Nightmare #3
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俺は、うつ伏せに横たわっていた。
意識が朦朧とする。夢の中なので、意識と言っていいのかどうかは分からないが……とにかく、視界がぼんやりとしているのだ。
やはり、大きな傷──ダメージは回復の速度が遅くなるらしい。こういったダメージを受け続ければ、死に至るということだろうか?
痛みもなかなか消えない。再生していく感覚をはっきりと体に感じてはいるのだが、塞がるまでは辛抱がいるようだ。
うつ伏せでは息が辛いので、右脇腹を庇うようにして、ゆっくり左に寝返りをうった。
「あぅ……! ……はぁ〜」
響くもんは響く。痛いのなんの。
そういえば……。レイはどこに行った?
「お疲れ様。大丈夫? 苦しく、ない?」
透き通るような声。否、透き通った声が聞こえた。
目を向けると、レイが俺を見下ろしていた。はっきりと視覚できて、なおかつパジャマを着ている。
レイは、膝に手を置いてしゃがみ込んだ。そして、手を伸ばして俺の頬を撫でた。ひとつひとつの動きがいちいち綺麗だ。
頬に感じるレイの体温はひんやりと冷たい。氷みたいだ。
実体があるということは、俺への『憑依』とかいうのは、解除しているらしい。
「本当にごめんなさい。私も未熟者だったのに……。知識があるからって、経験がないのに上手くいくわけないのは当たり前よね……」
戦うのは私じゃないのに、と申し訳なさそうに目を伏せた。心なしか、体を震わせている。
なんだ。
意外に。
こいつも普通じゃんか。
次元が違うとか、そんなこと、なかったんだ。
普通に心配するし、怖くもなるし、不安にもなるんだ。
「……謝るなよ。それより、心配してくれてありがとうな。意外に可愛いとこあるじゃん」
「当たり前よ。私、可愛いもの」
「…………」
けろっと全肯定ですか……。
それは可愛くない。
さて、とレイはすっと立ち上がり、先ほど氷漬けにしたマジシャンの方へ歩んで行った。
触れて、撫でて、叩いて……。
突き刺した。
「!?」
右手を、氷漬けのマジシャンの胸辺りに突き刺したのだ。
そして、ズッと抜き出すと、何かを握り持っていた。
ごつごつした黒い球体のような物体。その物体は……脈動していた。
あれは……人間でいうところの心臓みたいなものなのだろうか?『コア』的な。
それを……どうするつもりなのだろう――と。
思った。
そのときだった。
「はむっ」
こちらに背中を向けているレイが、なにやら可愛らしい声を漏らした。
…………はむっ?
「え……ええぇぇぇえぇぇぇぇぇ!!??」
俺は思わず飛び起きた。傷がずきりと痛んだが、そんなの関係ない気にならない。
はむっ、て!?
はむっ、て!!??
「お前……なにやってんだよ!?」
俺は驚愕としてがなった。
レイは、首をまわして振り向いた。不思議そうな顔を浮かべて──
「モグモグ……」
「いやいやいやいやっっっ!!」
──頬張っていた。
食っていた。
喰っていた。
先ほどのコアを……丸かじりで。熟れた果実のように。
そして、ごっくん……。
…………!
……グロい! グロいぞ!?
なんか滴ってるしぃぃぃ!!
血!? 血なのか!? 惡夢の血なのか!?
レイは、自分の行為に疑問を持たれていることなど全く気にせず、二口目を口にした。今度は、こちらを向いたまま。
「わあああああああ!! やめろやめろやめろやめろやめろ!! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いぃ!!」
そりゃあもう。
見ていて地獄だ。
グチュグチュ言ってるし。
だ、誰かモザイクをかけてくれっ!
俺は叫び喚く。本心から心の底から、目の前の現実(夢の中だが?)を拒絶する。
レイは、飲み込んでから、とうとう不快な顔になる。
「何? 私の初めての養分摂取に水を差さないでほしいのだけど」
「いや! 嫌! いやいやいや! そんなもんお前、何を摂取しているんだ!?」
俺の必死の言動をレイは無視して、残り野球ボールくらいの大きさのそれを、一気に食らった。
こえぇ! 怖い怖い怖い!!
本気と書いてマジで、俺は引いた。全力、全身全霊で引いた。
「…………」
「…………」
しばしの沈黙モグモグ。
モグ黙モグ黙。
そして、また再びごっくん。飲み込むと、俺を睨みながら言った。
「ごちそうさま」
「……お粗末さまでした」
これが……!
これが『夢喰』の夢喰たるゆえんか……!
そう思い知ったのだった。
──────
ようやく傷が全て塞がったので、俺は立ち上がってレイと向かい合った。
じゃあ、とレイが話を切り出す。
「そろそろ、戻りましょうか。本当にお疲れ様。明日からも、一緒に頑張りましょう」
明日から……。
俺は眉をひそめた。
俺はこれから先、こんな戦いに身を投じなければならないのか。そう思うと、じわじわと不安な気持ちになってきた。
レイは言った。あのゲル人形たちは『雑魚』だと。
あんなのが雑魚なら……これから先に出くわす敵というのは……。
「大丈夫よ」
思考を巡らせていた俺の頭に、真っ白な美声が響き渡った。
感情のない、いつもの純白な口調で。
レイが言ったのだった。
そして、さらに続けて口を開く。
「今日は、取り敢えずこの世界に慣れて欲しかっただけ。明日からは、しばらく練習と解説よ」
惡夢と対峙し、退治する以前に、能力を自在に使えるようにならなければならない。
レイは、そう言うと、微笑みもせずに続けた。
「あなたは強くなれる。私の存在意義を満たしてくれる、最高の夢守になれる。今日の動き……素晴らしかったわ」
…………!
レイはそう言うと、微笑んだ。
感情のない言葉は、ときに説得力があるものだ。
白。真っ白。純白。
白とは偽り無き色。真実の色。
レイは、俺に真実しか語らない。
彼女は『大丈夫』と言った。感情なく真っ白な言葉で。
ならば、本当に大丈夫なのだろう。確信を持っていいのだろう。
そうしてから、微笑んでくれたのは……。
彼女が、レイ自身が……嬉しかったからだろう。
俺とならやっていける。
そう思ってくれたんだ。
なら──
──女の期待に応えられない奴は、男じゃねえ。
付き合ってやろうじゃないか。
俺が必要なんだってんなら、とことん必要とされてやろうじゃないか!
そして俺は微笑んだまま、その思いを口にした。
「頑張るよ。お前と一緒なら。頑張ってやってみる気になれる──なってやるよ『夢守』に!」
レイは、頷いた。
頷いてから、言う。
「じゃあ、起きましょうか──現実に」
細い右腕と指先を、俺の額に向けて伸ばしてくる。
そして……。
「おはよう、清♪」
軽いでこぴんをされて、俺の意識はここで途切れた。
最後に目にしたのは、無垢な白が広がる空の色だった。
俺は、そのとき初めて、その純白の夜空を、綺麗だと思えたのだった──。