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夢×喰 ホワイトナイツ  作者: わた雨
第壱話 夢と現実の狭間
2/15

日常と夢#1

──────


 弁当は、昨日の夕飯の余りの肉野菜炒めを、少し味を変えて二段構造の上段にびっしり詰めるだけだったので簡単だった。

 朝飯を軽く作り、ぺろりと平らげた後、学校へ行く支度を済ませる。

 支度を終え、洗面台に戻る過程で、俺はテレビとソファーの間に置かれたテーブルのほうに目をやる。

 そこには、先ほど俺が作った朝食をテレビを見ながらのんびりと食している、純白の少女──レイがいた。

 突如、俺のベッドの中に全裸で出現した彼女は、自分のことを俺の『夢』で姿を得てこの世に具現化した存在だという。

 実に不可解極まりない話だ。

 しかし結局、俺は彼女の述べたことを全て信じることにした。それだけ、彼女の存在は、非現実的で、神秘的で、美し過ぎたのだ。疑うことが馬鹿らしくなるくらいに。彼女は嘘を絶対に言わない。まさに『潔白』な人間だった。

 いや、彼女の話を聞いた限り、彼女はきっと『人間』ではない。俺が視た夢で、俺が思い描いた姿に乗り移り、この世に具現化された『何か』なのだろう。抽象的を超えて何が何だかわからないが、そうなんだろう。

 科学では、全く解明できないであろう。きっと。

 だがしかし困った。

 彼女は、「ここに住むもん」などと言い出したのだが、いかんせん1人暮らしで生活費を親から頂いている俺に、彼女を養う余裕などない。

 大きな問題は他にもある。

 まず服だ。

 今は間に合わせで、上はパーカーで中に長袖のTシャツを着込み、下はジャージを履いている。が、ぶっちゃけ、ノーブラ&ノーパンである。いやん。

 だって、一人暮らしの高校生男子が、女性の下着なんか持ってるわけねぇもん! 持ってたら変態だろうが! 社会的に死ぬ。世間に殺される。

 というか、こんな状態の少女が家にいること自体、もはや犯罪だ。

 しかも、買いに行けない……。少なくとも一人では、太陽に突っ込む程の勇気がいる。つまり死ぬ勇気。社会的に。

 レイを連れて行こうにも、あの格好(中)じゃあ色々とマズイことになりかねない。女性って、下着も試着するもんらしいし。特に上は。下はさすがにしないよな? どーなの?

 本当にどうしようもないのだが、見過ごしてはならない問題なので頭が痛くなる。

 問題はまだある。

 それは、今日は、母がやってくる日だということだ。

 レイが母に見つかるのはすこぶるまずい。

 見ず知らずの女の子が真っ昼間から家にいるとなると、どんな疑いをかけられるかわかったもんではない。監禁やらなんやら、最近のよろしくないニュースと同じレベルの犯罪と勘違いされる可能性もある。しかし、だからといって正直に事実を話しても『夢から具現化した』なんて非現実的な話など、到底信じてくれるはずがない。

 よって、とるべき対策はひとつ。


 部屋から出さない。


 ……ん?

 改めて考えてみたら、これって本当に監禁じゃあないか?

