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薄闇の眠りを  作者: 吉舎街
第三章
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不穏な影

 まだ彼女の声は消えない。彼らはここに留まれと言う。


「光の巫女を狙った――ということですか?」

「はい。……残念ながら、どこにでも愚かな者はいます」

 瞳に少し冷ややかな色を浮かべ、王子様は語る。光の巫女を害することで己の利益に繋げようとする愚か者共。

「でも、“そういう類の連中”は、騎士団がほぼ取り締まったって聞きましたけど?」


 取り調べと称して呼び出された先で、若白髪が言っていたことを思い返す。宰相補佐官が騎士団をこき使って壊滅させた、が正しいかもしれない。

 とにかく、組織としては彼らが最後、という言葉を確かに聞いた。それなのに今回、騎士団と城との中間にある祈りの間に、光の巫女を狙ってならず者が襲撃に来た? こんな真っ昼間から、と突っ込みそうになってここではそれが普通なのだと私は口を噤む。


 日が高いうちからの襲撃とか成功するとはまるで思えないが。この目で見てはいないのでどういう状況か分からないけれども、まあまず組織的な犯行と見ていいだろう。もっと言えば、内通者が居るかもしれない。――矛盾している。


「……ああ、そういえば貴方も以前事件に巻き込まれたそうですね」


 一瞬、なぜそれを、と言いたげに王子様は目を眇めたが、私のことを詳しく聞いているのかすぐに納得したように表情を緩めた。そしてそのままゆっくりと首を横に振る。


「国内の組織は粗方片付いたのですが、しかし……国を跨いで活動している組織が残っているのです」

「別の国の、組織……?」

「国境付近に根城を構えているようなのですが、それゆえに、逃げ足がはやい」


 悪党とは得てしてそういうものですが。唾棄すべき連中であるというようにはっきりと嫌悪を表した王子様が、その時エルの方を気遣わしげに見やった、ような気がした。

 それにしても他国の組織とはまた厄介な話である。金儲けできるとあればどこからでも悪人は湧くだろうが、この世界にだって国家間の取り決めは存在する。しかも国境付近とは、迂闊に騎士団を動かせないのかもしれない。


「でも、それにしたって、気が早くないですか? ネヴィが光の巫女に選ばれてからそう時間は経ってないですよね」

 先代が長く持ったからといって、今代もと判断するにはまだ早すぎる。

「いえ……それが、彼女の力が先代を凌ぐものであると、どこかから洩れたらしく――」


 どこかから? 私は目の前で苦々しく顔を歪ませる青年を訝しく思いながら口を閉ざした。前例がないほどの力、その話を、私は店長から聞いている。別に箝口令を敷いていたようには思えなかったが。


「数日前にそういう動きがあるとの報告があったので、こちらも態勢を整えていたんです。迎え撃つために」

「……へえ、そうなんですか」


 わざと噂をばら撒いて一本釣りしたように思うのは、果たして私の穿ちすぎだろうか。


「それに光の巫女を狙うのなら、次期巫女候補である貴方も危険だと判断しました。ですから念の為にここへ」

「……そうですか」


 へえ、守るためにねえ。一階の、こんな窓が多くて外から見やすい部屋にね。そうなんですか、へええ。


 心の声を完全に遮断して外に漏れないようにする。周囲に情報を流しつつ、ネヴィのそれと併せて何がどこまで拡散したのか調べたように思ってしまうのは、流石に私の買い被りすぎだろうか。

(私って、言うほど“保護”されてないのかも)

 万が一の可能性を意図的に無視されていると感じる。その点は、宰相閣下に色々尋ねたときから常に胸底にある疑念だ。夜の神子の死と、『災い』の関係性。いつかははっきりさせないと、知らぬ間に足元を掬われていた、ということになりかねない。


 密かな決意を胸に、私は王子様を真正面から見据えた。今は確証のないことをいつまでもぶちぶち文句言っても仕方がない。国としてのお仕事、大いに結構。彼らは彼らのやるべきことをしただけだ。標的だろうがなんだろうが、保護されている身の上の私に口を出す権利はない。――だが。


「……ネヴィが、泣いてます」


 それだけは。それだけは、許さない。彼女を守るために必要だったのだとしても、この感情は止まらない。重要なのは、彼らの何らかの行為が――あるいはその結果が――ネヴィを悲しませたという、事実。


以後気をつけます、という王位継承権第二位の微妙な言質を取ったことで、私はある程度満足してその場をおさめた。




(ちなみにその日の『祈り』では、周囲を照らす光の範囲が広がっておらず、また、黒い欠片も数を増やしていなかったことを記録しておく。私が祈り始めてから初めてのことだった)




