導キシ者
「ねぇ、ちょっとぉ、聞いてくんなぁ~い!」
ギャル風の女が耳元で叫ぶ。
「タクったら、あたしから5万もせびっていったのよぉ~!ありえなくなぁ~い!」
・・・本当に勘弁してほしい。今はそれどころではないのだ。空気読めよ!
今は国語の授業中。そして、教室内は静まり返っている。さらに言えば、僕はいま指されて音読中だ。 「もう、うるさいんだよ!!」
我慢できずに声に出す。
「え~、どーしてよぉ~・・・。」
どうしたもこうしたもあるか!・・・と言いかけて、ハッとする。
うん、思った通りの痛々しい視線だ。
「どうかしたのかね?月宮君?」
「・・・いえ、なんでもないです。」
まったく、本当に困ったものだ。どうしてこんなに付きまとわれるんだ!!
続きを読み終わった瞬間、いい具合にチャイムが鳴る。
4時間目が終わった今は昼休憩だ。僕は真っ先に教室を出て、屋上に向かう。
普段授業を受けている中央校舎と渡り廊下でつながれた、東校舎と呼ばれる校舎に向かう。その三階には空き教室があり、さらに階段を上る。中央校舎の屋上は閉鎖されているため中に入れない。だからわざわざ、この東校舎に赴くのだ。
ドアを開けると、5月のそよ風が心地よく吹き抜ける。
僕は先ほどの彼女に向き直った。
「さて、待たせたな。汝の話を聞いてやろう――――――。」
話によると、彼女は恋人であったタクヤという男にさんざん金を貢がされた挙句に捨てられたらしい。
「で?あんたはその後自分がどうなって死んだのか聞きたいんだな。」
ハンカチで涙をぬぐっている女に問いかけた。
「そうよぉ。どうしても思い出せないのぉ。」
「思い出せなくて当然だ。あんたは幽霊だが、身体も精神も死んだときより十年前の姿だ。」
もうお分かりだろうが、この人は幽霊だ。ただ、僕がさっき言った通り、ほかの幽霊とは少し違う。こういう幽霊は少なくない。というか、けっこういる。
「あんたに頼めばいいって言われたからぁ~・・・。」
・・・『誰がそんなこと言いやがった!』とい聞いてやりたいところだが、ぐっと抑える。・・・犯人なんてだいたい検討はつく。
「・・・承知した。汝の望み、叶えよう。」
僕は、左の袖を大きくまくる。そして、左腕に描かれた緻密な紋章をあらわにした。
女性がその紋章を見た。 ――――――――今だ!!
「天界に住まう者たちよ、この女性の生き様を我に伝えよ!」
紋章が光りだす。その光が最も大きくなった瞬間、僕は女性の腕を左手で掴む。すると、光は僕から女性へと流れてゆく―――――――――――。
『ねぇ、タクヤ・・・もうイヤ!あたし、働きたいの!』
『へッ、お前がはたらくぅ?ムリだよ、ムリ!別れんならさっさと消えろや!』
・・・勢いで出てきてしまったものの、行くはてなどあるわけでもない。今更田舎になんて帰れないし。
その日から、とりあえず職を探した。そして、たどり着いたのは、一軒のパン屋さん。入り口には、「アルバイト募集中」の張り紙。
『お願いします!働かせてください!』
そのパン屋さんは、一家で経営していたらしく、その家族のみなさんの前で言ってみた。当然渋い顔をわれる。まあ、当たり前か。こんな女、やとってくれるはずがないのだ。
『ええよ。そのかわり、バンバンこき使うからな!』
おかみさんがニカッと笑っていった。その他の人はギョッとしている。
『あたしも昔はヤンチャしとったからなぁ。分かんねん、ヤンチャの子もみんながみんな根性からクサッとるわけとちゃうんや。』
おもわず涙がこぼれた。何回も何回もありがとうございますと言った。
その日から、死ぬ気で働いた。食品を扱っているというだけあって、細かいことまでとても厳しい。しかし、その日の恩を返すべく、必死で働いた。
私も家族として迎え入れられたようで、みんなとても優しく、厳しかった。
仕事の合間をぬって、いろんな資格を取ったりもした。
しかし、あの日、、、
私は、ある日突然、車に轢かれた。ものすごい衝撃と痛みを感じた。
ああ、もう死ぬのか・・・と思った。でも、悔いはない。いい家族に出会えて、本当に良かった。こんなに素晴らしい人生は、そうそうあるまい。
あ、でも・・・あの人に気持ちを伝えられなかったな・・・・。
――――――――――そこで意識は途絶えた。
僕が腕をはなす。
女性の目に、涙が滲んだ。
「そっか・・・そうだったんだ。どうして忘れちゃってたのかな・・・・?」
しかし、その女性には、数分前の姿は見る影もない。黒く長い髪を風にゆらす、清楚な女性になっていた。
「あなたのように、精神も身体も若返って霊になる人は少なくない。それは、自分が生きたまま生まれ変わったときのことを思い出し、よい転生につなげるためだ。だから、オレのような者がいる。」
女性はコクリとうなずいて言った。
「そうね。とてもすっきりしたわ・・・。」
そして、遠くを見つめた。
「・・・おまけも見せてやろう。」
そして、僕は再び彼女の腕を掴む。
とある女性の葬式の時、片隅で静かに涙を流す男がいた。
『・・・なんでだよ・・どうして・・死んじゃったんだよッ・・・・!!』
その男は、死んでしまった女性が働く店の常連客で、彼女を目当てに通っていたのだった。
『・・・ずっと・・・好きだったのに・・・・。』
「・・・そうだったのね。」
女性が目を伏せる。
やがて、女性の体が薄れてゆく。・・・時間が来たのだ。
「あの人に伝えておいて。幸せになってねって。・・・あと、私もずっと・・――――――
徐々に薄れていた体は、完全になくなった。とびっきりの笑顔を見せて。
「・・・転生したのね。」
後ろから突然声をかけられる。幼馴染の長瀬澪だ。こいつには霊感があり、今までのいきさつはすべて見えていたはずだ。
「ああ、そうだな。」
「・・・で?そのメッセージは伝えるの?」
・・・伝えたいのはやまやまだ。でも・・・。
「いや、伝えられない。オレたち【霊導師】は、その手のことは一切禁じられている。」
「じゃあ、【霊導師】じゃないあたしは、伝えてもいいのよね?」
いつも通りの会話が、今回も繰り返される。そして僕は、いつも通りにこたえる。
「勝手にしろ!」
いつも通り、顔をほころばせばがら。
一週間後。澪は、満面の笑みで登校してきた。理由はあえて言わない。
そして、澪の後ろには、今日も迷える霊がいる。・・・どこからこんなに集めてくるのか。それは永遠の謎だろう。
そして、いつも通り昼休憩。今日も僕は、屋上に向かう。