奇妙なお食事会
泣き疲れてそのまま眠ってしまったネヴィを長椅子に寝かせて、近くにあった布をかける。穏やかな寝息に私はほっと息を吐いた。
何にせよ、血が流れたのだろう。嫌な夢を見なければいいけど、と彼女の髪をそっとひと撫でして――私は、意を決して彼らに向き直った。途端、こちらをガン見していたフラグ美形男とまともに目が合う。
(超見られてるし!……くっそ、どきどきする)
もちろん嫌な意味で。別に彼が悪い――わけではあんまりないと頭ではわかっていても、身体がついていかないのだ。彼の威圧感たっぷりの態度も原因だとか言いたいけど言えない。
そうして見つめあったまま無言で時間が過ぎることゆうに数分。
「ど、どうしたの、二人とも……?」
その重苦しい沈黙を破り実に勇気ある発言をしたのは、意外にもエルだった。お人好しで且つ気が強そうではないと思っていたから、こういう時はただおろおろするだけかと決めつけていた。
折角の助け舟だ、乗らないわけにはいくまい。私は先手必勝とばかりに、フラグ美形男に向かってこんにちはと挨拶した。王族相手だからとついでに頭も下げた。
「――――」
しかし失礼にも……と言っていいのかどうか。大人しく下手に出た私に対して彼は、まさに苦虫を噛み潰したような表情になった。凄い顔だった。なまじ美形だから余計に迫力が増している。うん、やっぱり凄い顔だった。
「ル、ルート、リカルドは?」
「まだ後始末に追われているはずだ。こちらへは……来ない」
「あああ……もう! ホント使えないよね!」
「は、なにあの顔。すげー笑えるんだけど」
騎士団長を肝心な時にいない役立たず呼ばわりするエルと、すげー笑えると言っておきながら薄ら笑いを浮かべるだけの色白騎士。間に挟まれた黒い人が少し哀れになってしまうこの状況。
一応口火を切ったのは私だが、そこから発展させようとしなかったのはフラグ美形男だ。未だに凄い顔のままこちらを凝視する彼からは、「お前が? 夜の神子、だと?」という思考がひしひしと伝わってくる。だだ漏れである。
多分情報としては把握していたのだろうが、こうしてまともに相対するとまた違う思いがある――といったところか。なぜなら私達の思い出は、あのゴミ捨て場にしかないのだから。
(あー、あの恋バナ、忘れてて欲しいなあ)
苦し紛れの言い訳であって揶揄ではないと理解してくれるかどうか。その凄い顔は主にどういう意味なのかとても気になる。それとあれだけ胸糞悪かったお前呼ばわりも、正確に地位を知り、国に保護された今となってはそこまで気にならないだろうなと現金なことを思った。
……できれば、あまりその声を耳にしたくはないけれど。腰の剣を抜かれたら気絶するかもしれない。フラグ美形男からの視線を感じつつ目を逸らしてしばし現実逃避に入る。
とその時、エルの乱入で話が進むかと思われたがより混沌と化しただけの私の部屋に、突如救世主が現れた。
「失礼します。お食事お持ちしまし――、あら?」
侍女頭であるカリーナさんだった。
流石年季の入ったプロは度胸が違う。部屋の中の異様な雰囲気に気付いただろうに、あらまあ、の一言で片付けて夕食の準備に取り掛かってしまった。横になるネヴィの眠りの深さに、今日はもう食べられないと踏んだのだろう。私の分だけを机の上に並べていく。
その量を見てぎょっとする、顔を引き攣らせるといった判で押したような彼らの反応にはもう慣れてしまった。黒い人とはもう何度か昼食を共にしているので、彼だけはそこまで驚いてはいないようだった。
(今日に限ってデザート付きとか、嬉しいけど!)
