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薄闇の眠りを  作者: 吉舎街
第一章
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『光の巫女』

 謝罪するつもりはあったということだろうか、あれだけ私を無視しておいて。私は若白髪がこぼした嫌味にしか聞こえない愚痴を何度か頭で繰り返した。食堂に行っても、というくだりは私の仕事上申し訳なかったとは思う。しかしここで無視して帰ってすみませんと謝るのは変だろう、私は被害者なのだ。それなのになぜこうも責められている気分になる。……この解毒薬がいくらするのかは、聞かない方がいい気がした。



「相変わらずの守銭奴だな。……まるで成長していない」

「何を言うんです。仕事には正当な報酬がつきものでしょう」

「……奴らが毒を入手した経路、洗ってやろうか? ええ?」

「おやおや。私がどれだけ国に奉仕しているか、忘れたわけじゃありませんよね?」



 今、何か重要なことが聞こえてきたように思ったが、嫌な予感がしたのでスルーしておく。どこか呑気なやりとりに思わず手に力が入った。私がこんなにも――物語を外から見ているようなあやふやな気分になるのは、こいつらのせいでもあると思う。

 ……毒。ルカに抱きつかれた拍子に口から吐き出してしまったので、一口も飲み込んでいない、と説明した後でもこうやってわざわざ解毒薬を作ってくれたほどだ。事を楽観視していい状況ではないはず。それなのにこの騎士達と闖入者一名の落ち着きようはどうだ。普通もっと慌てたり、何が何でも解毒薬を飲め一刻も早く!と強引に迫ったりしてくるように思うのは私だけなのか。

 たとえ効果が現れるのは七日後だとしたって、そんなの個人の体質によっては縮まる可能性だってある。絶対の保証なんてものはない。こんな医療が発展しているとも思えない世界でなら尚更だ。


 大体『みこ』云々の話も、昨日会ったばかり連中にばれているわけがない。その他に私が命を狙われる理由などさっぱり思いつかなかった。落ち葉のあの独特な臭いしかしない嫌な液体が入ったコップを両手で包みながら、そのゆらめく水面に視線を落とした。心は酷く落ち着いていると思うのに、……手の震えが止まらない。



「……こいつは、薬に関しては妥協しない男だ」



 ふと、ぽつり、落とされた声。顔を上げると、何を考えているか全くわからない顔で黒尽くめの騎士が手振りで飲めと促してきた。解毒薬自体を信用していないと思われたのかもしれない。それ以前にそもそも口に入れたくない代物だということを、彼は分かっているのだろうか。砂の味がしそうな色だ。含んだ瞬間、あまりのまずさに吹き出してしまったらどうしよう。

 これが本当に解毒薬だとしたらきっちり飲まないと、若白髪の言う「地獄」が待っていることになる。痛いのも苦しいのも絶対嫌だった。まして、今の状態で何か後遺症を抱えるなんて死ぬより悲惨なことになりかねない。



「どうしました? 女性はすぐ苦いだの不味いだの騒ぐので、一応甘めにしておきました。そういう心配なら必要ありませんが」

「……。……それは、わざわざ、ありがとうございます」

「どういたしまして。礼儀正しい人間は好きですよ」



 だから文句を言わずさっさと飲め。そんな副音声が聞こえてきて、私は、どんな罰ゲームだと思いながらも――甘い、ということはきっと高カロリーだと判断を下す。これは食料。これは栄養。これは生きるための糧。むしろタダで貰えるのだから喜ぶべき。暗示をかけるようにそう何度か繰り返してから、毒でないならそれでいいとばかりに一気に最後まで飲み干した。


 意外と漢方みたいな味で抵抗なく胃に収まったことを、若白髪の名誉のために、忘れないでいてあげようと思った。





 そこまでは良かったのだが、ただ飲む前、飲んだ後で胃がふくれた以外身体に全く何の変化もないことは疑問として残る。ジュースには本当にそういう毒が入っていたのか、これが本当に解毒薬だったのか、彼ら三人が仕組んだ狂言なのではないか――疑いだせばきりがないし、まだ納得はできていない。ただ真正面から問いかけられるほど図太くはないので、当たり障りのない、尋ねて当然のことから話を切りだしてみた。



「あの、……どうして、私が?」



 もし何か確固たる理由があるのなら知っておくべきだと思う。今後のことを考えるならば。無差別だったならまだ気が楽になるのだが、どうやらそんな雰囲気ではなさそうだ。私の簡潔な質問に、騎士団長はまた何かを言いあぐねるように黙り、黒い人は壁に寄りかかった傍観体勢を崩さず口を開く素振りすらみせない。だが唯一、若白髪だけがあっさりと答えてくれた。



