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薄闇の眠りを  作者: 吉舎街
第三章
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「これアカンやつや!」

 これからネヴィは光の巫女としての仕事をこなしていくのだろう、と、人気のない廊下を男二人と歩きながら思う。それなら、「私」は? 彼女の命を延ばすと約束した。その為に何ができるだろう。いるだけでいい? そんなわけがない。私が―――夜の神子として出来ることは。答えはまだ、出ない。




 例の倉庫とやらは、ひどく入り組んだ中庭を抜けた先、地下へと続く階段を下りたところにあった。重そうな扉に隔てられた、薄暗い場所。

 勝手に私に鍵を所持させた宰相補佐官は、しれっとした顔で開けてくださいと言う。しかし鍵穴などは見あたらないし、鍵そのものも出てこない。どうしろと? 私は少し自棄になりつつ、まず扉の取っ手に手を掛けた。

(っ、わ!)

 触れた瞬間、ろくに力も入れていないのにひとりでに開いていく扉。つられるように私も足を踏み入れて、そして。……目に飛び込んできた光景を見て、私は完全に後ろの男二人の存在を忘れた。


 まず正面にでんと置かれた本棚に視線が奪われた。古いものから新しいものまで、見慣れた装丁の本が並んでいる。少し前に渡されたランプを持ち上げて照らせば、背表紙には見間違いようのない『日本語』が書かれているのが見て取れた。

(ここ、は……!)

 横に目を向ければ、壁に立てかけられた農業用らしき道具の数々、伝統工芸品の飾り、棚には漆器が並び、はたまた別のところには着物などもある。あ、扇子見つけた。これは確か……軍帽…? なぜパイプ椅子まで? とまあ、とにかく、全くまとまりのない様々な――様々な、たくさんの、「私の世界」が溢れていた。


「ここは、夜の神子が持っていたものを保管している倉庫です。我々には理解できないものも多々ありますが――」


 ああ、確かに、これは譲歩だ。これらの持ち出しを許可することは、彼らにとってリスク以外の何物でもない。自分の荷物とはまた別の、ある意味懐かしいそれらに目頭が熱くなり胸が詰まった。こんな場所、下手をすれば入り浸ってしまうかもしれないと思いながら私は倉庫の中を見回す。決して広いとはいえない空間だったが、物はたくさん押し込められていた。ひとつひとつ見ていけばすぐに日が暮れてしまうだろう。


 ふと、私はあるものに目を留めた。本棚の下の方、製本されたものばかりの中で隅の方に追いやられている、地味な、題名のない本。かなり劣化しているが、物の中では比較的新しい時代の―――。

 少しだけ見させてくださいと二人に断り、本を手に取った。少し小振りなそれをひっくり返すと、Diaryとある。その下に、『藤堂』という手書きの文字。


 普段なら見なかった。天に誓って人の日記など見ないと言えるが、しかし。私と同じ夜の神子が残したものだと考えると、どうしても気になって仕方がなかった。自分と同じ視点でこの世界を見ていたのなら。逡巡は刹那のうちに。



藤堂さんごめんなさい、と内心呟きながら適当なページを開き。


「――――」


藤堂さんごめんなさい! と内心絶叫しながらそっと閉じた。



 やばい。これはまずい。だめだ。私はその日記帳? をさりげなく近くにあった机に置いた。そのまま本棚に向きなおり、他の本を物色しているふりをする。妙に思われなかっただろうか、後ろの二人が気になって仕方がない。


 日記帳に触れていた指先から何かが浸食してくるかのようだった。目を閉じれば、先ほど開いたページが脳裏に浮かぶ。見開きのページを一面黒く染める、『裏切った』の文字。文字。文字。途中からどんどん乱れ、ひらがなになっていく様が何とも言えず恐ろしい。

 裏切った。うらぎられた。何度も執拗に繰り返す様はまさに狂気じみている。怖いを通り越して呪われそうだ。



 ―――うそつき。



 文字が、目に焼き付いた。





 カモフラージュに幾つか他の本を取り、他人には見せない、部屋以外には持ち出さないという約束で日記帳ごと借り受けた。外からは見えないよう布にくるみ侍女服の下に隠す。と、宰相補佐官が声を掛けてきた。


「巫女殿から聞きましたが、貴女も、祈る、のですか」

 意外だ、というような響き。

「――。ネヴィの負担が軽くなれば、と思っただけです」


 この世界の為ではないと暗に告げて、私は言葉を重ねる。その話は早いうちにしておかなければならないと思っていたので好都合だった。夜の神子として祈りの間に行き、かつてのように……祈る。

