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夢×喰 ホワイトナイツ  作者: わた雨
第壱話 夢と現実の狭間
3/15

日常と夢#2

 一方その頃。レイは、清の部屋で思い思いの時間を過ごしていた。

 まず、エロ本を探した。しかし、引き出しを開けても押し入れを漁ってもベッドの下を覗いても、どこにもそれらしきものは見当たらなかった。健全な人間の男子たるものエロ本くらいは持っているだろうと考えていたレイは、気を落とした。残念。

「純情が過ぎるのかしら……」

 そこでレイは、結局何もすることがなかったので、清の言ったことにおとなしく従うことにし、漫画を嗜んでいた。

 人間の文化は、やっぱり面白く、興味深いとレイは思った。いや、文化というものは『あちら側』にはなかったから、すでにそれだけでも新鮮に感じるのだ。

 壮大なストーリーと、人間らしい喜怒哀楽の表情を、繊細な絵で表現し、ひとつの芸術に仕上げている。こういうのを『ロマン』というのだろうか。感激。さすがは日本人。清を選んでよかったと、レイは早々とそう思った。

(しかも、途中途中しっかりとエロティックな場面を入れてくるのが、素晴らしい)

 やはり、ちょっぴり健全すぎるもといエロいレイは、そっちの見方も滞りなく行っていた。

 巻数が五十以上もある漫画であるため、次々と読み進めた。

 椅子に座ったり、ベッドに寝転がってみたり、色々な体勢でくつろぐ。布団や枕からは男の子のにおいがするが、いやらしい意味ではなく、不快な匂いではない。そもそも清は汗をかかない体質らしい。

 やがてお昼時になり。レイは、心なしか、空腹感を感じた。よって、昼食をとることにした。

 勉強机に目をやると、いわゆる『市販の物』と呼ばれているであろうクリームパンと、小さなパックの牛乳を見つけた。

(クリームパン……。『あちら側』でモノは見たことはあるけど、食べるのは初めて。こっちは……うし、乳?)

 人間とは、随分とエロい飲み物を飲むのだな、と無知なレイは妄想を働かせて勝手な解釈をする。

 しかし、そう言いながらも興味津々であるために、まずは牛乳から手をつけた。

 口に含み、ごくりと喉を鳴らす。そしてぷはっと息を吐き、むぅと短く唸った。

(乳は栄養があるとは聞いたことがあるけど、他の動物の乳も飲むとは……侮れない、人間。いや、でも、これは正解。美味しい)

 クリームパンも、ちぎって口に放り込む。濃厚な甘さが口の中でとろけ、レイは幸せな気持ちになった。

 そのとき、ピンと、頭に電気のような刺激が走った。

 レイは、相変わらず無表情だが、纏う雰囲気は明らかに先程までとは異なっていた。

(これは、お昼寝? 長くは眠らないみたい。なら、いいか。いい夢を視れるといいね)

―──今夜からは、忙しくなるんだから。

 レイは、昼食を平らげると、再び漫画本に興味を切り替えた。

 淡い水色の瞳がまた、せわしなく動き始めた。


──────


 気づいたら、真っ白な空間に直立していた。夢だというのは瞬時に理解したが、これだけ殺風景な夢は生まれて初めてかもしれない。

 長方形の部屋のようで、壁と壁の境のみが、線として辛うじて視覚できる。

「ん? この広さ、それにこの位置……教室か?」

 覚えのある広さ。前後左右の壁までの距離。そして、左の壁は手を伸ばせば届くということから、今立っているこの位置は、教室の自分の席の位置だと、俺は悟った。

 何故に真っ白?と思い首を傾げた、その瞬間、純白の部屋に黒色が追加された。

 その光景は、白紙に教室の風景を描く様子に酷似していた。

「おぉ……なかなかに面白い光景だな。さすが夢だ」

 夢の中で「夢だ」なんて、おかしな状況だと、自分で言った言葉を鼻で笑ってしまった。

 人は普通、夢の中では『今、自分は夢を視ている』なんて思わないはずだよな。

 なら簡単だ。普通でないなら特殊でしかない。俺は特殊なのだろう。いや、特殊に『なった』のだ。多分、朝から。『あんなの』に関わり、しかもそれは夢に関係しているということから、その可能性は高い。俺は夢に対して何らかの特殊性を持った人間になってしまったということだ。

 ……まぁ、だからといってこの状況が理解できるというわけではない。むしろもっとよく分からない。

 というわけで、悩んでいても仕方がないし意味もないので、流れに身を任せるとしよう。

「あとは、色がつけば教室の出来上がりだな」

 言うと、すうっと色が付く。スプレーを吹き付けた感じに似ている、と思った。

 教室が出来上がった。細部までしっかりと、現実そのものだ。

 ふうむ、これは実に落ち着いた夢だな。驚きもなく、恐怖もなく、ただただ教室の風景が描かれた。幻想的ではあったが、夢にしては、無秩序さというか、混沌としたシチュエーションの変化が足りない。

