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夢×喰 ホワイトナイツ  作者: わた雨
第壱話 夢と現実の狭間
6/15

ザ・ホワイト・ナイト・イン・ア・ドリーム#1

───車内―――


 今、俺は助手席に腰かけている。鞄は後部座席にに放り投げた。

 ぬいぐるみやシートカバーなどで黄色が溢れる車内は、暖房が効いててとても暖かい。外の雨はまだまだ勢いを止めることを知らず、大いに降り続いている。それを煩わしそうにワイパーが忙しく右左に振られていた。

 突然、隣でハンドルを持っている母が口を開いた。

「ねぇ、しんちゃん」

「うるせぇみさえ」

 クレヨンで坊主頭で五才児なアニメキャラみたいに呼ぶな。

 それに俺はおねえさん好きじゃねぇ。好みはいつだって同年代プラスマイナス三だ。

 ん?二十歳の女性って、もしかして部類はおねえさんか?

 つまり俺は十七歳。四月生まれだ。

 母の突然の冗談に、冗談でツッコミつつ、俺はプロフィールの一部を紹介しておく。

「あら残念惜しい、私の名前は美沙子(みさこ)よ」

「知ってるよ!」

 あんたは俺の母親だろうが。

「どう? 上手くやれてる? 孤独(ひとり)暮らし」

「漢字が!? 漢字が孤独に暮らしているみたいになってる!?」

 そこまでさみしい生き方なんてしてねぇよ! 両親が亡くなって身寄りもない人間じゃあるまいし……。

「まぁ、一年も暮らせばな……。料理もある程度出来るようになったし、掃除もしっかりやってるし。学校も遅刻したことないしな。上手くいってる方なんじゃないか」

 そう、と言い、母が安心したのか微笑みを浮かべる。が、笑っているのは口元だけ。頬と目は微動だにしない。

 でも、感情は微笑みと同じなのだ。母はそういう人なのだ。感情があまり顔に出ない。『あまり』というのは、頻度の話ではない。量だ。喜怒哀楽、そして苦。それを顔に出す『量』が少ない。しかし内心とのギャップが激しく、例えば、非常に嬉しいことがあったときは、顔に出ている量に反して、実はとっても喜んでいるのだ。

 健が我が母を苦手としている理由も、この表情の薄さだと思う。絶対にそんなことはないのだが、歓迎されてないというか、煩わしいと思われているという印象を相手に与えてしまう雰囲気が、きっと気になってしまうのだろう。意外と神経質なやつ。

「ところで」

ところでである。あまり自分の母の紹介をしていても気恥ずかしいだけだ。

「この荷物、買い物にはもう行ったのか。……で、何だ、この量」

 俺は、後部座席に積まれた大量の荷物を親指で指しながら、訊いた。

 明らかに、食材や生活必需品だけでは済まない、量である。車で旅でもするつもりなのだろうか。

 母は、赤信号で車を止めたところで、質問に答えた。

「ああ、それはレイちゃんの服や日用品よ。いつまでもあの格好にさせておくのはいくらなんでも酷でしょう」

「ああ」

 成る程。母はレイの着る服を買ってきてくれたのか。それはありがたい。あいつもきっと喜ぶだろう。 そして信号が青に変わり、車が動き出した。

「って、うおぉぉおぉい!! 何故今ここであいつの名が!?」

 俺は飛び上がった。びっくりどころの話ではない。天地が突然ひっくり返ったような衝撃を受けた。車が俺の叫びで振動する。ハイパーボイスだ。

「うるさいわよ。車内で騒がないで」

「騒ぎたくもなるよ! 今、俺は社会的(ソーシャル)(デッド)(アライヴ)かの境界線(ボーダーライン)に立っているんだぞ!!」

「……? 一体、何の話をしているの?」

 母は訝しげに首を大きく右に傾げる。運転中に危ないなぁおい。

「何……って。母さん、俺の家にあんな格好の得体の知れない少女がいて、何か事件や犯罪だと思うのが普通なんじゃないか!?」

 母は、今度は逆方向に首を傾げた。表情は訝しげなまま。

「さぁ……? 別に拘束とか監禁とかされてる風じゃなかったし。だってあの子、冷凍庫から氷を取り出して、ばりぼり食していたもの。あんなに自由そうなのを見て特に事件なんて考えには至らないわよ」

 部屋から出て一体何やってんだよあの変態女。

「それに、可哀想な子だったじゃない。あなたが同情するのもとっても分かるわ」

「……なっ……!?」

 あいつ、母の前でもあの変態加減を発揮したのか!?

