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夢×喰 ホワイトナイツ  作者: わた雨
第壱話 夢と現実の狭間
5/15

日常と夢#4

─────


 結局、五時限目に間に合う時間には、意識を取り戻した。誰の計らいか、俺は自分の机に伏せるように寝かされ、ご丁寧に腕まで組んであった。

 水城ではないだろう。だとすると愛か、健だろうな。ありがとう、どちらか。

 その後の俺は、午後の授業は真面目に受けて、弁当は各授業の合間で平らげた。さすがに授業中に食うなんて不良じみた行為には及ばなかった。

 そして、放課後である。

「よっしゃ〜! 部活の時間だ~!」

 と、いつもならテンションが急上昇するこの時間帯なのだが。今日は生憎、部活が休みだ。顧問が出張で不在ゆえ。しかも、六時限目のあたりから雨が威勢よく降ってきたので、外で自主練も出来ない状態。室内で自主練なんて、まともに部員が集まるわけがない。よって、素直に諦めることにした。

「残念だったなぁ、清っち。今日は美咲先輩に会えなくて」

 俺の肩に腕を回して、からかうように薄笑いを浮かべる健。こいつは『こういう話』に絡んでくるときは少々性格が悪くなる。

 なら、こちらからも言ってやる。

「人のことを気にかけている場合か? 愛、もう部活に行ってしまったぞ」

 健は大袈裟に肩をすくめ、溜息とともに言った。

「言われなくても分かってる。相変わらず、逃げ足が早いんだ」

 いや、逃げ足どうこうじゃなくて、そもそも意識すらされてないような気もするが。

 愛はバレーボール部のマネージャーだ。よく気が付くし、元々体育会系な性格で、元気がいいので、ぴったりな役割だと思う。可愛くて人気もあるようだし。むぅ、複雑な気持ち。

 残念そうな表情と沈んだ声で、健が呟く。

「帰ろうか、清っち。……ッキシ!!」

「学習能力ねぇな。寒いなら離れろよ」

「やめられないとまらない~♪」

「河童海老煎」

「なんか……老舗の銘菓みたいになったな……!!」

 先ほどの会話から、なんとなく察しはついただろう。こいつ、尾原 健は、譲葉 愛に好意を抱いているのだ。

 始まりは中学校の入学式の日。麗らかな笑顔で自己紹介する愛に一目惚れしたとか。本人曰く、「ビビッときた」らしい。

 それ以来、健は一途に、それこそ全くブレることなく愛に想いを寄せ続けている。

 しかし、それが一方通行の恋だというのは、見てて分かるほどなのだが。

 健は、何度か―――いや、何度も、愛に告白をしたことがあるが、ずっとはぐらかされ続けているのだ。それに、健は事あるごとに積極的に(悪く言うとしつこく)アプローチしているのを目にするが、そのほとんどが、軽く流されあしらわれるか、周囲に馬鹿、阿呆呼ばわりされ、笑い者にされてしまうのだ。言っちゃ悪いと思うが、端から見てても結構惨めだ。

 だが、愛も愛で、はっきりと嫌とか苦手とか、言ってしまっても良いような気がするのだが……。どこかいつも、返答が曖昧で、健を諦めさせないのだ。気があるわけではないが、仲良くはしていたいのか。愛は、健と会話することに関しては満更でもないようだ。どちらも面白い人間だし、わかる気はするが、あんまり曖昧な関係を続けるのも、良くはないと俺は思う。……なんとなく、だが。

 まぁ、俺も、他人のことは言えないか。

 ちなみに、俺と愛が以前まで付き合っていた事に関しては、健は意外に寛容だった。それどころか、「あんまり続かないとは思ってたんだよね~」と言われた。ショッキングな一言だったので、寝技をかけてやったのを、はっきりと覚えている。

 そして、付き合っていた当時はというと……。健は知ってて愛にアプローチしていた。俺がこれくらいでは怒らないと、分かっていての行為だったと思う。実際、別に憤りは湧かなかった。盗られたら、所詮俺は愛にとってその程度の人間だったってことだし、そんなんじゃ、先も続かないだろうと、若干、試されているとも思っていた。……愛は揺るがなかったけれど、結局、恋人関係は解消するに至ったわけだが……。

 今は何も特別な状況ではないので、俺は素直に健を応援している。実は愛にも、色々と健の事を訊いてみているのだが……。愛から訊いたことをそのまま健に伝えてしまうと、調子付いてしまうおそれがあるため、とりま、今は伏せている。


 他愛ない会話を楽しみながら、数分で俺と健は生徒玄関前にたどり着いた。

 雨は大降りで、その勢いは緩む気配を見せない。粒も大きく、まともに当たったら痛そうだ。傘は折り畳みのがあるが、頭から腰までくらいしか、守ることが出来ないだろう。靴なんかびちょびちょのぐちゃぐちゃになってしまうこと間違いなしだ。それは普通の傘でも同じことだろうと思う。

 しかも、朝は晴れていたし、天気予報も、降水確率はさして高い数値は出ていなかったため、今日は傘を持ってきていない人が多いようだ。今降っている大雨も、夜までには止んで晴れるらしいし。