 い、いや! レイの同意は得てるし、何より、彼女自体が引きこもるわけだから大丈夫だろう。

 つか、仕方がないし。

「食い終わったら、食器は水を入れて、流しに置いとけよ。そしたら部屋に引きこもって内から鍵を掛けろ。いいか、絶対に部屋から出るなよ?」

「お昼は?」

 レイが、無表情で口をもぐもぐさせながら、こちらを見る。

「部屋にパンを置いといた」

「何ぱん?」

 なんでもいいだろうに。

「クリームパンだけど」

「生クリーム?」

 彼女の目尻がキラリと光る。

「ま、まて、この話はもう打ち切りだ」

 危ない気配を感じとった俺は、左手をかざして話を制す。

 たかがクリームって言葉でも、こいつの脳内に変な作用を起こしかねない。言葉は選ばなくては……。面倒なやつ。

「チャイムなったら出ればいいの?」

「話を聞いていたか? 部屋から絶対に出るなって言ったんだ」

 こいつ、純粋に人の話を聞いてねぇ。

「出前っていう画期的なシステムを利用するのは? ダメ?」

「駄目に決まってるだろうが! 金は誰が出すんだよ。つか、部屋から出るなって。前のチャイムのくだりすら解ってねぇのか?」

「梯子で窓から届けてもらう」

「出前にそんなサービスねぇ」

 初めて現実に出てこれたというのに、一体どこからそんないい加減な知識を……。

 俺は、ひとつ大きく溜め息をつくと、鞄を肩に掛けた。

 今までのやり取りの間に、身支度は全て整っていた。

「……取り敢えず、俺の部屋で漫画でも漁っとけ。行ってきます」

「エロ本ある?」

「もう勝手にしろっ!!」

 もう何だか、どうでもよくなってきて、俺は乱暴にドアを閉め、施錠した。

 さぁ登校だ、登校!


 ──────


 学校への道程。現在、俺が歩いている場所は、とある川沿いの土手だ。

 桜並木と、川の水の透明度が非常に美しいと評される、この町の最も誇れる桜の名所で、それとともに車が通れない割には道が整っているという点で、学生たちの登校経路として人気がある道である。

 そして今現在も、それを証明しているかのように中学生、高校生が入り混じって賑わいでいる。

 花はまだ五分にも満たないくらいしか開いていない。なので、朝の日差しで、金剛石を散りばめたように輝く水面の方を眺めながら、俺は早朝の非現実的な出来事を思い返す。

 俺の夢で姿を得た少女、眞白 レイ。

 彼女は、俺が想像した少女の姿に自身の魂を入れ込んで出来たモノだという。

 しかし、そこに俺は疑問を感じた。

 まず、何故俺は、あんなに美しい、純白な少女の姿を夢の中で想像、創造したのだろう、と思った。どこかで見た覚えもなければ、好きな女優や漫画、アニメのヒロインの実写版でもない。

 俺の好みが反映されている―――という線はないと思う。俺の好みの女性と彼女とでは、なかなかのギャップがある。

 実は、それは深層心理であり、本当は彼女のような女性が好み……なんていうのは勘弁して欲しいところだが。

 それと、裸だったっていうのも気になる……。まさか、俺は夢で、本当にあの裸体を想像したのか……? い、いやいや、さすがに人体以外の物質は具現化できなかった、というところだろう。きっとそうだ。そうに違いない!

 それにしても、すぐに布団を被せたりなんかしなければよかった、と今更になって後悔した。あんなに綺麗な背中……柔肌を見たことなんて、今までなかった。

 そういえば……、あのときの俺の視界って、背中より先も入っていたような気が……。と思ったが、ピントは背中にピンポイントだった為か、鮮明には思い出せない。惜しい。非常に惜しい。モザイクで我慢だ。

 って、朝っぱら、しかも登校中に何を考えているんだ俺は!

 顔を横に振り、妄想をかき消す。カムバック現実。

 結局俺も、思春期真っ只中の健全な男子なのだなと思う。でも、あれを目の前にして、すぐに布団を被せた自制心は評価してもらいたいものだ。

 肩から少しずれ落ちてきた鞄を、軽く持ち上げて掛け直す。これだけでも、意外に気持ちは簡単に切り替わる。

 そして、そろそろ誰かに会わないかなと、周囲を見渡した。

「……お!」

 そんな矢先に、俺の目線の先には女子が2人並んで歩いていた。あれはどちらもクラスメートだ。交友関係を大切にする俺にとって、知り合いの女子に声をかけることなど造作もない。近くまで駆け寄り、爽やかな笑顔で挨拶する。

