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Romance of Fake  作者: アキ
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 あえて。

 性的な要素を含む関連のタグはつけていません。


 しかし。

 警告タグは必ずつけなければならないようです。

 マニュアルにはそのように書かれています。


 理屈はわかります。

 理由はわかります、が。

 どうしてでしょうね。


 つまりは。

 読む人によっては、そういう類のニュアンスも含むかもしれない小説です。


 よって。

 警告タグ代わりにここでお知らせしました。

 ご不快に思われる方がいましたら、大変、申し訳ありません。


 ですが。

 あえて。

 性的な要素を含む関連タグはつけません。


 では。

 よろしければ。

 ご覧になられてください。

 

 僕、鈴村 孝之(たかゆき)は再就職の面接先に来ていた。

 胸を高鳴らせて会社の待合室で、横一列に並ぶ机のイスに座って面接を待つ応募者は僕の他に2人。いずれも女性で、たぶん、第二新卒なんじゃないかと思う。30を過ぎた僕よりもずいぶんと若いのだから、その見立てに間違いないはずだ。彼女らは真新しいスーツを着ていて、スカートの上に礼儀正しく手を置いていた。

 しっかりしてるなぁ。

 と、僕はしきりに感心した。それから彼女らのような、生の女性姿を近くで目撃したことで、勢いでバカげた行動をしてしまったことにより強く後悔した。というのも、実は僕、女性モノのスーツを着ているのだ。パンツスーツで、インナーもそれなりに見栄えの良いものを選んでいる。ただ、鏡でも確認したし、ここまでバレていないようだから、ちゃんと女性に見えるのだとは思う。

 本当におかしなことだけれども、一応、女と偽って履歴書を出したのには真っ当な理由がある。

 子どもの優子の存在だ。

 妻が他界してしまい、どうにも仕事に手がつかなくなってしまった僕は、リストラの対象となってしまった。無職のままでは愛するわが子を養えない。なんとか働けないかと再就職先を探しているのだが、しかし、なかなか思うように見つからなかったのだ。4歳の女の子を抱える僕には出来る仕事が限られていたからだ。今まで何も気にしなかった『残業』の二文字が重くのしかかり、さらには保育所といった子どもを預かってくれる施設も満杯で、せっかく苦労して見つけた定時で帰れそうな『事務員』にしたって、女の子たちばかりが求められる。男は、逆に仕事がなかったのだ。

 日に日に減っていく通帳の残高。

 僕は焦った。

 一社を受けたとして、だいたいその採用通知は一週間後。一週間もあれば、残高の減り方は激しくなる。どんどんと減っていく数字に、僕は、精神的に病みそうになっていた。

 そんなとき、アパートの中で僕とかくれんぼをしていた娘が、懐かしいDVDを掘り出した。大学時代にサークルで作った映画を録画したものだった。僕はその学園祭で、賭けに負けたことと仲間に求められたということもあり、『孝之(たかゆき)』ではなく『(ゆき)』として女役を乗りこなすことで笑いと困惑を供給した。その当時のDVDだ。

 娘にせがまれ、しかたなく、僕はディスクを再生した。よくある恥ずかしいラブストーリーで、最終的にはヒロインの僕と主人公の男の子がキスをするところで物語が終了する。そんな恥ずかしい黒歴史に娘は目を輝かせていたけれど、「パパはぁ?」という質問には焦った。「パパはね、そこにいる女の子の格好をした人だよ」と、何度か深呼吸をして回答したが、「パパって、ママだったの?」という純粋な疑問には肝を冷やした。すぐに返答ができないでいると、「パパ、きれいだよ」と、笑顔で画面にへばりついていた。

 僕はDVDを捨てていなかったことに後悔した。「あれ? ママだっけ?」と優ちゃんは首をかしげはじめていたのだ。慌てて停止ボタンを押して、そんな時間でもないのにお昼寝の時間と偽って、二人でごろんと横になったのだった。

 あれからだ。

 僕が、面接に落ちるたび、妻のスーツに目が行くようになったのは。

 優ちゃんは就職先を探しているとき、常に、きちんとお留守番を一人でやってくれている。4歳の女の子にそんな大仕事を任せているのだ。早く面接が終わればいいのだけれど、といつも冷や冷やしていた。その状況は、僕をさらに追い詰めていった。

 早く、就職をしなければ。

 早く。

 早く。

 早く……。

 僕は何度目なのかもわからない不採用の通知を職業安定所の担当者に報告したとき、企業が女性の事務員を募集していたとの言葉を聞いて、自身が、崩壊していく感覚を味わった。

 そうか。

 そんなに女が好きなら。

 やってやるよ。

 見てろよ、お前ら。

 復讐してやる……。

 その晩から、妻の残していった化粧品との戦いが始まった。過去や経験から自信があったので、そのおかしなプランは本気で成功すると思い込んで行動していた。幸い、体格は妻よりも小さめだったことから、妻のパンツスーツは難なく着こなせた。体型も関係しているのかもしれない。インナーも全て揃っていた。