 現に、傘も差さずに鞄を頭の上に乗っけて、逃げるように駆けていく生徒が多数見られるし、その勇気がないというか、濡れるのが嫌という者たちは、玄関前で困り顔で立ち尽くしていた。隣の方には、落ち込んだような顔でまさにそんな状況に陥っているのが一目瞭然な、同じクラスの里中(さとなか) (あかね)の姿もある。小動物然とした雰囲気を放つうるうるとした瞳とふんわりとした大きなポニーテールが特徴で、おとなしめグループに属する女子だ。小さく手を振ってみると、小首を傾げながらも会釈を返してきた。

 とにかく、今の状況で帰るのは負うリスクが大きい。弱くなるのを教室で待つのが得策なのだろう。

 しかし、今日の俺の運は、良し悪しにムラがあるらしい。ちなみに、今の場合は良。

「ええ……清っち、迎えが来るの?」

「良いだろ~」

 先ほど教室から出る前、健が話しかけて来る前に母に電話を掛けて、迎えに来てほしいとお願いした。すると母は「今、ちょうど町に着いたところなのよ。分かったわ」と、快く承諾してくれた。

「駅まで乗せてってやろうか?」

 俺がそう言うと、健は、困ったように苦笑いを浮かべ言った。

「遠慮するよ。俺、清っちのお母さん苦手だからさ」

「だろうな。前々からお前言ってたしな」

 自分の親のことだから、分かるぅ~、とか言っちゃ悪いんだろうけど、分かるぅ~。

「でも、久し振りに会うっていうのに、いきなり使う……って言い方は悪いかもだけど、頼ってしまっていいのか?」

「久し振りだからこそだよ。あの人、凄くさみしがりやだからさ、甘えられるときに甘えてあげようと思ってさ」

 それが今できる最低限の親孝行だ、ってな。

 そうこうしているうちに、母の車が現れた。明るいオレンジ色の軽自動車だ。中には某テーマパークの人気者の、下半身真っ裸で真っ赤な前開きの服のみを着た真っ黄色の熊のぬいぐるみがいっぱい。

 目立つぅ~……。

 俺はうなだれた。お変わりないようで嬉しい限りです、母君。

 車は、校門の中に入り、最寄りの駐車スペースに停まった。あ、停まった揺れで一個落ちたぞ、〇ーさん。

 健が大きめの蝙蝠傘を一気に広げる。うん、この大きさなら、体をすっぽり守ることができるだろう。さすが、直感で生きてる男。傘をしっかりと準備していた。流石に靴は守れないだろうが。

 ん? でも、今朝……こいつ傘持ってたっけか。

「クラスの傘立て見たら、あったんだよ。前に忘れた傘」

 ああ……。確かに、よくあるよくある。学校あるあるとしてはまぁ有名な方だな。

「でも、おかしいんだよな。この傘を部室に忘れたのは、学年上がる前だったはずなんだけど……」

「去年の二年生……それも部活の先輩に盗まれてんじゃねぇか」

 そして、その前二年生が教室を移るときにさらに忘れて……。凄い巡り合わせだな。その傘、大切にした方が良いぞ。きちんと主のもとに帰ってきた、忠誠心に優れた傘だ。きっと今後、お前の窮地を救ってくれるに違いない。

 俺はそんなことを考えながら、車までの短い道のりの間にある水溜まりを目で確認し、駆けるルートを決定した。

「じゃ、また明日な。おっと、その前に……茜さんっ!」

 俺は、大きく声を上げ、玄関で立ち尽くしていたクラスの同級生を呼び、折り畳み傘を下手投げでふわりと放った。

「あっ……え?」

 無事に傘は茜さんの手に収まったが、いきなりだったので困惑していた。まぁ、別に説明は要らないだろう。

 俺は、玄関前の段差を飛び降り、一気に駆け足で車に乗り込んだ。最後、ドアを閉めるとき、健に手を振っておいた。

 健は、開いた蝙蝠傘を下げたまま、手を振り返してくれた。




───清が去った後の玄関前―――


「えっと……氷室くんは……。これ、どうすれば……」

 突然清に傘を渡された茜は、健に声を掛けた。いや、正確には、茜は健の近くまで来ると困惑した表情でひとりでにまごまごし始めたのだ。この近さでそんな怯える小動物のような顔をされたら、誰だって放ってはおけまい。

 健は微苦笑浮かべながら茜をなだめて落ち着かせ、教えてあげた。

「使って良いって事さ。月曜にでも返せば良いと思うよ」

 含み笑いをすると、下げていた傘を頭の上に持ってきた。黒い蝙蝠傘は分厚い雨雲のせいで薄暗い世界をさらに狭める。

 そして、おもむろに呟いた。

「相変わらず、体は冷たいくせに───

「あったかいよね、氷室くんて……」

 突然割り込んできた予想外の声に、健はポカンとする。隣で茜がうつむき、傘を抱き締めてポッとなっていた。

 健はなんとなく感付いて、ため息を()いた。

(清っちって、一部の控えめな女の子にモテるんだな。どうりで……)

 本人が気づかないわけだ。

 そして、健は豪雨の降る中に一歩を踏み出した。水溜まりにはまっても、気にしなかった。

 どうせ後で濡れるから、最初から濡れてても変わらない。むしろ今から慣らした方が好都合と、いつも通りのポジティブ思考で雨をもろともせず邁進する。

 加えて、鼻歌でメロディーを鳴らす。ビートを刻みリズムをキープするドラマーは、空からの雨だ。

 このあと電車に乗って隣町まで帰るのだが、そんなの関係ない。

 心に『集中』というイヤホンを装着し、上機嫌で学校を後にした。

 

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