表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄闇の眠りを  作者: 吉舎街
第三章
51/85

真実は見えない

 だから滅びなかったのか。と、私はいささか失礼なことを思った。


 まあもし本当に私が思う“災い”が起こったのなら、百年ごときで人口が戻るはずもない。水が豊富で緑が多いあの風景も存在し得なかっただろう。今国として普通に機能している以上、存亡に関わるほどの被害ではなかった、ということか。

 よく考えればわかることだったと一応反省しておく。何でもかんでも世界が違うから、で片付けるのはよろしくなさそうだ。そう認識を改めたものの、私が聞きたいのはそこじゃない。


「……では、わからない、のは、どの点ですか?」

 私は更に踏み込み、あえて濁したのだろう部分に触れる。疑問に思った発端は彼の部下の言動なのだから一切遠慮はしなかった。

「神子の死が原因であること、神子の『自殺』が原因であること―――」

「…………」


 ひとつひとつ、怪しい点を指折り数えていく。宰相補佐官――がまだ似非役人という体を取っていた頃の図書館前での発言は、つまり、夜の神子など捨て置けという趣旨のものではなかったか?


 後ろ盾も一般常識もない、すぐ死んでしまってもおかしくない異世界人。死なせては困る筈の、夜の神子。

(餓死はもちろん、その人の性格によっては絶望に自ら命を絶つ可能性だってないわけじゃなかった)

 となると、本当に神子の死は忌避すべきことなのかと悩んでしまう。懐刀を使って脅した張本人が言うことではないが、でも、その脅迫は有効だった筈だと私は彼らの態度を思い出す。


 踊り子募集という名目であぶり出そうともしていたし、目をつけたネヴィに執拗に絡んでいた。探して保護しようとしていたことは間違いないのだ。けれど、一度捨て置こうとしたのも事実。宰相補佐官の態度はなぜか一貫していない。神子の死が災いを引き起こした、という、最初の定義を疑ってしまうのは仕方がないだろう。


「あ、まさか、自殺ではなかった、なんて可能性も」

「――それは、ないでしょう」

「なぜですか」

「祈りの間は神子以外の立ち入りが強く禁じられていたそうです。なにせその中で神子が祈ると、祈りの間が闇に支配され、……それに触れた人々は正気を失う。そう記録にありました。あの空間で神子に危害を加えられる存在などいません」

「……? でもそれって、夜の神子の意識があった場合の話ですよね?」

「っ、それは―――」


 再び部屋に訪れる沈黙。前回と違うのは、宰相閣下がはっきり言葉に詰まったこと。私はあえて追及せずに口を噤んだ。

 結局のところ、この人は、様々な可能性を知ってはいるが、真実を知らない。仮説はいくらでも立てられるけれど証明はできない。こうじゃないか、ああじゃないかとこの場で議論を重ねたところで、決して正しい答えに辿り着くことはできないだろう。


 夜の神子は果たしてこの国にとってどういう存在になり得るのか……? それを詳しく知ることで、「私に何が出来るのか」という話に繋げることができるかもしれない。ネヴィを救うことはもちろんのこと、帰る、ためにも。宰相補佐官の失言から始まったこれはそういう思いもあっての質問だったので、明確な答えが望めなければ意味はない。


 私はそこでわかりました、ありがとうございます、とぶつり、話を打ち切った。






 私を迎えに来たのは侍女頭と黒い人だった。今から掃除に行きますよという侍女頭の言葉通り、彼女は手作り感あふれるバケツと掃除道具の数々を携えている。てきぱきと指示を出す様子はまさに侍女を纏めるにふさわしい貫禄を持ち、ふくよかな体型も相まって圧倒されてしまう。少し、アニーさんに似ている気がした。


「あなたの担当する場所はこっちですよ。これから毎日通うのだから道をちゃんと覚えるように」


 私に宛がわれた部屋の中以外では、侍女頭は私の上司である態度、姿勢を崩さない。新人教育に力を入れていますといった様子で張り切っている。こちらとしても、毎日仕事というかやるべきノルマがあるのは喜ぶべきことだ。食べる量が多い分、ただ飯食らいという無駄な罪悪感を覚えずに済む。嫌なことがあれば堂々と彼らに文句を言える。


