恋愛相談ですねわかります。
畳みかけるように身を乗り出してきた二人に圧され一歩退く。しかし足元でがさりと音を立てたゴミ袋にそれ以上後ろに下がることはできなかった。このままでは生ゴミの山に背中からダイブすること請け合いである。
私はびくりと肩を震わせ……たように見せかけ、怯えたように見えるよう両手を胸元で握りしめてから下を向いた。頭の中ではぐるぐると答えのでない思考が回り続けている。
この店で唯一黒目黒髪を持つネヴィの情報を知りたいと彼らは言う。しかし、騎士団長自ら店長に尋ねればいいのでは?身内なのだから簡単に答えてくれるだろう。この世界に個人情報保護法なんてものがあるとは思えない。それとも聞けない理由でもあるというのか?
そもそも何故彼らは―――フラグ美形男は、彼女の名前さえ知らないのだろう。彼らの言葉を額面通り受け取るならの話だ。地位が高いのだろう自分のことを話せないから、と尋ねなかったから?あるいは、逆に語られなかったか、だ。ネヴィ自身がそれを隠した可能性もある。
……何のために、などと今は考えない。
(あと……、どうしてこんなに勢い込んでるのか)
まるで情報源が私しかいないと思わせる態度だった。さっき、私は何を言っただろう。食堂で働いていて、接客をしておらず、食材の下拵えをする下っ端である―――などと、特におかしな部分もないはずだ。
「……リカルド。貴様まで脅してどうする」
「なっ、あんたにつられただけだっつの! 大体、いつもそうやって愛想の欠片もないから怖がられるんだよ!」
「へらへら笑えというのか。くだらん」
「誰がんなこと言ったよ?!ええ?」
―――待てよ。そういえば今日は団体客で忙しくて、ネヴィは少しの間接客に出ていた。私は買い出しを頼まれて……帰ってきたときに、入り口で屯する集団を目撃したわけだ。騎士団長もネヴィを探していたのなら、あの時に見つけられなかったのか?ううん、女性集団に捕まって足止めを食らっている間に入れ違いになったのかもしれない。
おまけにこのフラグ美形男。騎士団長より更に場違いな彼はこんな店に来れば浮きに浮くだろう。だからこんな時間にやってきたのか?……ゴミ捨てに行ったのが私でなく彼女だったなら、彼らの目的は果たせた、と。しかし、何故―――。
(黒目黒髪、だから?)
ひそひそと話す二人を放置して俯いたまま色々考えていた私は、突然わざとらしく響いた咳払いに身を固くした。
「本当に、すまない。貴女を怯えさせるつもりはなかった。信じてくれ」
「……俺は、彼女のことが知りたいだけだ。頼む」
穏やかに、宥めるように。声だけを聞けば誠実で紳士的な印象を受ける。くそ、下手に出られてしまった。片方だけでもあのまま高圧的に強引に話を進めてくれれば、怯え続けるふりをして夜を待つこともできたのだが。あ、危険だから送ろうとか言われて家を特定されても困るか。
どうする。どうやって、この場を切り抜ける。私はゆっくりと顔を上げて、どこか困ったような笑みを浮かべる騎士団長と、憮然としつつも反省している様子のフラグ美形男を交互に見やった。
当然のことながら、ここで断ることもできた。どちらも―――ひとりはいまいち信用できないが―――常識を弁えているようで、恐らくは、暴力に訴えることはないのだろう。自分達が強引に話を進めていることを十分理解している。
ただ断ってしまえば、その言葉の選びようによっては相手に不信感を抱かせることになりかねない。せっかくネヴィにしか目が向いていないというのに、こちらに飛び火するなんてことは避けたかった。
人身御供?薄情者?そんなこと、あの日彼女をゴミ捨て場に追いやったときから分かっている。
「………あの、」
―――でも。
知っていることなら全部話してやればいい、この状況から一刻でも早く解放されるなら。悪魔の囁きにも似た、そんな切実な欲求を押さえ込んだ感情がここにある。ああ、やはり、私は甘い。というより罪悪感を覚えたくないのだ。罪人になりたくない。責めを負いたくない。