 真夜中の着実な努力の甲斐があって、元々のたおやかな顔立ちも手伝い、すぐに妙齢の女性に見えるようになった。さらに化粧が上手くなってくると、鏡に映る顔は、もう完璧に『女』にしか見えなくなっていた。納得のできる形になったが、しかしそこで事件は起こった。化粧した顔を三面鏡で確認している最中に、優ちゃんがトイレに行こうとして起きてしまったのだ。僕の顔を見て驚く優ちゃんに内心ドキドキしながら、一人ではトイレに行けない愛娘のために、その顔のまま、僕はトイレについて行ったのだった。

 優ちゃんが僕に「ママになって」と甘えてくるようになったのは次の日からだ。

 僕にまで母を求めてくるなんて、この子はずっとママがいなくて寂しい思いをしていたんだ……。

 涙を堪え切れなかった。

 そうして。

 妻の残した服を着て。

 妻の残した化粧をして。

 母親となって優ちゃんに絵本を読んであげる曜日ができた。

 水曜日と土曜日。

 週二回だ。

 二人だけの秘密の時間。

 今日は水曜日だ。

 だから女装をしているというわけではないのだけれど、偶然、面接日と曜日が重なったことによって僕はこの格好で行く言い訳をしなくて済んだことにホッとしていた。寂しそうな優ちゃんのおでこにキスをして、「ママ、行ってくるからね」と手を振ったのが2時間前。震える足で僕は外に出たけれど、優ちゃんは、もっと恐ろしい目にあっている。今もちょこんとたった一人でお留守番をしているのだ。早く帰らなければと、僕は今も焦っている。

 ドタドタと、慌しい足音が聞こえた。

 面接官がようやく到着したらしい。

 遅い。

 優ちゃんは今もアパートで待ってるってのに、なにをしてるんだ。

 僕だってこんな姿で外に出たくないのに、なんてことをしてくれるんだ。

 緊張と焦燥と憎悪でイライラしていると、待合室のドアが開いた。

 頭髪の薄い、人のよさそうな40代の男性だった。


「遅れてすみません。私が人事担当の細野です。もうすぐ社長も来ますので、その間に自己紹介でもしましょうか。では、まずはそちらの女性の方から」


 彼は向かい合うようにして少し離れたイスに座り、手に持つ履歴書類を机に並べて、ニッコリと人の柔和な笑みを浮かべて僕を指名した。僕は返事をして立ち上がろうとしたけれど、「座ったままでいいですよ」と細野は頬を緩ませていた。僕は、前もって考えていた事実に近い嘘の設定を口から出すことにした。


「ありがとうございます。私は鈴村雪と申します。8年間、株式会社○○にて、営業補佐を担当しておりました。そこでは――」


 と、そこで、ガチャリとドアが大きく開いた。


「あぁっ、すみません。遅くなりまして。私が代表取締役の新村というもの、で……」


 男性の顔を確認して、僕の足がガクガクと震えた。

 彼もまた驚いた様子で僕の顔をじっと眺めていた。


「雪……」


 彼は、大学時代の友人で。

 学園祭で一緒に映画を撮ったサークル仲間で。

 卒業して以来、一度も会っていないという懐かしい人で。


「すみませんっ! 急用を思い出しましたので、失礼させていただきますっ!」


 少しだけ、不本意ながら撮影の最中に。

 本来の孝之ではなく。

 偽者の雪として。

 ほんの少しだけいい雰囲気を作ってしまった主人公の。

 大きく成長した男の姿だった。

 

「ちょっ! ちょっと、待ってくれッ! 雪!」


 部屋から出ようと逃げる僕。

 当然だ。

 こんなおかしなトリックをしていることが人にばれてしまえば社会的な信用はめちゃくちゃになってしまう。

 でも。

 腕を捕まれてしまった。


「いたっ」

「あっ。すまない。しかし……。相変わらず雪は綺麗だ」

「別人です」

「間違うはずがない。俺はずっと雪の――」

「放してください」

「もう一度、やり直せないか?」

「まるであのとき付き合っていたかのように言いますね」

「ほら、やっぱりそうだ。あの学園祭以来、雪の顔がずっと頭から離れないんだ。虚構の存在だとはわかっているのに、あれからいろんな女と付き合っているのに……」

「ッ! 放してくださいっ」


 僕はなんとか振り払って駆け出した。


「待ってくれ、雪! 少し話がしたいだけなんだッ!」

「社長。面接がありますので、どうかこの場を」

「くっ……!」


 やっぱりこんなことをするんじゃなかったと。

 大きく。

 後悔をして。

 僕は駅へ急いだのだった。

 

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