声
そこをどけ野郎共。という意味の言葉を、丁寧かつ穏やかに、そこはかとなく遠慮がちな色も含めつつ放り投げる。すると自分達の話に夢中だったのか、はたまたまさかこのゴミ捨て場に用があるとは思わなかったのか―――いずれにしろ私の存在に気付いてはいたのだろう彼らは落ち着いた様子で呼びかけに振り向き、瞬間、目を瞬かせた。
彼らの不思議そうな視線はじっくりとなぞるように私の顔から身体、そして両手に持ったゴミ袋へと落ちて。
「あ、ああ!すまない!」
タイミングを見計らいつつがさりと袋を揺らしてやると、主に通路を塞いでいた赤毛の男が慌てたように飛び退いた。直後に響く鈍い音。何事かと視線をやると、飛び退いた際、腰に差した剣をどこかにぶつけたようでいやに焦った顔が見えた。……間抜けである。
私は騎士ですよと公言しているような分かりやすい格好をしているくせに、反応が鈍い。それとも、そんなに驚かせてしまっただろうか?
「ありがとうございます。助かります」
「いや……」
「……」
私は軽く頭を下げると、奥に突っ立って沈黙を守ったままのフラグ美形男には敢えて意識を向けずにゴミの山へと近づいた。肌にびしばしと突き刺さる視線を感じる。
――落ち着け。
私は何度も自分に言い聞かせる。堂々としていればいい。彼らが私について何か知っているのだとすれば、今、何もせずにただ見守っているわけがない。大丈夫。何も、何も疚しいことなんてないんだから。
既に積んであるゴミを崩してしまわないよう注意して、私はそっとゴミ袋を置き。
そのまま即行で回れ右を――――
「失礼。貴女は食堂で働いているのか?……見かけない顔だが」
し損ねた。
先ほど漏れ聞こえた気安げな会話とは打って変わって、誰だお前と言いたくなるほどがらりと口調を改めたいわゆる騎士然とした赤毛の男。その発言からも恐らく彼が『騎士団長』かつ『お菓子の人』であることは間違いなさそうだった。
見かけない顔だなどとといちゃもんにしか思えない言葉を掛けてくるのも、食堂の女性従業員は全て把握している!なんて意味不明な自信から来ているに違いない。もちろん、私の勝手な想像だけれども。
「私は接客担当ではありませんので、お客様とお会いすることはないと思います」
「……? 君が、調理を?」
「いいえ、主に食材の下拵えを。単なる裏方の一人ですから」
引き止めて何を言うかと思えば。私はにっこりと愛想よく受け答えしつつ、その男の顔を眺めてみた。恐ろしく美形というわけではないが、全体的にさっぱりとした爽やかな印象を受ける。恐らく顔だけでなく性格日常態度諸々を含めての俗に言う“いい男”なのだろう。騎士団長という地位もそれに華を添えている。
(まあ、それにしては素の口調がぞんざい過ぎるような気もするけど)
しかし、私が食堂の人間かどうかなんて制服を見れば分かる筈である。そして閉店直後にゴミ出しをしている時点で下働きだと気付けばいいのに。よく分からない反応だ。……と、思えたのはそこまでだった。
「―――おまえ、」
「……?!」
「あ、馬鹿!」
突如ぐるりと視界が回る。次の瞬間には、何故かフラグ美形男が私の顔を至近距離で覗き込んでいた。無造作に掴まれた腕は痛みを訴えている。近いとか近いとか近いとかそれより前に、―――こいつ、私を、お前呼ばわりしなかっただろうか。
そのたった一言に滲み出る不遜さ。傲慢さ。人の上に立つことが日常だと言いたげな尊大さ。それらが思い出したくもない「あの男」の声と重なり、おぞましいほどの嫌悪感が胸いっぱいに広がった。
―――気持ち悪い。
「……っ……」
―――――――気持ち悪い!
「アーク、やめろ!……怯えさせるな」
頭が真っ白になって、何も考えず反射的に彼の手を叩き落そうと動いた腕は直後に響いた声に勢いを失くした。同時に胸に湧き上がっていた黒い感情も消える。フラグ美形男は、その美しい顔に罰が悪そうな表情を浮かべるとそのまますっと離れていった。数秒の差はあったものの、腕を掴んでいた手も。
「……その、悪かった」
「…………」
いいえと言葉にはせず、私はただ黙って首を横に振る。嫌悪感は消えたがまだ動悸が治まらない。怖いわけではないけれど、苦しい。今すぐこの二人に背を向けて耳を塞いでしまいたい。あるいは、さっさと帰れと二人を追っ払ってしまいたい。
出来もしないことを思いながら、私はひそやかに息を吐いた。ああ、早く。早く、家へ戻らなければ。
「少し、聞きたいことがある。いいか」
―――フラグ美形男の声は、「あの男」の声にひどく似ていた。
右手にフラグ美形男……アーク、と呼ばれていた。左手に騎士団長もとい『お菓子の人』……リカルド。そして背後には堆く積まれたゴミ袋の山。完全に退路を断たれた私に、単なる確認としか思えないお伺いに頷く以外何ができただろう。
私はせめてと強い不審を込めた視線を意識して二人に向け、彼らの罪悪感を地味にちくちく刺激しながら言葉を待った。
「それで、何のお話でしょう」
「お前……いや、貴女の職場に、黒目黒髪の人間は何人居る?」
「―――――」
ほうら来た。軽く首を傾げて考えるふりをしながら、思う。フラグ美形男はやはりフラグでしかなかったか。下手に関わらないで本当の本当に正解だった。
「私の知る限りでは、ひとり、ですが」
「名は」
「知りません」
「……」
愛称は知っていても本名は知らない。それは本当のことだ。「あの男」がそうしたように、この会話がいつ脅迫に変わるかもしれない状況で我ながらよく間髪を入れずさらりと答えられたものである。何かを探るように私を見据えるフラグ美形男と暫し視線が絡み合ったが、諦めたのは彼の方が早かった。……もしかすると、私から見えないところで騎士団長に諌められたのかもしれない。
(……あれ?)
はた、とここで私はあることに気が付いた。彼は今、黒目黒髪が何人か尋ね、私がひとりと答えたらその人物の名を求めた―――。しかしこの時点で少なくともフラグ美形男だけは黒目黒髪であるネヴィと接触している筈である。ゴミ捨て場でぶっ倒れていたのを、そうなるよう私が誘導したとはいえ、彼女に助けられたのだから。
だがそうなら彼はネヴィの名をわざわざ尋ねる必要もないだろう。本当に、名を、知らないのでなければ。
「何でもいい、その人物に関する情報が欲しい」
「もちろん謝礼は払うつもりだ。安心してくれ」
がつんと頭を殴られた気分だった。
守ろうと必死に抱え込んだものが見当違いの代物だったような、そんな。
(まさか、……この二人、彼女を探して……?)
本来、黒目黒髪であった『私』――では、なく?
すれ違いと勘違い。