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

 すると母は俺の予想に反して、らしくない哀しそうな表情を大きく見せて、言った。

「本当に……可哀想よね」

「……?」

 これは、一体どういうことなのだろう。あの母が、これ程までに感情を顔に出したことが未だかつてあっただろうか? ましてや、哀しそうな顔なんて……。家族ものの感動ドラマを観ていた時でも、こんな表情を見せたことはなかったぞ……。

 レイのやつ。母に何を話した?

「今時ドラマでしかないだろう、と思っていたことが本当に現実にあるとはねぇ……」

 ……話が全く読めねぇ。

 次の信号は青。母がハンドルをきる。遠心力で俺の体は外に引っ張られた。直線に差し掛かると母はため息と共に詳細を話しだした。

「小さい頃の記憶も失い、両親を知らず、身寄りも知り合いもいない。預けられた偽の孤児施設では、散々な仕打ちを受けて、服まで剥ぎ取られて……。ある日、隙を見て命からがら逃げてきたなんて……。酷過ぎる話よね……」

「…………!!」

 あいつ―――母さんになんて嘘を……。

 ひとりの母親が同情するのも当たり前だ!

 しなきゃ人でなしだ! 例のあの人だ! そういや、例のあの人って読者に通じてる?

 すると、母は急に優しい表情を俺に向けてきた。こんなに表情を変える母はもう二度と見ることが出来ないかもしれない。

「あなたがレイちゃんに出会ってくれて良かったわ……。そして、助けてあげてくれて……」


 ああ……。


 罪悪感しか感じねぇ。


「うん。可哀想だ」

 俺が。

 いやしかし、あの状況を誤魔化すのに、まあまあ最適な嘘だと言っても過言ではないのかもしれない。

 本当のことを話すよりは、良いかな。

 仕方ない。俺も同じ罪を背負ってやるよ。眞白 レイ。

 とか考えているうちに、車は自宅に着いていた。駐車スペースの中央に、寸分狂わず収まっている。

 母は、車のエンジンを止め、ドアを開けて降りようとしたところで、俺の方を顧みた。

 そして、

「レイちゃんを、私たちの家族に迎えます」

 と、言った。


――――――


「ちわっ」

 家のドアを開けるやいなや、レイがお出迎えとばかりに正面に立っていた。右手を斜め四十五度にピンと上げて爪先立ちポーズだ。無表情は変わらない。

「……」

 俺は、そのレイの高いのか低いのか窺いかねるテンションにどう反応すべきか分からず、無言でレイを凝視した。帰宅した人間に向かってこんにちは短縮形とは……。

 レイが、間に耐えきれずに一言を重ねる。

「痴話っ!」

「はいはい」

 反応する価値もない一言だったので流す。それはエロい単語じゃねぇ。持たされた大量の荷物をいったん置いてから靴を脱ぎ、家に上がる。母も後から入ってきた。居間に入るなりその母が、手に提げていたビニール袋を手で示して見せた。

「レイちゃんのお洋服、買ってきたわよ」

 「やたー」と言いながら、レイが母の下に駆け寄っていった。まるで小さな子供みたいに。……俺は、無表情は無邪気とは縁のない言葉だということを学んだ。

(ん……?)

