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とある編集者のお話

作者: MTL2

「……んぁ」

「ん……」


この季節、この寒さ

布団から出るなど愚かしい行為だ

しかも本日は土曜日。是非とも寝ていたい

だが俺にはやらなければならない事がある

そう、小説を書くことだ


「ぬぁーー……」


ずるり、とゾンビよろしく体を引きずり起こす

俺愛用の紅いノートPCを起動させパスワードを入力

出てきた画面にはお気に入りの壁紙とウイルスソフトの更新経歴

画面端に表示された時計は10時16分

少し寝過ぎたか


「さて……」


一応、説明しておこう

俺は先程『小説を書く』と言ったがそれは厳密には間違いだ

俺は送られてきた小説を編集するのが仕事なのだから


「うげぇ……」


送られてきた小説には毎度の事ながら3000を超える文字が連なっている

『雇い主』と俺が呼称するその小説の原作者は馬鹿みたいなジョークか愚痴と共に小説の書かれたメールを送ってくる

適当にそれを読み流し、俺はメールを表示した小さなウィンドウを隣に置いて作業を開始する

作業は簡単

物語に不備はないか。矛盾はないか。誤字はないか。

それを確認して文字を打ち込むだけ。以上

簡単に思えるかも知れないが、これがまた重労働なのだ

確かに一週間に1回だとか一ヶ月に3回だとかなら、俺も苦労しないだろう

むしろ送られてくるのが楽しみになるほどだ

しかし、この小説にはあるタグが禍々しく貼り付けられている


『毎日更新』


これまた、まぁご丁寧に解りやすい言葉だことで

それはつまり、俺がどんなに疲れていようとも小説を編集しなければならないことを指す

編集時間は日によって変わるが、まぁざっと4時間ぐらい

それを毎日だ

365日。正月もバレンタインも節分も七夕も夏休みもハロウィンもクリスマスも関係無い

平日は帰宅すれば、休日は起きたら作業を開始する

これを一年も続ければ慣れるが、慣れない方が良いだろう。普通は


「……ふーん」


とは言え、俺も雇い主の書く小説の読者なのだ

この人の作品は当てずっぽうの思いつき。つまり序盤は超展開や馬鹿展開の連続なのだ

しかし後半は当てずっぽうの思いつきだと思っていた物のが伏線だったりする

これは、まぁ、何と言うか、面白い

いや、作品自体はどうかと思うが


「あ、誤字」


誤字を修正して文字を打ち続ける

何分か繰り返していると飽きてくるので少し息抜き

俺は季節も時間も関係無く氷をよく食う

主食と言っても問題ないぐらいだ

ゴリゴリという音、そしてカタカタという音

氷を噛み砕くのとキーボードの音が重なって少し耳障りだ


「……」


ふと、この前、友人に言われたことを思い出す

その人も小説書きで俺が思うに雇い主より文書力が高いと思う

話の内容を見せて貰ったことはないのだが、是非とも見たい

さて、何を言われたかというと

『後書きって書かねぇの?』だ

前作から今作まで、雇い主は後書きを『読んでいただきありがとうございました』に統一している

100万文字突破とか、一周年とかは流石に違ったが。それでも無愛想な説明文のような物だった

友人いわく『キャラを作る工程とか話の流れとか。そういうのって重要だぜ』だそうだ

すまない、友人よ。キャラは俺と雇い主の思いつきだ。書けるものじゃない

話の流れも先ほど言った通り思いつき……、らしいので不可

しかし、実は俺も雇い主に色々と進言してはいるのだ

後書きのこともそうだが、物語の話の流れだとかそういう物を

まぁ、相手が愛想良く「うん、解った」などと言ったことは一度も無いが。


「……あぁ、そうなるのね」

「ありゃ?こいつの技名って何だっけ……」

「間違ってんじゃねぇの……」


こんな独り言は日常茶飯事

何せ今、編集しているそれは実にキャラ数五十超え

気付けばその数になっていたらしいが、何とも恐ろしいな。思いつきめ

しかし俺はそれ以上に恐ろしいことがある

雇い主の記憶と想像力だ


「あ、合ってるわ」


この男……、とは言っても所詮はネット上の繋がりなので正確には解らないが

雇い主は全てのキャラの過去や性格などを完全に記憶している

武器や戦法、戦い方まで

雇い主の小説編集歴が6年になる俺でも、未だ彼の記憶力に驚かされてばかりだ

そう言えば、なのだが

つい数ヶ月前に妙なことが起こったのを話しておきたい

タグにも……、まぁ俺が無理やり言ったのだが

タグにも書かれている『文書表現の突然変異』だ

突然変異、では語弊があるかもしれない。あれは徐々に、だった

だけれど変異したのは間違いないのだ


―――――――――――――――――――――――――――――――


「パンチ!」


ゴガァアアアアアアアンッッ!!


「ぐぅっ!!」


―――――――――――――――――――――――――――――――


これが


―――――――――――――――――――――――――――――――


「この一撃をッッ!!」


××の放った一撃は○○の臓物を掻き分けるように腹に沈んでいく

鉄が如き拳を受けた○○は表情を酷く歪め牙を剥き出しにする

込み上げる胃液を必死に抑える彼だが、その足は宙に浮き上がる


「がッッ……!!」


―――――――――――――――――――――――――――――――


これになったのだ

変異、と明記したのは決して間違いではないと俺は思っている

成長と言うのが正しいのかも知れないが……、俺はこう明記させて貰った

何も思いつきだとか嫌がらせだとかじゃない

ちょっとしたジョークだ


「ん」


編集が終了し、お決まりの『読んでいただきありがとうございました』を書く

この時、時計が指していたのは17時29分

今日は思ったよりも作業が長引いてしまった。失敗だな


さて、話は変わるが友人に『どうして、それを続けるんだ?』と聞かれたことがある

確かに何も俺だけにしか出来ない作業じゃないし、やろうと思えば小学生でも可能だろう

さらには何の得もならないし『雇い主』なんて言えど給料はくれない。当然か

これを踏まえた上で友人が『どうして続けるのか』と言うのは当たり前だろう

そうだな、簡潔に言うなれば腐れ縁ってやつだ

俺は雇い主と知り合ってから小説を編集してきた

別に雇い主が嫌いなわけでもないし、俺はこれを止めたらきっと後悔するだろう

明確な確証も理由もないが、それだけは言えると思う


「……昼飯、食い忘れたわ」


伸びすぎた髪を掻き毟り、ふと空腹を思い出す

氷は食感は好きだし冷たいから良いけど空腹を満たすはずもない

作業が終わって急激に鳴りだした腹を押さえて鍋に水を目分量で入れる

勿論、昼飯……、と言うよりは晩飯に近いが、カップラーメンを食うのだ

『火を使うときは側を離れない』なんて常識だが俺はまぁメール見るぐらいなら良いかな、と台所を離れる

IDとパスワードを入力して開いたメールフォルダには一通の新着メール


「はいはい、っと」


誰からだ?

……雇い主か。今日の作業は終わったはずだが


『やっほー、元気?俺、俺!雇い主!!』


オレオレ詐欺か


『今日さぁ、何か調子よくってさ!明日の分も書いちゃった!!』


へぇ、珍しい


『今日中に編集して投稿しといてね!!』


ちょっと待て


と、こんな事は三ヶ月に一回はある

こんな雇い主だが根気と想像力は一人前なので俺は嫌いではない

おっと、湯が沸騰している

早くラーメンを作らなければならんな

さて、明日も編集が待っている

全く……、編集者も楽ではないようだ



読んでいただきありがとうございました

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