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夢×喰 ホワイトナイツ  作者: わた雨
第壱話 夢と現実の狭間
8/15

Nightmare #1

「な、何をしてるんだよお前……!」

 当惑しながらそう言っているうちに、囲まれていた。

 視界に広がっているのは、黒い水溜まりのようなものから湧き出るように出現した―――


―――人だった。


 いや、もっと正確に表現するとしたら、真っ黒なゲル状の人形といったところだろう。

 例えるならペプシマン。わかるかな?

 手足は指がなく、丸い。顔はのっぺらぼうで頭も丸い。

 とてもじゃないが、強そうには見えない。

 しかし俺には、その姿がひどく恐ろしく思えた。

 威圧感と言うか、禍々しいオーラというか、身の毛がよだつ雰囲気を放っているような気がするのだ。

 たぶん、ドラクエの、まものを知らない状態で初めてスライムと出遭ったときの主人公たちって、こんな感情だったのだろう。あんなナリで人を殺せるんだぞ。それも体当たりで。

 たかがスライム。されどスライム。非現実的な現象が目の前に訪れたとき、人間は平静ではいられなくなる。取り乱し、戦慄する。

 俺も、目の前のゲル人形の姿に、わななく。

「お前が……呼んだのか……? レイ」

 震えでうまく言葉がでない。そんな俺を尻目に、レイは冷静に答えた。

「いいえ。元々集まって来ていたの。あなたの負の感情に惹かれて。私は現れるきっかけを与えただけ。忍び寄られて至近距離から奇襲されるよりは、マシ」

 なんでそんなに悠々と話せるんだよ、と思う。こう話している間にも、奴らは徐々に接近しているのに。

「負の……感情って」

「あなたの不安、緊張、恐怖、憤怒とか。惡夢は、それの化身みたいなものよ」

 そして、レイはこちらを向くと微笑みを浮かべた。それが、俺を安心させる為なのか、冷笑なのか、わからない。

 いつもの無表情が……霞んで見える。

 表情を変えず、レイは言った。

「どうするの。戦わなければ、死んでしまうんでしょう?」

 …………!

 まっしろしろすけのくせに意外に腹黒いやつ……!

 俺は、声を上げた。

「わかったよっ! やってやる! やってやるさ!」


 覚悟を、決めろ……!


 ばあばは言ってた。

『男なら覚悟ばかりの人生を歩みなさい』

 女は……覚えていないが。

 俺のストーリーは、今からがメインイベントなんだろう?

 そうなんだろう!?

 今までは不完全燃焼だったんだろう!?

 そういうことなんだろう!?

「どうすればいい、教えろ、レイ! どうすれば俺は奴らと戦える!?」

 叫んだ。瞬間、レイは俺にくっつき、両手を首にまわしてきた。そして目蓋を閉じ―――小さな額を俺の額に当てた。




 暗転ならぬ明転。




 視界が閃光に呑まれ、すかさず反射で目を閉じた。

 幾秒か経ち、目を覚ますように、ゆっくりと目蓋を開く……。


 景色は、変わってはいなかった。

 周囲の黒いゲル人形は、ずるずるとこちらに這い寄ってきている。

 …………? いや、変わった。

 レイが……いない?

 俺ははっと我に返り、狼狽える。

「レイ? どこ行った!? レイ!! 俺を……ひとりにするな!」

 すると、

「まったく、五月蝿い……。すぐ側にちゃんといます。我が主様」

 耳元から、不快そうだが透き通った声が聞こえてきた。近い!?