 俺はふと、あることに気が付き、母の顔とレイの顔を見比べる。無表情と無表情……。

 ああ、そうかと、すぐに合点がいった。今朝、レイと初めて出会ったときに『見たことがある』と感じたあの感覚は、母のことだったのか。

 確かに似ている。別に、母は常に無表情というわけではないし、レイの無表情は性格で拍車がかかっているものなのだが―――それにしても本当によく似ている。ぱっと見だと白髪と水色の瞳のせいで別人に見えてしまうが、輪郭とかパーツの形や位置とか―――特に垂れ目が、さながら本当の親子みたいに見える。

 どうやら、今朝の夢の中の俺は、レイの姿を形作る際に、その性格から母の表情を連想してしまったらしい。……記憶にはないが。

 母は荷物や食材を片付け終え、祖母の遺影が置いてある仏壇に線香を上げ終えると、レイに手招きを、俺にはシッシッと手を振った。

「じゃあ、早速着替えましょうか。ほら、清は退室よ」

 へいへい。俺は母に言われるまま、居間から退出しようとした。女性の着替えをじっくり見る趣味など、今のところは(?)ない。

「別にいい。清になら見られても。もう既に、見られるところは隈なく見られちゃってるから」

「あら、清……変態さんね」

 なっ……! ば、馬鹿なことを! 

「あ、あらぬ事実を偽造するな! 母さんも、軽蔑の視線を俺に向けないでくれっ! 俺は無実だ!」

 レイのやつは有罪だがな。

 約束を破った件も含めて後でお仕置きだな。エロい意味じゃなく。

 俺は居間のドアを思い切り鳴らし閉めた。多少、憎悪の感情を込めてしまった。いけないいけない。


――――――


 ここで、ちょっと疑問に思われるかもしれない事がひとつあったので、説明して解消しておく。

 それは、俺が住んでいる、この家のことだ。

 なぜ、一人暮らしの高校生が、『居間』、『自分の部屋』と別れているくらいの家に住んでいるのか。という話だ。ちなみに、学生寮でもアパートでもマンションでもない、小さくても立派な一軒家である。

 実はこの家、五年前に亡くなった、母方の祖母の家なのである。祖父は俺が生まれる前に他界している。心臓病だったらしい。

 主である祖母がいなくなった今、この家に住人は一人もいない。しかし母は、誰かに引き渡したりはせず、親戚全員に、大切に保管することを提案した。

 提案は、承諾された。母やその兄弟姉妹―――母は大家族の長女だ―――の生まれ育った家、少年少女時代の象徴は、失われず保管されたのだ。

 そして、去年。

 俺は、せっかくだから、この家がある街の高校に進学することに決め、入学した。祖母の家、母たちの実家に住まわせてもらうことにしたのだ。まぁ、管理係も兼ねてということもあるのだが。家具というものは意外と、人間が使っていないと朽ちてしまうらしいからな。

 家賃もかからず、湯船は大きい。いち高校生が一人暮らしする環境としては、非常に恵まれた環境だ。

 掃除も大変だがしっかりやっているし、祖母もきっと(うえ)から見ていて喜んでくれていることだろう。

 俺はお婆ちゃんっ子だったので、両親そろって家に帰らないときは、祖母によく面倒を見てもらっていた。両親は旅行好きだから、お世話になる頻度は多かったのだ。

 なので、そんな祖母が亡くなった時は、かなり泣いた。本当に、わんわん泣いた。小学六年生にもなってあんなに泣いたのは、祖母がそれほど大好きだったからだ。

 そして俺は未だに、祖母のお世話になっているというわけだ。この家に守られ、天国の祖母に見守られ、俺は本当に幸せ者だと思う。祖父は……どうなのだろうか。きっと祖母と一緒に見ていてくれているだろう。

 せっかくだから、祖母がどんな人だったのかということも語っておくとしよう。

 祖母は一言でいうと、『凄い人』だった。

 見た目が凄まじかった訳ではない。細身で歳の割に背の高めな人だった。目が細く、白い歯を見せて朗らかに笑う顔が、俺の脳裏に焼き付いている。

 しかし、纏うオーラというか、雰囲気に凄みを感じた。正座をすると、背筋をピンと伸ばし顎を引いて、とても美しい姿勢をしていたのだが、どこかその姿は迫力を放っていて、対面した俺は思わず息を飲んだ。これは本当にはっきりと覚えている。

