起きるのか、想像するだけで楽しかった。

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