 ばっと首だけ振り返ると、レイがいた。

 しかし、姿がおかしい。

「ぇ……あ、あれ? レイ、お前……?」

 レイは、上半身だけだった。

 しかも半透明で……裸。すっぽんぽん。

 まるで……背後霊のようだった。

「レイだけに?」

「……………………」

 ツッコむ気さえ起きないほど、俺は呆気にとられていた。重症である。

「あとでゆっくり説明するから、とにかく、今からは私の言うことをよく聞いて」

「ぁ……は、はぁ」

 ポカンとして生返事をながら俺はレイを見つめた。

 レイは、頭から下に下がっていくほどに、透明度が増しているような姿だった。

 腰とへそのあたりから下は、ほぼ目視できない。

 ……放送禁止な部位は、意図的にだろうか……完全に誤魔化されていた。さながら少年誌みたいに。

「聞いてる? 変態」

「ああ、ごめん。変態」

 もはや二人とも変態だった。

 レイが、俺の両肩に手を置き、右肩のほうから身をというか、首を乗り出してきた。

「私は今、あなたに『憑依』しているの。すなわち、あなたは私の持つ特殊な『能力』を使うことができ……ん?」

 不意に、レイが言葉を詰まらせ、目線を上に上げた。

 どうしたのだろうか。

 レイは、顎に人差し指を当て、考えるような仕草をとり、やがて「あ……」と何かに気が付いた声を上げた。

「……どうした? も、もう奴ら……三メートル前まで来てるぞ……?」

 俺が情けない表情と声で訊くと、レイはあろうことか、この状況で、

「てへっ♪」(>w<)ゞ

 と言った。いや、悪い予感しかしねぇ。

 てか、顔文字使うな。縦読みの人が困るじゃねぇか。

最適化(フィッティング)が必要みたい」

「電子機器かお前はっっっ!?」

 怒号でツッコミを入れたところで、

「……いっ!?」

 四体のゲル人形が四方から飛びかかってきた。

「怖っ! ゲル怖っ!」

 俺は必死の形相で、ゲルとゲルのその隙間に飛び込んだ。

 思い切り体を打ち、痛みに悶絶するが、間一髪で避けることができた。

 俺はすぐさま声を上げた。

「どのくらいかかるっ? レイ!」

「五分くらい。でも、惡夢からはあまり遠ざかり過ぎないで……耐えて」

 さっと起き上がり、ダッシュ。

 先ほどの四体をかわしたお陰で、完全に囲まれた状態からは脱することができた。やや広い余裕ができ、辺りを見渡す。

「そういうのがあるんなら、前もってやっておけよ……!」

 愚痴をこぼすと、レイが耳元で甘く囁くように応えた。

「ごめんなさい……。実は、知った口聞いていたけど、わたしも……はじめてなの」

「艶っぽく言うな。なんかエロいぞその台詞っ」

「はむ……」

「耳を……噛むな」

 実体はないみたいだけれど、雰囲気でムラムラしそうだ。

 くそっ。何か……何か武器は……!

 ……おっ? あれは……しめたっ!

 俺は駆け出して、ご近所さんの家の玄関先に立て掛けてあった、多分素振り用であろうボロボロの金属バットを手に取った。

「借りるぜ! 高志くん(小学四年生)!」

 一応を一言言っておいて、俺は近くのゲル人形にバットを振りかざす。

 バットは見事、ゲルの脳天に命中した。

「……くっ!?」

 しかし、かなりの手応えと共にぐにゃりと形を変えたゲル人形は、元に戻りながらバットを押し返してきた。

「やっぱり、見た目通りの性質なのか……! 打撃は効かないってかくそっ!」

 だが、下手に飲み込まれず反発されるだけまだマシだ。バットは手放さないことにした。要は五分耐えれればいい。

 と思っていたら、先ほどのゲルが、駆け出して来た。丸い右手をテイクバックさせる。

 殴りにくる気か!?

 ゲル状ならそれほど痛くないのではないか、と思ったが、

「……う!?」

 ゲル人形の右手の形状が変化した。先の鋭い円錐になり、硬質化したのだ。

 そして、串刺すが如くこちらに突き出してきた。

「わぁっ!!」

 顔面に来た攻撃を、俺は反射的に首を右に反らすことで回避した。

 ……普段、部活の練習中、不意に顔面に来たボールをよく反射でかわしてきたために出来た芸当だった。

 部活万歳だ。

 俺は逃げるようにゲル人形から距離を取った。

 しかし、その先にもゲル人形がいたことに気付かなかった。慌てて足を止めると、ゲル人形は右手を高々と上げた。

 ゲル人形の腕が変形する。包丁……いや、刀のような、片刃の刃に。

 そして、降り下ろしてくる!

「くっ……!!」

 咄嗟の判断で、俺は金属バットを横に構えて受け止める。も、木製じゃなくて良かった。

 しかし、このゲル人形……見た目に反してなんて力だ……!

 体が沈んでいく……!

 俺は、押しきられる前に、バットの丸みを利用して引きながら回すことで相手の刃を受け流し、大きく後退した。今度はゲルがいない方に。

 一旦、息を整える。そう言えば、いつの間にやら恐怖心はかなり薄くなっていた。

 祖母のありがたい言葉のお陰だ。とか思っていると、耳元で声をかけられた。いつの間にか姿が消えていたレイが、ふわりと後ろから首に抱きつく。

「もうすぐ完了するわ」

「急いでくれよ……。その能力とやらの使い方も、分からないんだからよ……」

 でも、いける……。

 いけるぞ……!

 俺は奴らに劣ってはいない。

 冷静に攻撃に対処していけば、じきに能力とやらの使い方にも慣れるだろう。そうなってしまえば、もはやこちらの優位は揺らがない。

「だよな?」

「ええ。ごもっともよ。あんな奴ら瞬殺」

 そうだ。レイは言った。

 俺のポテンシャルは凄まじいと。畏れをなす程のものだと。

 思わず、薄く笑みを浮かべてしまった。

 しかし、それがマズかったらしい。その余裕が俺に隙を生んだ。

 一体のゲル人形が、一気にダッシュし、その勢いのまま、飛びかかってきたのだ。

 胸を反らして、まるで捨て身のボディアタックみたいに。

「おわっ!!」

 俺は、すぐさまバットを引き、横殴りに振るってゲル人形を振り払った。そのときだった。

「……な……?」


 轟っっっ!!


 という音すら聞こえてくるような勢いで。

 一体目の影に隠れるように、二体目のゲル人形がボディアタックを仕掛けてきていたのだ。

 気付いたときには、俺の体は既に吹っ飛ばされていた。

「……がっ……!!」

 身体中に響くのダメージと、アスファルトの上を高速で転がることによる激痛が俺を襲った。

 そして、近くの建造物の外壁に激突―――

―――いや、突き崩した。

 スローモーションな世界の中に仰向けに寝転がった俺は、瓦礫と化した外壁が雪崩のように降り注ごうとしているのを、最後に目に捉えた。

 ああ、もう駄目か……。

 覚悟……決めたのになぁ……。

 意外……じゃないけど……あっけない最期だったなぁ。

 走馬灯って考えは、やっぱりただの気休めに過ぎないんだな……。何も……見えないや。

 そしてとうとう、押し潰されて、俺は息絶えた。


 

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