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薄闇の眠りを  作者: 吉舎街
第三章
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言って変わるものならば

「――正直に、言って欲しいんだ」


 剣を持たないお人好しの騎士は、ひどく固い口調でそう言った。普段の明るい調子はすっかり鳴りを潜めており、どこか苦しそうな彼の様子に私は思わず身構えてしまう。

 正直に、というからには――……いったいどれのことだろう。正確に何を指しているのか見当がつかず、彼らに黙っていることがいくつも脳裏を過ぎる。


「何を、ですか?」


 墓穴を掘らないよう、具体的な問い掛けは避けた。彼がそれを誤魔化しと取ったかどうかはわからない。ただ、逃がしては貰えないだろうなと、この部屋の扉前に色白騎士が門番の如く控えているのを彼の肩越しに見ながら思った。



 後払いの報酬を受け取った若白髪は、私達が朝食をとっている間も部屋に居座り、胃腸薬の箱を開け中身を弄繰り回していた。包装などが珍しいのだろうと特に気に留めず食事を続けていたのだが、突然、粉薬が入れられているこの薄い袋は何の素材で出来ているのか? という質問が彼の方から飛んできて私は思わず手を止めた。

 薬師は薬師、中身にしか興味がないと勝手に頭が判断していたのか、質問されて咄嗟に考え込んでしまったのがそもそもの間違いだった。


 ここで正しくない知識を披露しようものなら目も当てられない、と妙なプライドを持ってしまった私は、一部アルミが使われていたような気がする、とおぼろげな記憶を探りなんとか思い出す。金属を薄く加工して、空気中にある水分や何やらから薬を守っているんじゃないでしょうか、と細かいところは適当にお茶を濁して満足していたら、間を置かず次の質問が飛んできた。


 何もかも珍しいのはわかる。わかるが、知識のない一般人には答え辛い問いをいくつも投げ掛けるのは本当にやめて欲しい。知りません、すみませんで最初から終わらせていればこんなことにならなかったものを――と後悔しても時既に遅し。若白髪の何かを期待したような目が鋭く私に突き刺さり、それに負けてしまった私は朝食に普段の数倍の時間を掛けてしまった。

(ネヴィにも悪かったし、宰相閣下も勉強会の時間を削られてご機嫌斜めだったし)

 宰相閣下は、最近教鞭を執るにもどこか楽しそうだ。そもそも人にものを教えることに向いているのかもしれない。まあ正直、こんな恐ろしい教師はごめんだが。


 とにかく遅れを取り戻そうと、内職せずいつも以上に真面目に取り組んだ勉強会が終わった後のこと。昼食をとるため一度部屋に戻る私に付き従うのは、いつもの黒い人ではなくエルと色白騎士である。黒い人は明日に控えた舞踏会の準備に駆り出されていると言って、朝に会ったきり姿を見せない。


 私にとって舞踏会とはどうでもいいことだからか、いきなり明日開かれるなどと言われても大変だなあとしか思わなかった。あ、でも、そうと知っていれば朝ネヴィに何かしら声を掛けたのに。せめて夕食のときにでも激励のひとつやふたつ――他人事のように思いながら自分の部屋で昼食が届くのを待っていると、えらく真剣な空気を纏ったエルが、声を掛けてきた。


 少し聞きたいことがあるんだ、という言葉で始まった「話し合い」。水を向けてきたのは彼の方なので私は頑として口を開かなかった。しかし相手も中々折れず、暫し沈黙が続く。ぴりぴりとした空気、それでも私が余裕を持っていられるのは、エルが凶器になるようなものを持っていないからだろう。そして、柔らかな外見はこちらを無駄に威圧したりしなかった。


 もし普段通りここに黒い人が居たならば、ある程度慣れたとはいえその眼光の鋭さに怖気づいてしまったに違いない。笑いの生まれない睨めっこの末、やがて――折れたのはエルの方だった。


「……ラギは、ほとんど何も言わないよね」

「……? そうですか?」


 衣食住のうち衣と食については割と融通を利かせてもらっている、と思う。特に食事に関してはかなりの負担を掛けている。一度厨房へ直接お礼に行きたいと常々考えているものの、私の立場上良くないので、侍女頭に伝えるだけにしているのだが。

 厨房を思い出したらお腹が空いてきた。ああ早くご飯来ないかな、と私の意識が逸れたのを感じたのか、エルが焦れたように声を張り上げた。


「っラギ、君さ、ディアに何されたの? ってか何したの!?」

 ディアって誰だっけ、と数秒悩んだ私に気付くことなく彼は必死に言葉を紡ぐ。

「あの人があんなはしゃいでるの、俺数年ぶりに見たんだけど! まさか変な薬飲む約束とかしてないよね!」

「――――」


 私は、ぱちくりと目を瞬かせた。エルの言っている内容が理解できなかったからではない。彼――彼らが、私が若白髪にしたこと、あるいは若白髪が私にしたことを「知らない」という事実が意外だったからだ。

