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薄闇の眠りを  作者: 吉舎街
第三章
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都合のいい、話

 祈りの間で自ら命を絶った、災いを引き起こしたとされている夜の神子。ネヴィから話を聞いたとき、いくら埒があかなかったからといって少女相手になんて惨いことを、と思った記憶がある。

 でも、それが、『藤堂』? 私は嫌な予感がしつつも宰相補佐官に尋ねた。


「では最後の神子――の他、例えば、そのひとつ前の神子も藤堂という名じゃありませんでしたか?」

「……? いいえ、貴女がこの世界に来てから何度か資料を確認しましたが、トウドウという名の神子は彼女ひとりだけです」


 他国のものも含めた資料だったので間違いないと思います、という彼の言葉に私ははっとする。


 光の巫女と違って、夜の神子の召喚は各国が持ち回りで行っていたことだ。神子がもたらす知識は有用なものが多かったので、公平を期すため同じ国が連続で神子を擁立することは禁じられていた、と宰相閣下の授業で聞いた。

 まあ、あの秘密箱の中身からして、それは単に「建前」である可能性は高いが。暗黙の了解と化していただけかもしれない。


「ラギ。何か気になることが?」

「藤堂という名の青年が、夜の神子を務めていた――と取れる日記を読んだんです。あと、彼の妹らしき人が書いたものも見つけました」


 これなんですけど、と私は隠していたふたつの日記を棚の奥から取り出す。神子として働いていた記述がある藤堂日記その一と、城下町に降りて穏やかに暮らしていた記述がある藤堂日記その二。

 そういった中身をかいつまんで説明すると、彼はひどく難しい顔をして黙り込んでしまった。


(まさか……藤堂兄の存在が、なかったことにされた?)


 夜の神子はおよそ十年を掛けて『祈り』を完成させる――。今日宰相補佐官に聞いたばかりの情報が頭を過った。もし、もしもだ。藤堂兄がその『祈り』の途中、何らかの事情で夜の神子を続けられなくなったとしたら? この国が妹に代わりをさせようとしたと考えられなくもない。他国に知られないよう再召喚するより、すぐそこに居る身内を利用すればいいのだ。


 そうして日記の通り、体調を崩したという兄の見舞いに城へ行って――少女が夜の神子になったのだろうか?

(どうだか)

 すんなりと事が運んだなら、少女が自害することなどなかった。日記が途切れたその先に何かがあったとしか考えられない。騎士。裏切り。呪詛に似た、叫び。嫌なものを思い出してしまいげんなりしていると、宰相補佐官が幾枚かの古臭い紙を私に差し出してきた。


「これが、他国のものも含めた神子の名簿です。これより昔のものは存在しません。おそらく紙面で記録してはいないのでしょう」

「…………」


 名簿、といっても、ごくごくシンプルなものだ。表ですらない。適当な数字と記号と名前らしきものがずらっと並んでいるだけ。これに信憑性があるかどうかはさておき、流石にもう小難しい文章でなければ読めるようになっていたので私は後ろから流し見ていくことにした。


 最後のものは確かに、とうどう、と読める。その上は……順に、あずま、まいかわ、やかべ、わたにし、……むらざき?

(あ、邑崎光莉っていう人の日記あった!)

 愛する人と結婚して幸せになります! で締めくくられる日記のうちのひとつにその名前が書かれていたと思う。四つ飛ばして見ていけばこの国が召喚した夜の神子がわかるわけか。


 時間もそうないので急ぎつつ確認して、そして、私は八人目あたりでその手を止めた。名簿から視線を外さないままに、正面の協力者へと声を掛ける。


「シュルツさん」

「はい」

「……倉庫に保管されているのって、割と量がたくさんありますけど。でもそれがある程度処分――または選別されている、という可能性はありますか」


 名簿に書かれていた名前のうち、今、この国の神子だけを辿っていった。私はほぼそれらに見覚えがあった。一人を除いて、例のリア充幸せ日記を書いていた人の名前と一致したのだ。最後の一人、つまり確認した中で一番古い夜の神子は初めて見る名前だったが。

 私がまだ日記を見つけられていないかもしれないし、――あるいは。


「……そう、ですね。百年前、災いが起こった後――光の巫女が生み出されたときに、国々の間である取り決めがなされた聞いたことがあります。夜の神子を二度と召喚しないよう、それに関する資料を処分するという話だったかと」

