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薄闇の眠りを  作者: 吉舎街
第一章
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祭りまであと少し


 金髪碧眼、がこうもややこしい事態を引き起こすとは今の今まで全く思っていなかった。「あの男」は確か、私の黒目黒髪を地味だと貶して色を奪ったはずだ。そこに、他の意図があったというのだろうか。今代の『光のみこ』の色をわざわざ選んだ?金と、海のように深い蒼。――わからない。――知りたい。

 『光のみこ』がこの世界での常識ならば、絶対図書館にある書籍に詳しく載っているだろう。未だに本ひとつ満足に読めないことをここまで歯がゆく思ったのは初めてだった。もっと頑張って文字を勉強しなければ。人に聞けないなら、自分一人で調べるしかないのだから。

内心そう密かに決意を新たにしていたそのとき、若白髪に声を掛けられた。



「それで、どうしますか?」

「どう……とは?」



 問われた意味をはかりかねて顔を上げると、思いがけぬ真摯な目とかちあって私は目を瞬かせた。さきほどまでのだるそうな、どうでもよさそうな様子はどこにも見受けられない。いったい何を言われるのかと知らず背筋が伸びてしまう。



「その色を持つ限り、ああいった輩が君を消そうとしてくる可能性は消えませんよ」

「え、ああいう人達ってそんなにたくさんいるんですか?」

「……そう、ですね。この類の事件に関してはかなり騎士団が頑張ったようですから? 組織としては彼らで最後だったと思いますが――」



 彼は言いながら視線を横に流し、それを受けた騎士団長は表情を忌々しそうに歪めながらもはっきり頷いた。なるほど、やはりきちんと対策は取っていたのか。その中に間に合わなかったものも多々あるのかもしれないが、それは私には関係のないことだった。

 若白髪の言い方からして、大掛かりな集団での人さらいは暫くないと思っていいのだろう。逆に言えば、個人での行為はこれからも十分あり得るということだ。こればかりはもう自分で自分の身を守る他はないと思うのだが――何をどうする、って?



「今、調べてみませんか。もし君が次代以降の光の巫女になれる素質があると判断されれば、国へ保護を申請できると思います」

「え……。……調べ、る?」

「そうです。普通、選定は巫女がその役目を終える時期の、祭日が終わってから始まりますよね? でも本当はいつだって調べるだけなら出来るんです。混乱を防ぐために公表はしていません。あ、これも秘密ですから誰にも言わないで下さいよ」

「――――」

「ここから出て右手の奥、突き当たりに、巫女の祈りの間があります。そこに湧く水は特別でしてね、資格があるかどうかはもちろん、力の強弱まで調べることができるそうです。まあ、私は入ることさえ許されていないので、中の様子は知りませんが」



 軽く肩を竦めて、若白髪はその祈りの間という場所があるらしき方向を見やった。もう何が何だか、特別な水とか言われても詐欺にしか聞こえない。宗教か?そもそも、そんな国の秘密を知っている人間なんて絶対只者じゃないだろう。騎士団長と親しいという時点で油断できないことはわかっている。……彼らの顔色を窺う限り、私はまだ間違った対応をしてはいないようだった。どれをわかって、どれをわからなくていいのかいまひとつ判断がつかない。渦巻く私の葛藤をよそに彼らは勝手に三人だけで話し始めた。



「ディア、いい加減にしろ。俺の仕事を奪うな!」

「言葉を選んで時間を掛けることに、意味があるとは思えなかったからですよ。ルート、あなたもそう思いませんか」

「――――それが、こいつのいいところじゃないのか」

「……はあ。……ま、たまに一服盛って黙らせたくなりますけどね」

「っ、恐ろしいことを言うなよ……!」



 国へ保護を申請する、と、守ってくれるわけか。けれどそれは『光のみこ』になる素質をもち、かつ三期以上持たなければならないという。結局それは、私に守る価値がなければ動くつもりはないのと同義。……当然か。騎士団はボランティアじゃない。市民を守る義務自体はあるかもしれないが、私個人にいつまでも構ってはいられない――私にその価値がなければ。この外見だけで力があると判断する馬鹿が湧くことは、誰にも、防ぎようがない。

 私が取るべき道は何か?フラグを立てないためにはどうすればいいか?大人しく目立たないよう一人で生きていけばいいのだ。それがどんな形であっても、関係者に近づかなければいいのだ。私は『みこ』だそうだから調べれば何かしら反応が出るかもしれない。それで騎士団に守ってもらう、だって?……いったい誰から?