 それが本当に巫女の負担を軽くするかどうかはわからない。巫女と神子が同時期に存在していたことはないのだから、彼らが信じる全ては机上の空論に過ぎない。今は、まだ。試してみる価値があるだけだ。


「そちらにとっても、悪い話ではないですよね?」


 光の巫女を長く“持たせる”ために。あんな大仰な選定期間を設けてまで、力あるものを探すのならば。もちろんその為には夜の神子の祈りの間に私が出入りしなければならないのだが、さて。

 女神の像があれだけ汚れていたことを考えると、かなりの期間完全に封鎖されていた可能性もある。となると人が入る理由を新たに作らなければならないか? 私が本気であることを悟ったのだろう、渋い顔をしてしばらく考え込む宰相補佐官を見て、私はあることを思いついた。


「じゃあ、そういうお告げがあったとかなんとか、ネヴィに言ってもらえばいいんじゃないですか」

「……お告げ、ですか?」

「はい。女神像が汚いから掃除しろとか、そういうのをお告げっぽく光の巫女が言えば通りません?」


 冒涜的な発言をした自覚は大いにあった。私は言いたいことだけ言うと、口を噤んで相手の反応を待つ。すると彼は一瞬信じられないようなものを見る目つきでこちらを凝視したが、やがて嘆息して了承した。


「わかりました。……そのように致しましょう」


 ふうん、と私は拍子抜けした気分でよろしくお願いしますと軽く頭を下げておく。神の言葉を騙るとはなんたることか! なんて怒るかもしれないと思ったのだが。そう言われれば大人しく引き下がる用意もあった。

 なんだかな、と私は宰相補佐官とついでに黒い人をちらりと見やる。暗い部屋の中、闇に溶けるように佇む黒い騎士はいるのかいないのかわからないほど存在感が薄い。目は相変わらず怖いけれど。

(この二人、なんか、言うほど……)

 城下町で暮らしていた人々に比べれば、という意味で、どこか「冷めている」。光の巫女などという命に直結するような制度を設けているくせに、こう、傾倒していないというか、妄信していないというか。


 ただまあ、あまりそのようなことは口になさらないようにと釘を刺されたので、特別柔軟な性格なのかもしれない。合理主義というか。黒い人はそもそも興味があるかどうかすら怪しかったが。


 色々と根回しがあるから、この件も勉強についても明日以降にと言われ、その他城内における細々した注意事項を聞かされた後、私はようやく解放された。食事についても聞かれたが、そもそも朝食の時間が遅く、そして当てつけのように沢山食べたので昼食は取らないことにする。


「返していただいた荷物もまだ整理していないので、今日のところは部屋にこもってますね」

「はい。……夕食は、ええ、彼……ルートが部屋にお持ちします」

「ありがとうございます。あ、夕食もご一緒に?」

「いえ、仕事がありますし、貴女の食べっぷりを見ているだけで吐き気が……何でもありません」


 彼があまりにも遠い目をするので、私も貴方たちの食べなさっぷりを見ていると目眩がする、とは言わないでおいてあげた。







 宰相補佐官とは途中で別れ、黒い人に部屋まで送ってもらう。道中は当然ながら無言、のちの無言。扉を閉め一人になってからようやく肩の力が抜けた。

 たかが使用人に個室とはおかしな話だが、うーん、次期候補というのは公然の秘密、という取り扱いなのだろうか。そのあたりの設定も一度詳しく聞いておきたいものである。


 それにしても、と服の裏から本を取り出しながら部屋をぐるりと見た。私にと用意された部屋を初めて見て、思わず半目になってしまったのはついこの間の話。ネヴィの姉が横たわっていたそれよりはまだマシだが、ゆうに数人は横になれる天蓋つきの寝台が鎮座している。利点と言えば、布をおろしてしまえば一見中で何をしているのかわからないということか。

(……扉よし)

 廊下に黒い人がいるかどうか、はわからない。どうもこの区画は巫女関連として他の場所と区別されていて、人の出入りはかなり制限されているらしい。私の首にも、金属の、何かの紋章だったがよくわからない通行証なるものがさげられている。緊急事態でも起こらない限り、夕食まで誰かが来ることはほぼないと言っていいだろう。

 私は持ち帰った数冊の本からあの日記帳を取り、まず最初のページを開いた。

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