「まさか、これで終わりなんて有り得ないよな?」

 どうせ夢なのだから、もっと色々な意味で楽しませてくれよな。

 その刹那、視界を閃光が遮った。


「!?」


 眩しさで眩んだ目を、反射で押さえながら、俺は望んでいた現象にほくそ笑んだ。来た来た。

 (くら)みから回復し、目蓋を開くと、ただの教室だった景色に妖しさが加わっていた。

 窓の外から淡い紫の光が射し込み、世界が不気味な雰囲気に包み込まれていたのだ。

 さすがにこの光景には寒気がした。夢なので感覚など機能していないとは思うが。

「いい感じに変わってきたな……! よし、外に出てみるか」

 これだけ意識がはっきりしている夢なんて、そうそう体験できるものではない。なので俺は、この夢を心底楽しむことにした。

 恐怖なのか、期待なのか、緊張なのか、なんだかわからない震えが、徐々に身体を蝕み始めた。いいぞ、そうこなくっちゃ。

 戸を開け、廊下に出てみる。化物でも出るんじゃないかと期待しながら左右を確認し、何もないことを確認すると、俺は玄関に向かって歩き出した。

 白ペンキを塗られた壁は、どこもかしこも、淡い紫の光で色付けられていた。いつもの場所なのに、慣れ親しんだ風景とは全く別のものに感じる。物音ひとつ耳に入らないのも、薄気味悪くて身の毛がよだった。感覚……機能しているのだろうか。

 しかし、気味が悪くてもイベントがなければつまらない。

「そろそろ、ホラーなのか、ワンダーなのか、はたまた別の何かなのかはっきりしてくれよ……」

 そう呟くも、結局何も起きないまま玄関まで辿り着き、戸を開けて上履きのまま外に出た。夢の中なら、靴に上履き下履きは気にしなくていいだろう。

 大きく背伸びをする。玄関を出て正面の方角は、南だ。太陽の光が直に身体に降り注ぐ。しかし、空を見上げようと顔を上げたそのとき、あることに気付いた。

「紫なのは、太陽の光ではなく、空の色だったのか。おぉ……。凄いけど、キショいな」

 本日、晴天なり。本来、水色であるはずの空は、薄紫一色に変わっていた。まるで別の世界が、こちらの世界を不気味な力で飲み込んでいるような感覚に陥る。

 不覚にも美しい。

 俺は、しばらくの間、立ち尽くしていた。もし、これが夢ではないとしたら、とか、これが正夢で現実に同じ現象が起きたりしたら、とか、色々なことを考えた。

 世界にひとり取り残された気分とは、こういうものなのだろうか。前に見た映画を思い出させる。

「結構、寂しいもんだな。この世に独りきりっていうのは」

 どのくらい時間が経ったのか、分からなくなっていた。なんだか、ちょっぴりホームシックになってしまったかもしれない。いや、リアルシックか?

 そろそろ、誰か起こしてくれないものだろうか。そう思いながら、やっと動かす気になった足で歩みを進めた。

 校門を過ぎ、歩道に出る。学校は、町の中心部であるこの地域のさらに中心に建てられている。

 周辺には他にも、比較的大きな建物が立ち並び、都会とは言い難いが、田舎と言うのも大間違いのような、中間の景色を見せている。

 車道も歩道も広く、車の通りも多い―――はずなのだが。

「……道路、こんなに広かったっけな」

 何一つ走っていなかった。車や自転車はおろか、人や化物さえも。見えるのは舗装されたコンクリートに白い線の引かれた、四本の車線だけだった。

 ふと、現実のいつの時間で止まっているのだろうと思った。学校の時計を見ようと体と首を回す―――と、そのときだった。


「───!?」


 突然、ぞわっと悪寒のようなものが、身体中を駆け抜けた。

 現実でも感じたことのない異様な寒気。ここが夢の中であることが、疑問に感じるくらいだ。

「な、何だ……!?」

 身体が重い。上手く動かない。肩が震える。動悸が激しくなる。呼吸が辛くなる。

 本当に夢なのか……!? これは。

 そして、不意に背後に気配を感じた。それが寒気の原因だということは、容易に分かった。

 近づいて……くる。

 距離も……分かる。

 しかし形が……見えない。

 動け、足。動け、体。動け、首。

(動け……俺っ!)

 俺は、空気に貼り付いた身体を無理矢理ひっぺがすように、一気に振り向いた―――!



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