「なるほど。建前上ってやつですね」

 やらかした当の国の宝物庫に、召喚に関する法術の書とやらが存在する時点で終わっている。

「光の巫女が本当に役に立つのか、まだわからなかった頃のことです。有用性を確認できたからある程度を処分したという可能性はあります。しかし、選別されている、とは……?」


 私は無言でまた立ち上がると、自分の鞄のところへ行き、例の秘密箱とその中に入っていた紙を持ち出すと長椅子に戻った。わけがわからないといった感じでそれを見守る宰相補佐官の態度に、本当にこの人にも伝わってないんだなと再確認する。若白髪、やはり謎な人だ。

 これについて話せばどういう反応をされるかわかりきっていたので、私は彼の混乱が収まる前にと畳み掛けるように口を開いた。






「…………ラギ」

「すいまっせーん、てっきり報告が行ってるものだと思い込んでました」


 私についている護衛は見張りも兼ねているでしょう、と彼の痛手になりそうなところを抉りつつ、明後日の方向を見やる。彼は秘密箱を手に、わなわなと震えているようだった。怒りに、だろうか。別に何もかも報告しますと約束していたわけではないし、この国の法に触れることだったとも思っていない。


「……貴女が持っていた薬を、渡した、としか聞いていません」

「そうなんですか! 報酬だったんですよ、私この国のお金持ってませんし」


 ほとんど全部お守りに使ってしまったので、と我ながら白々しい言い訳を重ねる。心もちトーンを高くすると言っている自分でも少しいらっとした。

 とにかく、これでわかって貰えたはずだ。幸せになった神子ばかりではない。中に入っていた毒薬を使って、決して少なくはない夜の神子がその命を終わらせた事実がある。それは、つまり。


「災いの原因は、夜の神子の自殺ではない。ですよね?」

「――――」

 でなければ、その度に太陽が失われていなければおかしい。災いは後にも先にも一度きり。百年前の、あの時だけ。

「それに、私がのたれ死んでいてくれればいいっていうアレが――自殺でも他殺でも病死でも自然死でもまったく構わないってことだとしたら――夜の神子の『死』ですら、災いには関係がない」


 夜の神子が引き起こした、という点に疑問をはさむ余地がないのなら、答えはひとつ。


「……と、あなたは思っている。……違いますか」

「違いませんよ」


 私の問いに宰相補佐官は少しも躊躇うことなく頷いた。一瞬の間もなかった。彼は秘密箱と紙とを置くと、表情をすっと消して目を眇める。


「我々人間だけが太陽を失った災い――私は、あれが夜の神子の強い意志によって引き起こされたものだと考えています」

「意志? それは、ええと……滅びてしまえ、みたいな?」

「そうです。最後の夜の神子だった少女は何らかの理由でこの国に、この世界に強い恨みを抱いていたと思われます。先ほどの話を聞くと、彼女の兄が何かしら関係あるのかもしれませんが」

「何らかの理由って――召喚されたこと自体も問題ですけど、拷問まがいのことをされてたって話がありますよね?」


 彼の口ぶりだと、まるで「わからない」理由で少女が災いを引き起こしたと取れる。彼女が夜の神子になった経緯は不明だが、追い詰められたのは事実の筈だ。

 なぜ、と疑問に思って視線を上げると、硬い表情の宰相補佐官と目が合った。


「……泉に沈んでいた最後の夜の神子には、自ら切っただろう左腕の傷以外、目立った外傷はなかったという証言があります」

 無論百年前の資料、それも非正規のものなので、それが正しいとは限りませんが。声を潜めて彼は語る。

「それなのに、暴力や拷問などの話が出た。国が自らそんなことを公表するとは思えません。もしやそういう境遇にあったのは、兄の方だったのではないか、と――――今思いつきました」


 私が藤堂という兄妹が居たらしいと示したからか。軽い気持ちで話したことがあまりにも大きくなり、情報を整理するだけで頭が痛くなる。

 藤堂兄の存在が消されただけではなく、藤堂妹と混同されていた……? 情報が漏れたから、そうせざるを得なかった? 宰相補佐官が主張しているのはそういうことなのか。


「ラギ、これらが私個人の持論であることを忘れないでください。ここではあの災いは『神子を追い詰めて死なせた』故の悲劇だと広く認識されています。殿下ですらそうです。……いいですか。これは、貴女を守るためでもあります」


 私が夜の神子であると知るのはほんの一握りだけ。それでも、死なせても殺しても何も起こらないと知られれば、その分命の危険は増す。

 わかり切ったことだと頷く一方で、ぎしり、と、心臓の辺りが痛んだ。

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