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薄闇の眠りを  作者: 吉舎街
第一章
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空腹は最大の……?

 私がお菓子、お菓子と喚いているのは何もお菓子しか食べないからではない。甘いものは好きだ。焼き菓子も好きだ。でも、食事は普通のものがいいに決まっている。……しかし。ここが日本ではないように、そもそも世界が違うという話は脇に置くとして―――この国の主食が小麦のような植物であることからしても、その食生活がどのようなものか想像がつくだろう。


つまり何が言いたいのかというと、……飽きた、のだ。


 ここの食事に。たった三ヶ月で、と笑われるかもしれないが。塩とハーブと、特に代わり映えのない味付けと料理そのもののバリエーションの無さ。まずいとは言わない、決して言わないがこのもどかしさは誤魔化しようのない苛立ちとなって毎日私を苦しめる。空腹が最大の調味料とか言っていられたのは二ヶ月までだった。

 そしてそんなことを誰かに愚痴ろうものならだったら作ればいいと一蹴されるだろう。そもそも、あちらでは人並みに料理ができた。食事を外で済ますよりよっぽど安上がりで経済的なのだから、やればいい。貯金もしやすい。そこまで考えてもちろん実行に移した私は、漸くそこで悟ったのだ。


―――いくら料理ができると言っても素人は素人、レシピがなければただの人、と。



(あれは、不味かったなあ……)

 できあがった料理は美味しいとは言えず、期待値が高かった分余計に落ち込んだ。食材を無駄にできる余裕は塵ほどもなかったので今後は料理を封印することに決め、飽きた味を生きる為に我慢して食べる。常に飢えている私には贅沢な話だった。

 そんな中、まだ飽きずに美味しく食べていられるのがお菓子なのである。甘いものに飽きる自分が想像できない。だから私は今日もまた、ネヴィの頼みを聞いてその報酬にお菓子を要求する――――。




「それだけ間食してて全然太らないって凄いわね。どういう身体してるの?」




 太らないどころかどんどん痩せてますから。ちょっと弛んだお腹周りがすっきりしましたから。このままの生活が続けばいつか死んでしまいそうだと私は内心苦笑する。そしてむしろそれだけの量で栄養失調にならず毎日健康に生きているこの世界の人間の方が不思議だった。

そっちこそどういう身体をしてるんだか。もしかして、エネルギー効率が全然違うのだろうか。あるいは光合成でもしているとか。……宇宙人?




「ほら、まだ若いですから」

「ちょ、待って君いくつよ!私とおんなじくらいじゃないの?」

「……えっと」

「ラギ?」

「どう、なんでしょう……」




しまった。私は言葉を濁しながら誤魔化すように笑う。ここでの年齢の数え方を知らないし、そもそも季節が一巡りするのを「ひとつ」と考えていいものかどうかもわからない。どう答えたものかと逡巡していると、私を見つめるネヴィの眼差しが一層優しくなって……そのままふわり、と花のように彼女は微笑んだ。




「数え方、知らないのね?」

「……はい」

「ふふ、私もちょっと前までは知らなかったわ。あら?そんな顔しなくていいのに。この国にはまだ、自分の年齢さえ知らない子供がたくさんいるもの」

「でも流石に子供、っていう歳じゃありませんし」

「……ええ、そうよね」




 子供じゃないわよね、私も。ぽつりとそんな言葉を零して、ネヴィはそっと顔を伏せた。こちらから見えるその横顔は少し寂しげで、私は見なかったことにしてまたひとつ野菜を手に取った。


ここで踏み込まないのは、踏み込まれたくないから。暴かないのは、暴かれたくないから。

仲が悪いとは言わないが彼女とは単なる同僚、泥作業仲間だ。友達と呼べるほど親しくもない。私は彼女のことを何も知らないし、彼女も私のことを何も知らない。それでも拒絶はしないで、そこに流れる生温い空気が、きっとどこか楽だった。―――お互いに。








