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Romance of Fake  作者: アキ
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True2

 

 僕は自宅に戻ってからも後悔していた。

 あんなことをしなければ。

 あんなことをしなければ。

 あんな恥ずかしい目にあわなくて済んだのに……。

 帰ってきて早々、優ちゃんの面倒も見れずに、バッグを放り出してテーブルにうつぶせになり静かに泣いていた。

 もうだめだ。

 どうしてだろう。

 普通ができない。

 普通の暮らしができない。

 仕事も私生活も、どうしてこんなに上手くいかないんだろう……。


「ママ、だいじょうぶ?」


 優ちゃんが子どもながらに気を遣ってくれる。

 でも、僕に応える気力は全く無かった。

 何かを感じたのか、彼女は慣れない手つきで一生懸命大きな冷蔵庫を開け、中から彼女が大好きなミルクを両手で抱えた。僕がいつも使っているコップまで取り出そうとしているところをようやく発見して、慌てて僕は復活した。


「大丈夫、大丈夫だから。ね? ママのために、ありがとう」

「うん……」


 牛乳パックをやさしく受け取り、僕は、二つのマグカップに注いだ。

 冷蔵庫に片付けて振り返ると、優ちゃんは俯いていた。


「ごめんね、ママ」

「ん? どうして?」

「あたしがママになってって、いわなきゃよかった」


 この服装をしているとき、4歳の娘は、僕のことを『ママ』と呼びたがった。最初はやんわりとそうじゃないと否定していたのだが、そのたびに悲しそうな顔をしてしまうのであきらめてしまい、そのまま僕自身もこの女性の姿をしているときは『ママ』として生活するようになってしまっている。『パパ』と『ママ』。僕は、一人二役を演じていた。そして優ちゃんはそれを強く望んでいた。

 けれど、そんな小さな娘が、自分の願望に後悔の念を抱いてしまっていた。

 子どもを悪役にしてはいけないっ。

 そもそもが自身の恨みからきた行動でもあったことから、僕は、強く彼女を抱きしめた。


「そんなことないよ。ママは優ちゃんの『ママ』で、パパは優ちゃんの『パパ』だからね」

「ほんとう?」

「うん。だからね、そんな顔しないで。かわいいお顔が台無しだよ?」


 僕は、そっと、ポケットの中に忍ばせていたハンカチで瞳から流れる小さな雫をふき取ってあげた。

 育児。

 僕には休息なんてなかった。

 落ち込んでいるときでさえ、時間は、どんどんと過ぎていく。その間に、彼女の小さなおててはゆっくりと大きくなっていくし、彼女の小さなアンヨもゆっくりと大きくなっていく。服のサイズも変わっていくし、どんどんと知性を学んでいく。おそらく、自分の発言と要求がとんでもないことだということも理解しているのかもしれない。育児に休憩はないみたいだ。

 それに。

 このような気遣いをさせてしまうとは、親として、失格だと思った。

 気遣いがこの歳でできるようになってしまっているのだ。

 子どもはやっぱりのんびりと屈託無く笑っている方が似合う。

 僕は、尽きた力を振り絞った。


「ごめんね、優ちゃん。あっ、そうだっ。そろそろお昼になるし、一緒にお料理しよっか?」

「うん!」

「なにが食べたい?」

「パンケーキ!」

「そっかぁ。それなら、このママのミルク、使ってもいいかなぁ?」

「うん、いいよー」

「うん、ありがとう。そうだなぁ。パンケーキの粉、どこにあるかわかるかなぁ?」

「わかるよっ」

「じゃあ、探すの、お願いしてもいいかなぁ?」

「うんっ。できるもん!」

「元気があってすごいよっ。よし、それなら、ママは卵を探しちゃうよぉっ」

「うん!」


 そうして、優ちゃんはドタドタと、小さな身体を振り絞ってパンケーキの粉とのかくれんぼをはじめた。

 僕はその姿に安堵しながら、自身の瞳にも、子どもには見せてはいけないものが再び溜まって行くチカラを感じてしまった。

 つらい。

 つらい。

 つらいっ。

 どうして。

 どうして僕は。

 きちんとできないんだろう。

 どうして……。

 あぁ、もう。

 どうしよう……。

 仕事も見つからないし。

 また履歴書を作成しないと。

 また残高が。

 また……。

 すでに、ココロが耐えられなくなってきていた。


「ママ……?」


 心配されてしまった。

 僕は必死に笑顔を作ろうとして。

 けれども上手くできずに。

 彼女を抱きしめることで誤魔化した。


「ごめんね、優ちゃん。『ママ』がもうちょっと上手にできたらいいのにね」

「ううん。『ママ』はちゃあんと『ママ』だよ」

「ごめんね、優ちゃん。『パパ』がもうちょっと上手にできたらいいのにね」

「ううん。『パパ』はちゃあんと『パパ』だよ」

「ごめんね……」


 小さな温もりが伝わってくる。

 心臓の鼓動が伝わってくる。

 あぁ。この子も生きてる。生きてる……。

 申し訳ないけれど、僕は彼女からエネルギーをもらっていた。

 こうして抱きしめていると不思議と活力が生まれてくる。

 親として。

 頑張らなきゃ。

 充電中だ。


「ママ?」

「あ、ごめんね。苦しかった?」


 少し笑顔が作れた。

 でも。

 彼女の眉尻は。

 ハの字に下がっていた。


「パパになってもいいんだよ?」


 でも。

 そんなことを言ってくれたけど。

 あの表情をされてしまうと。

 戻るに戻れない。

 どうして欲しいのか、わかっちゃうから……。

 僕は、より、大きく微笑んだ。


「大丈夫! だってママ、今日、男の人にも女の人にも、綺麗って言われちゃったもん。年齢にしてはとも言われたけど」

「それでげんきなかったの?」

「う、う~ん……」

「ちかん? なんぱ?」

「どこで覚えたの、そんな言葉……」

「てれびでいってたもん」

「そっかぁ。しばらくテレビはあまり見ないほうがいいかもねぇ?」

「ううん。やだ。だっておもしろいもん」

「そっかぁ。それなら見るテレビをちょぉっと変えてみよっかぁ?」

「ぷりきゅあはみるよ」

「そうだね。プリキュアは一緒に見ようねぇ」

「ねぇ、どっち? ちかん? なんぱ?」


 どうしてこうも喰い付く。


「う、う~ん……」

「わかった! ちかんだっ!」

「りょ、両方です……」

「やっぱり!」

「う~ん……。優ちゃんのお口はすっごくカワイイねぇ?」

「ご、ごめんなさい……」


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