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薄闇の眠りを  作者: 吉舎街
第三章
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これは呪いですか?

 目が覚めた。この世界に来てから初めての、空腹に苛まれない朝だった。悪夢も見ないほどにぐっすり眠ったはずなのに、気分は少し下降気味である。窓の外はまだ暗く、人々が活動を始めるにはもう少し時間が掛かるだろう。二度寝をする気にはなれず、私は、ゆっくりと寝台の上で身を起こした。


(……これは、どう捉えるべき?)


 視線の先の脇卓子に置かれた一冊の日記帳。昨日、行儀悪く寝台の上で眠くなるまで読んでいたため、そこに置いて眠ったのだった。

 収穫の有無から言えば、読んで良かったと思うべきなのだろう。中身の半分以上は確かに日記だったし、この世界のことについて様々な考察がなされていた。驚いたのは書き手がおそらく男性であるという事実。そういえば光の巫女とは違って、夜の神子は男女関係なく選ばれるのだと思い出した。


 文面から読み取れるのは、『藤堂さん』は割と真面目で芯のある男性で、比較的早く“役目”を受け入れ、この世界に馴染もうと努力していたということ。ただ、ひとつだけ。―――元の世界に帰るという意志は、最後まで揺らがなかったようではあったが。

(夜の神子に関することもかなり詳しく書いてあった、と思う。半分以上、理解できなかったけど)

 全部日本語で書かれてはいたのだが、単語、というか言い回しが妙で、いまいち想像できなかったのだ。それは私にこの世界の知識がないせいだと思いたい。そうであって欲しい。


 とにかく、この日記を持ち出せたのは僥倖だった……最後の方の、精神衛生上よろしくないアレがなければ。


「…………本当に、どうしよう」


 結局昨日はネヴィと会うことは叶わなかった。なんでもまだ儀式があるとかで、遅くまで巫女として働いていたようだ。私はひとり寂しく黒い人が持ってきてくれた夕食――宰相補佐官の配慮か、量は十分あった――を終え、部屋と隣接している小さな風呂に入り、また日記を読み進めた。もちろん、あの一面の呪詛の言葉は薄目で回避しつつ。


 彼に何があったのか、は、わからない。私が問題視しているのは正確にはその部分ではなく、日記帳の最後のページ、下の方、乱れのない綺麗な文字でそっけなく書かれていた一文。



『 騎士を信用するな 』



 それは間違いなく、警告だった。誰に対しての? この世界の文字ではなく日本語で書かれている時点で答えはひとつしかなかった。自分より後に喚ばれるであろう、夜の神子たちに対して―――。

(どう捉えるべき、だろう。少なくとも百年以上も前に書かれたはずだから……)

 今、現在の彼らにそれを当て嵌めるべきではないような気がする。


 とはいえ、この警告を完全に無視するほど私は彼らを信用してはいない。いや、そもそも信用なんてできる日が来るのかどうか、という段階である。騎士、と指定しているところも何か気になった。その前の発狂ぶりを鑑みれば、『藤堂さん』は騎士に裏切られた、と受け取れるけれども。

(記録とか……流石に残ってないかなあ……)

 夜の神子関連で事件が起きてないか知りたい。ただ、国の醜聞になる可能性がある以上、そういうものを記録して残しておく習慣があるとはあまり思えない。


 無理に私の世界の常識に当てはめて考えても仕方がないし、そもそもこの国における騎士とは何なのか、から知っていかなければならないだろう。この世界を知れと国側から言われているのだから、いずれ勉強という名目で、ちょっと探りを入れるくらいなら私でもできるかもしれない。

 当面の目的は情報収集、か。私は昨日から続く煩悶にそう結論付けて、今日という日を始めるために、まず顔を洗うべく立ち上がった。






「おはようござい……ま、す?」


 部屋で朝食を終えた後、侍女頭に付き添われて、そう離れてはいないネヴィの部屋に向かう。一応対外的には私はこの女性の部下ということになっているため、部屋へのノックも、声掛けも侍女頭が行った。

 どうぞ、というネヴィの声に扉を開き、失礼しますと入った後に挨拶を口にしたのだが、最後まで言い切れず語尾が変に疑問形になってしまった。

 というのも、ネヴィの部屋には既に宰相補佐官と騎士団長が揃っており、そのどちらもが物凄く困惑を前面に出した表情を浮かべて部屋の隅で頭を抱えていたからだ。


 朝っぱらから仕事はどうしたんですか暇なんですかという嫌味は飲み込み、ネヴィをちらりと見やる。疑問を投げかけた視線に、しかし彼女も同じ疑問の視線で返してきた。男二人がまだ苦悩しているのを横目に確認して、私は静かに彼女の傍へと寄った。