 言葉や行動にも、同じ迫力を感じたことがある。

 祖母が、『生きるために大切なこと』を話すときは、大抵、あの迫力を纏って語っていた気がする。そうやって教えられた言葉は、どれだけ時間が経っても忘れることはなかった。

 そのなかでも、俺が最も大切にしている言葉がある。それは、

『必要な時に必要な行動を冷静に行える人間になりなさい』

という言葉だ。意味は言うまでもない。文章の通りだ。一字一句間違えず正確に記憶している。

 あとは……そうだ。

 祖母は、薙刀の達人で、昔から鍛練を怠らなかったと聞いている。祖母の美しい姿勢と健康体がその賜物だったということは、理解するに難くない。

 何かしらの『武道』を長年続ける人間は、磨き抜かれた心・体を得るという。祖母のあの迫力、凄みも薙刀という武道を続けていたことから身に付いたものなのだろう。


 しかし、いくらそんな凄い人でも、突然の病には勝てなかった。


 病名は、複雑だったので覚えられなかったのだが、(がん)の一種だったらしい。


──────


 自室でベッドに寝転んでケータイを弄っていたところを、居間の母に呼ばれた。

「どう?とっても綺麗でしょう」

 居間に赴くと、母は一枚の写真をつまみ持っていた。その横には、レイが立っていた。

 そのレイの姿に、俺はつい見とれてしまった。

 レイは、淡い水色一色のレトロで清楚なマキシ丈ワンピースを着ていた。薄い金色の飾り牡丹がさりげなく雰囲気に同化している。

 可憐だ……。

 俺が思った幾多もの感想は、それ一言に(すべ)てまとめあげられてしまった。

 これ程までに水色のワンピースが似合う少女を、俺は未だかつて見たことがなかった。

 しかし、何故まだまだ寒い春先にワンピース?

 俺が、我に返って疑問に思ったちょうどそのとき、母は答えてくれた。

「ほら、そっくりでしょう。まさに瓜二つじゃない?」

 母は、持っていた写真を俺に手渡してきた。セピア色で染みがあり、ずいぶん古い写真のようだ。その写真には、ワンピースを着た少女がひとり、澄まして椅子に座っている姿が写されていた。微かな笑みを浮かべて、こちらを見つめていた。

 俺は、目を見張った。

「……本当だ」

 似ている……どころじゃない。もう、レイと写真の少女は同一人物なのではないかと思った。髪型、輪郭、顔のパーツの位置、体格、肢体、漂う雰囲気……。どれも、今、目の前にいるレイそのものに見える。さすがに、写真の少女はセピアでも分かる黒髪ではあるが、それは問題にはならない。全てが同じだ。

 いや、ひとつだけ違う。ほんの、ひとつだけ。

 目が、垂れていない。

 写真が古いということもあり、本当に僅かで微かな違いだが、それでも、レイと写真の少女は別人であることを証明するには十分だった。

「母さん、これ……誰だ?」

 母は、微笑んだ。

 いつになく、はっきりと。

「私のお母さん。あなたのおばあちゃんよ」


 ……!


 これが、ばぁば……?

 絶句した。

 まさか、あんなに厳格で強い祖母がこんなに可憐な少女だったなんて。しかも、その昔の祖母にレイが似ているなんて。

 いや、俺は祖母の昔の写真など、これが初見のはずだ。これは偶然か?

 俺が想像し、創造したレイの容姿が、昔の祖母の姿だったなど……有り得る話では、ない。

 しかし、偶然にしてはあまりに似すぎている。母以上に。

 なら何故……?

「レイ……お前は一体……?」

「知らないわ。何も。でも、知ってる。何でも」

 無表情。冷徹に世界を見つめる瞳。

 駄目だ。何も読み取れない。俺はこいつのことを、何も理解することが出来ない……!

 こいつは、俺たち人間とは違う……! 棲んでる世界が……違う!

 そのとき。


 不意に。


 本当に不意にだった。


 レイは、


「清も、すぐにこれるわ」


 そう言ってから。


「私が、連れていってあげるもの」


 微かに、微笑んだ。


 母は、首を傾げて訝しげに、俺等をしげしげと交互に見ていた。


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