「おっはよ~う」

「あ、おはよう、氷室くん」

「おはよ~。後ろ、来てるよ」

「ん、おう……」

 微笑みと共にかけられた忠告をしっかりと理解し、俺は右手の裏拳を後ろに飛ばした。

「おぅつ!」

 裏拳は見事に、背後に迫っていた人物の額に決まった。

「悪い、事故だ」

「事故で裏拳が飛んでくるとは……」

 人物は、額に受けた衝撃でひっくり返っていた。足が格好悪く上がっている。起き上がると、しっかりと顔が覗えた。少年だった。

「朝っぱらからヒドいな、こおりしつ」

「朝っぱらから馬鹿だな、読み方がちげぇ」

 何年の付き合いだ、と俺は少年の額に手刀をかます。あうっ、と少年は軽く仰け反る。

「二度もぶったね!?親父にも──

「アムロじゃねぇ。ヒムロだ」

「あだっ!」

 三発目、掌打。そろそろ飽きたぞ。

「へへへ」

 少年は、三回目の仰け反りからようやく回復すると、屈託のない笑みを見せてきた。

 その顔は、高校生と呼ぶには少しばかり相応しくないほど、幼いように見える。しかも中性的で、遠目から見たら少女と見間違えられそうなほど、愛嬌に富んでいる。

 髪は茶髪のショートカットで、背は高校生男子の平均身長よりも幾分か小さい。

 しかし、そんな頼りない容姿の内には、人並み以上の炎を秘めている。それがこいつ、尾原(おばら) (けん)である。

 中学一年の頃から、ずっと同じクラスで互いの絆を深めてきた仲で、俺のことを『(キヨ)っち』と呼んでいる。

「そういやさ、清っちは部活の自己紹介プロフィール、ちゃんと書いてきたか?」

 そして健は、俺と同じ部活に所属している。中学から続けている、軟式庭球―――ソフトテニスだ。

 更に健は、最高のペアであり最高の相棒だ。

 特に相性が抜群で、中学の頃はそのコンビネーションで部の一番手の座に常についていた。

 ちなみに俺が後衛、健が前衛で、同地区の他校の部には、北中の『(アイス)(テール)』とか呼ばれていた。

 とにかくこいつは、縁が切れるなんて考えられない、唯一無二の相棒。俺にとってかなり大きな存在なのだ。

 しかし、そんな相棒にも止めて欲しいことがある。

 会うとすぐに、後ろから抱きついてくることだ。さっきもそれを予測した上での裏拳だった。

「ちゃんと書いてきた。だから離れろ、歩きづらい」

「嗚呼……いつもの通り、言葉も体も冷たいっ!」

 健がへらへらしながら、軽快な動きで俺から離れた。そして即座に、隣を歩き始めた。

 ところで、今の健の口から出た『体も』というのはどういうことなのかというと。

 俺の体は、本当に冷たいのだ。

 俺は、基本体温が常人より結構なほど低い。しかも、それに伴ってか身体の表面温度は冷えた金属並みである。

 そして更に、俺は汗というものを全くと言ってよいほどかかないのだ。これは、一番気にしていることだ。冷や汗は別らしいが(実証済)。

 代謝が悪いのかどうなのか……。普通なら病気、それも、かなり深刻な状態であるはずなのだが……。精密検査はしたことあるのだが俺は至って健康そのもの五体満足である。

 そんな体質であるためか、俺の存在は夏に重宝される。主にクラスメートに。健曰く「衣服をすり抜けて冷気を発している」らしい。

 歩くクーラーかっつの。

「ってか、まだ寒い時期なのに俺に抱きついて、寒くないのか?」

 夏には重宝されるが冬には拒絶される、哀しい扱いを受けている俺であった。

 すると健は、フフンと鼻で笑った後、嘲るように言った。

「分かってないなぁ。冬に敢えて氷菓子を食べるようなもの、または寒中水泳をするようなもの、だよ」

「ほぉ」

 成る程。健の言葉に、俺は納得した。

「っイッキシ!!」

 こいつはやせ我慢をする人間だということを。

 健は、ちり紙で鼻を念入りにかむと、ハッと何かに気付き、慌てだした。

「花粉症だよ」

「初耳だな。よって嘘だ」

 そのあと、俺たちは、他愛もない話をぽつぽつ話しながら、学校まで共に歩いた。

 もう、レイのことなんて、すっかり頭から離れていた。

 まぁ、今考えても仕方のないことだ。


──────


 俺らのクラス、二年B組の時間割表には、ちょっぴりゆるめの教師たちの名が連なっている。

 テストの点が良い生徒ならば、居眠りをしていても注意されなかったり、授業の邪魔にならない程度になら無駄話もしょっちゅうだったり、とにかく、楽だ。

 高校生活で最も楽しいとされる学年、二年生。それを満喫するにはもってこいである。

 担任も三十代前半の女性で、優しくおおらかノリも良い面白い先生だ。

 進級するにあたってクラス替えもあったのだが、俺にとっては、クラスメートも最高の面子だった。

 健をはじめ、中学からの同級生と前同じクラスだった連中がずらりと学級の半数以上を占める。その中には、同じソフトテニス部の仲間もちらほら見られた。これからの行事が楽しみで楽しみでしょうがない。