「おはようございます、ネヴィ。それで、あの人たち、どうかしたんですか?」

「おはよう、ラギ。私にもよくわからないんだけど、確か今日から私たちしばらく一緒に勉強するでしょう?」

「ええ、そう聞いてます」

「その勉強を教えてくれる、先生? が、どうとかなんとか」

「……? 決まらなかった、とかでしょうか」


 お互い顔を見合わせて首を傾げる。思ったより深刻な話ではなさそうだったが、ううむ。光の巫女と夜の神子に教鞭をとる先生、か。事情を話すか否かでもこちらのとるべき態度は変わってくるし、それを抜きにしても長時間共に居ることになるだろうから、人選には苦労しそうである。そして、私にはどうすることもできない。


「ところでネヴィの今日のご予定は?」

「昼までお勉強、で、昼から儀式がふたつ。ラギは?」

「昼までお勉強、で、昼からは未定だそうです」

「……ねえラギ。お菓子あげるから儀式ひとつ――――」

「っ、無茶言わないでください!」


 ちぇ、とわざとらしくネヴィは頬を膨らませ、すぐ耐え切れなくなったように吹き出した。光の巫女としての自覚が足りない……などとは全く思わない。代々続けられてきた儀式とやらは、実質何の意味もない形式だけのものであると少し前に聞かされたからだ。

 お披露目のときとは違い、くそ重い装飾品と無駄に長い衣装を引き摺ってこなさなければならないとなると、今からげんなりする気持ちはよくわかる。これもまた、私にはどうすることもできない。


「ぐ、愚痴ならいつでも聞きますから」

「本当? じゃあ、今日の夕食一緒に食べてくれる?」

「そんなことなら喜んで――、あ、でも」

「なあに?」

 息を吸う。よく響くように、ほんの少し声を高くして。

「私の食べっぷりはどうやら吐き気を催すそうなので、気をつけてくださいね」


 意訳。

 扉も開けず女性の部屋に男二人で押しかけといて、ぐだぐだやってる暇があるなら話を進めろ、こののろま。


 もしかしたらそういう礼儀は存在しないかもしれないし、警護の観点からそうしなければならないのなら仕方がないけれども。何にせよ彼らが動かない限り一日が始められない。私情をたっぷり込めた私の言葉にネヴィは更に不思議そうな顔をしたが、どうやら当の本人にはきちんと意図が伝わったようだ。


「……申し訳ありません、お二方。お待たせいたしました」


 本当にな。ようやくこちらに向き直った彼らは、どちらも苦悩の色を残しつつ、しかし何か言いたそうな顔でじっとりと私を見てくる。私は綺麗にそれを黙殺して、宰相補佐官に水を向けた。


「先生になってくれる方が、見つからなかったんですか?」

「いいえ。貴女の事情を知る方が、是非にと手を挙げてくださったのです、が」


 そこまで言って、彼は口を閉ざした。なんとも歯切れの悪い言いようである。事情を知る、という一言で安心だと思う自分と、何かあまり話の方向性が良くなさそうだと感じる自分がいた。事情――私が夜の神子であると知っている人間は数が限られる上に、この二人がそろって悩む誰か……?

 一瞬、ほんの一瞬だけあのフラグ美形男が思い浮かんだが、ああいう人は誰かにものを教えられるようなタイプではないだろう、と脳内で却下する。なぜ出来ないのかわからない、などと真顔で言いそうである。勝手な想像だが。


「シュルツ、諦めろ。あの方は一度言い出したら余程のことがない限り意見を曲げないぞ」

「わかっています! 私がいったい何年あの人の下で働いていると思ってるんですか!?」

「わ、こら落ち着け、馬鹿!」


 騎士団長が宥めるよう肩に置いた手を振り払い、宰相補佐官は叫ぶ。普段の様子からはかけ離れたこの剣幕は一度騎士団で目撃しているから特に驚かなかったが、今、聞き捨てならないことを耳にした気がする。

 下で働いている、と彼は確かに言った。現在進行形、ならば、教鞭をとるのはその―――上司?


(え? 宰相補佐官の上司、って言ったら……え?)


 いやそんなまさか、ご冗談を。……冗談、ですよね? 思わず乾いた笑みがもれた。

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