 ネヴィに用事がない限り私たちは毎日共に夕食をとる。一日の仕事を終え、夕食の準備が出来た頃に私の部屋に集まるのだ。彼女は護衛の騎士を連れてはいるが、中を確認して異常がなければ大抵ネヴィだけが部屋に残る。

 二人きりの食事はひどく穏やかで、お互いの憩いの時間になっていた。――でも今日は来ないかもしれないと思っていたのだ。いかなる理由であれネヴィを目的にした連中に襲撃された以上、警戒してむやみに移動しないだろう、と。


「――――ラギっ!」


 だから、心底驚いた。祈りの間での『祈り』を終え、二人の騎士を連れて自分の部屋に戻ってきた私の目に、彼女の姿が飛び込んできたときには。ネヴィは即座に私に気付くと、私を呼びながら突進してきた。文字通り、タックルと相違ない勢いでぶつかるように、――抱きついてきたのだ。


「ぐっ……!?」


 当然のことながら勢いを殺しきれずに後ろに倒れ込む、のを、さっと色白騎士に支えられたのがわかる。本当に危ないところだった。絨毯が敷かれているとはいえこんな石で出来た廊下に後頭部をぶつけたら洒落にならない。


 助けてもらいながら体勢を立て直しつつ、ふと顔を上げると視線の先には、中途半端に手を伸ばしている黒い人、そして。

(…………うわ、うっそ)

 この距離でもわかる端正な顔立ち、あのフラグ美形男が所在無げに立っていた。


 マジでか。予期せぬ邂逅のせいで、条件反射的に身体が硬直する。何か言わなければ――焦りながらもそう思ったとき、私の背中に回されているネヴィの腕に、一層強く力が込められた。冗談抜きに、息が詰まる。


「ラギ、ラギ、……ラギ!」

「や、ちょっと、待っ……苦し……」


 離してくれと言ったところで、子供のようにいやいやされて途方に暮れてしまう。どうしようかと迷ったのだが、とにかくここは廊下で、どうせ人払いがされているだろうと思っても、絶対に誰も通らないわけじゃないということだけはまだ理解できた。

 前方に黒い人とフラグ美形男、後方に色白騎士とエル。腕の中にはネヴィ、と。何を優先させるべきか、なんて、選ぶまでもなかった。


「ネヴィ、とりあえず座りましょう。ほらもう少しですから」


 おんぶおばけと化している彼女を半ば引き摺る形で部屋に入れ、中央奥にある長椅子に連れて行く。胸から引き剥がして無理矢理座らせると、彼女の真っ赤に泣き腫らした目とかち合った。ちり、と、胸の奥がやけつくようだった。私は出来るだけ優しい声を意識してネヴィに笑い掛ける。


「怖いことでもあったんですか?」


 見たところ怪我のようなものはなかったが。ただ、剣を、凶器を向けられる恐怖はよくわかる。相手がたった一人でもあんなに怖かったのに、それが複数だとすればどんなにか――。すると彼女は小さな声で、違うの、と呟いた。


「私……じゃ、なくて、騎士様が……っ」


 曰く、ならず者の襲撃に遭い一度はなんなく退けたものの、捕らえた筈の賊が一瞬の隙をついてネヴィを狙い、それを庇った騎士が傷を負ったのだという。

(ああ)

 なるほど、と納得して、それでも自分の機嫌が降下していくのがわかった。国側の思惑は別として、本来ならよくやったと、よくぞネヴィを守ってくれたとその人を称えなければならないというのに、だ。


 ――なにネヴィ泣かせてるの? と、そんな言葉しか浮かばない自分が恐ろしい。少し距離を取ってこちらを見守る男共に視線を向ければ、大した傷じゃない、との応えがあった。私にはそれが嘘かそうでないかなどどうでもよかった。


「ほら、大丈夫ですって。心配ありませんよ。その人は、自分の仕事を全うしただけですから」


 本来護衛とはそういうものだ。毎日私の傍に居る護衛という名の見張りではなく。私は何度も何度も大丈夫だと繰り返した。彼女を慰めることができるのなら、私はたとえその騎士が亡くなっていても同じ言葉を掛けただろう。


 ネヴィは言う。


「私のせいで、誰かが傷つくのはいや……」


 お姉ちゃんみたいに。小さく付け加えられたその言葉に私は何を返すこともできない。

 姉のような人をこれ以上出さないように、選定を正したいと言ったネヴィ。私はそれを手伝うと言ったけれど、今のところ何の成果も出てはいないのだ。


 私はただ、彼女が泣き止むまでずっと、黙って抱きしめることしかできなかった。

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