食材が予定より多く手に入ったときや、その他処分してしまいたいものがあったときに夕食にもう一品増えるらしい。大抵甘味が、である。そこは厨房の管轄なのでどういう流れか私は把握していない。
最初あまりに喜んで侍女頭にお礼を言ってしまったせいなのか、少なくとも数日おきには出てくるのだ。食費的な意味であまり無理はしないで欲しいと思いながらも嬉しいのでまた礼を言って――のループ。
この国、メイン料理はそこまででもないが、甘味に関しては割といい線をいっている。焼き菓子などの洋菓子系統が城下町に溢れているのも、そういう文化が発達しているからかもしれなかった。
食事の準備を終えると、我関せずとばかりに侍女頭は退室していった。ああ――お腹が空いた。男達の存在がどうでもよくなってくるほどに。私が並べられた料理をじっと見ていると、その無言の圧力に屈したのかフラグ美形男がようやく口を開いた。食べるといい、と。
「いいんですか?」
お伺い、という形を取っているがそれだけだ。自分でもわかっている。
「ああ。それと――悪いが、外してくれ」
「――――」
「……リカルドに聞いている。まったく、俺を何だと思っているんだ」
私は遠慮なくフラグ美形男の言葉に甘えて席についたが、彼は他の三人に外へ出るように促していた。これは、まさか私とサシでお食事――ひいては、お話を希望されると? 食事が喉を通らなかったらどうしようと少し悩んだが、あなたの存在のせいで食欲が落ちる、などとそのまま伝えては駄目だろう。人として。
食卓を挟んでいる分距離が取れるから普通に話すよりはまだましかもしれない。そう結論を出すと、まだ何やら話しているのを聞かずに、私は空腹に耐えかねて小さくいただきますとひとり呟いた。
もぐもぐ。もぐもぐ。ごくん。もぐもぐ。もぐもぐ。
「…………」
「……その身体のどこに入るんだ?」
まるで大食い大会にふくよかな方々に混じって出場する線の細い人を指すような言葉を投げかけられ、反応に困って私は口の中の食物を咀嚼した。もぐもぐ。ごくん。フラグ美形男の言葉には純粋な驚きしか含まれていないようだった。この世界の人間にとっては驚愕する量を目の前で食べているにも関わらず、あまりじろじろ見られていると感じないのは彼の育ちがいいせいだろうか。
(というか、この人、……かなり上品かも)
私ひとり物を食べる気まずさに配慮してくれたのかもしれない。彼は今、外に出る前にエルが淹れていった紅茶を飲んでいる。その所作がなんとも言えず綺麗なのだ。私の今までの知識を総動員したテーブルマナーとやらが霞むほどに、紅茶を飲むさまが絵になっている。確かにこれなら「王子様」と評してもいい。態度には似合わないが、顔にはとても合う。
問いかけはほぼ独り言のようなものだったらしく、更に追及されることはなかった。それどころか彼は、私の時間をかけた食事が終わるのを文句ひとつ言わず辛抱強く待った。よく噛むせいでゆっくりしている自覚はある。ううむ、やはりこれも育ちの良さか……。内心唸っていると、食卓に置かれた布で口を拭って私が食事を終えるのを見届けて、フラグ美形男は口を開いた。
「一度、会わなければならないと思っていた――」
時期がここまでずれたことは詫びる、とフラグ美形男は言う。あの男とそっくりな声で。
「――ラギ。お前を喚んだのは、俺の兄だ。少し歳は離れているが」
「……道理で。似ていると思いました」
どうしても私の声音は固くなる。深呼吸の後になんとかそう返せば、そうか。という短い答えがあった。ゴミ捨て場で会ったときとは違う彼の態度、距離があるからなのか、威圧感も全然感じない。戸惑うというよりもただ構えてしまう。
何か企んでいるんじゃないか、あるいはこっちの調子を崩しに来ているのか。話の先が見えずに警戒するも、同じ部屋でネヴィが寝ていることを思えば自然と心が落ち着いた。平静に、冷静に。ここは私にと用意された部屋であって、訳がわからないうちに放り込まれた地下牢ではない。
目を閉じてしまえば“分からなくなる”から、私はしっかりと目を開けてフラグ美形男を見つめ続けた。
「兄は恐らく、お前を光の巫女として据えるつもりだったのだろう」
「私を、ですか? でも」
「要は民への面目が立てばよかった。その色のお前を光の巫女として披露できれば、後はどうとでもなる」
言われた内容を頭で少し転がしてみる。地味だなんだと外見をこき下ろされたことは一旦忘れるとして。私が召喚された際脅迫されず、仮に、万が一、言い包められたとしよう。私には何の知識もない。光の巫女だの夜の神子だの、教えて貰わなければ知る由もない、か。
昼を守るか夜を抑えるかという力の違いは周囲にはわからないかもしれない。けれど、と浮かぶ疑問があった。
「それならどうしてもっと早くにそうしなかったんですか? あまりに――遅きに失した感がある、といいますか」
どうとでもなるのであれば、手遅れにならないうちにすれば良かったのに。
「……ええと、王様は先代の光の巫女を助けるために、そうしたんですよね?」
あの男、とも、ネヴィの姉、とも言えずに微妙につっかえつつ、私は彼に問いかけた。