(本末転倒、にもほどがあるっていうか)


 考えるまでもなく、ありえなかった。無理。絶対嫌だ。辿るだろう未来が手に取るようにわかる。



「まあ今でなくてもいいですか。選定は近いし、もう少しの辛抱です。今代の光の巫女は今期で――」

「っだから、そういう滅多なことを!」

「はいはい、あれだけ夜が長くなった状態でよく言えますね。言ってて空しくなりませんか? ええとラギ、でしたっけ。祭りが終われば恐らく選定が始まるでしょう。君が選ばれるようなことがあれば絶対の安全は保障されますし、たとえ選ばれなかったとしても、力があることがわかれば補助金がでますよね。その時にちゃんと、保護を申請してくださいね」

「――――はい。わかり、ました」



 私はもう一度俯いて、表情を見られないようにしながらとりあえず頷いておいた。もしそうなったとしても隠し通せばいい。少なくとも今、彼は善意で話を進めているようだったから反発する気はおきなかった。ところどころ相手に配慮するような素振りを全くみせないところも、むしろ色々優しい言葉で誤魔化されるよりはよほどマシだ。『光のみこ』について少しわかっただけでも騎士団に来た価値はあったというもの。……そう思わなければ、なんだか、本当にやってられない。



「祭りはもうすぐですよ。今回は――とても盛大なものになりそうですね」



 祭り。そう呟いた若白髪の声は、どこか空虚なものを帯びていたような気がする。祭りといえば、少し前町中に貼られたビラで募集した黒目黒髪の踊り子が何を披露するのか、はとても気になる。黒目黒髪ばかりが出演する演目とは何か、見てみたい気もちはある。

 だが、こんな状況になってしまっては、仕事の行き帰り以外外出は控えた方がいいかもしれないと思う。金髪碧眼を晒して歩けば何が起こるかわからないのだから。






 解毒薬を作るためだけに来てくれたのだろう。話がひと段落すると、それでは、とおもむろに若白髪が立ち上がった。机に広げた荷物をまとめて――今までとは全く違う笑顔を浮かべ、私を見る。これはあれか、いわゆる営業スマイルというものか。次いで、優雅に優雅に一礼すると、やはり今までとは全く違う口調で何やら語り始めた。



「もし何かご入り用な薬がありましたら、是非私のところへ来てください。報酬さえいただければ、風邪薬から毒薬、媚薬まで何でもお客様のご要望にあわせておつくりします」

「えっ」

「今後とも、どうぞご贔屓に」

「騎士団の中で物騒な客引きをするな! しょっぴくぞ!」

「いいですよ? できるものならね」

「……っ上等だ!」

「リカルド、――落ち着け」



 何でも扱う薬屋みたいな感じなのだろうか?今さらりと毒薬とか言ったような。騎士団長の言う通り物騒すぎる。さらりと見事な白髪をなびかせて、薬屋をやっているらしい男は静かに部屋から出ていった。そういえば彼がどこから部屋に入ってきたのかは、最後までわからなかった。


 そして部屋に落ちる沈黙。私はどう話を切り出せばいいのかわからず、ただ手元で空になったコップを弄ぶ。結局――これは、仕組まれていたことなのだろう、と思った。

 お茶を淹れに行ったネヴィが今まで帰ってこないのもおかしい。でもその為にわざわざ値段の張るティーセットを割るなんて流石にしないだろう。単にいいきっかけだったから、出て行ったのか。食堂で私が彼らの前に引っ張り出される前に、何か彼女に話をしていたのかもしれない。二人の間で居心地悪そうにしていたのはそういう面もあったのだろうか。私の本題はきっと終わった。なら、彼女の本題は?



「あの……お話は、これで終わりですか」

「あ、ああ。っと、まだ二人が帰ってきてないから――そう、どうするか……っ!」



 明らかに言葉を濁した騎士団長を、まさに助けるようなタイミングで、部屋に数回ノックの音が響いた。どこかで若白髪が出て行くのを見てたんじゃなかろうか。黒尽くめの騎士が扉を開けると、そこには新たなお茶を持ってきた青年と……ネヴィと、なぜかその後ろに、もう一人誰かがいた。どこか強張った表情で俯き加減に入ってきた彼女に続いて入ってきた、のは。


 ここからでもわかるくらいにずーんと落ち込み、まるで背後霊でも背負っているかのように暗く、どんよりした様子で幽鬼のようにふらふらと歩く、あの、似非役人だった。


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