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薄闇の眠りを  作者: 吉舎街
第三章
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世界の常識

 夜の神子の名簿を見ていて、ひとつわかったことがある。宰相補佐官に聞けば名の横に書かれている数字は年代で間違いないようで、その間隔はさらっと見ただけでも後になればなるほど広くなっていた。

 紙面の記録上最初の夜の神子と二番目の神子を比べてみると、たった十年ほどしか経たずに再召喚が行われている。十年かけて『祈り』を完成させ、その後五十年はその力が世界を守っていた――というのは、この名簿を鑑みるにきっと初めからそうだったわけではない。


 そもそも、この名簿、夜の神子としての『仕事』をきちんとこなした人間しか記録に残されていないように思うのは私の穿ちすぎだろうか。秘密箱のあの薬を使って命を落とした人々はもちろんのこと、薬に頼らず死を選んだ人々もいるだろう。まさかこの国だけ特別夜の神子の扱いが悪かった、ということはあるまい。どの国も同じだと考えればやはり……名簿のそれらは少なすぎた。


(この国の夜の神子、後ろから数えて七人目までは確実に、あのリア充日記が保管されてた)

 数字も合わせて確認すると、大抵その辺りから「六十年」のサイクルが出来ている、と読み取れる。

(やり方がわかってきた……? 知識を蓄えて、どんどん安定していった、って感じ)

まるで、学習しているかのように。


(――――“誰”、が?)






 次の日の朝。びっくりするほどテンションの高いネヴィが朝食と共に突撃してきたのにはぎょっとした。護衛の騎士達が部屋の中を確認するのを横目に、タックルさながらに思いっきり抱きついてきたのにはもっとぎょっとした。

 私が行き場のない両手をあわあわさせていても、侍女頭も護衛騎士共も微笑ましいといった様子で見守るだけで一切助けてくれなかったのはどういうことだ。やがて仕事を終えた彼らが出て行き二人きりになると、ネヴィは漸く身体を離して――いや、そのまま私の両肩をがしりと掴んだ。


「おはようラギ、ねえ昨日、シュルツさんに何かひどいことされなかった!?」

「ひど……!? い、いえ、普通にお話しただけですけど」

「ほんとに? ……。何かあったら絶対言ってね! あの人相手でも私が絶対守るから!」

「ネヴィ、シュルツさんはむしろこっち側ですから。協力者ですから!」


 何でも、昨日ネヴィが夕食に来られないといったのは嘘で彼が強引に時間をもぎ取っていった、とのこと。宰相補佐官も必死だなあと苦笑が浮かびつつも、彼女のこの態度には首を傾げる思いだった。

 姉から聞いた彼の武勇伝のせいで苦手意識を持っていただろうに、と、ここには居ない宰相補佐官にがるがる威嚇しているネヴィを見ながら思う。


 それでも、ラギが無事で良かった、と心底安堵したように笑う彼女の姿に、私もほっと息を吐いた。本当に、安心、した。



 ものすごく久しぶりに感じる勉強会では、いつもと様子が違っていた。光の巫女として覚えておかなければならないことが山ほどあるせいか普段ネヴィにつきっきりの宰相閣下は、彼女に分厚い本――光の巫女の歴史、と読めた――を渡し、出来るところまででいいから読んでおくようにと言い置いた。


 そして、普段通り文字の勉強をしようとしていた私の隣に、失礼、と一言断って腰を下ろす。私は思わず目を見開かずにはいられなかった。正面で相対しているだけでもちょっぴり怖いのに、隣とはこれいかに。何の用かと戦々恐々としていると、彼は幾冊かの古そうな本を机に置き、口を開いた。


「シュルツから話は聞いています」

「…………」

 いったい何をどこまで。咄嗟にそう聞き返しそうになるが、なんとか堪えて続く言葉を待つ。

「私の権限で資料をお持ちしました。とはいえ、許可を得たわけではないのでご内密にお願いしますよ」


 おいこら権限どこいった。と、内心反射的に突っ込んでしまう。とはいえ、矛盾しているじゃないですか、などと野暮なことを言うつもりはなかった。シュルツという名が出てきた時点でそっち系の話だと想像がついたからだ。私は約束しますと神妙に頷いて、その本が何かを尋ねた。


「これは、召喚術に関するものです」

「……っ!」


 ごほ、と咳き込んでしまった私は悪くない。いきなり本丸攻めてくるとか、予想斜め上のところからカウンターを食らった気分である。私は何度か咳払いをして呼吸を取り戻すと、どうしましたか? と言わんばかりに飄々としている爺を下から恨めしげに見やった。



 宰相閣下が低く、静かな声でゆっくりと読み上げる本の内容を速記官ばりのスピードで書き留める。もちろん、日本語で、だ。字の汚さはこの際気にしない。そして、文章の内容そのものを深く考えるのも二の次だった。