「それはもちろん、今代の光の巫女のせいですよ。彼女は随分と“長持ち”しましたから――ね」

「おい、そういう言い方はよせ!」

「……。……ああ、大変ですね騎士団長という立場は。言葉を飾らなければ務まりませんか」

「――――!」



 私が睨まれたわけではないのに、びくりと体が跳ねた。騎士団長はやけに厳しい表情を浮かべ、何か反論しようとしてか口を開いて……結局何も言わずに、舌打ちだけを残し顔を逸らす。そんな姿を鼻で笑うような仕草をしてから、若白髪は私に向き直った。そのまま心底どうでもよさそうに言葉を続ける。



「君も知っての通り、今代はもう少しで十二期も巫女を勤め上げたことになります。先代や先々代、そのずっと昔を遡っても三期、多くても五期で巫女達はその役目を終えたというのに、です」



 何もかも特別でしたよ、と懐かしそうな目で彼は語る。これは恐らくあの祭りの話と同じように、この世界で常識と呼ばれることに違いない。知らないなんて言えるわけがなかった。しかし、役目を終える。……長く持った。それらの言葉の響きに、何か恐ろしいものを感じてしまう。



「それまで光の巫女とは金髪に翠の目を持つ者しかなれない、と思われていましたよね。事実、選定を行った結果が常にそうだったのですから致し方のないことでしょう。けれど彼女は百年も続いたその前提を覆し、最も力の強いものとして選ばれた――そして歴代の巫女よりも遙かに“長く持っている”」



 私はネヴィが言っていたことを思い出す。今代の『光のみこ』は、金色の髪に碧い瞳を持っている、と。つまり金髪碧眼でも『光のみこ』になれるとわかったから、私が殺されかけたというのか?やっぱり意味がわからない。まだ理解できない私をわかっているのかどうか、彼はだるそうに髪をかきあげて、少し皮肉気に笑ったようだった。



「彼らのような愚劣な連中にとっては、さぞ厄介だったでしょう。せっかく捕まえた金づるがいつまで経っても金にならないのですから」

「金づる……」

「ええ、生きた金づるです。さらって能力があればよし。なければないで同じ色を持つ人間をあてがって――」

「――――ディア」



 黒い人の鋭い声が、若白髪の言葉を遮る。何を言わんとしていたか、なんて、考えたくもない。



「ああ、失礼。女性には酷な話でしたか。……とにかく、悪法だと言っても差し支えないと思いますよ、あれは。祭りが近づくと馬鹿が増えて、本当に嫌になりますね」

「っ、その一端を担ったことを忘れるなよ!」

「いやですね、言いがかりはよしてください。薬に罪はありません」



 ――寒気がする。何だ、この話は。何を言っている。

これ以上聞きたくないと心のどこかが叫ぶのに、私は制止の言葉すら紡げなかった。



「もちろん、同じ色を持っているからといって、君が今代のような強い力を有しているかどうかは調べなければ分かりませんが。第一、素質があるかどうかさえ不確かですし。今代だけが特別だと思う人間の方が多いでしょう。それでも世の中には可能性だけで動く人間なんて山ほどいますよ。君にとっては迷惑以外の何物でもないでしょうがね」



 彼は多分、私の欲しい情報をきちんと与えてくれているのだろう。うまく働かない頭で何とか整理をしてみる。つまるところ、『光のみこ』とやらは比較的早いサイクルで交代していて、その際、どんな理由かはわからないが金銭のやりとりが発生する。しかし金髪碧眼の『光のみこ』が現れ、彼女が長くその役目を勤めているため、その間交代による金儲けができない――?



「私の、この、色が……駄目なんですか」

「まあ、不幸なことに、君の色はまるで今代をそっくりそのまま写し取ったかのようですから」



 ――ああ。私はこれ以上己の瞳を晒していたくなくて、一度きつく固く目を閉じて、俯く。『光のみこ』をまるで消耗品であるかのように語る若白髪も、そして窘めはしたものの決して否定はしなかった騎士団長も、全く興味がなさそうに沈黙を守る黒尽くめの騎士も、……どこかおかしい。この世界は、おかしい。気持ちが悪い。



「でも、もし万が一私があの飲み物を他の人に渡したり――途中で飲みかけを譲ったりしたら、関係ない人まで巻き込むことになるんじゃないですか? その、確実性がないというか」

「ほう……君は、案外育ちがいいんですね」

「っ、どういう意味ですか?」

「人を拐かして金儲けをするような連中に、そんな分別があると思いますか?」

「!」

「君のことだって同じです。死ねばしめたもの、そうならなかったとしても躍起になって殺しにかかるほどではない――といったところでしょう」



 事実を淡々と述べるその口調が、ただ、無性に憎らしかった。


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