 私の護衛は十中八九見張りを兼ねている。フラグ美形男と交わした会話は除くとしても、私が取った行動は逐一報告されていると見るべきだ。こんな怪しい行動は特に。私は若白髪に口止めをしなかった。国側に知られようが知られまいが、ただ真実を口にしてくれれば構わなかった。


「薬を集めるのが彼の趣味だってネヴィから聞いたので、持ってた薬を差し上げたんですけど」


 色々お世話になっているので感謝を込めて。そう付け加え、肝心なところは伏せたまま彼らの反応を窺う。後ろめたいか、と聞かれると別にそうでもない気がしている。私は言わなかっただけで隠したつもりはないのだから。


「えーと、薬師さんからは何も?」

「……。うん、何も聞いてないよ」

「それは、すみませんでした。てっきり――」


 話が通っていると思っていたと、私は謝罪することにした。実験材料にされるかも、などという彼らの“心配”がどこまで本当か、なんてどうでもいいこと。


 私達はお互い微妙なバランスを保った状態で相対している。それをこちらから壊すつもりは――まだ、ない。彼らが一枚岩ではないという収穫をもってここは引き下がろう。確かに、悪人どもに毒を売ってしまうような薬師が完全に国側であるわけがないか。

(まあ、日焼け止めと虫除けスプレーじゃ交渉力は弱そうだし、もう使えないかな……)

 ご心配おかけしましたと謝る私を見て、エルはなぜか一層苦しそうに顔を歪める。


「っ君は、本当に何も―――」

「……エル?」


 問い返した声は、昼食を持ってきた侍女頭が扉を叩く音にかき消された。





 舞踏会の準備で人通りが多いため本日の倉庫捜索は中止となった。それならばと予定を繰り上げて、昼食を終えた後は祈りの間に直行した。

 泉から直接触れないように水を汲み、雑巾もどきを濡らして私は汚れた壁に向き直る。掃除を始めてから何日が経っただろう。幾分部屋全体も見られるようになってきたとは思うのだが、まだまだ目に付くところは多い。終わりが見えない。しかし、私はこの時間が嫌いではなかった。単純作業に没頭していると考え事が纏まりやすくなる。


(さっきのは……牽制、じゃあないよね……?)


 わざわざ黒い人がいない時を選んだのであれば、単純に、剣が怖いだのとごちゃごちゃ喚く私に配慮したと考えられる。結局あの後、昼食が運ばれてからはもうその話題が出ることもなかった。


 色白騎士は相変わらず扉前に控えていたが、エルはすっかり普段の調子を取り戻し、私に紅茶を淹れてくれた。もくもくと私が食事を続ける間、向かい側に座って紅茶を飲む彼の姿が――……そう、そうだ。何か妙に既視感があると思ったのは、その姿があの時のフラグ美形男と良く似ていたからだ。

 外見のことじゃない。流石王族と思った、優雅な動作――エルもまた同じように上っ面だけではない綺麗な所作で紅茶を飲んでいた。フラグ美形男とは違って、その地味な顔にはあまり似合わなかったが。

(まさか、超良いところのご子息だったりして)

 それはそれで、城下町の相談所なぞに勤めているかという話だけれども。





 泉に触れ、闇に支配された空間に入る。明るい範囲はやはり目に見えて広がっている。――光、か。光の巫女と言うからには、もしかしたらこれがネヴィの祈りそのものなのかもしれない、と周囲の光景を見ながら思う。もちろん推測に過ぎない。この行為の意味を調べたくても、中々情報がないのが現状だった。

(……それに)

 もうひとつ、気付いたことがあった。私は早々に黒い欠片を見つけると、辺りを歩き回りひとつひとつを手に取って確かめる。色は全て同じ漆黒で違いはない。一方、形はそれぞれ違っていて、ひとつとして同じものはなかった。いや、なかった、筈、だった。


「やっぱり、これ、前に繋げたことがある――」


 同じものだと視覚より頭が理解している。例えるなら、何百、何千ものピースがあるパズルを端から無我夢中に填めていって、ふと気付いて顔を上げると、端からまた崩れていて填めなおさなければならなくなったような状態。

 いたちごっこ、堂々巡り、終わりがない。一切を止めてみればどうなるのか試したい気持ちもあったが、ネヴィの命のことを考えるとそれもできない。答えを見つけ出せないまま、私は欠片を数える作業に戻った。

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