 ――確かに、何度も内容を読み返したり吟味したりするうえで、それが私の理解できる言語であることは重要だった。この世界にも昔は私の世界の言語を研究し理解する人々が一定数居たらしいのだが、災い以降、それらの研究成果全てが禁書となり、ほとんどが焼き捨てられたという。

 夜の神子関連の資料を破棄する云々の取り決めが意味を成していないことから、これもどこまで本当の話かはわからないが……宰相閣下も、ごくごく簡単なものしかわからないと言っていた。教養があり且つ年配の彼がそうなのだから、それより若い人は特に何も知らないのだろう。


 問題の中身だが、現実味のないファンタジーな魔法というよりは理論を中心として話が展開しているので、意味はまったく理解できないものの、さほど抵抗なく書き留められたのは僥倖である。特に、夜の神子の召喚には適切な時期がある、という記述は興味を引いた。


 何たらの要素がどうとか大気中の成分がどうとか、よくわからない要因はさておき、その時期を守らなければ術者が命を落とすこともあるとあった。適切な時期とは数年単位の周期であり、どうたらこうたら。術者の資格はよくある魔力の有無ではなく、その理論を正確に理解しているか否か、であるとか。

 失敗したからといってほいほい次の召喚に取り掛かることは難しく――逆に術者の命を考えなければ、時期を無視しても構わないのかもしれない、などなど。


 集中して作業したものの時間は迫っている。今日はこの辺りが限界だろう。耳慣れない固有名詞が多い文章をつらつら書きながら、まるで別世界の話だな、と今更なことを思った。


「……どうしてこんなことまで?」


 一区切りついて、休憩に入ったところで私は宰相閣下にそう問いかけた。この作業が非常に面倒臭いことくらいはわかる。まして、許可云々という話から彼が危険を冒していることは明らかだ。やがてその地位から退くといっても――。

 たとえ私が光の巫女の寿命を延ばせるかもしれないからといって、彼がここまで私に協力する理由が見当たらない。嘘、が、混じっているのだろうか。大人しく書き写しているものの、あまり信用できなくて探りを入れる。すると、それに気付いているのかいないのか、宰相閣下はどこか遠くを見て苦く笑った。


「孫が、いるんですよ」

「……え? お孫、さん?」

 突拍子もない、と。思いかけた私は、次の言葉に口を噤んだ。

「そうはいっても、生まれていると知ったのはごく最近のことです。……皮肉にも、洗礼の名簿で、ですが」


 洗礼。私は、この勉強会で一度それを習ったことがある。この国では、子供が生まれた場合、教会に洗礼を受けに行かなければならない。そういう「義務」がある。

 私が知識として持っている洗礼と違うかどうかはわからない。ただ、生まれてから数か月以内、十歳、そして成人と、三度にわたる洗礼が義務付けられている。そしてその際つくられる名簿――その意味、は――。


「……管理しているんですよね。その色を持つ子供を」

「親として我が子に長生きしてもらいたいという気持ちは誰しもあります。死なせたくないと思うのは当然の感情でしょう。しかし、その気持ちを踏み躙らなければ、この世界は滅びてしまう」

「――――」


 洗礼は、神の祝福を授けるという名目で行われる。それはもう民衆の意識の奥底に刻み込まれた習慣であり、傍から見れば互いが互いを監視しあっている状態だとしても彼らはおかしいとは思わない。そうして色を確認し、名簿を作ることで、逃げられないようにしているのに。


 洗礼が何度も繰り返されるのは、成長にしたがって髪の色が変化することを見越してのことだろうか? ひどい世界、でもその世界に生きている以上は、どうしたって。相変わらず気味の悪いことだと考えて、はた、と私は気付く。今、この人が言ったのは。


「ええ、孫は金色の髪に翠の目を持っていました。……予想できたことでした。私の娘は、その色を持つ男と駆け落ちしたのですから。親族すべての反対を押し切って」


 ネヴィに聞いたことがある。貴族の話だ。結婚する相手に金髪に翠の目の家族がいるとわかったら、どんなに話が進んでいても断って、その血を入れないようにする、と。

 宰相などに就任するくらいだ、この人も貴族には違いない。そして家族どころか本人がその色を持つとあっては、反対しない選択肢などない。だから駆け落ちして、その結果、条件を満たす子供が生まれた。


「ですから、あなたは希望なのです。これから先、孫が選ばれるとしてもそれは仕方のないことです。この世界に生きる運命でしょう。ただ、より長く生きることができるのなら――」


 嫌な話だと、思う。おぞましい。ああやって若くして老いて死ぬというその事実を知らなくても、世界の為に祈って死ぬのを当然のこととして受け止めている様子がこの上なく気持ち悪い。


 けれど、と私は目を逸らして俯いた。けれど、夜の神子を召喚することを思えば――私は何も言えなくなる。精々努力しますと言葉を濁すのが精一杯だった。

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