見捨てるのなら最初から、途中で手を差し伸べたりしてはいけない、同情なんてもってのほかだ、自分が助かりたいなら!……ああ。所詮、私はどちらも選べない中途半端な存在だ。
「私が言うべきことじゃないかもしれませんけど、そういうの、……良くないと思います」
私のその言葉に、男二人が息を呑む気配がした。
この場をどうやって切り抜けるか?彼女の情報を漏らさず、かといって彼らを完全に拒絶しないにはどうすればいいか?上手くいくかどうかなんて分からなかった。でも始めてしまったものは仕方がない。
私はでき得る限り真剣な表情で、否、きらきらと目を輝かせて真っ直ぐにフラグ美形男を見つめた。ターゲットにするなら、こっちが適任だ。……騎士団長はどうせものすごく女慣れしているに違いないのだから。
「な、……なんの話だ?」
「いえ、ですから。彼女のことが知りたいんですよね?でも、駄目ですよ。周りから聞いたって彼女のことなんて分かりっこないです」
「……え?」
あ、空気が固まった。はっは、よもやそっちに話を持っていくとは思わなかっただろう。さっきフラグ美形男はひとつ失言を犯した。最初は単に黒目黒髪、その人物、と個人を特定しない曖昧なことを言っていたくせに、今度は“彼女”と確実に限定してしまったのだ。語るに落ちたなフラグ美形男。
さて、ここからは大概の年頃の女性が得意とする妄想で話をねじ曲げる。あの強引さはその心に秘めた強い想いゆえ。―――何も分からない様子でぼかした言い方をしていたのは、一目惚れだったからだと。
「好きなら、直接会いにいかないと!」
「ばっ……!だ、誰が好きだと?!」
「いえ、まずそこは認めましょう。何事もそこから始まるんです」
「待て!誤解だ!」
「……えぇと、……えー?あれ?」
はいはい照れ隠し照れ隠し。仕向けたこっちが驚くほどかぁっと赤面したフラグ美形男に、私は手応えを感じ、心の奥底でひそかに安堵した。一か八かの賭だった。もしこれで「は?お前頭大丈夫か?」「戯言を。貴様など切り捨ててくれる!」なんて反応をされたら完全に終わりだった。お偉いさんでプライドが高そうとくればと勝手に作っていたイメージがここまで見事はまってくれるとは。
つまりはあれだ。……このフラグ美形男、案外分かりやすい。ネヴィに助けられたことで、自覚のない想いを抱いた可能性はある。
「彼女は……忙しいときには接客にでることもあるので、それだとあまり話せないかもしれませんけど、きっかけにはなると思います。頑張ってください!」
「……」
「あー……そう、か。なるほど。はは……」
ばっと私から顔を逸らして黙り込むフラグ美形男。その耳は薄暗いこの通りでも赤く染まっているのが分かった。よし、諦めたな。そして騎士団長、あれだけ女性に囲まれていたら分かるだろう、女の恋愛話に水を差すのは止めておいた方がいいと。すっかり気勢をそがれた風の男達に、私はにっこりと愛想を振りまいて先手を打った。
「えっと、もう夕日が沈んでしまいますので、私はここで失礼します。では」
「あ、君!」
まだ何かあるのか。そんな思いで私は足を止める。
「はい?」
「これを。夜も近いのに、時間を取らせたお詫びだ。どうか受け取ってほしい」
「―――」
本当にすまなそうな顔で差し出されたのは、一度だけ見たことのあるお菓子の袋。どこから出したのか、取り出された途端、……いい匂いが通路に広がった。しかしそれもすぐに背後からの生ゴミの匂いと混ざりあい台無しだったが。
「新しく作ったやつでね。店で売り出そうかと思っているんだ」
誰が。どこの店で。
「今度よければ感想を聞かせてほしい。そう、次の機会に」
ねえよそんなもん。色々突っ込みたいことは山ほどあったが、多分この界隈の人間なら常識的に知っていることなのだろう。この断られるとは思ってなさそうな雰囲気からして。私はさっさとこのゴミ捨て場から、二人から離れたい一心で、差し出されたお菓子を丁重に頂戴すると何とか笑顔を保ったまま踵を返した。
……ああ、長かった。
「おい、アーク。ちょ、マジ戻ってこい!」
「……」
そしていつまで赤面してるつもりだフラグ美形男。