二人黙って作業に没頭して、どれくらい時間が経っただろう。どこかしんみりとした空気はいつの間にか消えうせ、遠くに普段通り食堂からの騒ぎ声が聞こえる。日が翳ってきた。そろそろ片付けの時間だとラストスパートをかけていると、ふと、ネヴィが包丁を握った手を止めて思いついたように口を開いた。




「そういえば、聞いた?少し前から中央広場に面白い芸をする一団が来てるって」


中央広場といえば図書館の隣にある広場のことか。妙な二人組と接触しそうになった。


「芸?それって玉乗りとか、そういうアレですか」

「玉乗りって……?ううん、よくわからないけど。とにかく面白いって評判で、今度の休みに食堂の皆で見に行ってみようって話になってるの。ラギもどう?」




 え。私は間抜けにもぽかんと口を開けて、彼女の方を見やった。何というか、思いがけないことを言われたような気がした。偶に話はするものの―――お菓子は別に単なる報酬だし―――私達にとってとても貴重な休みの日に、誘われる、なんて。

それなりに一線を引いた付き合いをしているとわかるだろうに、たとえ仮に社交辞令だったとしても、休日にまで顔を見てもいいと少しでも思うのだろうか。なんともおかしな気分だった。




「でも、行って皆の邪魔になるかも……」

「じゃあ言い方を変えるけど。お菓子あげるから一緒に行かない?」

「私が全てにおいてお菓子で釣られると思ったら大間違いですよ」

「えええ、そうなの?」

「行かせていただきます」

「……ああうん、君がそういう子なの忘れてたわ……」




だから、飽きずに摂取できる食料は本当に貴重なわけですよ、ええ。









 低い給料でこき使われ、いや、雇って貰っている私達にも一応休みというものはある。それは店自体が休む日であったり、真面目にやっているからとご褒美に貰えるものだったりする。今回の休日は前者であり、だからこそ皆で広場へ、という話が出たのだろう。

 しかし、面白い芸とは何なのか。ネヴィの反応からして玉乗りという言葉が通じなかっただろうことを考えると、私が思う芸とはまた違うものかもしれない。最近は図書館へ向かうときも、例の二人組がまた現れないかと変に警戒してしまい、用事を済ませたら脇目もふらず家に帰るのでそんなものが来ていたとは知らなかった。




「これでよし、と。後はこのゴミだけね」

「私が行ってきます。ほら、あそこでおばさんが待ちくたびれてますよ」

「あら……。ちょっとゆっくりし過ぎちゃったかしら」




 今日は団体様のご来店のせいで皆疲れているようで、片付けのスピードも遅かった。西の空には夕日が一際赤い光を放っている。私も、急がなければならない。この世界で忌避されている夜が来る前に―――、たとえ私には何の害もなかったとしても。

両手にゴミをしっかり持って、小走りにゴミ捨て場へと向かった。








どうしようもないことは、ある。どうにもできないことも。

私がどんなに望んでも、偶然という名の下に巡りあってしまう。それを運命と呼ぶなんて馬鹿げたことはしないが。




「本当にここなんだろうな?つーかお前、よくこんな所で……シュルツが知ったら泣くぞ」

「やかましい。文句なら奴らに言え、俺に言うな」

「……しっかし、兄貴の店に、なあ。運が良いのか悪いのか……」




 耳に残るひとつの名前と、状況を示唆する単語の数々。今すぐ回れ右してダッシュでこの場を去りたい。しかしこの両手にあるブツがそれを許さなかった。ゴミを入れる袋には店の名前が入っていて、どこか別のところに放置すれば不法投棄になる。店には罰則が科され、それに従って私はクビ、無職、その果ては飢え死にだ。選択肢は、ない。


私はぎり、と唇を噛み締めると、足音をわざと大きくしてそちらに行きますよと宣言しつつ、見えてきた大きな背中に足を止めた。




「あの。申し訳ありませんが、道をあけていただけますか」




ただでさえ狭い通路をでかい身体でふさぐな、この、―――赤毛の騎士団長とフラグ美形男め。


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