 私の分の掃除用具を受け取り、前に侍女頭、後ろに黒い人と奇妙な行列を作って目的地へと足を進めながら、ふと、さっきまで共にいた宰相閣下のことを思う。

(最後の方、なんか妙に必死だったような……)


 ―――勘違いなさらないでください。と、彼は言った。


 君を保護することは、国が決めたことであり覆されることはない。我々が夜の神子に危害を加えることはありえない、と。私が夜の神子の死因についてしつこく食い下がったからか、変に宥められた。そこはがっついてしまった自覚はあるので黙って笑っておいたが。問題はその後だ。


『それに、君の提案はとてもありがたいことです。もし光の巫女の寿命を延ばすことができるのなら……』

『……私は、友人のためにそうしたいと思っただけです』

『それでも』


 それでも、我々は、君への協力を惜しまない。真摯な光をその瞳に宿し、力強い口調で彼はそう言い切った。私を宥めるためだけではないと思わせる態度。国の利益になるから? 巫女という名の犠牲が少なくて済むから? そのどちらも当て嵌まりそうで、もっと深刻な理由が隠れていそうでもあった。宰相補佐官ともども胡散臭いにもほどがある。


「さあ、ラギ。入りなさい」

 侍女頭が私を呼ぶ声に慌てて思考の海から浮上すると、目の前に見覚えのある扉があった。

「……! あの、ここって」

「いいから入れ。話は後だ」


 思わず上げた声は黒い人にばっさり切り捨てられた。久々に声を聞いたと思ったらこれである。相変わらず全く遠慮がないうえに、あろうことか掃除用具を持った私の首根っこを掴んで、子猫でも運ぶように人を扉の向こうへと押しやってくれた。実にひどい。


「っ、何するんですか、いきなり……っ」

「あまり衆目を集めるような行動をするな。堂々としていろ」


 あんたの今の行動のほうがよっぽど注目されるわ! と心の中だけで叫び、私はなんとか衝動を押さえ込む。周囲の景色に見覚えがあり、どこへ向かっているのか理解したからだ。ある意味特殊なその場所へ向かう以上―――余計なことはしない方がいい。


 黒い人が後ろの扉を閉めると、目的地の扉までは長い廊下一本になる。私は、あの日、迷いなくここに辿り着いた。―――ネヴィが待つ、夜の神子の祈りの間に。


「毎日少しずつでいいから、中を綺麗にすること。これはあなたの仕事です。中に立ち入る理由でもありますが」

「はい」


 黒い人に目を向けることなく、変わらず上司として話し出す侍女頭に合わせて従順に頷きつつ、内心、あのふざけた話が通ったのかと驚いた。ああ、けど、光の巫女のお告げ云々をそのまま使ったかどうかはわからない、か。この国の仕組みを理解していない私には想像つかない方法で話を通したのかもしれない。


「くれぐれも、誰かに手伝って貰わないこと。必ずひとりで作業すること。仮に不審なもの、人を見つけたら、即座に外に待機している騎士を呼ぶこと。いいですね?」

 多少声を張り上げても構いませんから、と付け加えて、彼女は一歩下がった。

「……後は頼みます、騎士様」

「―――」


そして一礼する。黒い人が首肯するのを見届けて少し笑みを浮かべると、侍女頭はそのまま去って行った。

(……?)

 おかしいな、と思ったのはその時だった。しかし違和感はあるものの何が引っ掛かったのか自分でもよくわからず、たった今また閉められたばかりの扉をぼんやりと見やる。それとは反対側にある祈りの間の扉よりは劣るものの、なかなか頑丈なつくりをしているようだ。

(……なんだろう。……急いで、ううん、焦ってた?)

 まるで何かから逃げるように、と頭に浮かんだ表現があまりにしっくりきて私は眉を顰めた。逃げる? いったい何から?


「何も―――感じないのか」

「え? なにを?」

「……いや」


 唐突にそんな質問をされてもどう答えていいかわからない。耳を澄ませてみても、窓の外から僅かに鳥の声が届くくらいでおかしなところはない。場所が場所だけに人の居た気配すらなく、手入れもされていないのか全体的に埃っぽいのが目についた。以前来たときは真夜中だったから気づかなかったのだろう。


「あの……?」


 訝しげに見上げると、暫しまともに目が合ったが、そう経たないうちに相手の方からすっと逸らされる。

夜の神子、か。黒い人の呟きが、静まり返った廊下に落ちた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