 ただ、ひとつだけ残念なのは、最初の席替えで、周囲に前からの友達がほぼいない席になってしまったということだ。いちばん窓側なのは嬉しいが、これでは退屈極まりない。早く仲良くならねば。

 四月は、まだ授業もろくな内容には入っておらず、先生の無駄話も多い。

 正直そういった話には興味がないので、俺は机の横に雑に置いてある鞄からクリアファイルを取り出した。

 そして、クリアファイルから、一枚の紙を引き抜く。その紙にはタイトルが大きく書いてあった。

『北高ソフトテニス部・部員自己紹介プロフィール(はぁと)』

 項目は全て記入してあるが、暇な時間を使って見直しをしようと考えたのだ。新入生にバカにされるような間違いがあったら、たまったもんじゃない。

(うん、問題……ないな)

 そういえば、自分の長所短所やら、特徴などを考えるなんてこんな機会でもない限りなかなかない。

 俺は、ふとそう思うと、鞄から手鏡を取り出した。

 それを窓の縁に置き、なんとなく自分の顔を改めてまじまじと見てみた。

 鏡には、頬杖をついた、なかなかに男前な男子が映されている。なんて、自分で言うとやたらに恥ずかしい。が、悪くないとは思う。

 黄色人種にしては色白な肌は、屋外競技であるソフトテニスで太陽の下に晒されていながら、全く日焼けというものをしていない。

 顔の上に乗っかる、整髪剤でキメたトゲトゲ短髪は、紺色に染め上げられている。

 キリッとした目に携えた、青色の瞳は、祖父に流れるロシア人の血が、強めに出たものである。この瞳は、俺のちょっとした自慢だ。

 しっかり日本人に見えるのだが、どこか外国の雰囲気を漂わせている。それが俺の印象。と、ソフトテニス部員の皆は言っていた。

 う~ん。やっぱり、悪くはない。自画自賛はあまりよくないとは重々承知だが、それでもやはり、良い顔をしてると思う。爽やかだし、顔立ちのバランスも良いし。モテ期とやらは何時来るのやら。待ち遠しいのなんの。

 そういえば、どうも最近は気付けば自分を磨くことに積極的になっている自分がいる感じがする。

 というのも、男子が見て呉れを気にする理由など、たかが知れている。

 気になる人がいる。勿論、一択一直線で異性。レイではない。断じて。だって、今日出会ったんだもの。まぁ、今後どうなるかは分からないが。

 で、その、俺が気にしている人物というのは、部活の先輩なのだが……ぼうっと考えていたら眠気が酷くなってきた。

 ん、これは……間違いない。

 逆らえないタイプの眠気だ。なら、従っておこうそうしよう。

 俺は、ゆっくりと目蓋を閉じた。まどろみというのは、どうしてこんなに心地良いものなのだろうか。これは、誰もが体験したことがある気持ち良さだろう。おそらく、小さい頃から俺は御世話になっていると思う。

 俺は、睡眠をとることがすこぶる好きだ。休みの日は半日くらい寝ていることもある。一日中、ベッドの中でゲームをしたり、本を読んで過ごすこともあるくらいだ。

 眠ることもそうだが、俺は寝起きのうとうとタイムも好きだ。しかし、今日の朝は非常に最悪だった。

 また夢にレイみたいなのが出てきたりしたら、さぞかし面白いだろうな。

 なんて、皮肉ってみる。二人目が具現化! なんて、心の底から御免被りたいが……。

 あ、意識が遠退く……。昼休みになったら、誰でもいいから起こしてくれよ。

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